太陽が照りつけ、蝉の鳴く声があたり一面に響き渡る夏。そんな夏らしさとは無縁で、年中薄暗くひんやりとした地底。しかしながら、今日はそんな雰囲気はどこへやら、旧都の中心からは人妖問わず皆が騒ぐ声が響いていた。
「だーから言っただろ?地底で宴会したら涼しいって。」
「なーによ。あんたは提案しただけじゃない。私なんかわざわざこんな薄暗いところまで宴会の許可貰いに行ったんだからね。」
「……あの、お二人とも、場所も食材も提供しているのは地霊殿ですし、そもそも許可貰いにって、霊夢さん『今から宴会やるから。』って言って、そのままずっとお茶飲んでたじゃないですか。」
「「ああ!?あんだって!?」」
「もうやだ、この人間。」
怨霊すら恐れるさとり妖怪が酔っ払いの人間の少女相手に絡まれ、
「あのー、萃香さん。私はこの辺で……」
「何言ってんの。まだ全然飲めるじゃんか。」
「ぷぷぷ、文の奴、鬼に絡まれてやんの。」
「お、山にいた頃は見ない顔だねえ。アンタ。」
「げ!!鬼!?」
「丁度いいや、アンタも付き合いな。まだまだ飲むよー!」
「いやーーーー!!」
(鴉天狗二人揃って何してるんだか。)
鬼に絡まれる鴉天狗を哨戒天狗が眺め、
「ねえねえ、アンタ蜘蛛使いって本当!?」
「へ?」
「そこに居る白い服着た人が『一輪は入道雲操れるよ』って。にゅうどうぐもってどんな蜘蛛!?」
「ちょっと、村紗!?」
(天然なヤマメちゃんは可愛いなあ)
(うろたえる一輪は可愛いなあ)
天然な土蜘蛛に入道使いが質問攻めにあい、
「うにゅにゅにゅにゅ。」
「ちんちん。」
「にゃーん。」
「ちぇええええええええええん。」
(何の話をしているんだろう?)
動物たちがそれぞれフリーダムに鳴いているのを、こいしはひっそりと眺めていた。
以前は忌み嫌われた者たちが地底に集い、地上と地底の交流を禁じられた中でひっそりと、しかし、どこか賑やかに暮らしていたが、間欠泉の異変以来、好奇心から地底へと観光に来る地上の者も増え、逆に地底から地上へ行くものも現れ、徐々に交流が復活し、今では交流が禁じられていた以前よりもより、地底は賑やかになっている。
しかし、どんな場所においても賑やかより静かに、多より個を好むものはいるもので、地底の宴会場の隅で一人、アリス・マーガトロイドはちびちびと酒を飲んでいた。
「あんまり、収穫無かったなあ。」
普段はあまり宴会に参加しない彼女が、今回地底の宴会に参加しているのは自律人形作成のためのヒントを探すためである。以前の異変のように白黒の魔法使いに頼んでもよかったのだが、自分の目で見て判断した方がより多くのヒントを得ることができるのではないか、と思い宴会に参加がてら地底を見て回っていたのだ。
(案外、地底も広い所なのね。魔理沙のサポートしてた時はあっと言う間に進んじゃうからこんなに広いとは思わなかったなあ。)
そんなことを考えながら、手に持ったコップに口を付ける。酒の甘みが口いっぱいに広がり、アルコールが徐々に体全体へと回ってくる。
「ぷはあ。」
「あら、良い飲みっぷりね。」
そんな彼女の元に、金色の髪をし、大陸風の衣装を身にまとい、尖った耳に、何よりも目を引く緑色の目をした少女がゆっくりとした足取りで近付く。
「あら、あなた、えーっと……」
「パルスィよ。水橋パルスィ。こうして面と向かって対面するのは初めてかしら。異変の時にあの魔法使いの手伝いしてたのあなたでしょ。」
はて、この初対面に近い相手に、いつ私はあの時魔理沙のサポートをしていたことを話しただろうか。こっちは異変の際に人形の視界を通じて彼女の姿を見たが、向こうは人形しか見ていないはずだけど。
「どうかした?」
「え、いや別に。」
そう言うと彼女は私の隣に座りこむ。
「異変の時からあなたのこと気になっていたのよ。」
「え、悪いけど私にそっちの趣味は無いわよ。」
「そういう意味じゃないわよ。どこの世界に初対面に近い相手に自分の性癖暴露する奴がいるのよ。」
割とこの幻想郷にはいるんじゃなかろうか、という言葉は言わないでおくことにした。人の家に飯をたかりに来るわ、本を盗みに来るわでこの幻想郷には常識がまともに身についてる生物の方が少ないんじゃなかろうか。幸いにも目の前の彼女は比較的常識人のようだが。
「どうかしたの?」
「いや、常識って大事だなあって。」
「……ああ、そういうこと。苦労してるのねあなたも。」
「わかってくれるのね。この間まで真面目で常識人だった娘が気付けば常識に捕らわれない娘になる場所だから……」
「地上も地上で大変なのね……」
互いにシンパシーを感じながら、杯に口を付ける。いつだって、常識人が苦労する理不尽な世の中なのだ。
「それで何の用だっけ?」
「ああ、共感者が見つかって思わず感慨に浸ってたわ。単刀直入に言うけど、あなたね嫉妬されているのよ。」
「え?」
「それもただの嫉妬じゃないわ。殺意や憎悪に近い、それこそあなたの人形に残り香が付くほどに濃い嫉妬ね。」
なるほど、それで一目で私があの時魔理沙のサポートをしていたと分かったわけだ。嫉妬心を操る妖怪としてはそれだけ濃い嫉妬を身に纏う者に興味が惹かれるものなのだろう。ただ、やはり引っかかるところがある。
「私、誰かに殺意抱かせるような行為はしていないはずだけど。」
自律人形を作るために日々、人形を作ったり、図書館へヒントをさがしにいったり、収入のために人里で人形劇を開いたり、人と会うことなどせいぜいこれらの時にしか機会がない。主観的に過ぎないが、誰かに恨まれたりするようなことはそうそうしていないはずである。
「そればっかりは、私じゃどうしようも無いわよ。そもそも嫉妬なんてされている本人が気付く方が珍しいもの。」
「私が嫉妬されているのは分かったけど、それで、どうしろって言うのよ。他人の目を気にしながら生きるなんてお断りよ。」
「別に、嫉妬に怯えながら暮らせ、なんて言うつもりじゃないわよ。ただ、あなたの場合はちょっと向けられている嫉妬が濃すぎるの。強すぎる思念は時に怪異の原因になるから、その忠告に来たのよ。特に、緑色した化物なんかを見かけたら気をつけなさい。」
「もしかして、心配してくれてるの?」
「そんなんじゃないわよ。私も所詮妖怪だから、やりたいようにやってるだけ。それがたまたまこの行動に繋がっただけよ。」
「だとしたら、あなた相当世話焼きな妖怪ね。」
「……そういうことにしておいて頂戴。言いたいことはそれだけだから。地底の宴会を楽しんでいってね。」
そう言うと、彼女は宴会場の奥へと歩いていき、人ごみに紛れてその姿を眩ませた。殺意に近い嫉妬。それが博麗の巫女でもなく、妖怪の賢者でもなく、一介の人形遣いであるこの私に向けられている。誰が?どんな理由で?彼女が立ち去ってもしばらくそのことを考えていた。
「……ん。」
暗闇の中で一人目を覚ます。いつの間にか眠っていたようで、先ほどまで飲めや、騒げやの様子だった宴会場も今では、皆酔いつぶれ静まり返っている。地底からでは空は見えないがおそらく大分夜も更けているのだろう。
「少し、喉が渇くわね。」
いくら、地底が涼しいとは言え、季節は夏。その上宴会で大勢の人が集まっているのだから熱気が籠っていつもより暑くなっていたのも頷ける。アリスは喉の渇きを潤すため、一人静かな宴会場を歩いていた。
酒やつまみが並ぶ中にぽつんと置かれていた水差しからコップへと水をつぎ、喉を潤す。
「ぷはあ。」
喉が潤ったところであたりを見回してみる。一升瓶は倒れているわ、おつまみは床にこぼれているわ、うら若き乙女たちがみっともない姿で寝ているような惨状であった。しかし、皆の顔はどこか満足そうな顔をし、夢の世界へと旅立っていた。その中に自分のよく知る二人がこれまた、みっともない姿で眠っていた。
「もう、二人とも酔いつぶれちゃって。」
霊夢と魔理沙は二人して、幸せそうな顔で大口を開けて眠っていた。近くには掛けられていたであろうタオルケットがどちらも放り出されていた。
彼女たちの何とも幸せそうな顔を見ながら先ほどパルスィの言っていた言葉を思い出す。
「誰かが、私に嫉妬しているか……。」
もしかして目の前の彼女たちのどちらかが、なんて考えがふと、頭をよぎる。確かに私は霊夢よりは良い生活をしてるかもしれないし、魔理沙より才能に恵まれているかもしれない。
「……何考えてんだろう、私。」
霊夢も魔理沙もそんなこと微塵も考えるはず無いではないか。霊夢は基本、他人にあまり関心を持たない雲みたいな娘だから嫉妬なんて感情とは無縁だろうし、魔理沙もたとえ嫉妬してもそれをばねに高みを目指す強い心を持っていることを近くにいる私なら分かるはずだ。
「ちょっと、考えすぎてたかしらね。」
他人に興味が無いなんて巷じゃ噂されているらしいし。今さら他人からの評価なんて気にする必要がどこにあると言うのか。
「この二人みたいにもっと奔放に生きてみてもいいかもね。」
まあ、さすがにこの二人のように自由になりすぎるのは問題だが。そんな事を考えながら二人にタオルケットを掛け直してやり、アリスはその場を後にした。
かつ、かつとアリスのブーツの音が静まり返った宴会場に響き渡る。
かつ、かつ、かつ、かつ(かつ)、かつ(かつ)。
「!?」
おかしい。今は皆、寝静まっているはず。なのに聞こえるもう一つの足音。
「ッ、誰!」
振り向くと、そこに居たのは人の形をした、人とも妖怪とも言えない、緑色をしたおぞましいナニか。体は靄のようなものが集まって出来ており、そいつは、人間でいえば口にあたる部分を裂けるほど大きく歪め、にやりと笑っていた。おそらく、パルスィが言っていた化物とはこいつのことかもしれない。何故このタイミングで現れたのかは分からないが、とにかく今は自分の身を守ることを優先すべきだ。
「上海!蓬莱!」
常に連れ歩いている二体の人形を化物に向かい突進させる。しかしながら、霧のように実体がないのか二体の攻撃はにやにやと不気味に笑う化物の体をむなしく通り過ぎていくだけだった。
「なら!」
そう言って懐から数体の人形を取り出し、相手の元へと投げつける。
魔符「アーティクルサクリファイス」
突撃と同時に、火薬の弾ける音を伴い人形が爆発する。爆発の衝撃であたり一面にもうもうと砂煙が舞い、化物と二人、砂煙の中に取り残される。もし、向こうが霧や靄で構成されているならば、今のは有効打になったはずだ。仮に効いていなくても、さっきの轟音で眠っていた連中も目を覚ますはずである。そうなれば、こちらにも勝機はある。
徐々に砂煙が晴れていき、相手がいた場所も次第に明らかになっていく。いつでも反撃できるよう、アリスは自分自身、そして自分の周りの人形に臨戦態勢を執らせる。砂煙が晴れ、先ほどまで相手がいた場所に緑色の欠片も残っておらず、姿も形も無くなっていた。
「……倒した、のかしら?」
そう言って、肩を下ろす。
その瞬間、緑色の靄が全身を駆け上がり彼女の自由を拘束した。
「!?しまっ」
彼女の声はそこで途切れた。緑色の靄はまるで、万力のような力で彼女の体に纏わりつき、体の自由を奪う。そして、それが首まで達したとき、靄の最上部はまるで人の手の形のようになり、彼女の首を締め上げたのだ。
「かっ、は、があ。」
酸素を奪われ、もがき苦しむアリス。なんとか外そうと抵抗を試みるも、魔法使いの腕力自体は人間のそれと大して変わらず、人形を操ろうにも指一本動かせない状況にあった。
意識がだんだんと遠のく中で、アリスの耳に靄から囁くように聞こえてくる声が入ってきた。
─ナンデ?
─ネエ、ナンデ?
─ソコハアナタノイバショジャナイ。
─ワタシガイルベキバショナノニ。
─コウムノイヘンカラ、アノコタチトイッショニイルノニ
─アナタガヨクテ、ワタシジャダメナ、リユウハナアニ?
─ネエ、ネンデ?
─ナンデ、ナンデ、ナンデダヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
(……この…娘…の……こ…え)
薄れ行く意識の中で、その声はどこかで聞いたことのある声だということは分かった。しかし、酸素が足りない頭では、その程度のことしか考えられず、次第に体から力が抜けていき、死を覚悟したその時だった、
「夢想封印!」
「マスタースパーク!」
鮮やかな七色の霊撃と、闇をも切り裂く真っ白な光が私の体に纏わりつく靄を吹き飛ばす。
「げほっ、ごほっ。」
「「アリス!!」」
体中に酸素を取り戻し、私を助けに来てくれた二人と顔を合わせる。二人ともひどく心配そうな顔をしており、魔理沙に至っては泣きそうな顔をしていた。さらに、その後ろを見ると騒ぎを聞きつけた人妖たちが、大勢集まっている。その中で、この二人はすぐさま、私の危機に駆けつけてくれたのだ。心の中に暖かい感情が駆け巡り、思わず泣きそうになる。
「二人とも、ありがとう。」
「ぐす、まったくあんまり心配かけるものじゃないぜ。」
「とにかく無事で何よりだわ。さて、あれを何とかしてしまいましょう。」
そう言うと、霊夢は持っていた御祓い棒を突き付ける。
─ナンデ!?
─ワタシヨ、ワタシ!
─ズット、イッショニイタノニ
─ナンデキヅイテクレナイノ!
「おい、霊夢知り合いか?こう言うのも何だが、友達は選んだ方が良いぜ。」
「そうね、白黒で、種族魔法使いで、人の楽しみにしといた羊羹食べるような奴は今度から退治した方がよさそうね。」
「誰だか知らんが、ひどい奴がいたもんだな。」
そんな軽口を叩きあいながら、二人は臨戦態勢をとる。
「けほ…二人とも気を付けて。」
「アリスは下がってなさい。」
「異変解決のプロが二人いるんだ。負けるわけ無いぜ。」
そう言って、二人が今まさに突撃しようとした、その時だった。
「はい、そこまで。」
ゆったりと彼女たちの間へ割り込む一人の姿。それは、先ほどまでアリスと会話をしていた水橋パルスィの姿だった。
「二人とも悪いけど、アレは私の能力の管轄にあるの。大好きなお友達の前で良い格好したいのは分かるけど、ここは譲ってくれないかしら?」
「んな!?」
「そ、そんなんじゃないぜ!!」
ここからでは何を言っているか分からないが急に慌てだした二人を尻目に、パルスィは化物へと足を進めていく。
─イヤダ、コナイデ!!
「自分の居場所取られて、その上、仲の良いところまで見せつけられて、さぞかし、妬ましいでしょうねえ。でも、ここは今のアンタの居場所じゃないの。大人しく元いた場所に帰りなさいな。」
そう言うとパルスィは懐から一枚のスペルカードを取り出し、宣言する。
妬符「グリーンアイドモンスター」
宣言とともに彼女の背後が歪み、この世の妬み、恨みを喰らう緑色の目をした怪物が現れる。ずるりと、その大きな全身を現すと同時に怪物は緑色の靄へと飛びかかり、あっという間にその全身を喰らいつくした。
─レイム……マリサ……アリス……
最後に聞こえた声は恨みでも妬みでもなく、ただ、彼女たちを呼ぶ声だった。
「何だ、随分あっけないな。」
「そうよ、久しぶりに妖怪退治できると思ったのに。」
「悪いわね。愛しのあの娘の前で良い格好させられなくて。」
「「だから、そんなんじゃない(ぜ)!!」」
化物退治も終わり、三人は何やら騒ぎながら戻って来る。結局、あの化物はいったい何だったのだろうか。
「あーあ、何て言うか、肩透かしね、もう一杯飲んでから寝ましょうか。」
「そうだな。」
「え、お二人まだ騒ぐ気ですか。」
「「あぁ!?」」
「もうやだこの人間。」
どうやら霊夢たちはもう少し飲むようだ。地霊殿の当主は大層嫌そうな顔をしていたが。つくづくあの娘たちの宴会好きには呆れるものだ。そんなことを考えていると、つかつかとこちらに歩いてくる影があった。
「ありがとう、助かったわ。」
「だから言ったじゃない、気をつけろって。」
「でも、助けてくれるあたり、やっぱりあなた世話焼きな妖怪ね。」
「……もう、それでいいわよ。」
そう言って彼女はぷらぷらと手を振りながら私の横を通り過ぎる。が、ふと、足を止めて私に尋ねてきた。
「世話焼きついでにもう一つ。『冴月麟』って名前忘れないでやって頂戴ね。」
そう言って彼女は宴会場へと消えていった。
「……冴月麟。」
「おーい、アリスー。何してんだ、一緒に飲もうぜ。」
「あ、うん。」
そう言って、私は宴会場へ向かって走り出した。初めて聞くのにどこか懐かしい名に疑問を感じながら。
「だーから言っただろ?地底で宴会したら涼しいって。」
「なーによ。あんたは提案しただけじゃない。私なんかわざわざこんな薄暗いところまで宴会の許可貰いに行ったんだからね。」
「……あの、お二人とも、場所も食材も提供しているのは地霊殿ですし、そもそも許可貰いにって、霊夢さん『今から宴会やるから。』って言って、そのままずっとお茶飲んでたじゃないですか。」
「「ああ!?あんだって!?」」
「もうやだ、この人間。」
怨霊すら恐れるさとり妖怪が酔っ払いの人間の少女相手に絡まれ、
「あのー、萃香さん。私はこの辺で……」
「何言ってんの。まだ全然飲めるじゃんか。」
「ぷぷぷ、文の奴、鬼に絡まれてやんの。」
「お、山にいた頃は見ない顔だねえ。アンタ。」
「げ!!鬼!?」
「丁度いいや、アンタも付き合いな。まだまだ飲むよー!」
「いやーーーー!!」
(鴉天狗二人揃って何してるんだか。)
鬼に絡まれる鴉天狗を哨戒天狗が眺め、
「ねえねえ、アンタ蜘蛛使いって本当!?」
「へ?」
「そこに居る白い服着た人が『一輪は入道雲操れるよ』って。にゅうどうぐもってどんな蜘蛛!?」
「ちょっと、村紗!?」
(天然なヤマメちゃんは可愛いなあ)
(うろたえる一輪は可愛いなあ)
天然な土蜘蛛に入道使いが質問攻めにあい、
「うにゅにゅにゅにゅ。」
「ちんちん。」
「にゃーん。」
「ちぇええええええええええん。」
(何の話をしているんだろう?)
動物たちがそれぞれフリーダムに鳴いているのを、こいしはひっそりと眺めていた。
以前は忌み嫌われた者たちが地底に集い、地上と地底の交流を禁じられた中でひっそりと、しかし、どこか賑やかに暮らしていたが、間欠泉の異変以来、好奇心から地底へと観光に来る地上の者も増え、逆に地底から地上へ行くものも現れ、徐々に交流が復活し、今では交流が禁じられていた以前よりもより、地底は賑やかになっている。
しかし、どんな場所においても賑やかより静かに、多より個を好むものはいるもので、地底の宴会場の隅で一人、アリス・マーガトロイドはちびちびと酒を飲んでいた。
「あんまり、収穫無かったなあ。」
普段はあまり宴会に参加しない彼女が、今回地底の宴会に参加しているのは自律人形作成のためのヒントを探すためである。以前の異変のように白黒の魔法使いに頼んでもよかったのだが、自分の目で見て判断した方がより多くのヒントを得ることができるのではないか、と思い宴会に参加がてら地底を見て回っていたのだ。
(案外、地底も広い所なのね。魔理沙のサポートしてた時はあっと言う間に進んじゃうからこんなに広いとは思わなかったなあ。)
そんなことを考えながら、手に持ったコップに口を付ける。酒の甘みが口いっぱいに広がり、アルコールが徐々に体全体へと回ってくる。
「ぷはあ。」
「あら、良い飲みっぷりね。」
そんな彼女の元に、金色の髪をし、大陸風の衣装を身にまとい、尖った耳に、何よりも目を引く緑色の目をした少女がゆっくりとした足取りで近付く。
「あら、あなた、えーっと……」
「パルスィよ。水橋パルスィ。こうして面と向かって対面するのは初めてかしら。異変の時にあの魔法使いの手伝いしてたのあなたでしょ。」
はて、この初対面に近い相手に、いつ私はあの時魔理沙のサポートをしていたことを話しただろうか。こっちは異変の際に人形の視界を通じて彼女の姿を見たが、向こうは人形しか見ていないはずだけど。
「どうかした?」
「え、いや別に。」
そう言うと彼女は私の隣に座りこむ。
「異変の時からあなたのこと気になっていたのよ。」
「え、悪いけど私にそっちの趣味は無いわよ。」
「そういう意味じゃないわよ。どこの世界に初対面に近い相手に自分の性癖暴露する奴がいるのよ。」
割とこの幻想郷にはいるんじゃなかろうか、という言葉は言わないでおくことにした。人の家に飯をたかりに来るわ、本を盗みに来るわでこの幻想郷には常識がまともに身についてる生物の方が少ないんじゃなかろうか。幸いにも目の前の彼女は比較的常識人のようだが。
「どうかしたの?」
「いや、常識って大事だなあって。」
「……ああ、そういうこと。苦労してるのねあなたも。」
「わかってくれるのね。この間まで真面目で常識人だった娘が気付けば常識に捕らわれない娘になる場所だから……」
「地上も地上で大変なのね……」
互いにシンパシーを感じながら、杯に口を付ける。いつだって、常識人が苦労する理不尽な世の中なのだ。
「それで何の用だっけ?」
「ああ、共感者が見つかって思わず感慨に浸ってたわ。単刀直入に言うけど、あなたね嫉妬されているのよ。」
「え?」
「それもただの嫉妬じゃないわ。殺意や憎悪に近い、それこそあなたの人形に残り香が付くほどに濃い嫉妬ね。」
なるほど、それで一目で私があの時魔理沙のサポートをしていたと分かったわけだ。嫉妬心を操る妖怪としてはそれだけ濃い嫉妬を身に纏う者に興味が惹かれるものなのだろう。ただ、やはり引っかかるところがある。
「私、誰かに殺意抱かせるような行為はしていないはずだけど。」
自律人形を作るために日々、人形を作ったり、図書館へヒントをさがしにいったり、収入のために人里で人形劇を開いたり、人と会うことなどせいぜいこれらの時にしか機会がない。主観的に過ぎないが、誰かに恨まれたりするようなことはそうそうしていないはずである。
「そればっかりは、私じゃどうしようも無いわよ。そもそも嫉妬なんてされている本人が気付く方が珍しいもの。」
「私が嫉妬されているのは分かったけど、それで、どうしろって言うのよ。他人の目を気にしながら生きるなんてお断りよ。」
「別に、嫉妬に怯えながら暮らせ、なんて言うつもりじゃないわよ。ただ、あなたの場合はちょっと向けられている嫉妬が濃すぎるの。強すぎる思念は時に怪異の原因になるから、その忠告に来たのよ。特に、緑色した化物なんかを見かけたら気をつけなさい。」
「もしかして、心配してくれてるの?」
「そんなんじゃないわよ。私も所詮妖怪だから、やりたいようにやってるだけ。それがたまたまこの行動に繋がっただけよ。」
「だとしたら、あなた相当世話焼きな妖怪ね。」
「……そういうことにしておいて頂戴。言いたいことはそれだけだから。地底の宴会を楽しんでいってね。」
そう言うと、彼女は宴会場の奥へと歩いていき、人ごみに紛れてその姿を眩ませた。殺意に近い嫉妬。それが博麗の巫女でもなく、妖怪の賢者でもなく、一介の人形遣いであるこの私に向けられている。誰が?どんな理由で?彼女が立ち去ってもしばらくそのことを考えていた。
「……ん。」
暗闇の中で一人目を覚ます。いつの間にか眠っていたようで、先ほどまで飲めや、騒げやの様子だった宴会場も今では、皆酔いつぶれ静まり返っている。地底からでは空は見えないがおそらく大分夜も更けているのだろう。
「少し、喉が渇くわね。」
いくら、地底が涼しいとは言え、季節は夏。その上宴会で大勢の人が集まっているのだから熱気が籠っていつもより暑くなっていたのも頷ける。アリスは喉の渇きを潤すため、一人静かな宴会場を歩いていた。
酒やつまみが並ぶ中にぽつんと置かれていた水差しからコップへと水をつぎ、喉を潤す。
「ぷはあ。」
喉が潤ったところであたりを見回してみる。一升瓶は倒れているわ、おつまみは床にこぼれているわ、うら若き乙女たちがみっともない姿で寝ているような惨状であった。しかし、皆の顔はどこか満足そうな顔をし、夢の世界へと旅立っていた。その中に自分のよく知る二人がこれまた、みっともない姿で眠っていた。
「もう、二人とも酔いつぶれちゃって。」
霊夢と魔理沙は二人して、幸せそうな顔で大口を開けて眠っていた。近くには掛けられていたであろうタオルケットがどちらも放り出されていた。
彼女たちの何とも幸せそうな顔を見ながら先ほどパルスィの言っていた言葉を思い出す。
「誰かが、私に嫉妬しているか……。」
もしかして目の前の彼女たちのどちらかが、なんて考えがふと、頭をよぎる。確かに私は霊夢よりは良い生活をしてるかもしれないし、魔理沙より才能に恵まれているかもしれない。
「……何考えてんだろう、私。」
霊夢も魔理沙もそんなこと微塵も考えるはず無いではないか。霊夢は基本、他人にあまり関心を持たない雲みたいな娘だから嫉妬なんて感情とは無縁だろうし、魔理沙もたとえ嫉妬してもそれをばねに高みを目指す強い心を持っていることを近くにいる私なら分かるはずだ。
「ちょっと、考えすぎてたかしらね。」
他人に興味が無いなんて巷じゃ噂されているらしいし。今さら他人からの評価なんて気にする必要がどこにあると言うのか。
「この二人みたいにもっと奔放に生きてみてもいいかもね。」
まあ、さすがにこの二人のように自由になりすぎるのは問題だが。そんな事を考えながら二人にタオルケットを掛け直してやり、アリスはその場を後にした。
かつ、かつとアリスのブーツの音が静まり返った宴会場に響き渡る。
かつ、かつ、かつ、かつ(かつ)、かつ(かつ)。
「!?」
おかしい。今は皆、寝静まっているはず。なのに聞こえるもう一つの足音。
「ッ、誰!」
振り向くと、そこに居たのは人の形をした、人とも妖怪とも言えない、緑色をしたおぞましいナニか。体は靄のようなものが集まって出来ており、そいつは、人間でいえば口にあたる部分を裂けるほど大きく歪め、にやりと笑っていた。おそらく、パルスィが言っていた化物とはこいつのことかもしれない。何故このタイミングで現れたのかは分からないが、とにかく今は自分の身を守ることを優先すべきだ。
「上海!蓬莱!」
常に連れ歩いている二体の人形を化物に向かい突進させる。しかしながら、霧のように実体がないのか二体の攻撃はにやにやと不気味に笑う化物の体をむなしく通り過ぎていくだけだった。
「なら!」
そう言って懐から数体の人形を取り出し、相手の元へと投げつける。
魔符「アーティクルサクリファイス」
突撃と同時に、火薬の弾ける音を伴い人形が爆発する。爆発の衝撃であたり一面にもうもうと砂煙が舞い、化物と二人、砂煙の中に取り残される。もし、向こうが霧や靄で構成されているならば、今のは有効打になったはずだ。仮に効いていなくても、さっきの轟音で眠っていた連中も目を覚ますはずである。そうなれば、こちらにも勝機はある。
徐々に砂煙が晴れていき、相手がいた場所も次第に明らかになっていく。いつでも反撃できるよう、アリスは自分自身、そして自分の周りの人形に臨戦態勢を執らせる。砂煙が晴れ、先ほどまで相手がいた場所に緑色の欠片も残っておらず、姿も形も無くなっていた。
「……倒した、のかしら?」
そう言って、肩を下ろす。
その瞬間、緑色の靄が全身を駆け上がり彼女の自由を拘束した。
「!?しまっ」
彼女の声はそこで途切れた。緑色の靄はまるで、万力のような力で彼女の体に纏わりつき、体の自由を奪う。そして、それが首まで達したとき、靄の最上部はまるで人の手の形のようになり、彼女の首を締め上げたのだ。
「かっ、は、があ。」
酸素を奪われ、もがき苦しむアリス。なんとか外そうと抵抗を試みるも、魔法使いの腕力自体は人間のそれと大して変わらず、人形を操ろうにも指一本動かせない状況にあった。
意識がだんだんと遠のく中で、アリスの耳に靄から囁くように聞こえてくる声が入ってきた。
─ナンデ?
─ネエ、ナンデ?
─ソコハアナタノイバショジャナイ。
─ワタシガイルベキバショナノニ。
─コウムノイヘンカラ、アノコタチトイッショニイルノニ
─アナタガヨクテ、ワタシジャダメナ、リユウハナアニ?
─ネエ、ネンデ?
─ナンデ、ナンデ、ナンデダヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
(……この…娘…の……こ…え)
薄れ行く意識の中で、その声はどこかで聞いたことのある声だということは分かった。しかし、酸素が足りない頭では、その程度のことしか考えられず、次第に体から力が抜けていき、死を覚悟したその時だった、
「夢想封印!」
「マスタースパーク!」
鮮やかな七色の霊撃と、闇をも切り裂く真っ白な光が私の体に纏わりつく靄を吹き飛ばす。
「げほっ、ごほっ。」
「「アリス!!」」
体中に酸素を取り戻し、私を助けに来てくれた二人と顔を合わせる。二人ともひどく心配そうな顔をしており、魔理沙に至っては泣きそうな顔をしていた。さらに、その後ろを見ると騒ぎを聞きつけた人妖たちが、大勢集まっている。その中で、この二人はすぐさま、私の危機に駆けつけてくれたのだ。心の中に暖かい感情が駆け巡り、思わず泣きそうになる。
「二人とも、ありがとう。」
「ぐす、まったくあんまり心配かけるものじゃないぜ。」
「とにかく無事で何よりだわ。さて、あれを何とかしてしまいましょう。」
そう言うと、霊夢は持っていた御祓い棒を突き付ける。
─ナンデ!?
─ワタシヨ、ワタシ!
─ズット、イッショニイタノニ
─ナンデキヅイテクレナイノ!
「おい、霊夢知り合いか?こう言うのも何だが、友達は選んだ方が良いぜ。」
「そうね、白黒で、種族魔法使いで、人の楽しみにしといた羊羹食べるような奴は今度から退治した方がよさそうね。」
「誰だか知らんが、ひどい奴がいたもんだな。」
そんな軽口を叩きあいながら、二人は臨戦態勢をとる。
「けほ…二人とも気を付けて。」
「アリスは下がってなさい。」
「異変解決のプロが二人いるんだ。負けるわけ無いぜ。」
そう言って、二人が今まさに突撃しようとした、その時だった。
「はい、そこまで。」
ゆったりと彼女たちの間へ割り込む一人の姿。それは、先ほどまでアリスと会話をしていた水橋パルスィの姿だった。
「二人とも悪いけど、アレは私の能力の管轄にあるの。大好きなお友達の前で良い格好したいのは分かるけど、ここは譲ってくれないかしら?」
「んな!?」
「そ、そんなんじゃないぜ!!」
ここからでは何を言っているか分からないが急に慌てだした二人を尻目に、パルスィは化物へと足を進めていく。
─イヤダ、コナイデ!!
「自分の居場所取られて、その上、仲の良いところまで見せつけられて、さぞかし、妬ましいでしょうねえ。でも、ここは今のアンタの居場所じゃないの。大人しく元いた場所に帰りなさいな。」
そう言うとパルスィは懐から一枚のスペルカードを取り出し、宣言する。
妬符「グリーンアイドモンスター」
宣言とともに彼女の背後が歪み、この世の妬み、恨みを喰らう緑色の目をした怪物が現れる。ずるりと、その大きな全身を現すと同時に怪物は緑色の靄へと飛びかかり、あっという間にその全身を喰らいつくした。
─レイム……マリサ……アリス……
最後に聞こえた声は恨みでも妬みでもなく、ただ、彼女たちを呼ぶ声だった。
「何だ、随分あっけないな。」
「そうよ、久しぶりに妖怪退治できると思ったのに。」
「悪いわね。愛しのあの娘の前で良い格好させられなくて。」
「「だから、そんなんじゃない(ぜ)!!」」
化物退治も終わり、三人は何やら騒ぎながら戻って来る。結局、あの化物はいったい何だったのだろうか。
「あーあ、何て言うか、肩透かしね、もう一杯飲んでから寝ましょうか。」
「そうだな。」
「え、お二人まだ騒ぐ気ですか。」
「「あぁ!?」」
「もうやだこの人間。」
どうやら霊夢たちはもう少し飲むようだ。地霊殿の当主は大層嫌そうな顔をしていたが。つくづくあの娘たちの宴会好きには呆れるものだ。そんなことを考えていると、つかつかとこちらに歩いてくる影があった。
「ありがとう、助かったわ。」
「だから言ったじゃない、気をつけろって。」
「でも、助けてくれるあたり、やっぱりあなた世話焼きな妖怪ね。」
「……もう、それでいいわよ。」
そう言って彼女はぷらぷらと手を振りながら私の横を通り過ぎる。が、ふと、足を止めて私に尋ねてきた。
「世話焼きついでにもう一つ。『冴月麟』って名前忘れないでやって頂戴ね。」
そう言って彼女は宴会場へと消えていった。
「……冴月麟。」
「おーい、アリスー。何してんだ、一緒に飲もうぜ。」
「あ、うん。」
そう言って、私は宴会場へ向かって走り出した。初めて聞くのにどこか懐かしい名に疑問を感じながら。
お節介焼きのパルスィは良いね
にしてもみんな可愛いぜ
……もし産まれてたらどんな娘だったのかはわからないけど、
きっとクレオパトラの鼻の1cmなんかよりずっと大きい存在だったに違いない。