「それでは、本件は何かしらの異変ではない、と?」
「そうね。紫はナンポウシンドウがどうとか言ってたけど・・・・
まあ少なくとも妖怪が直接の原因ではなさそうね。“ただの”異常気象よ」
季節は初秋。夏の湧き立つような生命力は鳴りを潜め、まさに実りの季節を迎えようとしていた・・のだが、
その通りに事が運んでいれば、今こうして霊夢が稗田家を訪れることもなかっただろう。
今年の夏、幻想郷は異例の冷夏に見舞われていた。
平時ならば博麗の巫女が原因となる妖怪を一方的に蹴散らし異変は解決するはずであったが、
今回はその原因を突き止められぬまま、実質的な解決を得られないまま、秋を迎えてしまったのだ。
「外から何かしらの影響を受けたって考えるのが妥当かしらね。さすがに此処以外での異変にはお手上げだわ。
それで、被害の方はどうなのよ?あれだけ涼しかったら作物にも影響があったでしょ?」
「はい。全体的に不作ですね。米は備蓄分があるので問題ないと思いますが、青果は不足するものも出てくるでしょう」
「まあ今年はきりたんぽ鍋のお世話になりそうね」
彼女なりの慰めなのだろうか、そう言うと霊夢は出されていたお茶に初めて口をつけた。
相変わらずの呑気さだと思う一方、そもそも立場が違うということも阿求は十分に承知していた。
霊夢は異変の予防に関しては怠惰であるが、こと解決に関して手を抜くような人物ではないし、
彼女の右に出るものはいないだろうことは過去の事例からも明らかであった。
その彼女が解決できなかったのだ。本件にはそれなりの理由があるのだろう。
それに、今後の里の食糧事情について対策を練るのは稗田家、膨大な記憶と知識を有する阿求の仕事である。
確かに過去の不作の記録は存在するし、何も学ばずに今に至るわけではない。
しかし、主たる対策は備蓄の増加や保存法についての受身的な対策である。
大規模な飢餓は回避できるだろうが、不作そのものへの抜本的な解決策は無いというのが現状である。
「心配には及ばない。その件はもう解決済みだ。もっとも、今年も魔法の森のキノコは豊作だがな」
そう言って突如応接間にあがってきたのは、何故か大根を片手に持った霧雨魔理沙であった。
ちゃんと正門を通っているなら女中が連れてくるはずであるから不法侵入の可能性が高い。
勿論そんな行儀の悪い客にお茶は出ないが、それは今はどうでもいいことだ。
「解決した、とはどういうことですか?原因は何だったのですか?」
「いや、原因は分からん。解決したのは野菜不足の方だ。
さっき村に行ってみたら、早苗が野菜を積んだ荷車を牽いて家々を回っていてだな。
かなりの量だったが、聞くに妖怪の山で栽培したものらしい」
「手に持ってる大根がそれ?山で野菜作りなんで初耳ね」
「それに妖怪の山だけ冷夏の被害を受けていないというのも不思議ですね」
「ああ、だから今から真相を確かめに行こうと思って声をかけに来たのさ。
とにかく善は急げだ。空からお邪魔したのも緊急時ということで勘弁願いたい」
そう言うと魔理沙は真っ先に立ちあがり、今度は律義に玄関口へと向かっていった。
「・・いつもの異変なら、一人で真っ先に飛び出していくのにね」
「それは霊夢さんも同じじゃないですか?」
先ほどまでは頭を抱えていた阿求であったが、少し気が楽になったようであった。
とにかく起きてしまったことは仕方ない。今は解決策を探すことが先決である。
霊夢と阿求はゆっくりと自分のお茶の飲みほしてから、稗田家を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔理沙が早苗をつかまえたとき、既に彼女は野菜を配り終え山へ帰る途中であった。
「なら丁度いい、ついでに畑を見せてくれ」と強引に同行しているが、いったい何が“ついで”なのか。
早苗も特に断る理由はないのか、それとも断っても付いてくると諦めているのか、
「見たところで役に立つとは思えませんけど」とだけ言って反対はしなかった。
霊夢と魔理沙の二人は興味本位であったが、阿求は少々意気込むところがあった。
というのも、妖怪の山だけが冷害を避け得た理由が分かれば、それを人里でも利用することができるかもしれない。
今後このような事態が起きないという保証も無い、というよりほぼ確実に起こるといっていい以上、
何かしらの手掛りを残し後世に伝えるのも御阿礼の子である自分の使命であると感じていた。
もっとも、普段立ち入らない妖怪の山への興味というのも人一番ではある。
「でもよ。神社にはそれなりに行ってたが、畑なんてどこにあったんだ?」
「ああ、あの野菜は山の地下、正確には旧地獄の一角で作ってるんです」
「なんだそりゃ?キノコじゃあるまいし、あんな暗い所で野菜が育つわけないだろう」
「ええ、ですから明るくしたんです」
「何だそれ?禅問答か?」
「というかあんたら、また何か企んでないでしょうね?」
「あら、自分で解決できなかったからって八つ当たりはよくないですよ」
かみ合わない会話をしながら進む三人の後ろ、
(まさか、生きてるうちに地獄に行くことになるとは・・・・ま、まあこれも仕事ですし・・・・)
どうやら変なことに足を突っ込んでしまったと気付くも、今さら一人帰るわけにもいかない。
半ば吹っ切れた阿求は使命感のみを頼りに、呑気な三人のやや後ろをついていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
旧地獄、かつては地獄として栄えた(?)この土地も、縮小政策および幽霊移民計画により今はその機能を失っている。
しかし依然として当時の街並みは残っており、宴会好きな妖怪たちの溜まり場となっていた。
大通りは松明(と通りかかる幽霊)によってまばらに照らされてはいたが、人間の目にはやや心許無い。
特段暗い場所が苦手というわけではない阿求であったが、先導する早苗のすぐ後ろを緊張した足取りで歩いている。
大通りから一本外れた細い通りに入りさらに歩くこと数分、早苗はある建物の前で立ち止まった。
「さあ、着きましたよ。ここが畑です」
そう言って早苗が指差したのは、トタンの壁に覆われた背の低い建物であった。
周囲の和風な建築物とあまりに不釣り合いな、後から建てられたものであることが容易に想像できる金属製の建屋。
窓などは一つもなく、怪しげなパイプが幾本も縦横無尽に壁を走っていた。その見た目はまるで・・・
「畑というよりは工場じゃないか」
「ますますお天道様から遠ざかりましたね・・」
「本当にこんな不健康な場所で野菜が育つのかしら?」
ここまで来ると好奇心ではなく懐疑心であったが、早苗がそそくさと中へ入っていくので三人は後に続く。
入ってすぐは細い通路になっており、ここも外装と同様に天井や壁にパイプが伸びているた。
さらには訳の分からない装置が低い音を立てており、外見以上に畑とはかけ離れている。
突き当りまで進むとまた扉があった。その前で早苗は立ち止まり、一同を振り返って小さく息を吸った。
「お待たせしました。この先が畑ですよ」
そう言ってゆっくりと扉を開け放つ。同時に、昼間のような光が扉の先から漏れ出してきた。
地底の暗さに目が慣れていたために、阿求たちは思わず目を細める。
・ ・ ・ ・
その先にあったのは、無機質な光で満たされた広い空間。
天井は薄青の天幕で覆われ、中央に燦々と輝くガラスの球体が一つ、さらに先ほどのパイプが等間隔に天井を走っている。
床はくり抜かれているのか、一面に土が敷き詰められ、そこに青々とした野菜が規則正しく植えられていた。
歪な天井部分とは対照的に、こちらはいたって普通の畑に見える。
「いやぁ、驚いた。本当に地下で野菜が育ってるじゃないか」
「見た目は地上のものと変わりありませんね・・・・」
摩訶不思議な光景を目の前にして三人は驚きを隠せない様子である。
阿求も先ほどまでの緊張感が嘘のように、今はただ茫然と立ち尽くしていた。
「なら肝心の味のほうは・・・もぐもぐ、うむ、普通だな」
「ちょっと魔理沙、洗わないと汚いわよ?」
「いや、問題無いよ。もっとも、出荷前のものをつまみ食いするのは問題だがね」
はっと横を振り向くと、一体いつからそこ居たのか、河城にとりが腕を組みながら立っていた。
「あら、にとりさん。お疲れ様です。今日は水遣りですか?」
「ああ、丁度これからだよ。ついでに畑を食い荒らす害虫を退治しにきたってところかな」
早苗曰く、この畑を管理しているのは彼女らしい。今日もその作業中とのことだ。
しかし「これから水遣り」という割には、肝心の如雨露が見当たらない。
底のない柄杓で水は撒けても、スパナではいくらなんでも無理だと思うのだが・・・・
「まあこの畑の説明は追々するとして、まずは一歩下がったほうがいいよ。今から雨が降るからね」
「何をいってるんだ。ここは地下で、しかも室内だぞ?雨なんて降るわけないじゃないか」
未だ野菜を物色している魔理沙が小馬鹿にするように声を上げた。
「ああ、魔理沙はそのままでいいよ。少々バチを受けてもらわないとね」
その直後、ガコンという音とともに部屋全体が低いうなり声を上げはじめた。
しばらくして・・・・
ポツッ ポツポツッ
「ん?」
何かを感じた魔理沙が上を向く。直後、大量の水滴が天井から降り注いできた。
「わわ!なんだなんだ!?」
大粒の雨に打たれ、魔理沙は慌てて畑の外へ避難する。
「ははは、だから言ったろう?雨が降るって」
見上げると天井のパイプには無数の小さな穴が開いており、そこから水が噴き出ているようだ。
つまみ食いのバチを受けた魔理沙は、決まり悪そうに濡れた帽子をぱたぱたと乾かしている。
「水遣りにしては手が込んでるわね。さすが河童の技術というか」
「そこに重要な秘密があるのさ。なぜ地下で野菜が育つかのね」
「ただ水をあげるだけでは駄目だということですか?」
「そう、大切なのは野菜たちに“ここを地上だと思い込ませること”なんだ」
にとりはそう言うと、畑に向かって大きく手を広げる。
一面に垂れ下げられた薄青の天幕は空を
中央に備え付けられ部屋中を燦々と照らす球体は太陽を
天井を縦横に走るパイプから噴き出る水は雨を
そして地面には地上から持ち込まれた土が敷き詰められている。
確かに地上の環境を地下に持ち込もうとしたとも言える。(持ち込んできたような、というには歪すぎる)
にとり曰く、野菜には目がないが、ちゃんと周りの世界を認識しているらしい。
しかしその精度は人間や妖怪と比べると曖昧なものであり、ある程度似せてやれば地上だと思い込むとのだという。
「ちゃんと夜には明かりが消えるし、夕方には赤い明かりがつく。
この人工太陽は動かないけど、野菜たちには十分本物の太陽に見えているはずだよ。
条件を揃えてやれば、もっとうまく育つようになるだろうね」
「だったらお空に頼めばいいんじゃないか?」
「いや、それはもう試したけど駄目だった。あいつは加減ってものを知らなくてね」
苦笑いを見せ、今度は阿求の方を向いて話す。
「冷害を受けなかった理由だけど、間欠泉の熱を利用してこの部屋を暖めているんだよ。
外壁にやたらパイプがあったろう?あの中をお湯が通っていて室内と熱交換をしてるんだ。
だから冷夏でも室内を一定の温度に保つことができたってわけ。その気になれば冬でも野菜を育てることができるよ。」
「は、はぁ・・なるほど・・・・」
「病気や害虫の心配が少ないというのも利点だね。なにせ屋内だし。それとこれはまだ実験段階なんだけど・・・・」
火が付いてしまったのか、にとりはちんぷんかんな言葉を並べながら説明を続ける。
阿求は軽く相槌を打ちながら話を聞くフリをしているが、内容はこれっぽっちも理解できていない。
分かったのは、今回の件は里で真似できるような類のものではない、ということくらいである。
しかし毎度ながら河童の技術には驚かされる。これで外の技術を真似しているだけだというのだから、
幻想郷の外の世界とは一体どれほどの技術を有しているのだろうか。阿求にはまるで想像がつかなかった。
「ふーん、まあ大した技術見たいだけど、地底ってだけで危ない気がするけどね」
「それはご心配なく、霊夢。ここに入るのは私を含めてごく少数だ。入る前に泥は落とすしね。
君たちも清潔にしてから入ってくれただろう?」
「「「・・・・・」」」
「・・・・・」
「早苗、今度からは気を付けてくれよ」
「は、はい・・すみません・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま戻りました、神奈子様」
「おや、遅かったじゃないか。察するに、いつもの連中につかまっていたってところだね?」
「はい、どうしても地下の畑を見たいと。阿求さんもご一緒でしたよ」
「稗田の娘が?そりゃあいい、この神社の評判もうなぎ昇りってもんだ」
そう言ってこくこくと頷く。どうやらこうなることは粗方意図したところであったらしい。
ご機嫌な神様を前にして、早苗は以前からの疑問を投げかけてみた。
「ところで神奈子様、今回の異常気象は本当に偶然によるものだったのでしょうか?」
「何か手繰らんでいませんか」と聞かなかったのは、一応巫女という立場を弁えてのことである。
というのも、河童たちに地下畑の開発し、早苗に今回の野菜配りを指示したのは全て神奈子であった。
しかも「配るときはちゃんと神社の宣伝もしてくるように」と念押しされていたのだ。
これらのことを何の考えもなしにやっているとは思えなかった。
そんな早苗の疑り(期待とも言える)とは裏腹に、返ってきたのはある意味予想外な答えだった。
「いや、今回のは“だたの”異常気象で間違いないさ。だが・・」
少しの間を置き、意地悪な笑みを浮かべて続ける。
「まあ、私の力を持ってすれば、被害はもっと抑えられただろうね。
しかし、起るとも知れない冷害を鎮めるより、それによって不足した野菜を直接貰った方が有難味が身に沁みるってもんだろう?
そうすればこの神社も飢餓を救ったってことで一層信仰が集まるだろうさ」
今度は期待通りの、なんとも神様らしい自由気ままな理由であった。しかし新たな疑問が生じる。
「ええっと・・それって神様の威厳とかご利益的に大丈夫ですか?」
「問題ない。そもそも里の人間は神様や神社に特別な価値を見出してなんかいないさ。
唯一の神社だった博霊神社があの様なんだからねぇ。神威だとかそんなものより、信じて救われればそれでいい、ってね」
「た、確かに怪しむような人はいませんでしたけど・・・・」
神様の言うことではないと早苗は思ったが、確かに一理あるかもしれないとも思った。
ここ幻想郷には神様も妖怪も普通に存在する、なんら特別ではない特別な存在だ。
ならばそのご利益が目に見える現物であっても、それはさほど問題ではないのかもしれない。
実際に、野菜を配った人々もそのことに関して疑問を抱いている様子ではなかった。
ここには外の世界とは違う、独自の神様との関係があるのだと、そう早苗は思った。
(でもやっぱり、霊夢には黙っといたほうがいいかな・・・・)
そもそも初めて会ったときでさえ冤罪に近い形で退治されたのである。
本当のことを知れば霊夢が押しかけてくるのは目に見えている。
これ以上異変を起こしてもいないのに退治されるのは勘弁願いたい早苗であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お供え物の野菜は無農薬で育てた穢れ無きものでないといけないのよ。メリー、知ってた?」
「突然ね、蓮子。そもそも農薬なんていつの時代の話よ。あー、でも合成野菜はその場合どうなのかしらね?」
「さあ?確かに農薬は使ってないけど、昔の人の言いたいことは“人の手が加えられていない天然の野菜”ってことな気がするけどね」
「無農薬といえば、前に地下野菜が話題になったわね。結局流行らなかったけど」
「日照時間、水やり、気温も全てコンピューター制御。品質が一定だし、害虫の心配も無い。
そこら辺の無農薬野菜よりもよっぽど清潔で安全です、ってね。
けど肝心のコスト面がねぇ。今じゃ一部のナチュラリストくらいしか食べてないんじゃないの?」
「天然か人工か・・・・そもそも農業なんて人間の技術の粋じゃない。有機農業だって天然と言うには程遠いわ」
「天然の野菜を食べようと思うなら、それこそ人が踏み入れない山奥に分け入って採ってこないとね」
「じゃあ、天然の野菜は誰が作ったのかしら?」
「そうね・・・・きっと物好きな妖怪か、暇な神様よ」
「ふふ、前に食べた筍はまさにそんな感じだったわね」
「そうね。紫はナンポウシンドウがどうとか言ってたけど・・・・
まあ少なくとも妖怪が直接の原因ではなさそうね。“ただの”異常気象よ」
季節は初秋。夏の湧き立つような生命力は鳴りを潜め、まさに実りの季節を迎えようとしていた・・のだが、
その通りに事が運んでいれば、今こうして霊夢が稗田家を訪れることもなかっただろう。
今年の夏、幻想郷は異例の冷夏に見舞われていた。
平時ならば博麗の巫女が原因となる妖怪を一方的に蹴散らし異変は解決するはずであったが、
今回はその原因を突き止められぬまま、実質的な解決を得られないまま、秋を迎えてしまったのだ。
「外から何かしらの影響を受けたって考えるのが妥当かしらね。さすがに此処以外での異変にはお手上げだわ。
それで、被害の方はどうなのよ?あれだけ涼しかったら作物にも影響があったでしょ?」
「はい。全体的に不作ですね。米は備蓄分があるので問題ないと思いますが、青果は不足するものも出てくるでしょう」
「まあ今年はきりたんぽ鍋のお世話になりそうね」
彼女なりの慰めなのだろうか、そう言うと霊夢は出されていたお茶に初めて口をつけた。
相変わらずの呑気さだと思う一方、そもそも立場が違うということも阿求は十分に承知していた。
霊夢は異変の予防に関しては怠惰であるが、こと解決に関して手を抜くような人物ではないし、
彼女の右に出るものはいないだろうことは過去の事例からも明らかであった。
その彼女が解決できなかったのだ。本件にはそれなりの理由があるのだろう。
それに、今後の里の食糧事情について対策を練るのは稗田家、膨大な記憶と知識を有する阿求の仕事である。
確かに過去の不作の記録は存在するし、何も学ばずに今に至るわけではない。
しかし、主たる対策は備蓄の増加や保存法についての受身的な対策である。
大規模な飢餓は回避できるだろうが、不作そのものへの抜本的な解決策は無いというのが現状である。
「心配には及ばない。その件はもう解決済みだ。もっとも、今年も魔法の森のキノコは豊作だがな」
そう言って突如応接間にあがってきたのは、何故か大根を片手に持った霧雨魔理沙であった。
ちゃんと正門を通っているなら女中が連れてくるはずであるから不法侵入の可能性が高い。
勿論そんな行儀の悪い客にお茶は出ないが、それは今はどうでもいいことだ。
「解決した、とはどういうことですか?原因は何だったのですか?」
「いや、原因は分からん。解決したのは野菜不足の方だ。
さっき村に行ってみたら、早苗が野菜を積んだ荷車を牽いて家々を回っていてだな。
かなりの量だったが、聞くに妖怪の山で栽培したものらしい」
「手に持ってる大根がそれ?山で野菜作りなんで初耳ね」
「それに妖怪の山だけ冷夏の被害を受けていないというのも不思議ですね」
「ああ、だから今から真相を確かめに行こうと思って声をかけに来たのさ。
とにかく善は急げだ。空からお邪魔したのも緊急時ということで勘弁願いたい」
そう言うと魔理沙は真っ先に立ちあがり、今度は律義に玄関口へと向かっていった。
「・・いつもの異変なら、一人で真っ先に飛び出していくのにね」
「それは霊夢さんも同じじゃないですか?」
先ほどまでは頭を抱えていた阿求であったが、少し気が楽になったようであった。
とにかく起きてしまったことは仕方ない。今は解決策を探すことが先決である。
霊夢と阿求はゆっくりと自分のお茶の飲みほしてから、稗田家を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔理沙が早苗をつかまえたとき、既に彼女は野菜を配り終え山へ帰る途中であった。
「なら丁度いい、ついでに畑を見せてくれ」と強引に同行しているが、いったい何が“ついで”なのか。
早苗も特に断る理由はないのか、それとも断っても付いてくると諦めているのか、
「見たところで役に立つとは思えませんけど」とだけ言って反対はしなかった。
霊夢と魔理沙の二人は興味本位であったが、阿求は少々意気込むところがあった。
というのも、妖怪の山だけが冷害を避け得た理由が分かれば、それを人里でも利用することができるかもしれない。
今後このような事態が起きないという保証も無い、というよりほぼ確実に起こるといっていい以上、
何かしらの手掛りを残し後世に伝えるのも御阿礼の子である自分の使命であると感じていた。
もっとも、普段立ち入らない妖怪の山への興味というのも人一番ではある。
「でもよ。神社にはそれなりに行ってたが、畑なんてどこにあったんだ?」
「ああ、あの野菜は山の地下、正確には旧地獄の一角で作ってるんです」
「なんだそりゃ?キノコじゃあるまいし、あんな暗い所で野菜が育つわけないだろう」
「ええ、ですから明るくしたんです」
「何だそれ?禅問答か?」
「というかあんたら、また何か企んでないでしょうね?」
「あら、自分で解決できなかったからって八つ当たりはよくないですよ」
かみ合わない会話をしながら進む三人の後ろ、
(まさか、生きてるうちに地獄に行くことになるとは・・・・ま、まあこれも仕事ですし・・・・)
どうやら変なことに足を突っ込んでしまったと気付くも、今さら一人帰るわけにもいかない。
半ば吹っ切れた阿求は使命感のみを頼りに、呑気な三人のやや後ろをついていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
旧地獄、かつては地獄として栄えた(?)この土地も、縮小政策および幽霊移民計画により今はその機能を失っている。
しかし依然として当時の街並みは残っており、宴会好きな妖怪たちの溜まり場となっていた。
大通りは松明(と通りかかる幽霊)によってまばらに照らされてはいたが、人間の目にはやや心許無い。
特段暗い場所が苦手というわけではない阿求であったが、先導する早苗のすぐ後ろを緊張した足取りで歩いている。
大通りから一本外れた細い通りに入りさらに歩くこと数分、早苗はある建物の前で立ち止まった。
「さあ、着きましたよ。ここが畑です」
そう言って早苗が指差したのは、トタンの壁に覆われた背の低い建物であった。
周囲の和風な建築物とあまりに不釣り合いな、後から建てられたものであることが容易に想像できる金属製の建屋。
窓などは一つもなく、怪しげなパイプが幾本も縦横無尽に壁を走っていた。その見た目はまるで・・・
「畑というよりは工場じゃないか」
「ますますお天道様から遠ざかりましたね・・」
「本当にこんな不健康な場所で野菜が育つのかしら?」
ここまで来ると好奇心ではなく懐疑心であったが、早苗がそそくさと中へ入っていくので三人は後に続く。
入ってすぐは細い通路になっており、ここも外装と同様に天井や壁にパイプが伸びているた。
さらには訳の分からない装置が低い音を立てており、外見以上に畑とはかけ離れている。
突き当りまで進むとまた扉があった。その前で早苗は立ち止まり、一同を振り返って小さく息を吸った。
「お待たせしました。この先が畑ですよ」
そう言ってゆっくりと扉を開け放つ。同時に、昼間のような光が扉の先から漏れ出してきた。
地底の暗さに目が慣れていたために、阿求たちは思わず目を細める。
・ ・ ・ ・
その先にあったのは、無機質な光で満たされた広い空間。
天井は薄青の天幕で覆われ、中央に燦々と輝くガラスの球体が一つ、さらに先ほどのパイプが等間隔に天井を走っている。
床はくり抜かれているのか、一面に土が敷き詰められ、そこに青々とした野菜が規則正しく植えられていた。
歪な天井部分とは対照的に、こちらはいたって普通の畑に見える。
「いやぁ、驚いた。本当に地下で野菜が育ってるじゃないか」
「見た目は地上のものと変わりありませんね・・・・」
摩訶不思議な光景を目の前にして三人は驚きを隠せない様子である。
阿求も先ほどまでの緊張感が嘘のように、今はただ茫然と立ち尽くしていた。
「なら肝心の味のほうは・・・もぐもぐ、うむ、普通だな」
「ちょっと魔理沙、洗わないと汚いわよ?」
「いや、問題無いよ。もっとも、出荷前のものをつまみ食いするのは問題だがね」
はっと横を振り向くと、一体いつからそこ居たのか、河城にとりが腕を組みながら立っていた。
「あら、にとりさん。お疲れ様です。今日は水遣りですか?」
「ああ、丁度これからだよ。ついでに畑を食い荒らす害虫を退治しにきたってところかな」
早苗曰く、この畑を管理しているのは彼女らしい。今日もその作業中とのことだ。
しかし「これから水遣り」という割には、肝心の如雨露が見当たらない。
底のない柄杓で水は撒けても、スパナではいくらなんでも無理だと思うのだが・・・・
「まあこの畑の説明は追々するとして、まずは一歩下がったほうがいいよ。今から雨が降るからね」
「何をいってるんだ。ここは地下で、しかも室内だぞ?雨なんて降るわけないじゃないか」
未だ野菜を物色している魔理沙が小馬鹿にするように声を上げた。
「ああ、魔理沙はそのままでいいよ。少々バチを受けてもらわないとね」
その直後、ガコンという音とともに部屋全体が低いうなり声を上げはじめた。
しばらくして・・・・
ポツッ ポツポツッ
「ん?」
何かを感じた魔理沙が上を向く。直後、大量の水滴が天井から降り注いできた。
「わわ!なんだなんだ!?」
大粒の雨に打たれ、魔理沙は慌てて畑の外へ避難する。
「ははは、だから言ったろう?雨が降るって」
見上げると天井のパイプには無数の小さな穴が開いており、そこから水が噴き出ているようだ。
つまみ食いのバチを受けた魔理沙は、決まり悪そうに濡れた帽子をぱたぱたと乾かしている。
「水遣りにしては手が込んでるわね。さすが河童の技術というか」
「そこに重要な秘密があるのさ。なぜ地下で野菜が育つかのね」
「ただ水をあげるだけでは駄目だということですか?」
「そう、大切なのは野菜たちに“ここを地上だと思い込ませること”なんだ」
にとりはそう言うと、畑に向かって大きく手を広げる。
一面に垂れ下げられた薄青の天幕は空を
中央に備え付けられ部屋中を燦々と照らす球体は太陽を
天井を縦横に走るパイプから噴き出る水は雨を
そして地面には地上から持ち込まれた土が敷き詰められている。
確かに地上の環境を地下に持ち込もうとしたとも言える。(持ち込んできたような、というには歪すぎる)
にとり曰く、野菜には目がないが、ちゃんと周りの世界を認識しているらしい。
しかしその精度は人間や妖怪と比べると曖昧なものであり、ある程度似せてやれば地上だと思い込むとのだという。
「ちゃんと夜には明かりが消えるし、夕方には赤い明かりがつく。
この人工太陽は動かないけど、野菜たちには十分本物の太陽に見えているはずだよ。
条件を揃えてやれば、もっとうまく育つようになるだろうね」
「だったらお空に頼めばいいんじゃないか?」
「いや、それはもう試したけど駄目だった。あいつは加減ってものを知らなくてね」
苦笑いを見せ、今度は阿求の方を向いて話す。
「冷害を受けなかった理由だけど、間欠泉の熱を利用してこの部屋を暖めているんだよ。
外壁にやたらパイプがあったろう?あの中をお湯が通っていて室内と熱交換をしてるんだ。
だから冷夏でも室内を一定の温度に保つことができたってわけ。その気になれば冬でも野菜を育てることができるよ。」
「は、はぁ・・なるほど・・・・」
「病気や害虫の心配が少ないというのも利点だね。なにせ屋内だし。それとこれはまだ実験段階なんだけど・・・・」
火が付いてしまったのか、にとりはちんぷんかんな言葉を並べながら説明を続ける。
阿求は軽く相槌を打ちながら話を聞くフリをしているが、内容はこれっぽっちも理解できていない。
分かったのは、今回の件は里で真似できるような類のものではない、ということくらいである。
しかし毎度ながら河童の技術には驚かされる。これで外の技術を真似しているだけだというのだから、
幻想郷の外の世界とは一体どれほどの技術を有しているのだろうか。阿求にはまるで想像がつかなかった。
「ふーん、まあ大した技術見たいだけど、地底ってだけで危ない気がするけどね」
「それはご心配なく、霊夢。ここに入るのは私を含めてごく少数だ。入る前に泥は落とすしね。
君たちも清潔にしてから入ってくれただろう?」
「「「・・・・・」」」
「・・・・・」
「早苗、今度からは気を付けてくれよ」
「は、はい・・すみません・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま戻りました、神奈子様」
「おや、遅かったじゃないか。察するに、いつもの連中につかまっていたってところだね?」
「はい、どうしても地下の畑を見たいと。阿求さんもご一緒でしたよ」
「稗田の娘が?そりゃあいい、この神社の評判もうなぎ昇りってもんだ」
そう言ってこくこくと頷く。どうやらこうなることは粗方意図したところであったらしい。
ご機嫌な神様を前にして、早苗は以前からの疑問を投げかけてみた。
「ところで神奈子様、今回の異常気象は本当に偶然によるものだったのでしょうか?」
「何か手繰らんでいませんか」と聞かなかったのは、一応巫女という立場を弁えてのことである。
というのも、河童たちに地下畑の開発し、早苗に今回の野菜配りを指示したのは全て神奈子であった。
しかも「配るときはちゃんと神社の宣伝もしてくるように」と念押しされていたのだ。
これらのことを何の考えもなしにやっているとは思えなかった。
そんな早苗の疑り(期待とも言える)とは裏腹に、返ってきたのはある意味予想外な答えだった。
「いや、今回のは“だたの”異常気象で間違いないさ。だが・・」
少しの間を置き、意地悪な笑みを浮かべて続ける。
「まあ、私の力を持ってすれば、被害はもっと抑えられただろうね。
しかし、起るとも知れない冷害を鎮めるより、それによって不足した野菜を直接貰った方が有難味が身に沁みるってもんだろう?
そうすればこの神社も飢餓を救ったってことで一層信仰が集まるだろうさ」
今度は期待通りの、なんとも神様らしい自由気ままな理由であった。しかし新たな疑問が生じる。
「ええっと・・それって神様の威厳とかご利益的に大丈夫ですか?」
「問題ない。そもそも里の人間は神様や神社に特別な価値を見出してなんかいないさ。
唯一の神社だった博霊神社があの様なんだからねぇ。神威だとかそんなものより、信じて救われればそれでいい、ってね」
「た、確かに怪しむような人はいませんでしたけど・・・・」
神様の言うことではないと早苗は思ったが、確かに一理あるかもしれないとも思った。
ここ幻想郷には神様も妖怪も普通に存在する、なんら特別ではない特別な存在だ。
ならばそのご利益が目に見える現物であっても、それはさほど問題ではないのかもしれない。
実際に、野菜を配った人々もそのことに関して疑問を抱いている様子ではなかった。
ここには外の世界とは違う、独自の神様との関係があるのだと、そう早苗は思った。
(でもやっぱり、霊夢には黙っといたほうがいいかな・・・・)
そもそも初めて会ったときでさえ冤罪に近い形で退治されたのである。
本当のことを知れば霊夢が押しかけてくるのは目に見えている。
これ以上異変を起こしてもいないのに退治されるのは勘弁願いたい早苗であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お供え物の野菜は無農薬で育てた穢れ無きものでないといけないのよ。メリー、知ってた?」
「突然ね、蓮子。そもそも農薬なんていつの時代の話よ。あー、でも合成野菜はその場合どうなのかしらね?」
「さあ?確かに農薬は使ってないけど、昔の人の言いたいことは“人の手が加えられていない天然の野菜”ってことな気がするけどね」
「無農薬といえば、前に地下野菜が話題になったわね。結局流行らなかったけど」
「日照時間、水やり、気温も全てコンピューター制御。品質が一定だし、害虫の心配も無い。
そこら辺の無農薬野菜よりもよっぽど清潔で安全です、ってね。
けど肝心のコスト面がねぇ。今じゃ一部のナチュラリストくらいしか食べてないんじゃないの?」
「天然か人工か・・・・そもそも農業なんて人間の技術の粋じゃない。有機農業だって天然と言うには程遠いわ」
「天然の野菜を食べようと思うなら、それこそ人が踏み入れない山奥に分け入って採ってこないとね」
「じゃあ、天然の野菜は誰が作ったのかしら?」
「そうね・・・・きっと物好きな妖怪か、暇な神様よ」
「ふふ、前に食べた筍はまさにそんな感じだったわね」