Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

空の花 ~人形遣いの場合~

2011/08/08 00:59:21
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「ねぇ霖之助さん、ここに浴衣って置いてあるかしら?」

 蝉が己の存在をこれでもかと主張する文月の終わり頃、その日は店にアリスが来ていた。
 何時もの様に人形用の布や糸を買いに来たのかと思ったのだが、今し方聞かれたその問いに少し固まってしまう。しかしその硬直もすぐに終わり、彼女が求めているであろう答えを口に出す。

「勿論あるとも。ただ、少し意匠が凝っているが大丈夫かい?」
「意匠が凝ってる? それって外の世界の物ってことかしら」
「理解が早くて助かるよ」
「全然構わないわ、寧ろ有難いわね。ちょっと見せてもらえるかしら?」
「あぁ、少し待っててくれ」

 恐らく新しい人形の参考にするのだろうな、浴衣と言う事は和服だろうか。ならば後で市松人形でも勧めてみようかな。
 ――えぇと、確か浴衣はこの辺りに和服で纏めて……

「あぁ、あったあった」
「……ちょっとは掃除したらどうなのかしら。毎回見てて思うけど」
「何処に何があるか分かっていれば問題無いよ。それに分かり難い方が泥棒の被害も減るというものさ」
「紅白と白黒の泥棒には効き目が無いみたいだけど?」
「……あの子達は例外だよ」

 まぁ持っていっている物は全てツケ帳に記録しているので、然程問題は無いのだが……今考える事ではないだろう。

「さて、こんな所かな」

 勘定台の上にアリスが見やすいよう浴衣を広げる。
 淡赤、黄、淡緑、青、赤紫……目に鮮やかな浴衣が並ぶというのは美しくもあり、どうも少し気味が悪い。幻想郷では余り見ない色だからだろうな。
 柄も金魚や鳥といったものから蜻蛉(トンボ)に月、果ては彼岸花なんてものもある。

「ふぅん……それなりに数はあるのね」
「毎年結構な数が流れてくるからね。多くなるのは当然だよ」
「流れてくるのを貴方が拾ってくるから多くなるんでしょ?」
「まぁね。里の若い子には結構受けが良いんだよ」

 事実、里の呉服屋が先日大量に買っていったばかりだ。これは後日拾ってきた物である。
 とそんな事を考えながらアリスの品定めを待っていると、アリスが声を掛けてきた。

「……ねぇ霖之助さん、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」
「話かい?」
「そう」
「内容によるが、まぁ聞くだけ聞くよ」
「ありがと。で、その話なんだけど……」

 そう言うとアリスは少し黙った後、意を決したかのように口を開いた。

「わ、私と一緒にお祭り行かない?」
「祭り? というと……来週の夏祭りかい?」
「そう、それ」

 話というのは、来週里で行われる毎年恒例の夏祭り。それへのお誘いであった。

「……騒がしいのは苦手なんだがね」
「まぁ、お祭りだから騒がしいのは仕方ないんだけど……」
「それはね」
「……駄目、かしら」
「フム……」

 考える。確かにアリスの言うとおり祭りとは騒がしいものだ。それはもう決まり事のようなものだから仕方ないだろう。騒がしいのは苦手だが、まぁ……偶には喧騒に包まれてみるのも悪くはないか。
 それにアリスは上客だし、多少の頼みは聞いておいて損は無いだろう。

「……別に構わないよ。偶にはそういう所に行くのもいいだろうしね」
「ほ、ホント?」
「嘘を吐いて何か得があるかい?」
「……そ、そうよね、うん」

 そう言うと、アリスは少し下を向いて黙ってしまった。夏独特の熱気が店に篭っているからだろうか、その顔は少し赤く染まっているように見えた。

「じ、じゃあ来週迎えに来るわね」
「あぁ。楽しみにしているよ」
「え、えぇ」

 その後、アリスは浴衣を一着購入して帰った。一人となった店内で、一人呟く。

「……祭り、か」

 ……確か、最後に行ったのは何時だったかな。久しぶりに行く祭りだから出店なども変わっているのかも知れない。出来れば霧雨の親父さんに挨拶もしておきたいが……向こうも忙しいだろうし、それはまたの機会にするか。
 そんな事を思いながら僕は『準備中』の札を掛け、少し早めの閉店とした。





***





 アリスが浴衣を購入した日から一週間が経過した。つまり今日は夏祭りが開催される日である。
 一週間前の約束の通り、僕は店でアリスを待っていた。

「……遅いな」

 昼過ぎくらいから本を読みつつ待っているが、既に日は傾き始めており、祭りが始まった里は茜色に染まっている。
 まさかとは思うが、彼女の身に何かあったのだろうか。これほど待つのであれば、此方から迎えに行くと言っておけば良かったのかも知れないな。

 ――カラァンッ。

 とそんな事を考えながら待っていると、多少荒く扉の鈴が鳴り響いた。

「ご、御免なさい霖之助さん。待たせちゃったわね……」

 聞こえてきたのは一週間前に聞いた声。アリスのものだ。

「あぁ、別に気にしていないよ」

 言って、本から顔を上げる。活字の羅列が視界から外れていき、代わりに見慣れた店の風景が入ってくる。見慣れた、といっても、扉の所にアリスがいること以外だが。
 尤も、そのアリスの姿も普段見慣れたものではなかったのだが。

「ん……浴衣かい?」
「え、えぇ……」

 そう、アリスは普段の人形の様な服装ではなく、浴衣を着ていた。
 しかしそれは一週間前僕が売った淡赤色のものと違い、淡い青色の浴衣だった。

「それは……作ったのかい?」
「えぇ。この前買ったのを参考にして……折角だから着てみようと思って」
「ほう」
「……どう? 変じゃないかしら?」
「フム……」

 言われて、アリスの姿をよく見る。
 普段髪を留めている赤いカチューシャを外しているくらいで、特に手を加えている様子は無い。浴衣も普通に似合っているし、特に変な所は……

「……変、かな」
「ぇ……ど、何処が!?」
「足だよ」
「あ、足?」

 そう。アリスの足元を見ると、普段履いているブーツだった。これではバランスが可笑しい。

「あぁ。浴衣にブーツは少し変だと思うが……」
「……やっぱりそうよね。すっかり履物の事忘れてて」
「……フム」

 ――まぁ、これくらいのサービスはいいか。

 思い、商品棚からある物を取り出した。

「ほら」
「へ?」
「下駄だよ。これなら違和感も無いだろう」
「え……い、いいの? これ売り物でしょ?」
「別に構わないさ。偶には使ってやらないとだ」
「……そう。じゃ、遠慮なく借りるわね」
「あぁ」

 そう言うと、アリスは近くに置いてあった椅子に腰掛け、靴を履き替えた。

「ん……しょ、っと」

 ブーツから下駄に履き替え、アリスは立ち上がる。

「んー……」
「どうかな?」
「……うん。思ってたより動きやすいわ」
「そうかい」
「えぇ。……ね、ねぇ」
「うん?」
「……もう、変じゃない?」
「あぁ。似合っているよ」
「ほ、ホント?」
「嘘を吐いて何の得がある」
「そ……そう。そうね」

 そう言うと、アリスは少し視線を逸らした。気の所為か、少し顔が赤く見える。

「さて、そろそろ行くかい?」
「そ、そうね。私の所為で遅れちゃったし、早く行きましょ」

 言って、店を出る。外は既に日が沈み、遥か向こうが僅かに赤く染まっているだけである。

「……やっぱりちょっと歩きづらいわね」
「さっきは動きやすいって言ってなかったかい?」
「思ったよりは、って言ったでしょ?」
「……あぁ、動きづらい事に変わりは無いと」
「えぇ。……だから」
「ん?」

 そう言うと、アリスは僕の腕を取り、自分の腕と組んだ。

「……腕、借りるわよ」

 僕の顔とは逆の方向を見つめ、顔を沈みかけている夕日の様にしながらアリスはそう呟く。

「あぁ。転ばれて怪我でもされては困るからね」

 しっかり掴まっているといい。

 そう言って、僕とアリスは里へと歩き出した。





***






「……たこ焼き?」
「確か外の世界の食べ物だと聞いたが……」
「あら、魔界にもあったわよ。たこ焼き」
「そうなのかい?」
「えぇ。魔界は海があるから」
「ほぅ……興味深いな」
「……でも、こんな風に丸くはなかったわ」
「というと?」
「獲れたたこはそのまま焼いてたから」
「……成程」

◆◆◆

「あら、風鈴?」
「あぁ、この音は確かに風鈴だね」
「綺麗ね」
「そうだね。買うかい?」
「んー……そうね。ちょっとは涼しくなるかもしれないし」
「気分だけだろう」
「無いよりマシよ」

◆◆◆

「あ……」
「ん、どうかしたのかい?」
「べ、別に?」
「ん? ……あぁ、射的かい?」
「ッ……な、何で分かったの?」
「いや、思いっきり見ていたじゃないか。景品の人形」
「うー……」
「欲しいのかい?」
「見たこと無い形の人形だから、参考になるかと思って……」
「フム……少し待っていてくれ」
「へ? ち、ちょっと……」

「ほら」
「ぇ、あ、ありがと……」
「何でも見たところ、『超合金』という外の世界の人形らしい」
「ふぅん……ゴリアテに応用できないかしら……」

◆◆◆

「お、霖の字じゃないか。奇遇だね」
「小町……仕事はいいのかい?」
「年に一度の祭りだよ? 来なきゃ損だよ。それより……」
「……な、何よ」
「霖の字は枯れてるかと思ったけど、そうでも無いみたいだねぇ? こーんな可愛い彼女さん連れちゃってさ」
「なっ!? かっ、かかか彼女、って……」
「小町、人をからかうのも大概にした方がいい。いつか閻魔に叱られても知らないよ」
「ハハハ……はいはい。肝に銘じておくよ。んじゃ、アタイはもう行くからね」
「あぁ。楽しんでくるといい」
「ふふーん……お? 綿菓子……祭りといったらアレだね! ちょっと……」
「審判『ラストジャッジメント』」
「イ゙ェアアアア!!!」
「「あ」」





***






「ゎ……」
「ほぅ……これは中々」

 出店を一通り回り少しした頃、里の空には色彩豊かな花が咲いては消えていた。夏の空に咲く弾幕以外の花、即ち花火である。

「偶にここで見た事はあったけど……やっぱり何時見ても綺麗ね」
「僕も余り近くで見た事は無いな……まぁ、君たちなら空を飛んでもっと近くで見れるんだろうが」
「嫌よ。怖いもの」
「弾幕とは違うのかい?」
「違うも違う、似て非なるものよ」
「そうかい」
「そ。これは遠くから見て綺麗なのよ。近くで見ても綺麗じゃないと思うわ」
「……成程」

 確かに花火は全体を見れば綺麗だろう。だが近くで火薬の玉が爆発するのは恐怖以外の何物でもない。

「だから、こうやって遠くから静かに見るのが楽しいのよ」
「それについては同意だね」
「……それに、今回は貴方も一緒だし」
「ん?」

 花火の音と声が小さかったので上手く聞き取れなかった。

「な、何でもないわよ」

 そう言って、アリスは花火へ視線を戻す。

「……フム」

 本人が何でも無いと言っている以上、別段大した事じゃあ無いのだろう。
 思い、僕も花火観賞へと戻った。
 別に話すことも無いので、どちらも自然と無口になる。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

 そのまま暫く見続け、やがて今年の花火は終わりを迎えた。

「終わりかしら?」
「そうらしいね」

 僕とアリスの間で再び言葉が交わされる。

「どうする? もう少し見て回るかい?」
「んー……今日はもう帰りましょ。疲れちゃったわ」
「あぁ。じゃあそうしようか」

 正直僕も少し疲れていたので、この申し出は有難い。

「今日は付き合ってくれてありがと。嬉しかったわ」
「何、僕も久しぶりに祭りを楽しめたしね。こちらこそ有難う。僕も誘ってくれて嬉しかったよ」
「そ、そう……」

 そんな事を話しながら、魔法の森への道を歩いていたときだった。

「きゃっ!?」
「おっ……っと」

 突然、アリスが前のめりになって転びそうになったのだ。
 とっさに腕で受け止めたので、転倒は何とか防ぐ事が出来た。

「大丈夫かい?」
「え、えぇ……あ、でも……」
「ん?」

 アリスはそう言うと、視線を下へと落とした。
 それにつられて下を向くと、成程。彼女が躓いた訳が分かった。

「あぁ、鼻緒が切れたのか」

 アリスが履いている下駄の鼻緒が切れてしまっていた。急に切れては流石に転ぶだろう。

「あ、その、ごめんなさい! 売り物なのに……ちゃんと、弁償するから」
「ん? あぁ……別に気にしなくていいさ」

 切れた鼻緒は取り替えればいいだけなので、別に問題は無い。
 それよりも、だ。

「それより、これじゃあ歩けないだろう」
「あ……そ、そうね……」
「フム……アリス」
「な、何?」
「少し失礼するよ」

 言って、アリスの膝裏と背中に手を回し抱きかかえる。
 外の文献に載っていた、所謂「お姫様だっこ」という状態である。
 浴衣のために背負う事が出来ないので、この姿勢になるのは致し方ない。

「なっ!?」
「店まで運ばせてもらうよ」

 店にはアリスのブーツが置いてある。アレを履けば帰る事が出来るだろう。

「い、いや、悪いわよ! 私飛べるから、だから……」
「疲れているときに無理をするものじゃあないよ」
「……うー……」

 僕の言葉に納得したのかどうかは分からないが、アリスはそう唸った後、

「……じゃあ」

 と呟き、腕を僕の首へと回し

「……お言葉に、甘えて」

 暗くてよく分からなかったが、先ほど空に上がっていた花火の様に真っ赤な顔でそう言った。

「あぁ」

 走るとアリスの気分が悪くなるだろうと思い、虫が静かに鳴く夜の道をゆっくりと歩く。

「……フム」

 ……下駄の鼻緒が切れるのは、昔から不幸だと言われてきた。
 それが不幸の予兆なのか、それとも鼻緒が切れるということ事態が不幸なのか。それは分からない。

 ――アリスの身に何も起こらなければいいのだが。

 数少ない良客の心配をしながら、僕は家路を急いだ。
全く関係無い話ですが、下駄の鼻緒が切れた時に助けてくれた相手と付き合うというのが昔の恋物語にあるそうです。関係無いですけどね。

どうも、うどんげっしょー読んでよっちゃんに惚れた唯です。何あのツンデレ可愛いんだけど。

前回の投稿から一月近く間が空いてしまいました。いくらスランプとはいえ空き過ぎだろ……
アリ霖をリクエストしてくれた方、申し訳ありませんでした。
そしてけやっきー様、一年近くお待たせしてしまい本当に申し訳ありません。

今回も誤字脱字その他ありましたらご報告下さい。
最後に、ここまで読んで頂き有難う御座いました!

http://yuixyui.blog130.fc2.com/
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
最近とある絵を見て、アリ霖熱がまた上がってきた所にこの作品が来てかなりツボりました
2.名前が無い程度の能力削除
久々に空の花、堪能させてもらいました。
いや~夏ですね。久々に祭りいきたくなってきた。
3.名前が無い程度の能力削除
かわいいなあ…
4.淡色削除
鼻緒が切れるのは、虫の知らせと同義だとか。
それが幸の知らせか不幸の知らせかは分かりませんが、
このアリスの場合は幸だったようにしか見えませんw
実にGJでした!
5.投げ槍削除
漸う夏がやってきましたなぁ。
アリスが可愛いわ小町にもブレが無いわで良い作品でした。
6.名前が無い程度の能力削除
下駄と聞いて「鼻緒が切れるな」と思って予想通りで糖尿になりました。

あれ?日本語おかしいな。とにかく良かった!
7.削除
サイトでリクエストさせてもらった奴ですが…………

ありがとうございました!最高です!!
8.けやっきー削除
もう一年経ってたんですね…早い早い
やっぱりアリスは可愛いなぁと再確認させてもらいました
リクエスト消化ありがとうございます
9.削除
返信ですよー!

>>奇声を発する程度の能力 様
何となくどこの絵かを教えて欲しいですねw

>>2 様
夏はお祭りいいですよね!

>>3 様
アリスかわいいですよね!

>>淡色 様
まぁ次の日の新聞の一面を飾るから少女達という不幸もやってきますがね!w

>>投げ槍
このシリーズに関しては小町さんは飛ばしとけば間違いない(キリッ

>>6 様
あちゃー、読まれてしまいましたか。

>>京 様
いえいえ、こちらこそリクエスト感謝です!

>>けやっきー 様
一年もお待たせしてスイマセンでした!楽しんでいただけたら幸いです。

読んでくれた全ての方に感謝!
10.名前が無い程度の能力削除
アリ霖!
こんなのも素晴らしいですね