「……よし、おかしいところはないわね」
片手に持った、小さな鏡で自分の姿を映しながらはたてはつぶやく。その隣の椛が、「そんなに念入りに確認したって、文さんはずぇったいに気づきませんよ」とジト目と呆れ声でつぶやく。
「べ、別に文は関係ないでしょ!」
「……はいはい」
声を荒げるはたて。『わかったから好きにしてくれ』という椛。
やがて、はたては一軒の家の前に近づき、一度、深呼吸をしてから、
「おーい、文ー! 起きろー!」
と、ドアを思いっきり蹴りつけた。
どがんっ、という騒音。同時に、鍵が吹っ飛んだのか、それとも元から鍵がかけられていなかったのか、ドアは内側に向かって勢いよく開いていく。
「……何もそんな開け方しなくても」
「ドアをノックしたくらいじゃ、最近、起きてこないのよ。あいつ」
「……もうちょっと女性らしくしとやかにというか……」
「あんたが言うな」
「……わん」
言われてみればそうかもなぁ、と思ってしまった椛は肩を落としてうつむいた。
ともあれ、はたては家の中へと入っていく。
乱雑に散らかった部屋の中、ソファの上に横になって、今の轟音にも拘わらずすやすや眠りこけている家の主に視線が止まる。ちなみに、部屋の天井付近では、その主の遣いであるかーくんが『な、何事ですか!?』と混乱してばさばさ飛び回っていた。
「文、起きろ!」
「ふにゅふ!?」
彼女が枕にしていたクッション取り上げ、ぼふん、と顔に叩きつける。
すると、さすがにその一撃は堪えたのか、主がもそもそと起き上がった。
「……あー、はたてさんの起こし方はきついですねぇ」
「普通に起こしても起きないあんたが悪い」
「いやいや、そこは優しく愛を持って、『あ・や。お・き・て』なんて、こう……ぶっ!?」
「あほなこと言ってないで、さっさと用意をしなさいよ!」
気色悪い(はたて談)猫なで声を上げながら、何やらくねくねした演技をする文の顔面に、はたてがクッションを投げつけた。
もんどりうって、文はそのままソファの裏側に後頭部から落下する。
「あいたたた……あはは」
「ったくもう」
『相変わらず、朝からあほな夫婦漫才やってるなぁ』と思いつつ、その光景をはたての後ろから眺める椛。
そんな時、文が『お?』と声を上げたのに、彼女は気づいた。
「な、何よ」
「ああ、いえ」
文ははたての全身を、上から下まで隈なく眺めると、一言、
「足下、変えたんですね」
「あ……」
「何……だと……」
にこっと微笑む一言に、はたては嬉しそうに顔を桜色に染め、椛は目の前の事実に驚愕する。
「靴と靴下を変えたんですか。またどうして?」
「あ……その……た、たまたまよ! たまたま!
その……ほら、早苗とか言ったっけ? あいつが、『このニーソックス、買ったんだけど合わなくて使ってないんですけど、はたてさん、いりますか?』って渡してきたから!」
「なるほど」
ふふん、という感じで文は、はたてには見えないように笑った。
それから、その視線をはたての後ろの椛へ。椛は目を見開き、『そんなバカな!?』という表情を浮かべている。その彼女へ、視線で『あなたとは違うんですよ。残念ぽんでしたね』と語ってから、よいしょ、と立ち上がる。
「ニーソックスというのもあったかそうでいいですね」
「そ、そう? 結構きついんだけど……」
「太ったんじゃないですか?」
「こら、足触るな! くすぐったいじゃない!」
そんな風にじゃれあう二人。相変わらず、椛が驚愕のあまり動けないでいる中、『それじゃ、はたてさん。朝ご飯よろしくお願いします』『何でわたしが作んないといけないのよ!』というやり取りが始まるのであった。
これだけで終わっていれば、それは『バカップル爆発しろ』という、一部の紳士たちの祝福を受けるだけですむ、きわめて平凡な朝の風景であっただろう。
しかし、それで終わるはずがないのだ。
なぜなら、ここは幻想郷だからである。
「各々方、まずはご足労頂き、感謝する」
重苦しい声と共に、一人の男が言った。
彼を含む、複数の男が車座になって座っている。部屋の四隅にはゆらゆら揺らめくろうそくの灯がともり、闇に包まれた空間をあえかに照らしていた。
そんな場所だからだろうか。重たい空気が漂う中、彼は言葉を続ける。
「大天狗の命令の下、また今年も『見直し』となったのは、わざわざ口にするまでもないことだとは承知している」
誰かが『うむ』と声を上げる。
「この作業は、我ら天狗にとって、きわめて重要なことである。
それをゆめゆめ忘れることなきよう――」
天狗。
それは、幻想郷の一大勢力の一つ。
『山』と呼ばれる世界に独自のコミュニティを築く彼らは、閉鎖的な村社会を作り、数々の厳しい掟を守って生活をしている。
ここに集まった彼らは、そんな天狗たちのコミュニティの中で形成されたヒエラルキーの頂点に君臨するものたちばかり。一般の、若い天狗などはそのご尊顔を拝むことすら許されない。
そんな彼らに混じる、一人の天狗が膝を立てると、部屋の隅に用意されたホワイトボード(河童製。ただいま人間の里のみで試験販売中)へと歩み寄り、見事な達筆で文字をしたためていく。
やがて完成する文字の羅列は、以下のようなものであった。
『第876回 ミス天狗娘コンテスト検討会』
「……うむ、見事な文字じゃのぉ」
「今年もこの季節がやってきたのぅ。いやいや、結構なことじゃ」
「わしなど、このためだけに生きておるようなもんじゃ。わっはっは」
若い天狗は『このエロじじいども』と思ったが、とりあえず口には出さなかった。
下手なこと言えば天狗社会でハブられるのは目に見えているからである。
「さて、各々方、まずは足を崩されよ」
「今年はどんなかわい子ちゃんが見られるのかのぉ」
「じいさんや。今時、『かわい子ちゃん』は古いじゃろ」
「む、そうか。今時の若いもんの『もだん』な言葉にはついていけんでのぅ」
先ほどまでとは打って変わって和気藹々となるじじいども。こんなのがトップを取るのが天狗社会だ。実に幻想郷らしいと言えるだろう。
「さて、それでは、各々方のお勧めの娘を教えてくれんじゃろか」
「それでは、わしから参ろうぞ」
彼らは天狗社会の中でも細かに細分化される、所謂『派閥』のトップである。
肥大化した組織を構成するに当たって、細かな組織が作られるのは自明の理。彼らはそうして、自分のおめがねにかなう『かわい子ちゃん』を日々見繕っているのである。
「うーむ……今年も、なかなかれべるが高いのぅ」
「うむ。どの娘も見事」
「むぅ!? このような娘もおるのか!
な、なぁ、じいさんや。この写真、焼き増ししてはくれぬか?」
「わっはっは。構わん構わん」
それぞれの派閥の中から一人ずつ、『これは!』と思う逸材を紹介していくじじいども。
その流れが、またあるじじいの元へとやってくる。
「わしは、この娘を紹介しよう」
どん、という音と共に、手にした写真を車座の中心へと送り出す。
そこに映し出されていたのは皆さんご存知の、毎度おなじみ射命丸だった。実はあの彼女、このコンテストでも何度かエントリーされていたりする。
確かにこのコンテスト、大半がこのエロじじいどもの個人的な考えの下、毎年開催されているものではあるのだが、いかにエロじじいとは言っても天狗社会ではトップクラスの者達だ。
必然的に、コンテストにエントリーされると言うことは、多少なりとも彼らに注目されていることとなる。うまく彼らに取り入ればその地位を、一気に三段飛ばしで駆け上がることも夢ではない。
「相変わらず、健康的な色気の漂う娘じゃの」
「笑顔がかわいらしいんじゃよ。この娘は」
内容はどうあれ、大なり小なりの欲望を持つもの達にとって、このコンテストは大きなチャンスの一つ。
コンテストへのエントリー、ひいては入賞を目指して多くの天狗娘たちが己を磨き上げるのに苦心する中、
「やはり、他のものと比べるとけばけばしさがないのがいいのぅ」
「うむ。世間では、これを『すっぴん』というそうじゃ」
「何と。そのような言葉があるのか。
ううむ……長生きはするもんじゃの。また一つ賢くなったわい」
このあやや、特段の努力等、一切することなくエントリーを重ねる強者だったりするのである。
「しかしのぅ、疾風の。お主がこの娘を一押しにしておるのはわかるのじゃが、そろそろ出玉が尽くしているのではないか?」
「やはり、今年は、わしのところのこの娘じゃろう。
見よ、このあふれんばかりの色香を。昨年、子供も出来たそうでの、さらにべっぴんさんになりよったわい」
『それ、そもそも「ミス」じゃねぇじゃねぇか』とまた若い天狗は思ったが以下略。
「ふっふっふ……」
しかし、『疾風』と呼ばれた彼はうろたえなかった。
若い頃、あらゆる天狗を追い越し、空を駆け抜けるその姿から名づけられた異名と共に、彼は今、再び、大空を舞う。
「甘いのぅ……雷光の。
今年のあややちゃんの一押しは、ここじゃあ!」
『あややちゃんとかいい年して言うなよじいさん、年わきまえろよ』と、若い以下略。
「むぅっ!?」
「そ、それはぁっ!?」
新たな写真が一枚取り出された。
それは後光を放ちながら、じじいどもの間を舞い、文の写真の上に舞い降りる。それを見たじじいどもは、あまりの衝撃に、一様に動きを止めてしまう。
「見よ! この、健康的かつむちむちの色気を漂わせる見事な太ももを!
いいや、太ももだけではない! このライン! この肌の張り! まさに造形美! 稀代の彫刻家や絵描きでも、これを形にすることは不可能!
すなわち、これぞ生足の魅力じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いい年こいたじじいが絶叫と共に立ち上がり、背中に荒れ狂う嵐の絵を背負って叫ぶ姿は、圧倒的なまでの説得力に満ちていた。
そして、若い天狗はその光景を見て、『俺、何で天狗なんかに生まれちゃったんだろう』と自分の人生そのものに問いを投げかけていた。
彼の葛藤はともあれ、じじいのその破壊力を伴う一言に、他のじじいどもは、皆、言葉を失った。
「……む、むぅ……」
やっとのことで引っ張り出した言葉がそれである。
皆、文の見事な、かつ、美しいまでの生足を食い入るように見入っている。
いや、それを『美しい』などという一言で表現するのは、この足に無礼であるかもしれない。
健康的。そして、艶。その二つを兼ね備えた、まさに脚線美。太ももからふくらはぎに至るまでの、まるで計算されたかのようなカーブは見るものの眼を引きつけ、同時に、たかが写真に写し出されている、それだけなのにぱんと張った肌の質感は、彼女の若々しさと躍動感を同時に伝えてくる。
カーブをゆっくり下っていくと、引き締まった筋肉のラインすらうっすらと浮かび上がる。すなわち、それ一つで完結している『美』なのである。言葉を失うのも当然ということか。
要するに、結局、こいつらただのエロじじいなのである。
「ふふふ……」
勝ったな、と彼は思った。
じじいどもは、皆、「……確かに、疾風のの言う通りかもしれぬな」「……美しい」「この足に踏まれたら最高じゃろうなぁ……」などと口々につぶやいている。
彼は、今年こそ、肝いりのあややちゃんに『今年はあややちゃんが1位じゃよ』と笑顔で告げられることを確信していた。
もちろんその後に、『ありがとうございます!』と笑顔のあややちゃんの熱いベーゼまでを予想済みだ。
しかし、である。
「くくく……ふふふふ……わぁーっはっはっはっは!」
いきなり部屋の扉が開き、新たなじじいが現れた。
若い天狗は『何、遅刻してきて高笑いしてんだこの腐れじじい』とまで思ったが以下略。
「貴様、旋風の!」
文を推していたじじいが顔色を変えて立ち上がる。そうすると、その見事な体躯がまるで巨大な山のように見えるから不思議である。
やはり、人間も妖怪も見た目が一番だ。
「甘い……甘いなぁ、疾風の。
これからは生足の時代だ? ふん、笑わせる!」
んなこと言ったっけなぁ、と若い天狗は思ったが以下略。
「そんなもの、わしらはとうの昔に通り過ぎておるわ!
これからは、これじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ずばぁっ、と懐から一枚の写真を取り出すじじい。かつて、あらゆる天狗の中において、頭一つ抜けていたと言う風使いの実力が披露され、部屋の中で旋風が舞い踊る。
風に踊らされた一枚の写真が、ひらひらと宙から舞い降り、車座の中心に『かっ!』と突き立った。
「むぅ……?」
「これは……」
「我が陣営一押しのかわい子ちゃん、はーたんだっ!」
何がはーたんだよじじいあんた確か嫁さんに若い娘に色目使ってんじゃないよって怒られてなかったかと若い天狗以下略。
「ふん、何がはーたんじゃ! あのような引きこもり娘が、我が陣営のあややちゃんにかなうはずがなかろう!」
「ふははは! 笑止!
古来より、大奥に住まうものが人目に触れてこなかったのは当然じゃろう!」
議論の論点がずれているが、どちらにせよ、どっちも写真の相手に対してひでぇことを言っているのに異論はないだろう。
多分、当人がこの場にいたら色んな意味でえらいことになっているはずである。
「疾風の。お主にはわかるか? あのはーたんの『違い』が」
「何が違いじゃ。何も変わるわけが……」
「ならば見るがいい!
これがBefore! そしてこれがAfterじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「む、むぅっ!? これはまさか!?」
『あー、これで俺が「知ってるのか、疾風のっ!?」とか言えばネタになるのかなぁ』と若い以下略。
「そう! はーたんも『いめぇじちぇんじ』略して『いめちぇん』をしたのじゃ!
見よ! 確かに以前のはいそっくすも捨てがたい! だが、こちらのにーそっくすはどうじゃ! 足を包み込むにーそっくす! その白い肌と布の色のコントラスト! 生足とは違い、己の素肌を外にさらすのをこばむ清楚さがにじみ出ておるっ!
そして何よりも、この、すかぁととにーそっくすとの切れ間! これを守矢神社の巫女が言うには『絶対領域』という至高の萌え要素っ! 布と布の間にちらりと見える、甘い色の素肌の魅力に、露出狂の生足娘がかなうと思うてかぁぁぁぁぁぁ!」
その場に『露出狂の生足娘』がいたら容赦なく踏まれてるであろう一言を放ったじじいは、勝ち誇ったように胸を反らした。
後ろでは車座のじじいどもが「うむ……確かに、旋風のが言うことも一理ある」「この圧倒的かつ完璧なこんとらすとはどうじゃ。美しいの一言ではないか」「実に見事。天晴れの一言じゃのぅ」などという会話もしている。
文の脚線美に対抗するかのように、はたては己の足を決して外にさらさない。それは、他者の目を拒む潔癖感を漂わせ、同時に、厚いベールの奥に隠された楽園すら想像させる。ソックスはぴったりと肌に張り付き、決してたるまない。それは、彼女の美学を感じさせると同時に、たとえ他者の目にさらさずとも、己の『存在』を誇示させるには必要にして充分。生足の魅力に決して劣らない、ソックスとのコントラストだ。かてて加えて、ひらひら舞うスカートへと視線を向けていけば、ソックスとスカートとの間にちらりと見える、淡い色の素肌。これの破壊力はすさまじい。一体、その向こうに、その奥に何があるのか。挑戦を諦めないチャレンジャー達の前に現れる、それは楽園の果実の一つ。美しい。同時に、素晴らしい。もはやそれ以外の言葉があろうものか。しかし、その程度の言葉で表現するのももどかしい。ならば、言葉で続かぬのなら、あえて言葉を飲み込もう。それが先の沈黙の意味であり、ひいては、その後に続く会話のトリガーなのだ。よくわからないが。
ちっ、と疾風のじじいは舌打ちした。
このままでは、愛しのあややちゃんを一位にすえるのが難しくなる。ミス天狗娘は、この場のじじい連中の投票で決まるのだ。優勝のためには、最低限、過半数を確保しておく必要がある。
――それならば。
じじいは次の一手を繰り出した。
「ふふふ……旋風の。
ということは、あれじゃな? お主は生足には魅力を感じぬ、ということじゃな?」
「んなわけなかろう!」
旋風のじじいは胸を張った。やっぱりこいつもただのエロじじいである。
「ぷりっぷりの素肌! むちむちの肉付き! まさに健康的なえろすじゃ!
しかしっ! 一周回ってみればお主にもわかるじゃろうが、『見えるよりも見えない』ことの方が燃えるのじゃ! 色々とな!」
「なるほど……。確かに、それは否定できぬことじゃな……」
だが、とじじいは口許をにまりと歪ませる。
「それならば、貴様も認めざるを得ない、あややちゃんの究極を味わうがいいっ!」
「な、何――――――――っ!? そ、それはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
それは、文のとあるハプニングを写した写真だった。
風が吹き上げたその瞬間、彼女の可憐なミニスカートがふわりとめくれ上がった、その一瞬。真っ白な、思わず触りたくなる見事なお尻が、手ぶれ、ピンボケ、その他一切なしの鮮やかな写真として捉えられたそれは――、
「し、疾風の!? それはどういうことじゃ!?」
「うむ、確かに!
そこまですかぁとがめくれ上がっていると言うのに……!」
「はっ!? ま、まさか、この娘――!」
「落ち着けぃ、皆の衆!」
ざわつく議場を一括する疾風のじじい。
思わず立ち上がりかけていたじじいどもは、その言葉を受けて、水を打ったようにしんと静まり返る。
「……これぞ、あややちゃんの必殺かつ究極……。
すなわち、『ぱんつはいてない』じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どがしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! と砕ける雷鳴が響き渡る(どっかで)。
あまりの強烈な一言で、静まり返った議場の中、口を開くものは誰もいない。
ぱんつはいてない。
それは一体、どういう意味なのか。
確かにはいてないのかもしれない。スカートがめくれ上がり、文の素足が付け根までさらされているというのに、禁断の果実は見えてこない。しかし、はいてないという証拠も、また、ない。
スカートの動きは完璧。布の限界――それは、体に何かを纏う以上、避けられない境界線。そのラインを、決して見せていないのだ。
側面がめくれ上がれば、あまりにも美しい太ももの付け根が衆目にさらされる。後ろがめくれ上がれば、何と美しき果実か。すでに美の世界を飛び越え、魔性の領域にすら達している空間がそこにある。
だが、決して、見えないのだ。
それはまさに鉄壁。ある意味での絶対的な防壁。他者の侵入を、はたて以上に拒んでいるのだ。
その沈黙を打ち破るのは、やはり、じじい当人であった。
「……実際にはいていないのか、それともきちんとはいているのか。そのようなことはすでに問題ではないっ!
ここまでめくれ上がっていても、決して見えない! それこそが究極!
わかるか、皆の衆!
見えてはいけない、見せてはいけない、にも拘わらず、この瞬間っ! それは芸術の領域を飛び越え、真理の世界へと踏み込むのじゃ!
……旋風の。お主にはわかるまい。
これこそが、あややちゃんの真の魅力じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『おいじじいてめえなんでそんな写真持ってんだけしからん焼き増ししてくださいお願いします』と若い略。
後ろではじじいどもが「なぜだ!? なぜ見えぬ!?」「これほどまでだというのに、なぜ!?」「だが、何じゃ!? この胸の中の高鳴りはっ!?」などとわめき始めている。
――ふっ、勝ったな。
疾風のじじいは内心で笑みを浮かべる。
しかし――、
「……なるほど。疾風の……確かに、わしはお主を侮っていたようじゃ……」
旋風のじじいの闘志は萎えていなかった。
いや、むしろ、さらに燃え上がったと見ていいだろう。
彼の背中に立ち上るオーラは真っ赤な炎となり、天をも焦がさんばかりに突き立っていた。
「見えそうで見えない大いに結構! だがっ! 完璧に見えないことは、逆に無粋であることに気づかぬとは、お主も所詮、その程度の男だったということじゃっ!」
「な、何じゃと!?」
「これを見ても、まだ同じことが言えるかな!?
受け取るがいい! これがはーたんの『ぱんちら』写真じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『じじいてめえもかこれとこれ焼き増しお願いしますお金いるなら払いますから』と若略。
「他者を拒む鉄壁の向こうにちらりと覗く純潔の証拠っ! これを至高と言わずして何と言う!?
『ぱんもろ』は美しくはないっ! 『ぱんちら』だからいいのじゃっ!
完全に見えないそれよりも、分厚い鋼鉄のカーテンをくぐり抜けた花園っ! それこそまさにご褒美じゃろう!」
ふわりと浮かび上がるスカートの裾に、わずかに覗く、スカートとも素肌とも違う色の刹那。
文は完璧に他者を拒んでいた。しかし、はたてはどうだ。あそこまで鋼鉄の鎧を纏い、他者を遠ざけていたというのに、最後の楽園へと至る鍵を、我々の前に差し出してくれているではないか。
スカートと素肌の間、空間にしてわずか数センチ。時には数ミリ、数ドット。そこに存在するのは事実。決して歪むことの出来ない、否定することの許されない真実。手を伸ばせば、すぐに届く。だが、それを守る守人はほんのわずかな時間しか手を差し出すことを許してくれない。
チャンスを。我にもう一度、チャンスを!
懇願するチャレンジャーに、何度も何度も差し出されるそれは、はたてからチャレンジャー達への慈愛と言うことも出来るだろう。
それを見事に捉えた写真の数々に、後ろのじじいどもが「くぅ……! 甲乙つけがたいとはこのことかっ……!」「見事……見事なり、疾風の! そして、旋風の!」「今年のミスコンは大荒れじゃな……。しかし、それがいい!」などとほざいている。
「ちっ……! まさか、この奥義まで使うことになるとは……!」
だが、しかし! 疾風のじじいは諦めてはいなかった。
新たな写真――奥の手を取り出すために懐に手を伸ばす。しかし、それを牽制するように旋風のじじいも、また。
にらみ合う二人のじじいの間に火花が飛ぶ。背中に竜虎を背負って相まみえる二人のじじい。
その胸に宿すのは、愛しのあの娘への激しい愛。
――戦いは、第二ラウンドへと突入した。
「――なんてことがありまして」
「あはは。はたてさん、かわいい」
「う、うるっさいわね! 文に言われたくないわよっ!」
そんな騒動どこへやら。
実に平和な光景が、守矢神社の一角にある。
『仕事』を終えて戻ってきた二人の天狗が椛を連れて、守矢神社の娘である東風谷早苗の元を訪れていた。
「だけど、はたてさん、ニーソックス似合いますね。
ぬえちゃんと争う感じですよ」
「あんなお子様と一緒にしないでよね。わたしの方が、絶対に美人よ」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「ちょっと、文! どういうことよ!」
「あややややや」
などとやり取りをする二人の天狗を尻目に、椛は早苗の部屋の中で、一冊のファッション雑誌を見ていた。
外の世界の雑誌であるそれには、彼女の知らないファッションが山のように掲載されている。
それに目を奪われる彼女に、早苗が「椛さんも、おしゃれ、してみますか?」と尋ねた。
「え? あ、いえ、私は……」
「そんなこと言わずに。もったいないですよ。
とりあえず、文さん達みたいな格好から始めてみましょうか」
ノースリーブの上着と丈の短いボトム系、と言いたいらしい。
椛は「……まぁ、それなら」と嬉しそうに返事をする。実際に嬉しいのか、その尻尾がぱたぱた左右に揺れていた。
「せっかくだから、あのお二人とは違いを出す意味で、これなんてどうでしょうか。
それに合わせるなら、あと、これですね。似合うと思いますよ」
「これ……ですか?」
「そうです」
椛は早苗から受け取った服に、もそもそと着替え始める。
そして、彼女の着替えが終わり、早苗が文とはたてに「どうですか?」と尋ねた。
「あや」
「へぇ。似合うじゃない」
「え……? あ……そうですか……?」
「うん、かわいいわよ」
「そうですね。似合いますよ」
「えへへ……」
ぱたぱたと、左右に揺れる椛の尻尾。
早苗は、『せっかくですから』とカメラのレンズを彼女に向ける。
ぱしゃっ、という音と共に切られるシャッター。
――こうして、第三勢力となる『ホットパンツストッキングもみもみ』が爆誕したのだった。
~次回予告~
生足あややとニーソはーたんの二強で終わるかと思われていたミス天狗娘コンテスト!
しかし、コンテストが佳境に突入するその時、新たな勢力『ホットパンツストッキングもみもみ』が参戦する!
揺れる心理! 割れる投票先!
風雲急を告げるコンテストは、このまま平穏に終わるのか!? それとも――!
次回、東方天狗娘最終回! 「私が愛したあなたの足」!
我々の追い求める理想郷は、そこにあるのだろうか……?
片手に持った、小さな鏡で自分の姿を映しながらはたてはつぶやく。その隣の椛が、「そんなに念入りに確認したって、文さんはずぇったいに気づきませんよ」とジト目と呆れ声でつぶやく。
「べ、別に文は関係ないでしょ!」
「……はいはい」
声を荒げるはたて。『わかったから好きにしてくれ』という椛。
やがて、はたては一軒の家の前に近づき、一度、深呼吸をしてから、
「おーい、文ー! 起きろー!」
と、ドアを思いっきり蹴りつけた。
どがんっ、という騒音。同時に、鍵が吹っ飛んだのか、それとも元から鍵がかけられていなかったのか、ドアは内側に向かって勢いよく開いていく。
「……何もそんな開け方しなくても」
「ドアをノックしたくらいじゃ、最近、起きてこないのよ。あいつ」
「……もうちょっと女性らしくしとやかにというか……」
「あんたが言うな」
「……わん」
言われてみればそうかもなぁ、と思ってしまった椛は肩を落としてうつむいた。
ともあれ、はたては家の中へと入っていく。
乱雑に散らかった部屋の中、ソファの上に横になって、今の轟音にも拘わらずすやすや眠りこけている家の主に視線が止まる。ちなみに、部屋の天井付近では、その主の遣いであるかーくんが『な、何事ですか!?』と混乱してばさばさ飛び回っていた。
「文、起きろ!」
「ふにゅふ!?」
彼女が枕にしていたクッション取り上げ、ぼふん、と顔に叩きつける。
すると、さすがにその一撃は堪えたのか、主がもそもそと起き上がった。
「……あー、はたてさんの起こし方はきついですねぇ」
「普通に起こしても起きないあんたが悪い」
「いやいや、そこは優しく愛を持って、『あ・や。お・き・て』なんて、こう……ぶっ!?」
「あほなこと言ってないで、さっさと用意をしなさいよ!」
気色悪い(はたて談)猫なで声を上げながら、何やらくねくねした演技をする文の顔面に、はたてがクッションを投げつけた。
もんどりうって、文はそのままソファの裏側に後頭部から落下する。
「あいたたた……あはは」
「ったくもう」
『相変わらず、朝からあほな夫婦漫才やってるなぁ』と思いつつ、その光景をはたての後ろから眺める椛。
そんな時、文が『お?』と声を上げたのに、彼女は気づいた。
「な、何よ」
「ああ、いえ」
文ははたての全身を、上から下まで隈なく眺めると、一言、
「足下、変えたんですね」
「あ……」
「何……だと……」
にこっと微笑む一言に、はたては嬉しそうに顔を桜色に染め、椛は目の前の事実に驚愕する。
「靴と靴下を変えたんですか。またどうして?」
「あ……その……た、たまたまよ! たまたま!
その……ほら、早苗とか言ったっけ? あいつが、『このニーソックス、買ったんだけど合わなくて使ってないんですけど、はたてさん、いりますか?』って渡してきたから!」
「なるほど」
ふふん、という感じで文は、はたてには見えないように笑った。
それから、その視線をはたての後ろの椛へ。椛は目を見開き、『そんなバカな!?』という表情を浮かべている。その彼女へ、視線で『あなたとは違うんですよ。残念ぽんでしたね』と語ってから、よいしょ、と立ち上がる。
「ニーソックスというのもあったかそうでいいですね」
「そ、そう? 結構きついんだけど……」
「太ったんじゃないですか?」
「こら、足触るな! くすぐったいじゃない!」
そんな風にじゃれあう二人。相変わらず、椛が驚愕のあまり動けないでいる中、『それじゃ、はたてさん。朝ご飯よろしくお願いします』『何でわたしが作んないといけないのよ!』というやり取りが始まるのであった。
これだけで終わっていれば、それは『バカップル爆発しろ』という、一部の紳士たちの祝福を受けるだけですむ、きわめて平凡な朝の風景であっただろう。
しかし、それで終わるはずがないのだ。
なぜなら、ここは幻想郷だからである。
「各々方、まずはご足労頂き、感謝する」
重苦しい声と共に、一人の男が言った。
彼を含む、複数の男が車座になって座っている。部屋の四隅にはゆらゆら揺らめくろうそくの灯がともり、闇に包まれた空間をあえかに照らしていた。
そんな場所だからだろうか。重たい空気が漂う中、彼は言葉を続ける。
「大天狗の命令の下、また今年も『見直し』となったのは、わざわざ口にするまでもないことだとは承知している」
誰かが『うむ』と声を上げる。
「この作業は、我ら天狗にとって、きわめて重要なことである。
それをゆめゆめ忘れることなきよう――」
天狗。
それは、幻想郷の一大勢力の一つ。
『山』と呼ばれる世界に独自のコミュニティを築く彼らは、閉鎖的な村社会を作り、数々の厳しい掟を守って生活をしている。
ここに集まった彼らは、そんな天狗たちのコミュニティの中で形成されたヒエラルキーの頂点に君臨するものたちばかり。一般の、若い天狗などはそのご尊顔を拝むことすら許されない。
そんな彼らに混じる、一人の天狗が膝を立てると、部屋の隅に用意されたホワイトボード(河童製。ただいま人間の里のみで試験販売中)へと歩み寄り、見事な達筆で文字をしたためていく。
やがて完成する文字の羅列は、以下のようなものであった。
『第876回 ミス天狗娘コンテスト検討会』
「……うむ、見事な文字じゃのぉ」
「今年もこの季節がやってきたのぅ。いやいや、結構なことじゃ」
「わしなど、このためだけに生きておるようなもんじゃ。わっはっは」
若い天狗は『このエロじじいども』と思ったが、とりあえず口には出さなかった。
下手なこと言えば天狗社会でハブられるのは目に見えているからである。
「さて、各々方、まずは足を崩されよ」
「今年はどんなかわい子ちゃんが見られるのかのぉ」
「じいさんや。今時、『かわい子ちゃん』は古いじゃろ」
「む、そうか。今時の若いもんの『もだん』な言葉にはついていけんでのぅ」
先ほどまでとは打って変わって和気藹々となるじじいども。こんなのがトップを取るのが天狗社会だ。実に幻想郷らしいと言えるだろう。
「さて、それでは、各々方のお勧めの娘を教えてくれんじゃろか」
「それでは、わしから参ろうぞ」
彼らは天狗社会の中でも細かに細分化される、所謂『派閥』のトップである。
肥大化した組織を構成するに当たって、細かな組織が作られるのは自明の理。彼らはそうして、自分のおめがねにかなう『かわい子ちゃん』を日々見繕っているのである。
「うーむ……今年も、なかなかれべるが高いのぅ」
「うむ。どの娘も見事」
「むぅ!? このような娘もおるのか!
な、なぁ、じいさんや。この写真、焼き増ししてはくれぬか?」
「わっはっは。構わん構わん」
それぞれの派閥の中から一人ずつ、『これは!』と思う逸材を紹介していくじじいども。
その流れが、またあるじじいの元へとやってくる。
「わしは、この娘を紹介しよう」
どん、という音と共に、手にした写真を車座の中心へと送り出す。
そこに映し出されていたのは皆さんご存知の、毎度おなじみ射命丸だった。実はあの彼女、このコンテストでも何度かエントリーされていたりする。
確かにこのコンテスト、大半がこのエロじじいどもの個人的な考えの下、毎年開催されているものではあるのだが、いかにエロじじいとは言っても天狗社会ではトップクラスの者達だ。
必然的に、コンテストにエントリーされると言うことは、多少なりとも彼らに注目されていることとなる。うまく彼らに取り入ればその地位を、一気に三段飛ばしで駆け上がることも夢ではない。
「相変わらず、健康的な色気の漂う娘じゃの」
「笑顔がかわいらしいんじゃよ。この娘は」
内容はどうあれ、大なり小なりの欲望を持つもの達にとって、このコンテストは大きなチャンスの一つ。
コンテストへのエントリー、ひいては入賞を目指して多くの天狗娘たちが己を磨き上げるのに苦心する中、
「やはり、他のものと比べるとけばけばしさがないのがいいのぅ」
「うむ。世間では、これを『すっぴん』というそうじゃ」
「何と。そのような言葉があるのか。
ううむ……長生きはするもんじゃの。また一つ賢くなったわい」
このあやや、特段の努力等、一切することなくエントリーを重ねる強者だったりするのである。
「しかしのぅ、疾風の。お主がこの娘を一押しにしておるのはわかるのじゃが、そろそろ出玉が尽くしているのではないか?」
「やはり、今年は、わしのところのこの娘じゃろう。
見よ、このあふれんばかりの色香を。昨年、子供も出来たそうでの、さらにべっぴんさんになりよったわい」
『それ、そもそも「ミス」じゃねぇじゃねぇか』とまた若い天狗は思ったが以下略。
「ふっふっふ……」
しかし、『疾風』と呼ばれた彼はうろたえなかった。
若い頃、あらゆる天狗を追い越し、空を駆け抜けるその姿から名づけられた異名と共に、彼は今、再び、大空を舞う。
「甘いのぅ……雷光の。
今年のあややちゃんの一押しは、ここじゃあ!」
『あややちゃんとかいい年して言うなよじいさん、年わきまえろよ』と、若い以下略。
「むぅっ!?」
「そ、それはぁっ!?」
新たな写真が一枚取り出された。
それは後光を放ちながら、じじいどもの間を舞い、文の写真の上に舞い降りる。それを見たじじいどもは、あまりの衝撃に、一様に動きを止めてしまう。
「見よ! この、健康的かつむちむちの色気を漂わせる見事な太ももを!
いいや、太ももだけではない! このライン! この肌の張り! まさに造形美! 稀代の彫刻家や絵描きでも、これを形にすることは不可能!
すなわち、これぞ生足の魅力じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いい年こいたじじいが絶叫と共に立ち上がり、背中に荒れ狂う嵐の絵を背負って叫ぶ姿は、圧倒的なまでの説得力に満ちていた。
そして、若い天狗はその光景を見て、『俺、何で天狗なんかに生まれちゃったんだろう』と自分の人生そのものに問いを投げかけていた。
彼の葛藤はともあれ、じじいのその破壊力を伴う一言に、他のじじいどもは、皆、言葉を失った。
「……む、むぅ……」
やっとのことで引っ張り出した言葉がそれである。
皆、文の見事な、かつ、美しいまでの生足を食い入るように見入っている。
いや、それを『美しい』などという一言で表現するのは、この足に無礼であるかもしれない。
健康的。そして、艶。その二つを兼ね備えた、まさに脚線美。太ももからふくらはぎに至るまでの、まるで計算されたかのようなカーブは見るものの眼を引きつけ、同時に、たかが写真に写し出されている、それだけなのにぱんと張った肌の質感は、彼女の若々しさと躍動感を同時に伝えてくる。
カーブをゆっくり下っていくと、引き締まった筋肉のラインすらうっすらと浮かび上がる。すなわち、それ一つで完結している『美』なのである。言葉を失うのも当然ということか。
要するに、結局、こいつらただのエロじじいなのである。
「ふふふ……」
勝ったな、と彼は思った。
じじいどもは、皆、「……確かに、疾風のの言う通りかもしれぬな」「……美しい」「この足に踏まれたら最高じゃろうなぁ……」などと口々につぶやいている。
彼は、今年こそ、肝いりのあややちゃんに『今年はあややちゃんが1位じゃよ』と笑顔で告げられることを確信していた。
もちろんその後に、『ありがとうございます!』と笑顔のあややちゃんの熱いベーゼまでを予想済みだ。
しかし、である。
「くくく……ふふふふ……わぁーっはっはっはっは!」
いきなり部屋の扉が開き、新たなじじいが現れた。
若い天狗は『何、遅刻してきて高笑いしてんだこの腐れじじい』とまで思ったが以下略。
「貴様、旋風の!」
文を推していたじじいが顔色を変えて立ち上がる。そうすると、その見事な体躯がまるで巨大な山のように見えるから不思議である。
やはり、人間も妖怪も見た目が一番だ。
「甘い……甘いなぁ、疾風の。
これからは生足の時代だ? ふん、笑わせる!」
んなこと言ったっけなぁ、と若い天狗は思ったが以下略。
「そんなもの、わしらはとうの昔に通り過ぎておるわ!
これからは、これじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ずばぁっ、と懐から一枚の写真を取り出すじじい。かつて、あらゆる天狗の中において、頭一つ抜けていたと言う風使いの実力が披露され、部屋の中で旋風が舞い踊る。
風に踊らされた一枚の写真が、ひらひらと宙から舞い降り、車座の中心に『かっ!』と突き立った。
「むぅ……?」
「これは……」
「我が陣営一押しのかわい子ちゃん、はーたんだっ!」
何がはーたんだよじじいあんた確か嫁さんに若い娘に色目使ってんじゃないよって怒られてなかったかと若い天狗以下略。
「ふん、何がはーたんじゃ! あのような引きこもり娘が、我が陣営のあややちゃんにかなうはずがなかろう!」
「ふははは! 笑止!
古来より、大奥に住まうものが人目に触れてこなかったのは当然じゃろう!」
議論の論点がずれているが、どちらにせよ、どっちも写真の相手に対してひでぇことを言っているのに異論はないだろう。
多分、当人がこの場にいたら色んな意味でえらいことになっているはずである。
「疾風の。お主にはわかるか? あのはーたんの『違い』が」
「何が違いじゃ。何も変わるわけが……」
「ならば見るがいい!
これがBefore! そしてこれがAfterじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「む、むぅっ!? これはまさか!?」
『あー、これで俺が「知ってるのか、疾風のっ!?」とか言えばネタになるのかなぁ』と若い以下略。
「そう! はーたんも『いめぇじちぇんじ』略して『いめちぇん』をしたのじゃ!
見よ! 確かに以前のはいそっくすも捨てがたい! だが、こちらのにーそっくすはどうじゃ! 足を包み込むにーそっくす! その白い肌と布の色のコントラスト! 生足とは違い、己の素肌を外にさらすのをこばむ清楚さがにじみ出ておるっ!
そして何よりも、この、すかぁととにーそっくすとの切れ間! これを守矢神社の巫女が言うには『絶対領域』という至高の萌え要素っ! 布と布の間にちらりと見える、甘い色の素肌の魅力に、露出狂の生足娘がかなうと思うてかぁぁぁぁぁぁ!」
その場に『露出狂の生足娘』がいたら容赦なく踏まれてるであろう一言を放ったじじいは、勝ち誇ったように胸を反らした。
後ろでは車座のじじいどもが「うむ……確かに、旋風のが言うことも一理ある」「この圧倒的かつ完璧なこんとらすとはどうじゃ。美しいの一言ではないか」「実に見事。天晴れの一言じゃのぅ」などという会話もしている。
文の脚線美に対抗するかのように、はたては己の足を決して外にさらさない。それは、他者の目を拒む潔癖感を漂わせ、同時に、厚いベールの奥に隠された楽園すら想像させる。ソックスはぴったりと肌に張り付き、決してたるまない。それは、彼女の美学を感じさせると同時に、たとえ他者の目にさらさずとも、己の『存在』を誇示させるには必要にして充分。生足の魅力に決して劣らない、ソックスとのコントラストだ。かてて加えて、ひらひら舞うスカートへと視線を向けていけば、ソックスとスカートとの間にちらりと見える、淡い色の素肌。これの破壊力はすさまじい。一体、その向こうに、その奥に何があるのか。挑戦を諦めないチャレンジャー達の前に現れる、それは楽園の果実の一つ。美しい。同時に、素晴らしい。もはやそれ以外の言葉があろうものか。しかし、その程度の言葉で表現するのももどかしい。ならば、言葉で続かぬのなら、あえて言葉を飲み込もう。それが先の沈黙の意味であり、ひいては、その後に続く会話のトリガーなのだ。よくわからないが。
ちっ、と疾風のじじいは舌打ちした。
このままでは、愛しのあややちゃんを一位にすえるのが難しくなる。ミス天狗娘は、この場のじじい連中の投票で決まるのだ。優勝のためには、最低限、過半数を確保しておく必要がある。
――それならば。
じじいは次の一手を繰り出した。
「ふふふ……旋風の。
ということは、あれじゃな? お主は生足には魅力を感じぬ、ということじゃな?」
「んなわけなかろう!」
旋風のじじいは胸を張った。やっぱりこいつもただのエロじじいである。
「ぷりっぷりの素肌! むちむちの肉付き! まさに健康的なえろすじゃ!
しかしっ! 一周回ってみればお主にもわかるじゃろうが、『見えるよりも見えない』ことの方が燃えるのじゃ! 色々とな!」
「なるほど……。確かに、それは否定できぬことじゃな……」
だが、とじじいは口許をにまりと歪ませる。
「それならば、貴様も認めざるを得ない、あややちゃんの究極を味わうがいいっ!」
「な、何――――――――っ!? そ、それはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
それは、文のとあるハプニングを写した写真だった。
風が吹き上げたその瞬間、彼女の可憐なミニスカートがふわりとめくれ上がった、その一瞬。真っ白な、思わず触りたくなる見事なお尻が、手ぶれ、ピンボケ、その他一切なしの鮮やかな写真として捉えられたそれは――、
「し、疾風の!? それはどういうことじゃ!?」
「うむ、確かに!
そこまですかぁとがめくれ上がっていると言うのに……!」
「はっ!? ま、まさか、この娘――!」
「落ち着けぃ、皆の衆!」
ざわつく議場を一括する疾風のじじい。
思わず立ち上がりかけていたじじいどもは、その言葉を受けて、水を打ったようにしんと静まり返る。
「……これぞ、あややちゃんの必殺かつ究極……。
すなわち、『ぱんつはいてない』じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どがしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! と砕ける雷鳴が響き渡る(どっかで)。
あまりの強烈な一言で、静まり返った議場の中、口を開くものは誰もいない。
ぱんつはいてない。
それは一体、どういう意味なのか。
確かにはいてないのかもしれない。スカートがめくれ上がり、文の素足が付け根までさらされているというのに、禁断の果実は見えてこない。しかし、はいてないという証拠も、また、ない。
スカートの動きは完璧。布の限界――それは、体に何かを纏う以上、避けられない境界線。そのラインを、決して見せていないのだ。
側面がめくれ上がれば、あまりにも美しい太ももの付け根が衆目にさらされる。後ろがめくれ上がれば、何と美しき果実か。すでに美の世界を飛び越え、魔性の領域にすら達している空間がそこにある。
だが、決して、見えないのだ。
それはまさに鉄壁。ある意味での絶対的な防壁。他者の侵入を、はたて以上に拒んでいるのだ。
その沈黙を打ち破るのは、やはり、じじい当人であった。
「……実際にはいていないのか、それともきちんとはいているのか。そのようなことはすでに問題ではないっ!
ここまでめくれ上がっていても、決して見えない! それこそが究極!
わかるか、皆の衆!
見えてはいけない、見せてはいけない、にも拘わらず、この瞬間っ! それは芸術の領域を飛び越え、真理の世界へと踏み込むのじゃ!
……旋風の。お主にはわかるまい。
これこそが、あややちゃんの真の魅力じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『おいじじいてめえなんでそんな写真持ってんだけしからん焼き増ししてくださいお願いします』と若い略。
後ろではじじいどもが「なぜだ!? なぜ見えぬ!?」「これほどまでだというのに、なぜ!?」「だが、何じゃ!? この胸の中の高鳴りはっ!?」などとわめき始めている。
――ふっ、勝ったな。
疾風のじじいは内心で笑みを浮かべる。
しかし――、
「……なるほど。疾風の……確かに、わしはお主を侮っていたようじゃ……」
旋風のじじいの闘志は萎えていなかった。
いや、むしろ、さらに燃え上がったと見ていいだろう。
彼の背中に立ち上るオーラは真っ赤な炎となり、天をも焦がさんばかりに突き立っていた。
「見えそうで見えない大いに結構! だがっ! 完璧に見えないことは、逆に無粋であることに気づかぬとは、お主も所詮、その程度の男だったということじゃっ!」
「な、何じゃと!?」
「これを見ても、まだ同じことが言えるかな!?
受け取るがいい! これがはーたんの『ぱんちら』写真じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『じじいてめえもかこれとこれ焼き増しお願いしますお金いるなら払いますから』と若略。
「他者を拒む鉄壁の向こうにちらりと覗く純潔の証拠っ! これを至高と言わずして何と言う!?
『ぱんもろ』は美しくはないっ! 『ぱんちら』だからいいのじゃっ!
完全に見えないそれよりも、分厚い鋼鉄のカーテンをくぐり抜けた花園っ! それこそまさにご褒美じゃろう!」
ふわりと浮かび上がるスカートの裾に、わずかに覗く、スカートとも素肌とも違う色の刹那。
文は完璧に他者を拒んでいた。しかし、はたてはどうだ。あそこまで鋼鉄の鎧を纏い、他者を遠ざけていたというのに、最後の楽園へと至る鍵を、我々の前に差し出してくれているではないか。
スカートと素肌の間、空間にしてわずか数センチ。時には数ミリ、数ドット。そこに存在するのは事実。決して歪むことの出来ない、否定することの許されない真実。手を伸ばせば、すぐに届く。だが、それを守る守人はほんのわずかな時間しか手を差し出すことを許してくれない。
チャンスを。我にもう一度、チャンスを!
懇願するチャレンジャーに、何度も何度も差し出されるそれは、はたてからチャレンジャー達への慈愛と言うことも出来るだろう。
それを見事に捉えた写真の数々に、後ろのじじいどもが「くぅ……! 甲乙つけがたいとはこのことかっ……!」「見事……見事なり、疾風の! そして、旋風の!」「今年のミスコンは大荒れじゃな……。しかし、それがいい!」などとほざいている。
「ちっ……! まさか、この奥義まで使うことになるとは……!」
だが、しかし! 疾風のじじいは諦めてはいなかった。
新たな写真――奥の手を取り出すために懐に手を伸ばす。しかし、それを牽制するように旋風のじじいも、また。
にらみ合う二人のじじいの間に火花が飛ぶ。背中に竜虎を背負って相まみえる二人のじじい。
その胸に宿すのは、愛しのあの娘への激しい愛。
――戦いは、第二ラウンドへと突入した。
「――なんてことがありまして」
「あはは。はたてさん、かわいい」
「う、うるっさいわね! 文に言われたくないわよっ!」
そんな騒動どこへやら。
実に平和な光景が、守矢神社の一角にある。
『仕事』を終えて戻ってきた二人の天狗が椛を連れて、守矢神社の娘である東風谷早苗の元を訪れていた。
「だけど、はたてさん、ニーソックス似合いますね。
ぬえちゃんと争う感じですよ」
「あんなお子様と一緒にしないでよね。わたしの方が、絶対に美人よ」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「ちょっと、文! どういうことよ!」
「あややややや」
などとやり取りをする二人の天狗を尻目に、椛は早苗の部屋の中で、一冊のファッション雑誌を見ていた。
外の世界の雑誌であるそれには、彼女の知らないファッションが山のように掲載されている。
それに目を奪われる彼女に、早苗が「椛さんも、おしゃれ、してみますか?」と尋ねた。
「え? あ、いえ、私は……」
「そんなこと言わずに。もったいないですよ。
とりあえず、文さん達みたいな格好から始めてみましょうか」
ノースリーブの上着と丈の短いボトム系、と言いたいらしい。
椛は「……まぁ、それなら」と嬉しそうに返事をする。実際に嬉しいのか、その尻尾がぱたぱた左右に揺れていた。
「せっかくだから、あのお二人とは違いを出す意味で、これなんてどうでしょうか。
それに合わせるなら、あと、これですね。似合うと思いますよ」
「これ……ですか?」
「そうです」
椛は早苗から受け取った服に、もそもそと着替え始める。
そして、彼女の着替えが終わり、早苗が文とはたてに「どうですか?」と尋ねた。
「あや」
「へぇ。似合うじゃない」
「え……? あ……そうですか……?」
「うん、かわいいわよ」
「そうですね。似合いますよ」
「えへへ……」
ぱたぱたと、左右に揺れる椛の尻尾。
早苗は、『せっかくですから』とカメラのレンズを彼女に向ける。
ぱしゃっ、という音と共に切られるシャッター。
――こうして、第三勢力となる『ホットパンツストッキングもみもみ』が爆誕したのだった。
~次回予告~
生足あややとニーソはーたんの二強で終わるかと思われていたミス天狗娘コンテスト!
しかし、コンテストが佳境に突入するその時、新たな勢力『ホットパンツストッキングもみもみ』が参戦する!
揺れる心理! 割れる投票先!
風雲急を告げるコンテストは、このまま平穏に終わるのか!? それとも――!
次回、東方天狗娘最終回! 「私が愛したあなたの足」!
我々の追い求める理想郷は、そこにあるのだろうか……?
いったい、どこに迷う要素があるというのか。ホットパンツストッキングもみもみが最強だ。なあ、そうだろ?
という訳で、はーたんの写真ください
こいつぁ交渉じゃあない…、命令だ!
という訳で、はーたんの写真ください
こいつぁ交渉じゃあない…、命令だ!
あ、勿論あやや押しです、真理です
あやややのJ2Aで踏まれたい。下駄でも素足でも。
しかしこれは悩むな…。爺共の苦悩がよくわかる。
だがここはやはり、鉄壁生足あややに一票入れさせていただこう!
それは兎も角椛に一票入れますね。
とりあえず次回作を早く!
あと若いの、頑張れ。
でも見えそうで見えないあややを押しておきます、エッチぃのはいけないと思います
もみもみにいっぴょ。
これ最強。
だが、だが!私は椛だ、椛を選ぶぞ!
あと若いの、お前も人のこと言えんぞwww
というわけで、ここはあややに一票を投じざるを得ない。
あと疾風の。私にもあやや生足写真の焼き増しお願いしますね。
皆それぞれ特化した良さがあるというのに一番を選ぶなんてとんでもない!
若いの……胃と髪を大事にするんだぞ……
今のままだとあや×はたな流れだけど
はたてんがミス天狗娘になればはた×あやになるかもしれない
という期待をこめて
さぁ早く写真を出すんだ!
苦渋の決断だがここはあややでひとつ
はーたんに魂を預けるぜ……!
あ、文さんに一票お願いします
焼き増しだー!焼き増しだー!wwwwデュフフwwww俺自重wwwwデュフフwwww俺自重しろwwww
くっ!ラフYシャツホットパンツニーソ派と見事にそれぞれ一部ずつ萌え趣向が合致した俺は一体どうすれバインダー!
あ、私はもみもみに清き一票をいれさせて貰いますね
若い天狗もきっとどこにも行き着かないモテトークとかしてるな、これは。
ニア はーたん
絶対隠れ清純派に違いない!!・・・可愛い。
文に一票!踏んでくださいお願いします!
悩む、誰一人間違っていない、たとえ結果が出たとして……いや、うぅ……
も、もみもみに一票。