Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

願はくは、花の下にて……~参・団子と匂い~

2011/08/04 02:52:23
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 その日、紫が目を覚ましたのは日がだいぶ昇ってからのことだった。
 痛めつけるような陽光を片手で遮りながら、廊下をゆっくりと歩いてると、呆れた声に呼び止められた。
「紫ったらやっと起きたの」
目をやると、十ばかりの女の子が縁側に足を投げて座っていた。傍らには山のように盛られた団子の皿が置いてある。
 ほんの数秒、紫はなぜ彼女がここにいるのか考えた。
ああ、そうだ。彼女じゃなくて、私がこの場にいるのがおかしいんだ。昨日、帰るのが面倒になったからお寺の空いてる部屋に泊めてもらったんだっけ。
「おはよう由々子。暑いけれど気持ちのいい朝ね」
「そうね。もうお昼近いから暑いのは仕方ないわ」
 ちょっとした皮肉に答えることなく、紫は笑って由々子の隣に腰を下ろした。
 日は少しだけ急な角度から二人の少女を照らしていた。
 

 西行妖という名の妖怪桜を見つけた夜。紫は幽霊を操る少女と色んな話をした。彼女のこと、彼女の能力のことなど。
 少女は名を由々子といい、それなりの身分を持ったお嬢様だった。母は彼女を産んですぐに、父親も少し前に亡くしている。今は両親の菩提を弔うために父が眠っているこの寺に厄介になっているとのことだ。
 物心ついた時には霊が見え、言うことを聞かすことが出来たらしい。お寺には年の近い子供がいないため、霊たちは丁度良い遊び相手となってくれていた。だが、周りの人々はそんな彼女を気味悪がって近づこうとしなかった。
 それでも、由々子自身はというと、人好きのする優しい娘だった。紫が自分の故郷に住まう妖怪の話をしてやると、花が咲いたみたいにかわいらしい笑顔を見せて聴いてくれた。
 周りを何も見えない――自分も含めて――闇で常に覆っている宵闇の妖怪や、年がら年中宴会を開く山の鬼ども、悪戯者の妖精が人間に懲らしめられてしまう話には声を出して笑ってくれた。
 由々子は聞き上手で、普段から優れた話し相手に恵まれない紫にとっては、彼女との会話は新鮮だった。
 最初の夜はただ会話をしただけで帰り、特に行動は起こさなかった。というのも、隙間をくぐる瞬間に見た由々子の表情がひどく淋しそうだったからだ。彼女は自分を求めている、それが分かっただけでその日は十分だった。
 案の定、次の日も同じ時間に寺を訪ねると、由々子は嬉しそうに紫の元へ駆け寄ってきた。更に、何日か過ぎると、まだ日が出ているうちにも来てくれないかと頼まれた。
「ここの桜は月明かりだけでなく、お日様に照らされてても美しいの。あなたが夜の住人なのは分かってるわ。でも少しの間……そう、桜が散るまででいいから、もっとわたしに会いに来てくれない?」
 そう言って、由々子は潤んだ瞳を紫に向けた。
 この小さなお願いをされた瞬間、紫は自ずと浮かんでくる笑みを隠すのに苦労した。
 彼女が最も心配した寺の者たちの目も、紫にとっては大した問題ではなかった。適当に意識の境界を弄っておけば、よほど目立った動きをしなければ見つかるはずはない。
 由々子が紫に心を許したこと。それこそが重要であったのだ。


「食べる?」
「ええ、頂くわ」
 紫は由々子の膝の上の団子の山から、特に丸いのを選んで口に放り込んだ。ほんのりとした甘さが柔らかい生地からあふれてくる。
 何日か一緒に過ごしているうちに、由々子が驚くほど食いしん坊であることが分かった。朝夕二食はもちろんのこと、しょっちゅうお菓子をつまんでいる。そのせいで厨には人の姿が絶えず、わがままなお嬢様のために何か作っていた。
 由々子は、紫が今まで見た誰よりもおいしそうに物を食べる。にこにこしながら口の中でお団子を転がしている姿は本当にかわいらしい。霊のことがあるとはいえ、こんな表情を見せられたら、思わずおやつをあげたくなるのも当然だろう。
「由々子ー」
「きゃっ」
 かくいう紫もこの少女に何か思ったのか、突然彼女の小さな肩に抱き着いた。
 由々子は驚いて小さな悲鳴を上げたが、特に嫌がる様子はない。ただ口を尖らせて小言を言うだけだった。
「もぉ、急に何よ」
「ふふふ……」
 答える代わりに、短く揃えられた黒髪の中に顔をうずめる。
 くすぐったい花の香りがする。春に好まれる、甘ったるい薫物の匂いだ。さらに髪をかき分けると、また別の匂いが立ち昇ってきた。それは花の薫物とは打って変わって、冷たく、鼻から入り込み、心の蔵まで一気に凍えそうな恐ろしい物だった。
 死の匂いだ。
「ん……良い香り」
「そう? 都の兄様が贈ってくれた薫物で、わたしも気に入ってるの」
「お兄さんとは仲良いの?」
「さいきんは会ってないわ。でも、おいしいお菓子や綺麗な着物をいつも贈ってくれるのよ」
 家族のことを話すとき、由々子はいつも楽しそうに見える。
「そうだ。こないだ、夏用に浅黄色の素敵な着物を貰ったの。紫にも見せてあげるから、ちょっと待ってて」
 由々子は身体に巻きついてくる腕をすり抜け、答えも待たずに廊下の奥へと駆けて行った。紫は静かな笑みを浮かべて、その幼げな後姿を見送っていた。
 由々子がいなくなっても、辺りには彼女が残した死の匂い――あの夜、紫が惹きつけられた匂い――はその場から消えなかった。
 人の時間である昼時ならばよく分かる。死の匂いの大元はやはり西行妖であった。他者の命を奪って、自分の美しさの糧とするような妖木であれば、その香りのほどは想像に難くない。だが、匂いの元は一つだけではなかった。なんと、あの小さな人間の少女からも漂っていたのだ。
 由々子が放つ匂い自体は微かな物でしかない。だが、あの子は間違いなく生きている。なぜ生者から冥界と同じ匂いがするのだろう。そこには必ず西行妖が関わっているはずだ。
 
 “死に誘う程度の妖怪桜”“死霊を操る程度の娘”

 二つの関係性を調べれば、何かと役立つ物が見つかるかもしれない。そうでなくても、由々子を観察するのはおもしろい。なんせ彼女は異能を持つ存在の標本のような存在なのだから。
 例えば彼女の周り。数人を除き、寺の人間が由々子を避けて必要最低限にしか会わないようにしているのもそうだ。何よりも、最も近しいはずの肉親すら彼女を避けているのだ。
 血を分けた兄にとって、幽霊を操れる妹など気味が悪くて仕方がないのだろう。けれども世間の目があるから無碍に扱うこともできない。今のように山寺に押し付け、適当に物資だけ送りつけて、飼殺してしまうのが一番楽なのだ。
「む、ちょっと食べすぎたわね」
 由々子はまだ帰ってこない。気が付けば、さっきから団子を食べてばかりいる。思いのほか美味で、ついつい手が伸びてしまうのだ。
 最初に見た時よりはるかに小さくなった山を見て、ちょっとだけ心配になってきた。
「由々子、怒らないかしら?」
 あんまり食べすぎると戻ってきたときに由々子の分が無くなってしまう。
「あ、紫ったら私の分まで食べたわね!」と抗議する由々子の膨れっ面が容易に想像できて、紫はそれ以上団子に手を出せなくなった。普段の紫であれば、むしろわざと怒らせ、反応を楽しむ。だが、あの少女にだけはそうする気にならなかった。なんとなくだが、彼女は笑っているほうが良いと思えるのだ。
 困った顔を見たくならないなんて、この隙間妖怪にしてはとても珍しいことだった。
少し間が空いてしまいまして、すいません。
自分、結構な遅筆なもので完結まで時間がかかってしまうかもしれません。お付き合いしてくださる方は気長に、「こんなのあったな」ぐらいの感覚でお読みください。

やっと名前が出てきました、ゆゆ様。生前はさすがに「幽」の字は重いかなと思ったので、こっちに。
レイカス
http://twitter.com/kusakuuraykasu
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
続き、楽しみにしてます。