Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

夏の夢路と白銀の水妖

2011/08/08 16:04:55
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博麗霊夢と霧雨魔理沙は霧の湖に来ていた。
熱い夏の空気をものともせずにせっせと霧を量産するこの湖は、そのせいで景色がよろしくないことを除けば恰好の避暑スポットだ。

外見の禍々しさだけは一級品と評判の紅魔館があるおかげで、湖には彼女たちと、いくらかの妖精たちしかいない。
静かな湖のほとりで、霊夢は水に足だけつけて涼をとり、魔理沙はシャツと短パンというラフな格好でさっそく水の中に飛び込んでいた。
後からチルノと大妖精が現れて、ぺちゃくちゃとかしましくお喋りが弾むものの、それをうっとうしいなどと感じる人はおらず、4人はめいめいに涼をとっていた。

「こんなに涼しいと思わなかったな。むしろ寒いくらいだ。」
ひとしきり泳ぎ倒してようやく陸に上がってきた魔理沙が、水の滴り落ちる髪をしぼりつつそういった。

その一言に、チルノはなぜか機嫌をよくしたらしい。
「すごいでしょ!すごいでしょ!」
「別にアンタの功績でもなんでもないじゃない。」
苦笑する大妖精を見遣りつつ霊夢は冷静に呟いた。

「むう。そーだけれどさー」
「まあいいじゃないか。ほらチルノ、偉いえらい」
むくれるチルノと、笑って頭をなでてやる魔理沙。まるで姉妹のようで、ほのぼのする。
解かれて下へと垂れた魔理沙の髪は腰元のあたりまで届いて、それがいつものウェーブではなくほとんどまっすぐに垂れている。
霊夢は、本当にお姉さんみたいね、と思った。

少女4人だけの平和な時間。
そんな中、大妖精は湖の中に何かを見つけた。

透き通った水の底、暗く遠い世界の中に、ぼんやりと、白い何かが居る。
魚ではないだろうし、生物じゃない何者かがこの湖にいるはずもない。いたらとっくにチルノが捕まえるなり交戦するなりしている。
得体のしれない何者かは、気のせいなどではなく確かに彼女の眼に映っていた。

しばらくそれをじっと見ていると、次第にその白い何かが、ゆっくりと大きくなっているように感じた。
大きくなると同時に、その姿もだんだんはっきりしているような……こちらに近づいている?

「どうしたのよ。湖に何かいるの?」

霊夢のその声で大妖精は我に返って、咄嗟に、白い何かが浮かんでくるあたりを指さした。
大妖精が指をさしたあたりを、霊夢も目を凝らして見てみる。

ちょうどその時、水面が動いて、水の中からそれは現れた。
あまり大きくない球のような形をしていて、てっぺんからだらりと大量の毛のようなものが垂れて周囲を覆っている。
生物のパーツでできていそうな感じはあるものの、おおよそ生物には見えず、気持ちが悪い。
霊夢が驚きのあまり、その場から飛び退いたほどだった。

「うぇええ?!」
「な、なんだこいつ!」
チルノだけが、彼女の名前を叫んだ。
「レティ!」
「「えええ?!」」

ゆっくりと水面から手が現れて、その髪をかき分ける。
白銀の髪にその柔和な表情、なるほど間違いなく、彼女はレティ・ホワイトロックだった。
「いつも静かなのに今日はやたら騒がしいから、何事かと思っちゃった。」
「いやいやいやその前に、お前が何事だよ。夏場は引きこもってるんじゃなかったのかよ。」

何事もなかったかのように話を続けようとするレティ。しかし魔理沙の言った一言で、レティは突然「…聞いてくれる?」といきさつを語り始めた。訊いてほしかったようだ。







  レティ・ホワイトロックは冬の妖怪である。簡単に言うと、雪女の一種である。
  それゆえ、冬以外の季節は、基本的に涼しい洞穴の奥の奥で寝ている。ひたすら寝倒して、次の冬を待つのだ。

  その日、ぐっすりと寝ていた彼女は、妙な暖気と雑音に起こされた。
  まだ覚醒しきっていない体をなんとか働かせ、音のする方へゆっくりと移動してみた。
  音は、どうやら大勢の声のようだった。
  外の光が入って、まだ穴の大きさも大きい入口付近に、なにか大勢の者がいるらしかった。

  レティは、ここで姿を見られて何かあっても面倒くさいな、と思いながら、そっと穴から顔を出した。
  今彼女がいる場所は、入口から続く大穴から分かれる、狭くて暗い横穴のひとつである。

  するとそこには、洞窟を観光資源として開発しようとする河童たちの姿が!



「…ちょっと待って。」
「なにかしら?」

こめかみを押さえながら霊夢は質問を始めた。
「ええとその、じゃあ洞窟は河童が占拠しちゃったってこと?」
「まあ、そういうことになるかもねー。私が見てた時はまだ工事中って感じだったけれど、もうとっくに観光地として整備ができてるんじゃないかしら?」
レティは相変わらず飄々と答える。それに思わず魔理沙も口を挿んだ。
「できてるんじゃないかしら、じゃないだろう。『ここは私の家だからやめろ』って言えばよかったんじゃないのか?」
「んー、争うのも面倒だなぁ、って感じ? ほら、今、夏だし。暑いし。」

暑い中家を追われる方が面倒だと思うのだけれど。霊夢は頭を抱えたくなった。妖怪の思考はわからない。

「それに、ここなら夏の間でも生きていけるだろうって思ってたしね。当てがないならやらないわよさすがに。」
なんだ、そういうことか。一同は揃って腑に落ちた。

「じゃあ!じゃあ!これから夏でもレティと遊べるの?!」
「ごめんね。いくらここが涼しいとはいえ、私には十分暑いのよ。だから私はまた湖の底へ沈むわ。またね〜」
チルノのそんなに淡くない期待は脆くも消え去ってしまい、レティは湖の底へ潜っていった。
落ち込むチルノ。励ます魔理沙。呆然と湖を見ている霊夢と大妖精。

しょげるチルノをようやく励まし終えて、魔理沙がはたと気がつくと、もう日が暮れる……ような時間だった。相変わらず霧が濃くてよくわからないが。
気温がゆっくり落ち、魔理沙の体は冷え始めていた。早く帰らないと風邪をひいてしまう。
「っくし!……あー、もうそろそろ帰らないといけないな。おーい、霊夢、お前のところでお風呂に入っても――」
霊夢と大妖精は、先程と同じように並んで立って、湖の方をぼうっと見ていた。まるで心ここにあらずといった感じである。
「――おい、どうした?」
「! え、あ、いや、なんでもないわ。ちょっと考え事をね。」
「霊夢が考え事なんて珍しいな。明日は雪か?」
「なによそれ」

他愛もない会話で取り繕う霊夢の横で、誰にも聞こえないような声で大妖精は呟いた。
「女神様みたいだったな……」

湖面に現れた白銀の妖怪は、雪のように淡く光っていた、ような気がした。







            *               *               *            







霊夢の様子がおかしい。
湖に行ってから数日。魔理沙はそんなことを考えていた。

魔理沙はほとんど毎日のように、夕方の涼しい時に神社を訪れていたのだけれど、ここ数日霊夢の様子がおかしいのだ。
境内の掃除の最中、縁側で寛いでいるとき、そんなときに霊夢がしばしば、どこか遠くを見ているような目をして、ぼーっとしているのを魔理沙は見かけていた。
普段から勘だのなんだので生きているような霊夢だが、気の抜けたような目というのはたとえ鬼と飲み比べをした後でも見たことはない。
その霊夢が完全にぼーっとしている。どういうことだ。
魔理沙は心配だった。

いくら魔理沙が「大丈夫か?」と訊いても、霊夢は「うん……大丈夫、だから。たぶん。」としか答えなかったが、日増しに彼女の懸想ぐあいは酷くなっていった。
しばらくすると、ふたりで話している真っ最中でも、ちょっと間ができればすぐにそれは訪れるようになり、しまいには、魔理沙の話を聞いている真っ最中にまでそれは訪れた。
魔理沙はとうとう業を煮やした。

   なにが「大丈夫、だから。」だよ。
   もういい。全部話せ。

魔理沙は霊夢に詰め寄った。

すると霊夢は、とてもぼんやりとした調子で話し始めた。

「夢を見るのよ。毎日、同じのを。」
「夢ぇ?」
「そう。夜寝るとね、決まって同じ夢をみるのよ。」

まるでここにいないような声で、霊夢は話を続ける。
「湖のほとりに私が立ってるの。」
「…それが、どうかしたのか?」
「それだけなのよ。いつまでたっても何も起こらない。誰もいないし、何もない。妙に薄気味悪くて、それが嫌なのよ。」

霊夢が「妙に薄気味悪い」なんて言葉を使うのがそれこそ妙な気がした。
「普段のお前なら、お茶でも飲んで暢気にしてるのにな。」
「夢の中の私が気味悪がっちゃったんだからしょうがないじゃない。」
「…それならしょうがないな。」
一通り喋り終えて、霊夢はすこしすっきりしたように見えた。魔理沙は少しだけ安心した。

さて。霊夢が妙な夢に悩まされているのはわかったが、それをどうにかするにはどうすればいいのか。手掛かりを求めて魔理沙はまた口を開いた。
「ところでさ」
「何?」
「その湖っていうのはどんな場所だ?」

霊夢は少し考えた後、一言
「…この前遊んだ場所。」
とだけ答えた。

「この前遊んだ場所って、あれか?チルノとかのいる。」
「うん。あそこ。」
「遊んでたら湖からレティが出てきた。」
「うん」
「住処を奪われた冬妖怪が底に沈んでる」
「うん…」
答えるたびになぜか霊夢が俯きがちになって、声も小さくなっていったので、魔理沙の中に不思議な罪悪感が芽生えてきた。

「あ、ええと、悪ぃ。邪魔したな。まあ、私もちょっと調べとくから。変な夢を見たって気にしすぎんなよ。じゃあな!」
魔理沙はしどろもどろになりながら、勢いで神社を飛び出してきてしまった。
まだ訊きたいことはあったのに。

今更神社に戻ってもしょうがないので、魔理沙は霧の湖を目指すことにした。
森の上空を飛んで帰る最中ずっと、最後に見せた霊夢の表情が気になった。
思い返せば思い返すほど、今まで見たことのない顔をしていたように思う。
熱にでも浮かされたような眼差し。正直、それを見てどきっとした自分もいた。

あれはいったいどういうことなんだろうか。
分からないまま、魔理沙は目的地に到着した。







            *               *               *            







気にしすぎんなと言われたって、毎夜毎夜同じ夢をみてうなされているというのに、気にしないほうがおかしい。
妙に赤面した魔理沙がなぜか飛び去っていってしまったので、どういうことなの、と霊夢は溜息をついた。

霊夢にとって、そのような妙な夢を見ることは別に特別おかしいことではない――少なくとも”異変”よりはどうでもいいことだ。
しかし、普段なら勘と雰囲気で元凶の元へたどり着いてボコにしてやれば済むのに、今回は何が元凶かもさっぱり分からないのだ。霊夢の悩みはそこにあった。

あの湖にも、霊夢は二、三度訪れれいた。
しかしそれでもなにか手がかりが掴めたわけではなく、逆にチルノの話をぼーっとして聞いていなかったせいで彼女の機嫌を損ねてしまい、情報が得られなかったのだ。
それ以来、チルノはへそを曲げ続け、霊夢はどんどん湖に行きづらくなった。

万策は尽き、後には湖の風景だけが残った。


霊夢は、その湖をぼんやりと見ていた。
すると、だんだんとそれが恐怖を水に溶かしたようなものに思えてきた。

水に溶けたもろもろが、黒く拡がって闇を作り出している。
奈落へと続く深淵が、霊夢を迎えようとしている。

自然と霊夢の足は、闇へと向かっていた。



目にはもう闇しか映っておらず、

荒んだ心は――どのような形であれ、安寧を求めていた。

なにも怖くはない。

霊夢は確実に歩を進めていった。



最後の一歩を踏み出し、奈落へと身を躍らせたその瞬間――










「痛ったぁ!!」



――霊夢は柱に頭をぶつけた。全ては夢だった。



おまけに、前のめりに倒れこんだのは現実だった。つまり、博麗霊夢は柱に向かって思い切り倒れながら頭突きをかましていた。
夢から意識が戻ってきたのはいいものの、今度は頭の痛みで意識がなくなりそうだった。

霊夢は心の中で叫んだ。

もう嫌だ
どうして私だけがこんな目に遭わないといけないの
私がなにをしたというの
おかしな夢に悩まされて現は呆けるし
現を捨てて奈落に溺れることもできやしない
どうなっているの
誰も助けてくれなかった
誰もわかってくれなかった
誰のせいでこんな目にあってるのよ


レティのせいだ
全部レティのせいにしてやる
この痛みが引いたら
レティをぼこぼこにしてやる
ちくしょう

「ばーか」

それだけつぶやいて、霊夢の意識はふたたび落ちていった。







            *               *               *            







魔理沙が湖に着いたとき、チルノは機嫌を悪くしていた。

魔理沙が何を言ってもまともに取り合ってくれず、ただ一言
「しらないもん!ぜんぶれーむがわるいんだもん!」
とだけ言い捨てて、チルノはどこかへ飛んでいってしまった。
「あいつ……何をやったんだよ。」
魔理沙は胃が痛くなった。

気を取り直そうにも、誰かに話を聞く以外に有効な手段などありそうにもない。
八方塞がったか。魔理沙が諦めて家に帰ろうとしたそのときだった。

「あの……」

振り返るとそこには大妖精がいた。

「ごめんなさい…チルノちゃん、今機嫌悪くて…」
「ん、あ、ああ。別に謝らなくてもいいぞ。私だって慣れてる。」
魔理沙は笑ってそう返したものの、大妖精は顔を上げようとしなかった。

大妖精の性格の所為とはわかっていたが、魔理沙は苦笑いをするしかなかった。
「霊夢がどうとか言っていたけど、あいつ、チルノになんかしたのか?」
「えーと…直接見たわけじゃなくて、チルノちゃんから聞いた話ですけど、『あたいの話聞いてなかった』って、そう言ってました。」
「なるほどね」

大方、チルノが話をしている最中にもまた、霊夢は魔理沙にしていたように、ぼーっとしてしまったのだろう。
こうなると、チルノは当分へそを曲げたまんまになる。
魔理沙は苦笑するしかなかった。

「えと、本当にすいません…」
「大ちゃんが謝る必要はないって。」
魔理沙が笑ってやると、大妖精はようやく安堵したような表情をした。
しかし、彼女はどうしてこんなにチルノの面倒を見ているのだろう。
そんなことを思ったので
「……そんなにあいつのことが心配なのか?」
思わず魔理沙は聞いてしまった。

それを聞いて大妖精は、まるで言葉を選ぶかのようにゆっくりと答え始めた。
「…心配というか、なんなんでしょう……わかんないんです。チルノちゃんは毎日いろんな所へ行って、いろんなことをして遊んでいるんですけど、帰ってきてから『今日は何をした』って聞いていると、……なんというか、妙に苦しいんです。どこかからチルノちゃんを退治しに怖いひと達が来るんじゃないか、とか、チルノちゃんが嫌われてるんじゃないか、とか……でも、私は何もできないし、チルノちゃんは『へーきへーき』としか言わないし……」

どこまで心配性な妖精なんだろう。そう思いながら魔理沙は笑って言った。
「大丈夫だって。ほら、お前の知ってるチルノはどんな奴だ?」

「えーと…氷の妖精で、弾幕ごっこが強くて、悪戯が好きで、負けず嫌いで、強がりで、
 でもレティにだけは甘えんぼで泣き虫で、それくらいレティのことが好きで、
 いつでも元気で、周りの私や、リグルちゃんや、ルーミアちゃんを引っ張り回して、
 あっちこっちで悪戯をして、たまに霊夢さんや里の人に怒らたりもして、
 でも懲りなくて、すぐどっかに飛んで行っちゃうような子で、
 ひとりでどっかへ行ったらボロボロになって帰ってきて、私の心配も知らずにまた次の日行っちゃうような子で……でも『大丈夫』って笑って言って…私も『大丈夫かな』って思っちゃって…………なんでか嫌いになれなくて………………」
そうやって大妖精がチルノのことを一つ言うたび、ゆっくりと頬が紅潮していくのを魔理沙はじっと見ていた。
だんだんと顔が熱を帯びてきて、紡ぐ言葉に彼女の想いが混じっていく。
その眼差しは熱に浮かされたように――!

答えが見つかった
難題が解けた達成感と同時に、盛大なるバカバカしさが魔理沙を襲った。
湖での一件以来のおかしな病だなんて、犬でも食わねえよ馬鹿。
大妖精の話を聞きながら、魔理沙はそんなことを考えていた。

そのころ、大妖精の顔は真っ赤に染まり、声も消え入りそうなくらい小さくなっていた。
魔理沙はやれやれと笑うと、

「大妖精」
「はぃっ?」
「大丈夫だ。それが、皆も知ってるチルノだ。」
そう言って、魔理沙は大妖精の頭を優しくなでてやった。

大妖精が落ち着いたのを見て、「それじゃあ、私は帰るぜ。ありがとな。」と、湖を去った。
悩める大ちゃんには、去り際に
「安心しろって。大ちゃんみたいなかわいい子をチルノが放っておくわけがないから。」
とだけ言ってやった。

いくら私の恋符でもこんなに長くは燻らないぜ

呟いた言葉は宵闇の中に吸い込まれていった







            *               *               *            







博麗霊夢はまた湖のほとりにいた。

またこの夢か。霊夢は思った。

何も起こらない風景

誰もいない情景

あるものは、私と、目の前の水面だけ――



水面?

霊夢はふとした興味で、水面をのぞいてみた

澄んだ湖だったが、よほど深いらしく、底の方は暗くてよくわからない

それだけだった。霊夢は顔を上げた。



その時、一陣の風が吹いた。

ごう、とひと吹き。まるで霊夢を湖へ落とそうというように。

突然の風に煽られて、霊夢はよろめいた。

その時、湖の底に何かがいるのを見た。

いや、湖の底のなにかと目があった

ような、気がした。



呼んでいる?

湖の底に?

私を?

飛び込めと?

ここに?



水面を見下ろす霊夢の眼には

それは碧い壁のように映った



「ああもう、じれったいなあ」

魔理沙の声がした。

振り返ると、魔理沙が怒ったような、苛立ったような表情で立っていた

「だからいつまで経っても夢から覚められないんだよ。さっさと行きな。」

そう言って、魔理沙は霊夢を湖へと突き飛ばした





ゆっくりと奈落へ沈んでいく霊夢だったが、不思議と怖くはなかった

差し込む光が天蓋のように煌き、湖の底を薄く照らしている

その照らされた下、ほんとうの湖の底で、レティがこちらに向かって手を振っていた

霊夢もレティに向かって手を振った



湖の底に降り立つと、霊夢はレティのことをすこしだけ見上げる形になる

揺らいだ白い髪が、水面から降り注ぐ光を反射してちらちらと幻想的に耀いていた



(綺麗……)

自然と霊夢の手は伸びて、ゆらめく銀の髪をなぞっていた

くすぐったそうに笑うレティの手がそれを受け止めて、霊夢の手をそっと握った

顔を上げると、白銀の水妖がこちらをじっと見ていた



青い瞳はまるでさらなる深みを湛えるかのように澄んで

その先に霊夢を誘おうとした

吸い込まれるような錯覚のなか

それも悪くないかも、と霊夢は考えていた



「レティ」

彼女の名前を呼んで、流れに身を委ねる

五感の全てが飽和したその時



「……ぁ」

霊夢はそれが夢だったことを知った



周囲の暗さと風の涼しさから、今が夜であることを知る。
辛うじて月明かりがあるおかげで、なんとか周囲が見えないこともなかった。

灯りはどこにあったかな。そんなことを考えながら起き上がろうとした霊夢は、左手に違和感を覚えた。
誰かの手の感触。というか、夢の中で繋いだ手そのままの感触。

はたしてそこに手は繋がっていた。そして彼女の隣では、レティが寝ていたのだ。
彼女はその右手でしっかりと霊夢の手を握っていた。

「いやいやいやいや。なんでレティがこんなところに居るのよ。冷たい水の底でくたばってるんじゃなかったの。というか手握ったまんまで寝てないでよちょっと。起きろ!おーきーろー!」
「みぅ!痛い!ちょっと痛い!やめて!起きたから!もう目覚めたから!」
霊夢は混乱のあまり、レティを文字通り叩き起こした。

「なんで神社で寝てるのよ。水の底でくたばってるんじゃなかったの?」
「あら、私のことを呼んだのは霊夢よ?」
「は?」
またしても意味の分からない答えが返ってきた。

「水の底でずっと寝てたら、私のことを呼ぶ声が聞こえてきたのよ。それが寝ている間はずっと聞こえてるし、日に日に声がはっきりしてくるし、もういい加減他の夢も見たいから上がってきたの。呼んだのは貴女よ?」
「アンタの夢の中の話なんか知らないわよ…」
霊夢は頭を抱えたくなった。やっぱり妖怪の考えることはわからない。

「でも此処まで来たのはいいけどやっぱり暑いから、気持ちよさそうに霊夢も寝てたし、私も寝ちゃおうって思ったの。」
「こんな所で寝てたら暑さで溶けるんじゃないの?」
「そうよね。なんで寝ちゃったんだろうって、今思った。」
「知らないわよ…」
自身の調子に関わる大事も、なんでもないかのようにふよふよ話すレティ。
盛大に呆れている霊夢をみて、レティがなぜか笑った。

「でも、おかげで素敵な夢が見れたわ。」
「へえ。」
「湖の底まで、霊夢が迎えに来てくれる夢。」
「えっ」
「その顔だと、同じ夢だったみたいね。」
そう言って、くすくすと笑うレティは、夢の中で見た笑みそのままだった。

途端に、夢での光景がフラッシュバックして、霊夢の顔が真っ赤に染まった。
恥ずかしいというか、なんというか。この感情はなんだ。
さらに、追い討ちのように、レティが
「霊夢も綺麗よ。夢でも、今でも。」
と言って、霊夢の黒髪を優しく撫でてきたので、霊夢はいよいよ動揺し、奇声を上げながらレティの腹に一発お見舞いして、どこかへと走り去ってしまった。



「……大丈夫?」
しばらくして、落ち着いたらしい霊夢がお茶と共に帰ってきた。
レティは、
「けっこう効いたわ」
と答えた。

「…ごめん」
「別に大丈夫よ〜。」
さすがの霊夢も罪悪感を感じずにはいられなかったが、レティはもういつものふよふよとした調子に戻っていた。
そのまま、いきなりこんなことを言いだした。
「…ねえそれより、霊夢。わたし、ここで暮すわ。」
えっ

「ここで暮すってあんた、大丈夫なの?暑さとか。」
「わかんないけど、涼しい恰好になって涼しいとこにいればなんとかならないかしらね?」
「涼しいっても、湖とは比べ物にならないくらい暑いわよ?」
「まあ、だめだったらその時に考えるわ。」
「というか、ここで暮すってどういう風の吹き回し?」
「3番目なのね……なんか、居心地がよかったから。」
「何が」
「霊夢といることが。」

不意打ちでそんなことを言われたので、霊夢は言葉に詰まった。
ふよふよとした調子でしれっと恥ずかしいことを言わないで欲しい。

「暑いのはつらいけれどね。それ以上に霊夢といたくなったの。いいでしょ?」
霊夢が『いいえ』なんて答えを言えるはずもなかった。


こうして、レティ・ホワイトロックは博麗神社で暮らしはじめることとなった。







            *               *               *            







「れいむ〜…あつい……」
「そりゃそうでしょうよ。夏だもの。」
冬妖怪に夏の暑さはやはり厳しく、レティはドロワーズと霊夢が寄越した晒のみという恰好で過ごすようになっていた。
「脱ぎたい…」
「もう脱ぐものもないでしょうに」
「まだふたつ…」
「後々迷惑だから、本当にそれ以上はやめてよね!」
この妖怪には羞恥心と言うものがないのだろうか。霊夢は頭が痛くなりそうだった。
博麗神社生活1日目からドロワ1枚で過ごし始めたときは心臓が止まるかと思ったものだ。

そんな時に、救済の天使が博麗神社を訪れた
「レティー!いきてるかー?!」
その挨拶はどうなんだろうか。ふと見ると、チルノの後ろで大妖精も苦笑いしているのが見えた。

「チルノー!ありがとうー!」
「な、なにが…ゎぅ」
むぎう

哀れ氷の妖精は夏バテ妖怪の格好の抱き枕になってしまった。南無。
そんな様子を放置するかのごとく、霊夢はわざとらしく「さーて、お茶でも入れてくるわね」と言って、その場を立ち去ろうとすると、大妖精も顔を赤くしながらとことことついてきて、お茶を入れるのを手伝ってくれた。
ここまでが、現在の博霊神社の日常である。

お茶を入れながら霊夢は大妖精に聞いた。
「しかしねえ……もういい加減慣れたんじゃないの?あれ。」
あれ、とは羞恥心の見えない誰かさんのことである。
「頑張ってはいるんですけれど………その……でもやっぱりまだ慣れません…」
大妖精は純真な女の子であった。

二人が戻ってくると、魔理沙がやってきていた。
「よお。仲睦まじくやってるようでなによりだぜ。」
「おかげさまでね。そんなことを言うためにわざわざ来たの?」
霊夢が平静を装えたのはここまでだった。

「おう。あの日以来霊夢が恋する乙女になったのが見ていて面白くてな。」
先日、授業で「NovelとShortStoryの違い」について先生が語ってまして
それを聞いて自分が詩を書くように長編を書こうとしていたということが判明した喇叭吹きは休日です。
道理で周りの方の執筆の速度が時速○KBとか言ってる中、ひとり"日速4行"みたいな現象が発生するわけです。

そういうわけで、「長編を書く書き方でおもいっきり長編を書こう!」というコンセプトの元書かれたのがこちらの作品です。一部ふだんの調子に戻っていますが……
楽しんでいただけたら幸いです。あと感想もお待ちしております。
喇叭吹きは休日でした。
喇叭吹きは休日
http://twitter.com/merliborn
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
真夏のくろまくみことはまた新鮮な。
夢の中で会うとか素敵ですねー

GJでした!