暑い、熱い、暑い。
茹だるようなとはよく言うけれど、これはもう茹だるどころではない。
真っ黒く焼け焦げてしまうほどの熱さだ。
どうして夏ってやつは、これほどまでじりじりひりひりと我々を苛め抜いていくのだろうか。
ああ、出来ることなら今すぐ、涼める場所まで神社ごと引っ越したい気分だ。
そう思っても、賽銭箱よりだる重い身体はちっとも浮きはしなかった。
「ゆかりー、ゆかりー、かき氷食べたいんだけど」
ここぞという時の頼みの綱、便利屋ゆかちゃんは本日休業中らしい。
先ほどから何度も呼んでいるのだが、やはりいてほしい時にいないのが彼女。
紫の作ったイチゴ味のかき氷、つまんない意地で美味しくないとか言わなきゃよかった。
「すいかー、すいかー、冷酒ちょうだい」
いつも瓢箪とつまみを持ち込んでは一人で酒盛りしてくるくせに、今日は品切れなのかしら。
もしかしたら、こんな蒸し神社なんかほっといて天界で涼んでいるのかも。
何よ、私も一緒に連れていきなさいよね。
「まりさー、ありすー、たすけて……」
ごろごろと縁側で寝返りを打っては、頭に思い浮かんだ名前をそのまま乾いた喉から吐き出す。
もうすでに脳みそすらもオーバーヒートを起こしているようだ。
こんな猛暑の中、わざわざ神社に来るやつなんているはずもないのに。
一体いつまで陽炎のような妄想に執着し続けているのか。
どうせ返事をするのは、暑っ苦しく鳴いている蝉たちだけ。
呼んだって誰も来ない。
呼ばなくても、いつもいるくせに。
いつもべたべたと鬱陶しく近づいてくるくせに。
あんたたちがいないと、暑さにも寒さにも負けちゃうってことくらい、分かっているくせに。
なのに、どうして誰も――。
「よお、呼んだか霊夢」
「何だか潰れた芋虫みたいになってるけど、大丈夫?」
「――え?」
いや、まさか、でも。
本当にいるなんて。呼んだら来るなんて。
こすって飛び出すランプの魔人じゃないんだから。
「今日はそうめん持って来たぜ、そうめん」
「新しい服を縫って来たわ。その生地じゃあ、暑くてたまんないでしょ?」
どうして、ほんと、あんたたちって。
猫みたいにふらりとやって来ては、自由きままに出て行く。
人を欺く魔女のくせに、人形にしか興味のない魔女のくせに。
「……なんでそんなにお人好しなのよ」
「それはきっと霊夢がお人好しだからでしょうね」
「は、私?」
「へへっ、きっとあいつらも今、同じこと思ってるぜ」
「あいつら……?」
「ほら、出て来なさいよ。隠れてないで」
魔女の唱えた呪文に呼応して、隙間から顔を覗かせた二つの影。
ああ、もう。だから何で。
人よりも遥か先にいる賢者のくせに、人に裏切られたと嘆く鬼のくせに。
こんな暑苦しい神社に、人間のもとに集まるのか。
「別に隠れていたわけではございませんわ」
「人数分用意してたら、遅くなっちゃっただけさ」
「おっ、つゆと氷か」
「準備いいわね」
いまだ何も出来ず寝そべったままの私を追い越して、どかどかと居間に押し掛けて、自分勝手に支度を始める四人。
ほんとあんたたちって。
「……ったく、私にも手伝わせなさいよね」
何でそんなに、世話を焼かせるのが得意なのかしら。
「な、やっぱり霊夢はお人好しの世話焼きだぜ」
「肌もこんがり焼けてますわね」
「うわ、真っ赤になってんじゃん」
「まったく、自分のことには鈍いんだから」
「うっさい」
暑さにも寒さにも弱い、楽園っぽくない楽園の巫女っぽくない巫女なのに。
どうして一緒にいてくれるんだろう。
どうして笑ってくれるんだろう。
どうしてこんなにも、愛してくれるんだろう。
まあ、今はそんなことどうでもいいか。
熱さに茹だった頭ではもう、考えることさえ億劫だった。
うん、そうね。
それは涼しくなった頃にでも訊いてみようかしら。
もちろん、そうめんのお礼を言うついでだけどね。
あいされいむ最高!
つんで霊夢!あいさ霊夢!
私も神社行ってきますね