「『BA』Bar」
夜も更け、蝉達の騒がしい鳴き声が秋虫達の静かな鳴き声と変わった頃。
「博麗霊夢」は居間で一人お茶を啜っていた。
居間に優しい風が吹き、頬を撫でる度に髪を揺らし首筋をくすぐり去って行く。
遅れて縁側の隅から蚊取り線香の香りが届き、生ぬるい風だというのに暑さを和らげてくれる。
お茶の香りを楽しみながら一息入れていると、軒下に吊るしてある風鈴が風も無いのに澄んだ音を鳴らした。
最早いつも通り。この時間帯に風鈴が鳴ると言う事は来客を知らせるという意味を持つ。
音に招かれる様に縁側を見ると、見慣れた少女がこちらに軽く手をあげながら立っていた。
居間から洩れる明かりが彼女を照らし、額に浮かぶ汗が微かな光を反射しきらきらと光っている。
「こんばんは霊夢さん」
「どうせ貴女だろうと思ったわ」
さして興味なさげに霊夢が呟くと、それも何時もの事なのか。
来客者「射命丸文」は苦笑し指先で頬を掻くだけで、特に何も言わず高下駄を脱ぐと居間へと上がり込んだ。
「おじゃましますっと」
スカートをはためかせながら霊夢の向かいに座ると、ふわりと辺りに甘酸っぱい汗の匂いが広がる。
「なんでも良いけど羽落とさないでよね」
「大丈夫ですよ、落としたとしても鴉達が拾いに来ますから」
「それはそれで迷惑なんだっての……」
軽口を叩きながら文は卓袱台にうつ伏せると、そのまま両手を前に伸ばしぐったりとしてしまう。
「今日も疲れました」
ぐぐっと背筋を伸ばし、卓袱台の上にある湯呑と急須が置かれている盆を手の甲で押しだす。
何ともわざとらしい。
「あ~そう? どうせお茶飲むんでしょ? 急須に1杯分だけ残ってるから飲むなら勝手に飲んでちょうだい」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
勢いよく体を起こすと文は嬉々とした表情で急須を手に取り、湯気を立てるお茶を湯呑へと注いでいく。
「それ、私が飲むつもりだったんだからね。感謝して頂戴よ」
「はい、いただきま~す」
丁度湯呑の8割までお茶が入ると急須の中身が空っぽになる。
若干渋みを感じる香りを堪能しながら二人でお茶を啜ると、同時に小さく息を吐いた。
「ほんと霊夢さんが淹れるお茶はおいしいですね、どうしたらこんな上手になるのでしょうか?」
「淹れ続けていれば自ずとなるでしょう?」
そんな些細な会話をしながらお茶を飲むとあっという間に湯呑の中身は空っぽになってしまう。
楽しいほど時間は早く過ぎてしまうものだ。
「お茶、もう無くなっちゃいましたね」
「そうね。それじゃあ、そろそろ帰ってくれるかしら?」
「霊夢さん、好きですよ」
帰れと言っているのに文は動く事もなく、そんな事を口走る。
卓袱台に肘を付き両手に顎を乗せている様は、見る者によっては可愛く見えるのだろう。
そんな彼女の言葉は何処まで本気なのか。霊夢を見つめてはいるがその真意は計り知れない。
「はいはい、わかったわそうね」
「ちょっと返事が適当すぎませんか? 霊夢さん」
あしらい方に不満があるのか文はやれやれと肩を落とし、ようやく重い腰を上げ立ち上がった。
表情が若干曇っている用にも見えるが霊夢は気にもしない。
「当然の返事だと思うけれど」
霊夢も続いて立ちあがると、一人先に縁側の方へと歩き出してしまう。
「本当に好きだって言うなら、ちょっと付き合いなさいよ」
「え? どこか出掛けるんですか?」
庭先に降りると、霊夢は居間で棒立ちをする文の方へくるりと向き返った。
てっきり寝るから出て行けと言われているのだとばかり思っていた文は若干驚いた表情を見せながら縁側に立つ。
二人の間を夜風が通り過ぎ、髪と山伏風の帽子から伸びる飾りを揺らした。湿気をはらむそれは何か不吉な事を予感させる。
「紫がバーとか言うのを開いたらしいのよ。だから遊びに行くの」
「えっ、紫さんのところですか!?」
「何よ、何か問題でもあるの?」
「なんと言いますか、私あの人は若干苦手でして……」
苦笑いする文を霊夢は冷ややかな目で流し見る。
嫌な予感という物は何故か当たってしまうものだが、せめて今でなくても良いのではないか。
「まぁ別に来てくれなくても良いわよ、私は一人でも行くから」
それだけ言い残し、霊夢はスっと夜空に飛び立ってしまう。
「あ、ちょ、ちょっとまってくださいよ~」
静かな夜に文の悲痛な叫び声が響き、霊夢を追うようにして黒い影が飛び去って行った。
☆★☆
里の外れ。
民家も少なく、よって当然ながら人通りも少ないその辺り一帯は何故か虫の鳴すら聞こえない。
静けさに満ち溢れるこの場所は確かに空き地だった筈なのだが。
何時の間に、誰が建てたのか気が付けば小奇麗な建物が建っていた。
「ここね」
「あ、待って下さいってば」
地面に降り立つなり周りも確認せず霊夢はドアを開け中に入って行ってしまう。
そんな彼女の後に慌てて付いて閉まりかけるドアの間をすり抜け店内へと入る。
中は思ったより狭く、こじんまりとした空間は間接照明が点いているだけでうす暗い。
「暇だから来てあげたわ」
「あら霊夢! 来てくれたの!? って天狗も一緒じゃないの」
「こ、こんばんは」
霊夢を見るなり暇そうにカウンターに肘をついて居た紫が満面の笑みを浮かべ立ち上がる。
がしかし、文を見るなり露骨に嫌そうな顔をし、嬉しさもどこへ行ったのやら。キッと睨み付けると再び座り座り込んでしまった。
勢い良く腰を下ろしたため髪の毛が浮かびあがり、オレンジ色の光を反射した金髪が映えて見える。
「それより紫、ここってどんな所なのよ?」
「お酒を飲む所よ」
「……? 飲み屋と何が違うの?」
「そうねぇ、質とか?」
不思議そうな顔をする霊夢に紫はなんだか取ってつけた様な返事を返している。
首をかしげ霊夢は考え込んでいるようだったが、やがてどうでもよくなったのかさっさと一人先にカウンター席に座り込んでしまった。
「まぁ、なんでも良いわ。じゃあお勧めを頂戴」
「ええ、わかったわ」
一人入口近くでどうしていいのかよくわからずただ二人を眺めていただけの文もバツが悪くなり、いそいそと霊夢の隣へ静かに座り込む。
本当に紫の事が苦手なのか、何時もの大胆な行動がどれも躊躇いがちな物になっている。
だが、緊張からか行動の一つ一つが粗く、かえって裏目に出てしまい結局大して変わらないように思えるが。
「はい、二人分」
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
二人の前に大きめのグラスが一つずつ差し出される。
中には不規則な形をした氷がたっぷりと沈んでおり、この辺りでは見慣れない琥珀色をしたお酒が良い香りを立てている。
「綺麗な色をしたお酒ですね」
「ウイスキーって言う名前のお酒よ。幻想郷じゃあまり見ないでしょうね」
「へぇ、美味しいわねこれ」
見慣れないお酒を前に文が様子を見ていると、横で霊夢が一気飲みをするかのような勢いでグラスを傾け煽りだした。
「れ、霊夢さん勇気ありますね」
「博麗の巫女は伊達じゃないわね」
流石に予想外だったのか口元に当ていた扇子を開き、紫は面白そうな物を見るような眼で霊夢を見つめている。
紫の成す動作の一つ一つが妙に艶っぽく、うす暗い店内のせいか尚更そう見てしまう。
おもわず見つめていると、
「何? 鴉天狗さん」
「い、いえなんでも!!」
視線に気付いて居たのだろう。刺を含んだ声に思わず体がびくりとしてしまう。
霊夢から視線を外し、改めて紫がこちらを見る。
視線に耐えきれそうにない。
とにかく間を持たせようとグラスを手に取り、琥珀色のお酒を口元にもっていく。
「はぁ~、それにしても貴女が羨ましいわ」
「うわっ! え? な、何ですか急に?」
汗に濡れたグラスは滑りやすく、思ってもいないタイミングで話しかけられた事もあり危うく取り落としそうになってしまう。
わたわたと慌てて手に力を込め、グラスを安定させカウンターに置くとスッと目の前から巾着が差し出された。
「あ、すいません」
「ほんとなんであんたなのかしらねぇ」
しみじみと言ったように紫が呟き、おもわず文の背中に冷や汗が浮かぶ。
だが、何時までも逃げている訳にはいかない。
文にだってプライドはある、確かにこの大妖怪と真正面からぶつかって勝てる気はしないが。
「で、ですが私だって……」
「良いわよ言わなくて。わかってるから」
「え?」
てっきり食いつかれるとばかり思っていた文は思ってもいない紫の言葉に拍子抜けしてしまう。
「霊夢は貴女の事をとても大事に思っているのよ?」
「え? そう…なんですか……?」
「貴女気付いていないの?」
露骨に怪しげな眼を紫が向け、なんとも居心地が悪い。
立場的に上に居ると言われているというのになんとも情けない気持ちに駆られる。
「まったく、そんなんだから霊夢に相手にされないのよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 今だって、大切にされているって……」
「貴女も子供ねぇ? 言葉だけが思いじゃないって事がわからないかしら? 新聞記者で事実ばかり追っているからそんな当たり前の事も忘れてしまったの?」
文字や言葉、それだけではない気持ち。
何となく直感的に思い当たる事がある。
毎晩のように1杯だけ残されているお茶。
そしてそれは何時も熱過ぎず、かと言ってぬるい事も無い。
まるで、準備されているように。
「何か思い当たる事がある様ね。はぁ、うらやましいわ」
文の顔ら視線を外し紫は呟く。
軽く言っているがその声色には僅かに嫉妬の色が含まれている。
「わ、私はずっと霊夢さんに好きだと言い続けて来ました、それが確かな事だと思って」
俯きスカートを両手でギュッと握りしめる。
皺が出来てしまうかもしれないがそんな事はどうでもいい。
そんな些細な事より確かめなければいけない事がある。
「でも、私は霊夢さんから返事を聞いた事が無くて、だから何度もアタックしているつもりで…霊夢さんの想いを考える事も無く……」
自分が情けない、新聞記者? 大した肩書だ。
大切な人の心をも見抜けない自分が記者を名乗っていたなんて、はたてに知られたら指を差されて笑われるだろう。
「霊夢さん」
だから私は。
「ん? 何?」
もう一度……
「霊夢さん、私は霊夢さんの事が好きです」
「またそれ? あんたも懲りないわね。そうね、その言葉が本気なのかどうかがきちんと証明してくれたら考えてあげても――」
躊躇いがなかったと言えば嘘だ。
だが想いの方がはるかに強い。
自然と体が動き、吸い寄せられるように――
カランっと。音を立てて氷が崩れ、グラスの中で静かに重なり合った。
大人な雰囲気があり良かったです
タイトルでギャグかと思ったらそんなことなかった。
そっけない振りして待ってる霊夢可愛い。
言葉ミス?>
「一人入口近くでどうしていいのかよくわからずただ二人を眺めていただけの文もバツが悪くなり、『いそいそ』と霊夢の隣へ静かに座り込む。」
「いそいそ」は嬉しい様子を表す言葉なので、「バツの悪」いの後に続くにはちょっとつながりが悪いかもです。
毎度毎度コメントありがとうございます!
タイトルは突拍子でした。もう少し紫を絡ませたかった……><。
>>ぺ・四潤
コメントありがとうございます!
最後の1行を書きたくてこの小説を書いたといっても間違いではありません。
そういう意味ではきちんと伝わった用で幸いですね!
あやれいむの霊夢は間違いなくそっけない。俺はそう信じている!
>>莱亜りう
コメントありがとうございます!
最後数行は気合を入れました。楽しんでもらえた用で幸いです!
言葉のほうは完全に俺の無能パワー炸裂ですね。改めて調べてみて完全に意味を勘違いしていたことを知りました。
指摘ありがとうございます。
>>4
大変申し訳ございませんが何のことやら……
とにかくコメントありがとうございます!
どんなコメントでも読んでいただけたと思えるのでそれだけで十分です。
>>5
その言い回しは面白いですね!
ちなみに、内容的に描写をカットしましたが、紫はラストのシーンなぜか店内にいません。
スキマパワーで空気を読むのもらくらくですね。
コメントありがとうございました!
最高ーーーーーーーーーーです