「白狼天狗ひと夏の恋」
里のあちこちに向日葵が咲き。
頭上に太陽が強く煌くとある夏の1日。
時はすでに夕暮れ。
鴉が鳴き、巣に戻る様な時間。
射命丸文は、部下の犬走椛を探し妖怪の山を飛びまわっていた。
「椛~? 何処ですか~」
見回りに出かけ、既に半日が経とうとしている。
シフトでは既に交代の筈なので戻ってきてもおかしくないなのだが、一向に戻ってくる気配がない。
と言うより戻って来ないのだ。
心配になった文は、椛を探して山の中を飛び回っているのだが、手がかりもつかめずにいる。
「椛~聞こえたら返事をしてください」
自分直属の部下(非公式ではあるが)と言う事もあり気が気でない。
顔に焦りの表情を浮かばせながら文は飛ぶ。
「くっ、見つかりません……」
日もだいぶ傾き辺りがうす暗くなり始めた。
暗くなり始めれば真っ暗になるのはあっという間。
急いで見つけなければと思う気持ちは焦りを生み冷静な思考を鈍らせる。
「いけません、落ち着かなければ」
息を深く吸い込みゆっくりと吐き出す。
深呼吸を繰り返すうちに幾分か気分が落ち着いてきた。
「どうしたというのでしょうか……」
そう言えば別に何か問題があったという話は聞いていない。
たとえば何かが侵入したというのならばもう少し騒ぎにもなるはずだ。
今のところそんな話も来ていなければそんな様子もない。
(と言う事は何か用事でもあって見回りから戻らずに帰った?)
いや、それも考え難い。
帰るのなら荷物ぐらいは取りに来るはずだし、何より滝壺の裏にある秘密の洞窟より、文の家の部屋で寝泊まりしている事が多い事を考えれば何の断りも無しに先に帰る事もあり得ないだろう。
「仕方ありません、彼らの手を借りるとしましょう」
片手を口元に持っていくと、その手を輪の様な形にして、に当てる。指笛だ。
甲高い音が森の中に響くと、何処からとも無く黒い影が文を中心に集まりだした。
それは文の肩に、頭に停まり、あぶれた物は頭上で円を描きながら旋回をしている。
「こんな時間に申し訳ありません、貴方達の力を貸して下さい」
片腕を上げ、手の甲が見えるように腕を目の前に持ってくると、そこに1羽の鴉が停まった。
黒々とした鴉は、夕暮れの闇に溶けるようにその身を静かにさせている。
「暗くなって随分目が見えなくなりつつあると思いますが急用なんです、私の部下の椛を探すのを手伝ってください」
腕に停まっていた鴉は、返事をするかのように大きく一鳴きすると、羽音をさせながら飛び立っていく。
それを合図に周りに集まっていた鴉達も散り散りに飛び去っていった。
「お願いします」
鴉達を見送りながら、祈るように小さくつぶやいた。
しばらくすると、空中に佇む文の元に飛び去っていった鴉達が戻って来た。
「森の中で倒れてる白い塊を見た? わかりました、行ってみます。ありがとうございました、もう休んでいいですよ」
口早にそう言うと文は風もなく飛び立ち、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
鴉達はそんな文の様子に戸惑っているのか、しばらく文が居た辺りを飛んでいたが、やがて1羽、また1羽と何処かへと帰っていった。
「彼等の話ではこの辺りに……」
木々の間を潜り抜け、伸びた枝の隙間に体を滑り込ませる。
かなり危険な低空飛行を続けたまま、文は先程鴉達が教えてくれた場所の近くまで来ていた。
「居た!!」
目を凝らし飛びまわっていると、緑の草木の間から不自然なまでに白い何かが飛び出している場所を発見した。
急いでその場所に降り、草木を掻き分け近づいてみると椛が地面に横たわっており、苦しげにうめき声をあげている。
時折苦悶の表情を浮かべ、あからさまに良い状態ではない。
「椛! 大丈夫ですか!?」
抱え上げると不自然な熱が腕を通して伝わって来る。
ちょっと暑いですとかそんなんじゃない、何か異常をきたしている様なそんな暑さだ。
その証拠に椛の着ている服は彼女の汗でびしょびしょになってしまっている。
「これは……」
流石に医者ではない文もこれだけでは何も分からない。
ただ腕の中でうめき声をあげながら、とてつもなく弱い力で袖を握ってきた椛を見下ろす。
「とにかく、竹林の医者へ」
一人決意するように呟くと、空高く疾風の様なスピードで飛び出し、一直線に竹林へと飛び去って行った。
☆★☆
熱い。
燃えるような熱さが体の芯を溶かして行く様なそんな錯覚を抱くほど体が熱くなっていた。
その熱は思考を溶かし、変則的な頭痛と共に襲いかかり意識を朦朧とさせる。
目の前が霞み、それが実際に見ているのか、それとも空想上に見えているのかをも区別できない。
ただ、優しく頬を撫でる風と、体を包む温かさだけをはっきり感じ取る事が出来る。
脱力感が体を襲う中うっすらと目を開ける。
すると、目の前に必死な顔をした顔をした文さんが居た。
(あぁ、そうか)
熱と頭痛で頭の中がぼぉーっとするのにもかかわらず、何故かはっきりと理解する事が出来る。
(いま、私は文さんに抱かれてるんだ)
考えるより感じる。
たとえるなら私の鼻が人のそれより強く、気付かないうちに探し物を匂いで見つける様なそんな感覚。
(安心、するなぁ)
優しい文さんの香りと一緒に汗の匂いがする。
もしかしたら私の事を必死になって探してくれていたのかもしれない。
(いや、自惚れかな?)
そんな事を思い、笑みがこぼれる。
私の小さな動きに文さんが気付いたのか、心配そうな顔でこちらを覗きこんだ。
口が動き、何かを言っているが風の音と体調不良のせいで何を言っているのかは全く理解できない。
私が返事をしないからか、文さんの顔が不安げに歪む。
そして再び前を向くと今までよりも早く、飛ぶスピードに力が入る。
(ごめんなさい文さん、すぐ元気になるから泣きそうな顔をしないでください)
手を伸ばしてその顔に触れたいのに体が言う事が効かない。
何時も面倒を見てくれる、何だかんだ面倒見のいい上司様。
そばに居て何時もふざけた様に笑う彼女の笑顔を今一番見たいと思った。
(あぁ、そうか……)
本日二度目の確信。
(私はきっと。いや、間違いなく文さんに惚れてるんだ)
熱にうなされ薄れゆく意識の中、私は何故かそんな事を思った。
☆★☆
白い天井、うす暗い部屋。
そこには時計の音しかしない。
規則的に刻まれる秒針の音、目を開けてから自分が起きているという事に気付くのに数秒かかった。
呆けた頭のまま体を起こすと、そこは見慣れた文さんの部屋だった。
「あれ? なんで私ここに?」
何時の間に文さんの部屋で寝てしまったのだろうか?
「もしかして飲み過ぎたかなぁ……」
たまに文さんと晩酌を交わすのだが、あの人は化け物じみてお酒が強い。
良く潰されかけるのだが、流石に部屋を間違えたのは初めてだった。
(って事はさっきのも夢ですかねぇ?)
文さんに抱きかかえられてた夢。
もしかしたら文さんがここまで運んでくれたのかもしれない。
「そんなわけ無いか……ん?」
その時、伸ばした足の方で何かがもそもそと動き、掛け布団がずれるのを感じた。
視線を向けて見れば、文さんがベットにうつ伏せて眠っていた。
その体は規則的に上下に揺れるだけで微動だにしない。
(あれ? なんで? もしかして)
着ている服が若干ぶかぶかだという事に気付き、自分を見下ろすと文さんが良く着ているパジャマを身に着けていた
「もしかして、夢じゃなかった?」
良く思いだしてみると見回りに出掛けてからの記憶がない。
てっきり仕事終わりにお酒を飲んで記憶が飛んだのだとばかり思っていたが。
すっかり冴え渡った頭でそんな事を考えると、不意に文さんに抱かれ飛んでいた事を思い出してしまう。
柔らかい体、優しい温かさと汗の混じったほんのり甘酸っぱいような匂い。
意図せずに顔が赤くなり、鼓動がどんどん早くなっていく。
手に汗が浮かび、眠りながらこちらを向いている文さんの顔を思わずじっと見つめてしまう。
掛け布団に隠れた尻尾が絶え間なく動き回り、耳が何かを期待するように動いてしまう。
ドキドキする胸を押さえながらその寝顔を見つめていると
「――椛」
小さく口が動き私の名前が呼ばれた
「!?!?」
思わず飛び上がり大声をあげそうになるのを抑える。
見つめている事に気付かれたのではないかとそんな思いで顔が真っ赤になり、顔を俯かせ掛け布団を強く握りしめた。
(このままじゃ恥ずかしくて死んでしまいます)
私は掛け布団を頭までかぶると、目を固く瞑り早く眠ろうとするのだった。
☆★☆
気付けば窓から差し込む太陽の光で部屋は明るくなっており、外から鳥の鳴き声や風で木の葉が擦れる音が聞こえてきている。
結局なかなか眠りに着く事が出来ず、悶々としているうちに眠ってしまったようだ。
ベットの上で起き上がり、ぼーっと虚空を見つめていると部屋の一角から乾いた音が響いた。
「おや、椛もう大丈夫なのですか?」
「あ、文さん……」
声をかけられ無意識にそちらを向くと文さんがお盆にコップを乗せてこちらに歩いて来ていた。
「大丈夫ですか? 昨日の事は覚えていますか?」
「ええと」
「熱で倒れたそうです。驚きましたよ、山中で倒れている貴女を見つけた時は」
話を聞くと、どうやら風邪をこじらせ高熱を出し、倒れてしまったそうだ。
それを見つけた文さんは血相を変えて竹林の医者まで運び、薬を飲ませ家に運び寝かせたそうな。
「そう言えばちょっと頭が痛かったかもしれません」
「あまり無理をして驚かせないでください、心臓に悪いですよまったく」
ちょっと怒ったように言うと、文さんはお盆に乗ったコップを手渡してくれた。
程良く冷えたお水を飲むと、気分が落ち着いていく。
「何か食べれますか? 一応まだ調子が悪い様だったら薬を飲ませてくれと言われていますが」
「体調の方は大丈夫です、でも文さんに手間を掛けさせるのは……」
「馬鹿言わないでください、きちんと体調管理も出来ないのに」
お盆を持って立ち上がると、文さんが上から見下ろすようにこちらを見つめる。
「それとも、私が作った料理は食べたくないですか?」
「そ、そんなことはっ!」
「なら決定です」
鼻歌を歌いながら文さんは部屋を後にする。
程無くして、隣の部屋から包丁がまな板をたたく音が聞こえてきた。
リズムに乗って良い匂いが届いてくる。
(それにしても……)
竹林の医者の薬はすごいと思う。
(倒れるほどの熱だというのに一晩で治してしまうような薬なのか)
これで明日、下手したら今日の午後にはすぐ仕事に復帰できるだろうが……
(文さん、止めるだろうなぁ)
私は空腹を感じながら、間違いなく制止にかかる文さんを想像しどう切り抜けるべきかと思案するのであった。
☆★☆
食後、話に話し合った末なんとか仕事復帰へと話を漕ぎ着ける事に成功した。
しかし、私に文さんは一つの条件を突き出す。
「仕方ありませんね、ですが条件をつけさせてもらいますよ」
まぁ、当然と言えば当然なのだが。
そして、そんな文さんの条件と言うのは
「今日1日私も椛と一緒に行動します」
「え? でも文さんそれじゃあ新聞の記事が」
「ですから、警備の合間にネタ集めについてきてもらいますよ」
そんなわけで現在私達は、人里に下りて何かスクープが無いかと聞き込みをしている所だ。
「ところで文さん」
「なんですか? 椛」
「なんだか人が私達を見るとそそくさと逃げて行くように見えるのですが」
こちらと目が会うや否や、ささっと家の中なりお店の中なりに逃げ込んでいく様な気がするのだが気のせいだろうか?
「そんな事はありませんよ」
「そうですかねぇ~……」
里の外から中心部まで歩いてきたというのに、誰も話を聞いてくれないあたり勘違いでは無いと思うのだが。
「あれ?」
文さんと二人で散歩をする様に歩いていると、ふと街角にはられている張り紙に目が行った。
「どうしましたか?」
「今日、花火大会があるそうですよ」
そこには、大きな文字で【幻想郷花火大会、本日19時から】と花火の絵をバックに書かれている。
「これは記事になりますね」
腕を組みながら張り紙を見つめ、「ふむ」と唸る文さんの横顔を見つめる。
ふと、脳裏にある事が浮かび、おもわず私は口を開いていた。
「なら、文さん一緒に花火……見に行きませんか?」
出だしは良かったものの、変に意識してしまい語尾が上擦ってしまった。
恥ずかしくて思わず俯き、それでも返事を聞きたくて恐る恐る上目使いに文さんの顔を見上げる。
「良いですよ? どっち道私は来ようと思っていましたからね」
「ほ、ほんとですか?」
「嘘をついてどうするのですか?」
尻尾がパタパタと動きそうになるのを何とかこらえ。
それでも嬉しさについついにやけてしまう。
それを隠すように私はそっぽを向く。
すると、文さんが背後で楽しげに笑いだし、私は自分の顔がみられたのではないかと思わず顔を赤くした。
そんな私の尻尾がぶんぶん振られていた事に気付くのは、文さんが笑いだしてから数秒後の出来事だ。
☆★☆
外がうす暗くなり、蝉の声がなりを潜める頃。
私達は再び里に戻ってきていた。
「そろそろ時間ですよ文さん!」
「そうですね、何処から見ましょうか」
辺りにも人が増え始め、ガヤガヤと活気だっている。
皆今日の一大イベントを楽しみにしていたのかもしれない。
「あまり人が多い場所はいやですね」
げんなり文さんが呟くのを私は意外そうな目で見つめた。
「え? そうなんですか?」
てっきり話が聞けるからと人込みに突っ込んでいくものだとばかり持っていたのだが。
「まぁ、そうですねぇ」
歯切れの悪い返事をすると、一人人込みから外れていってしまう。
慌てて追いかけていくと、里の中心から少し外れた場所の小高い丘のような場所へ出た。
「この辺りなら人も少ないでしょう」
文さんの言うとおり、この辺りは人が少ないようだ。
穴場と言うところだろうか?
「昼間の内に下調べをしておいて正解でしたね……」
「え? 何か言いましたか?」
丁度文さんが話し始めた時空砲が打ちあがり、その声がかき消されてしまう。
「いえ、なんでもありませんよ。それよりも、始るみたいですよ」
文さんと二人並ぶように立つ。
すると、その目の前。少し遠くなってしまったが、そこに大きな光の花が咲いた。
「わぁ……」
「これは綺麗ですね。これは少し、いえ、思っていたよりずっと凄いですね」
「これ、毎年やっているんですか?」
「毎年と言っても数年前に始まったと聞きますがね」
大きな爆発音と共に、赤や青、緑と言った光が二人の顔を照らしだしていく。
二人の眼には、円やハート、昆虫や動物をかたどった様な花火が映っている。
「もっと早くに知りたかったですね」
「そうですね、ですがどうして中々この時期は忙しいですから……あ」
そんな事を話していると、目の前に一際大きな花火が上がった。
それは尾を引くように中心から光を伸ばし、流れるように地上へと尾を引き消えていく。
オレンジ色の光がまるで夜空に溶け込んでいく様は、見る者を魅了し誰もが静かにそれを見上げてしまう。
「柳と言う花火です」
「そうなんですか?」
「ええ、とても綺麗な花火です」
「そうですね」
二人並び黙って空を見上げる。
ふと私は横に立つ人の横顔を見上げた。
その顔は花火の光によって浮き彫りにされている。
普段あまりじっと見る事はないけれど、その時の顔は幸せに満ちていると確かに感じた。
「椛」
「!?」
唐突に文さんがこちらを向き、ばっちりと目が合う。
見つめていた事を気づかれた恥ずかしさに思わず視線をそらしそうになるが、彼女の眼に吸い込まれる様にしてじっとお互いに見つめ合った。
「私の肩、空いていますよ」
また一つ、大きな柳が打ち上げられ、光の軌跡を残しながら夜空に溶けていった。
里のあちこちに向日葵が咲き。
頭上に太陽が強く煌くとある夏の1日。
時はすでに夕暮れ。
鴉が鳴き、巣に戻る様な時間。
射命丸文は、部下の犬走椛を探し妖怪の山を飛びまわっていた。
「椛~? 何処ですか~」
見回りに出かけ、既に半日が経とうとしている。
シフトでは既に交代の筈なので戻ってきてもおかしくないなのだが、一向に戻ってくる気配がない。
と言うより戻って来ないのだ。
心配になった文は、椛を探して山の中を飛び回っているのだが、手がかりもつかめずにいる。
「椛~聞こえたら返事をしてください」
自分直属の部下(非公式ではあるが)と言う事もあり気が気でない。
顔に焦りの表情を浮かばせながら文は飛ぶ。
「くっ、見つかりません……」
日もだいぶ傾き辺りがうす暗くなり始めた。
暗くなり始めれば真っ暗になるのはあっという間。
急いで見つけなければと思う気持ちは焦りを生み冷静な思考を鈍らせる。
「いけません、落ち着かなければ」
息を深く吸い込みゆっくりと吐き出す。
深呼吸を繰り返すうちに幾分か気分が落ち着いてきた。
「どうしたというのでしょうか……」
そう言えば別に何か問題があったという話は聞いていない。
たとえば何かが侵入したというのならばもう少し騒ぎにもなるはずだ。
今のところそんな話も来ていなければそんな様子もない。
(と言う事は何か用事でもあって見回りから戻らずに帰った?)
いや、それも考え難い。
帰るのなら荷物ぐらいは取りに来るはずだし、何より滝壺の裏にある秘密の洞窟より、文の家の部屋で寝泊まりしている事が多い事を考えれば何の断りも無しに先に帰る事もあり得ないだろう。
「仕方ありません、彼らの手を借りるとしましょう」
片手を口元に持っていくと、その手を輪の様な形にして、に当てる。指笛だ。
甲高い音が森の中に響くと、何処からとも無く黒い影が文を中心に集まりだした。
それは文の肩に、頭に停まり、あぶれた物は頭上で円を描きながら旋回をしている。
「こんな時間に申し訳ありません、貴方達の力を貸して下さい」
片腕を上げ、手の甲が見えるように腕を目の前に持ってくると、そこに1羽の鴉が停まった。
黒々とした鴉は、夕暮れの闇に溶けるようにその身を静かにさせている。
「暗くなって随分目が見えなくなりつつあると思いますが急用なんです、私の部下の椛を探すのを手伝ってください」
腕に停まっていた鴉は、返事をするかのように大きく一鳴きすると、羽音をさせながら飛び立っていく。
それを合図に周りに集まっていた鴉達も散り散りに飛び去っていった。
「お願いします」
鴉達を見送りながら、祈るように小さくつぶやいた。
しばらくすると、空中に佇む文の元に飛び去っていった鴉達が戻って来た。
「森の中で倒れてる白い塊を見た? わかりました、行ってみます。ありがとうございました、もう休んでいいですよ」
口早にそう言うと文は風もなく飛び立ち、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
鴉達はそんな文の様子に戸惑っているのか、しばらく文が居た辺りを飛んでいたが、やがて1羽、また1羽と何処かへと帰っていった。
「彼等の話ではこの辺りに……」
木々の間を潜り抜け、伸びた枝の隙間に体を滑り込ませる。
かなり危険な低空飛行を続けたまま、文は先程鴉達が教えてくれた場所の近くまで来ていた。
「居た!!」
目を凝らし飛びまわっていると、緑の草木の間から不自然なまでに白い何かが飛び出している場所を発見した。
急いでその場所に降り、草木を掻き分け近づいてみると椛が地面に横たわっており、苦しげにうめき声をあげている。
時折苦悶の表情を浮かべ、あからさまに良い状態ではない。
「椛! 大丈夫ですか!?」
抱え上げると不自然な熱が腕を通して伝わって来る。
ちょっと暑いですとかそんなんじゃない、何か異常をきたしている様なそんな暑さだ。
その証拠に椛の着ている服は彼女の汗でびしょびしょになってしまっている。
「これは……」
流石に医者ではない文もこれだけでは何も分からない。
ただ腕の中でうめき声をあげながら、とてつもなく弱い力で袖を握ってきた椛を見下ろす。
「とにかく、竹林の医者へ」
一人決意するように呟くと、空高く疾風の様なスピードで飛び出し、一直線に竹林へと飛び去って行った。
☆★☆
熱い。
燃えるような熱さが体の芯を溶かして行く様なそんな錯覚を抱くほど体が熱くなっていた。
その熱は思考を溶かし、変則的な頭痛と共に襲いかかり意識を朦朧とさせる。
目の前が霞み、それが実際に見ているのか、それとも空想上に見えているのかをも区別できない。
ただ、優しく頬を撫でる風と、体を包む温かさだけをはっきり感じ取る事が出来る。
脱力感が体を襲う中うっすらと目を開ける。
すると、目の前に必死な顔をした顔をした文さんが居た。
(あぁ、そうか)
熱と頭痛で頭の中がぼぉーっとするのにもかかわらず、何故かはっきりと理解する事が出来る。
(いま、私は文さんに抱かれてるんだ)
考えるより感じる。
たとえるなら私の鼻が人のそれより強く、気付かないうちに探し物を匂いで見つける様なそんな感覚。
(安心、するなぁ)
優しい文さんの香りと一緒に汗の匂いがする。
もしかしたら私の事を必死になって探してくれていたのかもしれない。
(いや、自惚れかな?)
そんな事を思い、笑みがこぼれる。
私の小さな動きに文さんが気付いたのか、心配そうな顔でこちらを覗きこんだ。
口が動き、何かを言っているが風の音と体調不良のせいで何を言っているのかは全く理解できない。
私が返事をしないからか、文さんの顔が不安げに歪む。
そして再び前を向くと今までよりも早く、飛ぶスピードに力が入る。
(ごめんなさい文さん、すぐ元気になるから泣きそうな顔をしないでください)
手を伸ばしてその顔に触れたいのに体が言う事が効かない。
何時も面倒を見てくれる、何だかんだ面倒見のいい上司様。
そばに居て何時もふざけた様に笑う彼女の笑顔を今一番見たいと思った。
(あぁ、そうか……)
本日二度目の確信。
(私はきっと。いや、間違いなく文さんに惚れてるんだ)
熱にうなされ薄れゆく意識の中、私は何故かそんな事を思った。
☆★☆
白い天井、うす暗い部屋。
そこには時計の音しかしない。
規則的に刻まれる秒針の音、目を開けてから自分が起きているという事に気付くのに数秒かかった。
呆けた頭のまま体を起こすと、そこは見慣れた文さんの部屋だった。
「あれ? なんで私ここに?」
何時の間に文さんの部屋で寝てしまったのだろうか?
「もしかして飲み過ぎたかなぁ……」
たまに文さんと晩酌を交わすのだが、あの人は化け物じみてお酒が強い。
良く潰されかけるのだが、流石に部屋を間違えたのは初めてだった。
(って事はさっきのも夢ですかねぇ?)
文さんに抱きかかえられてた夢。
もしかしたら文さんがここまで運んでくれたのかもしれない。
「そんなわけ無いか……ん?」
その時、伸ばした足の方で何かがもそもそと動き、掛け布団がずれるのを感じた。
視線を向けて見れば、文さんがベットにうつ伏せて眠っていた。
その体は規則的に上下に揺れるだけで微動だにしない。
(あれ? なんで? もしかして)
着ている服が若干ぶかぶかだという事に気付き、自分を見下ろすと文さんが良く着ているパジャマを身に着けていた
「もしかして、夢じゃなかった?」
良く思いだしてみると見回りに出掛けてからの記憶がない。
てっきり仕事終わりにお酒を飲んで記憶が飛んだのだとばかり思っていたが。
すっかり冴え渡った頭でそんな事を考えると、不意に文さんに抱かれ飛んでいた事を思い出してしまう。
柔らかい体、優しい温かさと汗の混じったほんのり甘酸っぱいような匂い。
意図せずに顔が赤くなり、鼓動がどんどん早くなっていく。
手に汗が浮かび、眠りながらこちらを向いている文さんの顔を思わずじっと見つめてしまう。
掛け布団に隠れた尻尾が絶え間なく動き回り、耳が何かを期待するように動いてしまう。
ドキドキする胸を押さえながらその寝顔を見つめていると
「――椛」
小さく口が動き私の名前が呼ばれた
「!?!?」
思わず飛び上がり大声をあげそうになるのを抑える。
見つめている事に気付かれたのではないかとそんな思いで顔が真っ赤になり、顔を俯かせ掛け布団を強く握りしめた。
(このままじゃ恥ずかしくて死んでしまいます)
私は掛け布団を頭までかぶると、目を固く瞑り早く眠ろうとするのだった。
☆★☆
気付けば窓から差し込む太陽の光で部屋は明るくなっており、外から鳥の鳴き声や風で木の葉が擦れる音が聞こえてきている。
結局なかなか眠りに着く事が出来ず、悶々としているうちに眠ってしまったようだ。
ベットの上で起き上がり、ぼーっと虚空を見つめていると部屋の一角から乾いた音が響いた。
「おや、椛もう大丈夫なのですか?」
「あ、文さん……」
声をかけられ無意識にそちらを向くと文さんがお盆にコップを乗せてこちらに歩いて来ていた。
「大丈夫ですか? 昨日の事は覚えていますか?」
「ええと」
「熱で倒れたそうです。驚きましたよ、山中で倒れている貴女を見つけた時は」
話を聞くと、どうやら風邪をこじらせ高熱を出し、倒れてしまったそうだ。
それを見つけた文さんは血相を変えて竹林の医者まで運び、薬を飲ませ家に運び寝かせたそうな。
「そう言えばちょっと頭が痛かったかもしれません」
「あまり無理をして驚かせないでください、心臓に悪いですよまったく」
ちょっと怒ったように言うと、文さんはお盆に乗ったコップを手渡してくれた。
程良く冷えたお水を飲むと、気分が落ち着いていく。
「何か食べれますか? 一応まだ調子が悪い様だったら薬を飲ませてくれと言われていますが」
「体調の方は大丈夫です、でも文さんに手間を掛けさせるのは……」
「馬鹿言わないでください、きちんと体調管理も出来ないのに」
お盆を持って立ち上がると、文さんが上から見下ろすようにこちらを見つめる。
「それとも、私が作った料理は食べたくないですか?」
「そ、そんなことはっ!」
「なら決定です」
鼻歌を歌いながら文さんは部屋を後にする。
程無くして、隣の部屋から包丁がまな板をたたく音が聞こえてきた。
リズムに乗って良い匂いが届いてくる。
(それにしても……)
竹林の医者の薬はすごいと思う。
(倒れるほどの熱だというのに一晩で治してしまうような薬なのか)
これで明日、下手したら今日の午後にはすぐ仕事に復帰できるだろうが……
(文さん、止めるだろうなぁ)
私は空腹を感じながら、間違いなく制止にかかる文さんを想像しどう切り抜けるべきかと思案するのであった。
☆★☆
食後、話に話し合った末なんとか仕事復帰へと話を漕ぎ着ける事に成功した。
しかし、私に文さんは一つの条件を突き出す。
「仕方ありませんね、ですが条件をつけさせてもらいますよ」
まぁ、当然と言えば当然なのだが。
そして、そんな文さんの条件と言うのは
「今日1日私も椛と一緒に行動します」
「え? でも文さんそれじゃあ新聞の記事が」
「ですから、警備の合間にネタ集めについてきてもらいますよ」
そんなわけで現在私達は、人里に下りて何かスクープが無いかと聞き込みをしている所だ。
「ところで文さん」
「なんですか? 椛」
「なんだか人が私達を見るとそそくさと逃げて行くように見えるのですが」
こちらと目が会うや否や、ささっと家の中なりお店の中なりに逃げ込んでいく様な気がするのだが気のせいだろうか?
「そんな事はありませんよ」
「そうですかねぇ~……」
里の外から中心部まで歩いてきたというのに、誰も話を聞いてくれないあたり勘違いでは無いと思うのだが。
「あれ?」
文さんと二人で散歩をする様に歩いていると、ふと街角にはられている張り紙に目が行った。
「どうしましたか?」
「今日、花火大会があるそうですよ」
そこには、大きな文字で【幻想郷花火大会、本日19時から】と花火の絵をバックに書かれている。
「これは記事になりますね」
腕を組みながら張り紙を見つめ、「ふむ」と唸る文さんの横顔を見つめる。
ふと、脳裏にある事が浮かび、おもわず私は口を開いていた。
「なら、文さん一緒に花火……見に行きませんか?」
出だしは良かったものの、変に意識してしまい語尾が上擦ってしまった。
恥ずかしくて思わず俯き、それでも返事を聞きたくて恐る恐る上目使いに文さんの顔を見上げる。
「良いですよ? どっち道私は来ようと思っていましたからね」
「ほ、ほんとですか?」
「嘘をついてどうするのですか?」
尻尾がパタパタと動きそうになるのを何とかこらえ。
それでも嬉しさについついにやけてしまう。
それを隠すように私はそっぽを向く。
すると、文さんが背後で楽しげに笑いだし、私は自分の顔がみられたのではないかと思わず顔を赤くした。
そんな私の尻尾がぶんぶん振られていた事に気付くのは、文さんが笑いだしてから数秒後の出来事だ。
☆★☆
外がうす暗くなり、蝉の声がなりを潜める頃。
私達は再び里に戻ってきていた。
「そろそろ時間ですよ文さん!」
「そうですね、何処から見ましょうか」
辺りにも人が増え始め、ガヤガヤと活気だっている。
皆今日の一大イベントを楽しみにしていたのかもしれない。
「あまり人が多い場所はいやですね」
げんなり文さんが呟くのを私は意外そうな目で見つめた。
「え? そうなんですか?」
てっきり話が聞けるからと人込みに突っ込んでいくものだとばかり持っていたのだが。
「まぁ、そうですねぇ」
歯切れの悪い返事をすると、一人人込みから外れていってしまう。
慌てて追いかけていくと、里の中心から少し外れた場所の小高い丘のような場所へ出た。
「この辺りなら人も少ないでしょう」
文さんの言うとおり、この辺りは人が少ないようだ。
穴場と言うところだろうか?
「昼間の内に下調べをしておいて正解でしたね……」
「え? 何か言いましたか?」
丁度文さんが話し始めた時空砲が打ちあがり、その声がかき消されてしまう。
「いえ、なんでもありませんよ。それよりも、始るみたいですよ」
文さんと二人並ぶように立つ。
すると、その目の前。少し遠くなってしまったが、そこに大きな光の花が咲いた。
「わぁ……」
「これは綺麗ですね。これは少し、いえ、思っていたよりずっと凄いですね」
「これ、毎年やっているんですか?」
「毎年と言っても数年前に始まったと聞きますがね」
大きな爆発音と共に、赤や青、緑と言った光が二人の顔を照らしだしていく。
二人の眼には、円やハート、昆虫や動物をかたどった様な花火が映っている。
「もっと早くに知りたかったですね」
「そうですね、ですがどうして中々この時期は忙しいですから……あ」
そんな事を話していると、目の前に一際大きな花火が上がった。
それは尾を引くように中心から光を伸ばし、流れるように地上へと尾を引き消えていく。
オレンジ色の光がまるで夜空に溶け込んでいく様は、見る者を魅了し誰もが静かにそれを見上げてしまう。
「柳と言う花火です」
「そうなんですか?」
「ええ、とても綺麗な花火です」
「そうですね」
二人並び黙って空を見上げる。
ふと私は横に立つ人の横顔を見上げた。
その顔は花火の光によって浮き彫りにされている。
普段あまりじっと見る事はないけれど、その時の顔は幸せに満ちていると確かに感じた。
「椛」
「!?」
唐突に文さんがこちらを向き、ばっちりと目が合う。
見つめていた事を気づかれた恥ずかしさに思わず視線をそらしそうになるが、彼女の眼に吸い込まれる様にしてじっとお互いに見つめ合った。
「私の肩、空いていますよ」
また一つ、大きな柳が打ち上げられ、光の軌跡を残しながら夜空に溶けていった。
ところで二人を見た人がそそくさと逃げていったのはなんでなんだろう?
椛を探して必死になっている文が良かったです。
何時も何時もコメントありがとうございます。
花火、文樅。肩を並べ文の肩に頬をすりすりする椛。最高ですね。
>>ペ・四潤さん
コメントありがとうございます!
古いものにまでしていただき、感謝感激。全部目を通させていただいております。
顔は隠せど尻尾は無理だろう。まさにお尻を出したこ一等賞。
村人が逃げていったのは新聞記者文さまのインタビューが怖かったからなのですが、読み直してみるとそのくだり書いていませんね……もうしわけない。
>>3
コメントありがとうございます!
出だしは結構まじで力を入れたのでそう言っていただけると嬉しい限りです!
そのうちまたこの二人で掻く事もあるでしょうからお楽しみを。