水橋パルスィ。一級の嫉妬技術者(シッティスト)である。
二級以下の嫉妬技術者はシッターであり、最上級のシッティストを名乗れるのが極めて数少ない一級技術者だけであることは、改めて確認するまでもないだろう。
今日も彼女は旧都の外れ、住所で言えば地底市旧都区地上穴口三丁目四百十番地あたりの橋で人妖の観察を続けるのである。業務として。
嫌われ者が集まる地底の中でも特に忌み嫌われている彼女は、この暗さの中、目撃されたとしても話しかけられることは、まず、ない。
「パルちゃん、パルちゃん」
たぶんない。
「ぱるぱるーぅ! 遊びに来たよー」
ないんじゃないかな。
「え? あれ? おっかしいなー私いつの間にか意識しても人に姿見せられなくなっちゃったのかなー。試しにちょっとパルちゃんのお尻触ってみよっと」
まちょっと覚悟はしておけ。
……
いい加減断念したパルスィは、声の主に聞こえるようにため息を吐いてから、振り向いた。
「……聞こえてるから、やめて」
「あ、ちょっと動かないでよ! もうちょっとでお尻揉めるところだったのに」
「触る、からレベルアップしてるんだけど」
「触ったら次は揉むに決まってるじゃない!!」
「えっ……なんで怒られたの私……」
むくれる少女こいしと、困惑する少女パルスィ。
この物語は、これから二人が体験する、愛と勇気と感動と友情と熱血とロマンと八丁味噌と溶かしバターと砂糖と卵黄と薄力粉とバニラエッセンス少々よく混ぜて焼いてレモン果汁をかけて出来たものをパルスィが食べる羽目になるような、そんな話である。
「私ね、確信したよ。これからは地上がもっと身近になるって」
こいしは、両手を広げて言う。
晴れやかに、元気に。
つまりいつもどおり。
パルスィは、一度、空――というより、地底の天井、を見上げた。
「……痴情?」
「パルちゃんなにその、辞書のエロワードにマーカー入れまくる学生みたいな反応」
「……う。だって、地上が身近になる、なんて、ちょっと耳を疑うようなこと言うから。あと辞書にそんなことしないから」
「そうなんだ。私はしたけど。お姉ちゃんのに」
「楽しそうな姉妹で羨ましいこと」
まあ、いたずらといえばいたずらだが、微笑ましい部類のものだろう。
パルスィはしっかりと嫉妬することを忘れない。
「でね、お姉ちゃんがそれに引っかかったあとにね、夜に枕元で急にその単語を囁いてあげるのよ。あのときの反応をパルちゃんにも見せてあげたいなあ」
「……ああ、まあ、楽しそうで、羨ましいわ。あなたが」
「パルちゃんも一緒にお姉ちゃんで遊ばせてあげる! きっと毎日が楽しくなるよ」
「え、お姉ちゃんって、そんな扱いなんだ……」
「うん」
「なんと迷いのない肯定」
「あ、でも、パルちゃんは危ないかなあ。やったらすぐ逃げないと、パルちゃんは色々と業が深そうだから、心を壊されるくらい反撃されちゃうかも。ふふっ」
「え、今、笑うところだった? なんか凄いこと言わなかった?」
「その結果が今の私なのです」
「そうなの!?」
「うん、嘘」
「……殴っていいかしら」
「いいよー。できるものなら」
睨み付けるパルスィに対して、ふらふらと挑発的に腕を振る。
隙だらけにしか見えないところに、得体の知れない怖さがあった。
「一つだけ言っておくよ。パルちゃん」
にや、と口の端を軽く吊り上げて、少し低い声でこいしは言った。
「あなたが私を一発殴る間に、私はパルちゃんのお尻を七回は揉めるわ」
「なにそのお尻への謎の執着」
「私ね、確信したよ。これからは地上がもっと身近になるって」
十数分に及ぶ脱線の後、話題は戻った。
そういえばそんな話をしようとしていた、と、パルスィは思い出す。現時点で既に色々とあって疲れきった状態で。
「全部言い直さなくても」
「もう、パルちゃん、そこは『痴情?』だったでしょー」
「ループさせてどうするの!?」
「人の歴史はいつだって同じことの繰り返し、ループしているのよ」
「そんな話で反論されても」
「いいえ! ループなんかじゃないわ。同じことを繰り返しながらもどこかに進んでいるの、いわば螺旋なのよ。わかって」
「数秒前の自分の発言くらい責任を持ってほしいわ」
「ところで立ち話もなんだし、どこかで落ち着かない?」
「えーそれを切り出すタイミングが想定外すぎる……」」
概ねこんなペースでくるくろと話が変わるこいしに、パルスィはついていくので精一杯だった、というよりついていけていない。
話すということは大変なことなのだ。話ができる人が妬ましい。と、本日二桁目を数えるネタマシレポートを仕上げて、うう、と唸った。
「確かに、疲れたけど。本当もういい加減。誰かさんのせいで」
「お姉ちゃんったら、もう。あとでオシオキしておくわ」
「あ、割と真面目にあなたのお姉ちゃんがちょっと可哀想に思えてきたわ……」
姉妹がいるなんて妬ましい、と思っていたが、妹はいなくてよかったかもしれない。などと思うパルスィであった。
「悪いけど、私の居場所はここなの。ここなら他の誰も住み着いていない。他のどこに行っても疎まれるだけ、面倒だわ」
「美味しいもの食べられるところ行こうよ」
「人の話聞かないわね本当この子っ」
「ねね、地上行きましょ。地底よりも美味しいものいっぱいあるよー」
「……地上とか、ふざけないで。私が行くわけないでしょう」
こいしの言葉に呆れて、半目で睨み付ける。
地底ですら居場所のないパルスィが、地上に出られるわけもなかった。わかりきった話だ。
しかし、こいしは、平然と笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、私がいるから」
「それで何が大丈夫なのよ」
パルスィのノートには、こいしの能力も記載されている。人に気づかれずに行動することができる、いわば隠密の能力だ。確かに、地底の妖怪が地上に潜入するにはこの上なく便利な能力だろう。
だが、少なくともパルスィの知る限り、その能力を誰かに分け与える、たとえばパルスィも人から気づかれないようにするといったことはできないはずだった。
「そもそもパルちゃんのこと知ってる人も、ほとんどいないよ。遊びに行くくらいなら平気だって。もし気づいてパルちゃんを排除しようとした人がいたら、それはそれで」
ぱっとこいしが目の前で掌を広げて、閉じる。
「ぐしゃっと」
「ぐしゃっと!? 何!?」
「大丈夫だよ、いくら調べても心臓発作としか出てこないから」
「だから何が!?」
「じゃ、パルちゃんの安心と信頼を得たところで、出発しようー」
「どっちも得てないから!」
ぐいぐいと服を引っ張るこいしの手を振り払う。
服もペースもこれ以上引っ張られてなるものか、と全力で。
しかしこいしも諦めず、袖を掴みなおす。
「えー、そう言わないでさー。ここまで安心材料を見せたんだからー」
「今ので安心する人なんていないからっ」
「えーお姉ちゃんはさっきので『そう、それなら一人でも安心ね』って言ってくれたよー」
「姉妹揃ってもう手遅れ!?」
「まともな奴なんて地底にいないよっ」
「うっそれはそれで割と正論ってお尻触るなあああーーーーっ!!」
結局、二人は地上に出たのか?
それはここでは語るまい。歴史が真実を語っているのだから――
……
まあ結局のところ地上に出ずこいしを追い返したパルスィは、今日もぐったりとしながらノートを更新するのだった。
・古明地こいし
尻にこだわりすぎ。
理解はできる。
二級以下の嫉妬技術者はシッターであり、最上級のシッティストを名乗れるのが極めて数少ない一級技術者だけであることは、改めて確認するまでもないだろう。
今日も彼女は旧都の外れ、住所で言えば地底市旧都区地上穴口三丁目四百十番地あたりの橋で人妖の観察を続けるのである。業務として。
嫌われ者が集まる地底の中でも特に忌み嫌われている彼女は、この暗さの中、目撃されたとしても話しかけられることは、まず、ない。
「パルちゃん、パルちゃん」
たぶんない。
「ぱるぱるーぅ! 遊びに来たよー」
ないんじゃないかな。
「え? あれ? おっかしいなー私いつの間にか意識しても人に姿見せられなくなっちゃったのかなー。試しにちょっとパルちゃんのお尻触ってみよっと」
まちょっと覚悟はしておけ。
……
いい加減断念したパルスィは、声の主に聞こえるようにため息を吐いてから、振り向いた。
「……聞こえてるから、やめて」
「あ、ちょっと動かないでよ! もうちょっとでお尻揉めるところだったのに」
「触る、からレベルアップしてるんだけど」
「触ったら次は揉むに決まってるじゃない!!」
「えっ……なんで怒られたの私……」
むくれる少女こいしと、困惑する少女パルスィ。
この物語は、これから二人が体験する、愛と勇気と感動と友情と熱血とロマンと八丁味噌と溶かしバターと砂糖と卵黄と薄力粉とバニラエッセンス少々よく混ぜて焼いてレモン果汁をかけて出来たものをパルスィが食べる羽目になるような、そんな話である。
「私ね、確信したよ。これからは地上がもっと身近になるって」
こいしは、両手を広げて言う。
晴れやかに、元気に。
つまりいつもどおり。
パルスィは、一度、空――というより、地底の天井、を見上げた。
「……痴情?」
「パルちゃんなにその、辞書のエロワードにマーカー入れまくる学生みたいな反応」
「……う。だって、地上が身近になる、なんて、ちょっと耳を疑うようなこと言うから。あと辞書にそんなことしないから」
「そうなんだ。私はしたけど。お姉ちゃんのに」
「楽しそうな姉妹で羨ましいこと」
まあ、いたずらといえばいたずらだが、微笑ましい部類のものだろう。
パルスィはしっかりと嫉妬することを忘れない。
「でね、お姉ちゃんがそれに引っかかったあとにね、夜に枕元で急にその単語を囁いてあげるのよ。あのときの反応をパルちゃんにも見せてあげたいなあ」
「……ああ、まあ、楽しそうで、羨ましいわ。あなたが」
「パルちゃんも一緒にお姉ちゃんで遊ばせてあげる! きっと毎日が楽しくなるよ」
「え、お姉ちゃんって、そんな扱いなんだ……」
「うん」
「なんと迷いのない肯定」
「あ、でも、パルちゃんは危ないかなあ。やったらすぐ逃げないと、パルちゃんは色々と業が深そうだから、心を壊されるくらい反撃されちゃうかも。ふふっ」
「え、今、笑うところだった? なんか凄いこと言わなかった?」
「その結果が今の私なのです」
「そうなの!?」
「うん、嘘」
「……殴っていいかしら」
「いいよー。できるものなら」
睨み付けるパルスィに対して、ふらふらと挑発的に腕を振る。
隙だらけにしか見えないところに、得体の知れない怖さがあった。
「一つだけ言っておくよ。パルちゃん」
にや、と口の端を軽く吊り上げて、少し低い声でこいしは言った。
「あなたが私を一発殴る間に、私はパルちゃんのお尻を七回は揉めるわ」
「なにそのお尻への謎の執着」
「私ね、確信したよ。これからは地上がもっと身近になるって」
十数分に及ぶ脱線の後、話題は戻った。
そういえばそんな話をしようとしていた、と、パルスィは思い出す。現時点で既に色々とあって疲れきった状態で。
「全部言い直さなくても」
「もう、パルちゃん、そこは『痴情?』だったでしょー」
「ループさせてどうするの!?」
「人の歴史はいつだって同じことの繰り返し、ループしているのよ」
「そんな話で反論されても」
「いいえ! ループなんかじゃないわ。同じことを繰り返しながらもどこかに進んでいるの、いわば螺旋なのよ。わかって」
「数秒前の自分の発言くらい責任を持ってほしいわ」
「ところで立ち話もなんだし、どこかで落ち着かない?」
「えーそれを切り出すタイミングが想定外すぎる……」」
概ねこんなペースでくるくろと話が変わるこいしに、パルスィはついていくので精一杯だった、というよりついていけていない。
話すということは大変なことなのだ。話ができる人が妬ましい。と、本日二桁目を数えるネタマシレポートを仕上げて、うう、と唸った。
「確かに、疲れたけど。本当もういい加減。誰かさんのせいで」
「お姉ちゃんったら、もう。あとでオシオキしておくわ」
「あ、割と真面目にあなたのお姉ちゃんがちょっと可哀想に思えてきたわ……」
姉妹がいるなんて妬ましい、と思っていたが、妹はいなくてよかったかもしれない。などと思うパルスィであった。
「悪いけど、私の居場所はここなの。ここなら他の誰も住み着いていない。他のどこに行っても疎まれるだけ、面倒だわ」
「美味しいもの食べられるところ行こうよ」
「人の話聞かないわね本当この子っ」
「ねね、地上行きましょ。地底よりも美味しいものいっぱいあるよー」
「……地上とか、ふざけないで。私が行くわけないでしょう」
こいしの言葉に呆れて、半目で睨み付ける。
地底ですら居場所のないパルスィが、地上に出られるわけもなかった。わかりきった話だ。
しかし、こいしは、平然と笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、私がいるから」
「それで何が大丈夫なのよ」
パルスィのノートには、こいしの能力も記載されている。人に気づかれずに行動することができる、いわば隠密の能力だ。確かに、地底の妖怪が地上に潜入するにはこの上なく便利な能力だろう。
だが、少なくともパルスィの知る限り、その能力を誰かに分け与える、たとえばパルスィも人から気づかれないようにするといったことはできないはずだった。
「そもそもパルちゃんのこと知ってる人も、ほとんどいないよ。遊びに行くくらいなら平気だって。もし気づいてパルちゃんを排除しようとした人がいたら、それはそれで」
ぱっとこいしが目の前で掌を広げて、閉じる。
「ぐしゃっと」
「ぐしゃっと!? 何!?」
「大丈夫だよ、いくら調べても心臓発作としか出てこないから」
「だから何が!?」
「じゃ、パルちゃんの安心と信頼を得たところで、出発しようー」
「どっちも得てないから!」
ぐいぐいと服を引っ張るこいしの手を振り払う。
服もペースもこれ以上引っ張られてなるものか、と全力で。
しかしこいしも諦めず、袖を掴みなおす。
「えー、そう言わないでさー。ここまで安心材料を見せたんだからー」
「今ので安心する人なんていないからっ」
「えーお姉ちゃんはさっきので『そう、それなら一人でも安心ね』って言ってくれたよー」
「姉妹揃ってもう手遅れ!?」
「まともな奴なんて地底にいないよっ」
「うっそれはそれで割と正論ってお尻触るなあああーーーーっ!!」
結局、二人は地上に出たのか?
それはここでは語るまい。歴史が真実を語っているのだから――
……
まあ結局のところ地上に出ずこいしを追い返したパルスィは、今日もぐったりとしながらノートを更新するのだった。
・古明地こいし
尻にこだわりすぎ。
理解はできる。
尻フェチのこいし
さとりは何フェチなのか
さとりんは胸フェチであるとも推測されます。
マーヴェラス!
こいしは尻フェチか。
分かってるなあ、こいし様は。
ずっと二人の会話を読んでたいです!