※ この作品は、一連の甘リアリシリーズの続きになります。
霊夢が萃香に、あの鬼気迫る不意討ちは百万年分の酔いも覚めそうだったとこっぴどく説教され、その姿がたまたま目撃していたはたてが記事にして文を出し抜くといった珍事が発生した初夏の幻想郷。
今日も年中むきゅー・・・いや、無休で稼働している紅魔館の図書館で魔法使いが三人、姦しい会議を開いていた。
「・・・大きな物を組み上げてそこに固定する、か。」
「家を作るためにね、パチュリーなら、何か知ってるかと思ったの。」
「勉強も兼ねて、今日はお願いするんだぜ。」
恋色の魔法使いより遥かに魔法の経験が豊富な魔女に教えを請う。魔理沙やアリスも十分な魔力を持った魔法使いだが、知識的な所ではやはりベテランのパチュリーには劣る。
魔法も勉強しなくては、十分な効果を得られないし、何より予測も付かない事が発生し最悪の場合暴走した魔力が原因で、命を落とす可能性だってある。
魔法使いを志す物はこの事を良く熟知しているため、学習を怠らないのだ。
「ふむ・・・魔法自体の難易度は・・・この前あげた、生命創造の呪文に比べたら全然可愛い物よ。でも、貴女達、どうやってあれを発動させたのかー」
魔理沙とアリスの顔がみるみるうちに紅くなった。どうもデリカシーと言う言葉をこの日陰魔女は知らないようだ。そんな事も意に介さず、パチュリーは顎に手を当てて少し上を向いてから考えを纏めて、二人に向き直った。
「まぁ、おおよその察しは付くわ。貴女達の魔力を同調し、増幅させる・・・結婚式で指輪をくっつけたマジックの種と同じ・・・・・って所かしらね。」
「流石パチュリー・・・説明するまでも無かったか。」
やれやれと言わんばかりの表情で、魔理沙がパチュリーに言う。アリスがモジモジしているのを見た魔理沙は、背中を二回叩いて落ち着いても良いよのサインを送る。嫁のその仕草に安心したアリスは、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「発動に必要な十分な魔力はあるわ。次に、必要な物を考えないと・・・」
「必要な物は、魔力を含んだ触媒となる木材、保持する魔法を固定するのに必要な魔法の鉱石・・・それと、イメージね。」
「イメージ?」
「構築する物体をイメージするのよ。魔法を発動したら、その術者のイメージが成功のカギとなるわ。イメージ通りに、集めた材料が配置され、組み上がる・・・」
「成程、何かイラストか写真を持ってた方が良いわね。」
「そうね、イメージが途中でブレたら、構築した物が破損する事があるわ。」
「味噌汁作るのに、出汁まで入れたのにそこからポタージュ作るような感じだな」
「そう理解してもらって差し支えないわ。」
そこまでパチュリーが話した所で、小悪魔が何冊か本を持って現れた。小悪魔は会釈をすると、持っていた本を、そっとテーブルの上に置いてスッと後ろに下がった。咲夜の気品とはまた違った良さを持っている。
「これが物体構築の魔法に関する魔導書、こっちが物体固定に関する魔導書。この一件が終わるまで貸すから・・・頑張るのよ。」
「うはー、こいつは読みごたえがあるな、腕が鳴るんだぜ。」
「結構な分量、ちゃんと出来るかなぁ。」
魔導書を眺めながら、その分量に各々の性格から来るコメントを出す魔理沙とアリス。しかし、その表情には一切の曇りは無い。出来ないのではないかと言う不安から来る物に押しつぶされてコメントを出している訳ではないのだ。
そんな二人の、真摯に魔法に取り組む姿を誰よりも見ているパチュリーはそっと二人の肩に手を当てた。お互いの目を、アメジストの淡い光で包んでから、静かな笑みを浮かべて、優しく、自信を持つように促してあげた。
「貴女達ならきっと出来る・・・不可能を可能にする、恋色の魔法があるもの。」
その一言を聞いた魔理沙とアリスは、穏やかな笑みを浮かべるパチュリーに笑顔で返した。その姿を見て、安心したパチュリーは、小悪魔を呼んでお茶の準備をお願いする。
「お茶でも飲んで、しっかり練習して行きなさい。私も付いててあげるからね。」
「ありがと、パチュリー。恩に着るわ。」
「いいのよ・・・私一人ではできなかったり、意味をなさなかったりする魔法を形にしてくれる貴女達に逆にお礼を言いたいくらいよ。」
「お礼は良いから、もっと本を貸して欲しいんだぜ。」
「冗談、魔理沙の場合は貸借ではなく一種の期限の無い譲渡。賃貸には応じるけど、譲渡には一切応じないわ。」
「流石パチュリー、手厳しいんだぜー」
三人の魔女の笑い声と、現在と言う時を刻む大時計の鐘が、3回、ボーンという静かな音を立てた。
ミ☆
姦しい魔法使いの会議から一夜明けた翌日、良く晴れた夏の太陽が容赦なく照りつける人里の外れにある家のモデルルーム展示場に、魔理沙達の姿があった。
「やっぱり三階は欲しいよな、あと屋根裏部屋もだ。」
展示場にあった唯一の三階建ての家を指差して魔理沙が歯を見せて笑った。今の彼女の自宅は二階こそ無いが、部屋数もそこそこある・・・が、アリスと住むのにはやや手狭であった。理由は簡単、魔理沙の蒐集癖の影響である。
アリスと同棲を始めた頃、部屋は掃除されてアリスと一緒に暮らせるならと渋々承諾した魔理沙は、片付けをして綺麗になった部屋をいくつか拵える事が出来た。だたし、それでも二人の寝室、それぞれの研究室、居間、台所のみで、他の部屋は軒並み倉庫と化してしまっているのが現状だ。
「魔理沙の倉庫にするのはちょっと考え物ね。」
「ううむ・・・でも集めるのは止められないんだぜ。そういう意味ではお前の家だって色んな部屋をドールハウスにするのも一緒じゃないかぁ。」
「うっ・・・だから今住んでいる私達の家を倉庫兼別荘にして、新しい家を調達するんでしょ、ね、魔理沙。」
アリスはそう言って魔理沙の手をきゅっと握った。此処まで同棲、そして夫婦生活を営んできたが、お互いの家に交代交代で生活しており「二人」の家を持っていなかったのである。そこで「二人」の家を手に入れる為に、こうしてモデルルームを見に来たのである。
ちなみに、アリスの家はと言うと、魔理沙の家より遥かに片付いてはいるが、空き部屋・・・というか使用していない部屋が全てドールハウスになってしまっているので、二人で暮らすのにはやっぱり手狭なのである。
「アリスは何かリクエストは無いのか?」
「私?私は・・・人形が置ける作業場と広くて使いやすいキッチン、それと大きなお風呂。」
「なんだ、それじゃ私と一緒じゃないかー。他に何かないのか?」
「あと・・・子供部屋、かな。何室居るかわかんないけど・・・・・」
最後の方は消え入る声で言うアリスに、魔理沙は頷いた。自分もそれも一緒だからと優しく言えば、二人の頬は赤く染まった。期待と希望、そしてこれからの未来予想図を描きながら、モデルルームを回る二人。家を見、部屋を見る度にこれから自分達が辿る軌跡が想起されて行く。
その行きつく終着点は全て同じで、家族の団欒がある楽しい家庭であるという共通点があった。
「うーん、堪能したわ。想像するだけでも、すっごく楽しかった。」
「それは嬉しいんだぜ、アリス。その想像・・・絶対実現させような。」
「そうね・・・魔理沙。」
繋いだ手の強さが更に強くなるのをお互いに感じた。行動派、頭脳派と理念が全く正反対のこの二人が、今望んでいる物は全く同じ物。自分の家族と共に、明るい家庭を築く事。
幻想郷一、幸せな魔法家族になる事。
不意に目が合う、お互いのココロがキュンとした。そのドキドキに身を任せるには、人が多すぎる。ただ繋いだ手を固く握りしめて、お互いの気持ちを共有し合うだけだったが、それが二人を幸せで満たしてゆく。
もう言葉なんていらない。この胸の高鳴りを感じるだけでも、とっても嬉しい。モデルルームの軒先で、これから起こり得る楽しい事を一杯想像していると、不意に二人を呼ぶ声がした。
「あ、どうも、お嬢様達。ご機嫌麗しゅう。」
呼ばれた魔理沙とアリスは霧の字が書かれた制服を纏い、白と黒の交じった髪をした少女を見つけた。その少女は、かつて邪気に当てられ父親の魂を喰らおうとした獏の幻想郷での姿。
その愛らしいくりっとした目が、魔理沙とアリスが最接近しているのをしっかりと捕えており、その仲の良さにくりっとした目の尻が下がる。
「おぉぉ、お前は・・・・どうして此処に?」
「旦那様に、この家の家具の納品を頼まれまして。相変わらずの仲の良さですねぇ、お嬢様達。」
「あぁ、気遣いはいらないんだぜ。魔理沙って気楽に呼んで欲しいんだぜ。」
「いえ、御仕えさせて貰っている旦那様の娘様ですから。そういう訳には・・・」
「でも、お嬢様って言われるのは・・・なぁ。」
紅魔館を取り仕切る紅い悪魔が、カリスマの構えを取っている姿と自分をオーバーラップさせる魔理沙。そして、横に居たアリスに向かって。
「う~☆こんな感じか、お嬢様って?」
レミリアが咲夜に対してする愛情表現のモノマネをしてみせた。その可愛さはレミリアにも引けは取らない。アリスはココロの底からわき上がる感情を、何とか抑えながら、獏の少女に向き直る。
「やるわね・・・うちの嫁さんの可愛さを引き出すなんて。」
サムズアップにサムズアップで返す獏の少女、魔理沙もその様子に笑顔を見せる。命を賭した戦いをした相手ではあるが、今ではこれまで異変を通じて知り合った皆と同じように気楽に接する事ができるこの穏やかな世界。
その出会いが出会いを生み、色んな所に繋がっていくこの美しき幻想の世界に生きている事が嬉しかったから、魔理沙は笑って二人を見ていたのである。
そして、また笑顔がもう一つ。
「おぉ、魔理沙。それにアリス。今日は新居探しってところかね?」
「そうだぜお父様。これから築いていく家庭の基盤となる家のために来たんだぜ。」
「おお、それはそれは・・・家は広すぎると掃除が大変だから慎重に選ぶんだぞ。私も若い頃はお母さんによく言われたもんだ。広い家を掃除する呪文って中々無いのよって。」
徐々にかつての父と娘のように戻っていくこの親子。先日までの険悪な関係が嘘のような話しっぷりである。力強く娘の話を聞くその姿は、頼もしさに溢れている。
そんな魔理沙の父親は、ふと、気になった事を口にした。
「だが、お前達・・・・・ここの家は結構値が張るぞ。」
何かを得るためには、それ相応の対価が必要であるのはこの世の理。無論、家ともなれば相応の値が張るのは何処の世界でも共通である。
「や、流石に此処の家を即金・・・いや、月賦でも買えるお金は流石に用意出来ないんだぜ。私達の仕事じゃ今はそこまで回らないんだぜ・・・」
結婚してからと言う物、互いの嫁さんを養う為に働いているこの恋色の魔法使い達。食べていく分には十分な稼ぎを得てはいるが、それ以上の贅沢をする余裕はまだ無い。
しかし、それは普通の人間であれば、のお話だ。
「ですので、義父様。私達は、魔法で家を建てるんですよ。」
「なるほど。かつて、お母さんも魔法で家を建てたと言ってたしなぁ。」
「そうそう、私達に不可能なんて無いんだぜ。私達の魔力なら、大きな家の一つ位・・・」
魔法使いであるが故の回答である。しかも、この二人の魔力は相性抜群で、相互に増幅する作用もあるのだ。その魔力をまともに喰らった事のある獏の少女はうんうんと頷いて。
「・・・・確かに、魔法使いらしいですね。」
「普通だぜっ!」
普通の人間ではそうでないが、魔理沙にとってはこれが普通なのだ。人の身でありながら強大な魔力を制御したり行使出来たりする。母親が魔法使いだったという生まれ持っての才能も大きいが、その才能を努力によって開花させ、今もなおその花は大きく美しくなろうとしている。
そんな魔理沙の表情を見た、魔理沙の父親はふっと笑みを浮かべて、魔理沙とアリスを交互に見やってから、獏の少女に。
「真夢、材木問屋に一緒に行って来なさい。商売の勉強の一環だ。」
「はい、旦那様。私は何をすればー」
「この二人の交渉術を見て学んで欲しいんだ。自分のスキルを生かした商談のあり方を学ぶ事が出来るだろう。」
「わかりました、旦那様、精一杯学んできます!」
「うむ。しっかりな。」
魔理沙の父親は渋い声で獏の少女・・・真夢を元気づけた。この様子を見るに、関係もとても良好なのだろう。
ここで、魔理沙は呼ばれた名前に対して、獏の少女・・・魔理沙のお父さんに真夢と呼ばれた少女に視線を向けて、名前について聞いてみた。
「真夢・・・そうか、それがお前の名前なんだな。」
「旦那様に獏野真夢と名付けて頂きました。私はこの名前、大好きです。」
「とってもいい名前よ、真夢。」
「ありがとうございます・・・アリスお嬢様。」
少女の姿になった直後のおどおどした様子が抜け、爽やかな笑顔ときびきびした動きが彼女の変化を窺わせる。商売人としての一歩を踏み出した彼女の眼は、新婚の魔法使いに負けじと、強く意思を秘めた輝きを見せていた。そんな彼女を伴った恋色の魔法使い達は、材木問屋の方へ向けて一歩を踏み出した。
「んじゃ、ちょっと行ってくるんだぜ。お父様。」
「健闘を祈っているぞ・・・!」
徐々に小さくなる魔理沙達を穏やかな表情で見送る魔理沙の父親のココロはほんのりと温かかった。愛娘達と、新たに得た丁稚奉公の弟子が懸命に目的に向かって進んでいるその姿は、父性を揺さぶり感動させるのには十分な物。
父親らしくあれる事に感謝し、魔理沙の父親は踵を返して自分の道具屋に帰って行った。
ミ☆
モデルルーム展示場から歩いて5分の所にその材木問屋はあった。年季の入った看板、落ち着いた木の匂いのする作業場を持つこの老舗の材木問屋ならば、魔理沙達が求める魔法の触媒となる木からなる建材も制作可能だろう。
「おぉ、君達は・・・スキマから見てたよ。恋色の魔法使いさんたちじゃないかー」
「ありがとうなぁ、ところで親方は・・・」
「作業場の奥で仕事してるよー、何か用かい?」
「ちょいと建材を作って貰おうかと思ったんでー」
「お仕事の依頼だね、すぐ親方呼んでくるよ。」
「お願いします。」
新婚の魔法使い達は、獏の少女と共に作業場の奥から汗を拭きながら現れた、物静かで掘りの深い仏頂面が印象的な親方に話を切り出した。
「要件を聞こうか・・・」
「魔法の森に生えている魔法の触媒となる木を、伐採して頂ければと。」
「魔法の触媒になる木を伐採・・・どんな用途で使用するんだ?」
「はい。住居用の建材に加工して欲しいのです。」
普段の魔理沙では考えられない丁寧な口調。真面目な商談では、こうもなるのか。嫁さんの七変化にアリスはときめいていたりする。
普段は大胆で、負けん気の強さを覗かせるが、その実は誰よりも乙女で優しく、純真無垢な女の子。大人のような気品と、子供のようなはつらつさを兼ね備えた嫁の姿に強い愛情がふつふつと湧き上がってくる。
だが、そんな嫁さんの事を想っていてはいけない。話を聞いた親方は何度か思案して。
「うちも魔力を持った木の在庫確保の上では、又とない話なので伐採加工するのは引き受けるが、その木の生える場所が場所だ・・・」
魔法の触媒となる木の生える場所、それは勿論人間では危険が及ぶ事のある魔法の森。人間であるここの木こり達の安全を預かる親方としては、この問題は常に付きまとう。この事はちゃんと魔理沙とアリスも熟知している。
すぐにその不安を払拭すべく、アリスが親方に提案をした。
「護衛でしたら、私達が引き受けますよ。ね、魔理沙。」
「ああ、アリス。がっちりガードするから大船に乗ったつもりで居て欲しいんだぜ」
「分かった・・・引き受けよう。」
「本当ですか。ありがとうございます!では代金をば・・・」
魔理沙が代金に付いて言及しようとした時、親方は静かに後ろを向いてから呟くように。
「新婚さんから代金を頂く訳にはいかん・・・うちの分の魔法の木を伐採するための護衛を引き受けてもらえれば、それで対価となろう・・・・・」
仏頂面が静かな、それでいて優しい微笑みにかわる。そんな親方にアリスと魔理沙が親方に深々と礼をする、商談成立だ。
「成程・・・新婚さん+魔法使いである事を生かしたセールストーク、と。」
「そちらもそちらで、研究熱心だな・・・精進するんだな。」
「はい!」
余談だが、真夢は熱心に今のやりとりをメモし、次に生かそうと懸命に思考を重ねていたりするがこの姿勢が評価されちゃったりするのは、また別のお話である。
ミ☆
商談から一夜明け、よく晴れた夏の青空を拝む事すら叶わぬ魔法の森の中、木こりの一団が魔力に満ち満ちた木を伐採する姿が見られた。無論、その横では魔理沙とアリスが周辺警戒を怠ることなく続けている。
≪魔理沙、魔法障壁に異常は無い?≫
≪障壁強度、障気のシャットアウト共に問題無し、だぜ。シーカードールからの反応は無いか?≫
≪うん、異常無し。このまま何事も無く終わったらいいのだけれども。≫
≪全くだぜ。飯の支度だけで済めば、万々歳なんだがなぁ。≫
彼女達とは違い、非戦闘員であるこの木こり。話の分かる妖怪であれば、事情を説明すれば戦闘もとい弾幕ごっこを回避する事は十分に可能であるが・・・魔法の森には、様々な魑魅魍魎が住まうのもまた事実であり、会話が通じない相手も当然にいたりする。
≪魔理沙、貴女から見て西の方角から魔法障壁に向かって何かがそちらに向かっているわ、しかも早い!≫
≪分かった、至急迎撃に向かう。≫
≪私もすぐに行くわ、魔法障壁の維持は私に任せて。≫
≪了解。≫
魔理沙が全速力で木こりの作業場に戻ろうとしていた丁度その時、恐るべきスピードで接近したのだろうか、巨大な蟻の妖怪が木の陰からぬっと姿を現し、たじろぐ木こりの一団をにらみ付けると口から何かを吐き出した。
「うわっ、なんだこれは・・・蟻の体液か?」
木こりの一人がその液体が落ちた所に目を配ると、魔法障壁が歪んで悲鳴を上げているのと傍にあった木が、シュウシュウという音と鼻に付く悪臭を立てて溶けていくのが見えた。その事から、この蟻の体液が何であるかを察知したようであったが、その事実が余りにも恐ろしい事である事を直感的に理解した木こりの一人は、思いっきりあらん限りの声でこう叫んだ。
「酸だぁああああああああああああああ!!」
その一言で恐怖が頂点に達した木こりの皆は、魔法障壁で守られてはいるもののその巨大な蟻がどう動くか固唾を呑んで見守っていた。魔法障壁に阻まれ進行は出来ない物の、その巨体が障壁にぶつかる度に、ミシ、ミシと不吉な音を立てている。
木こり達は手にした斧を握りしめ、万が一の事態に備え始めた丁度その時、一陣の閃光が蟻の妖怪を怯ませた。
「派手に行くぜ!」
魔理沙は異形の存在を見据え、そしてその目でしっかりと捕える。魔力を集中して、妖怪に次々とマジックミサイルを放つ。効果は十分、魔法であるため相手を選ばない彼女の能力が生きた結果だ。蟻の妖怪はたじろいだものの、お返しと言わんばかりの勢いで大きな顎を魔理沙目がけて突き出した。
が、その攻撃は魔理沙には届かなかった。幾重にもからまった魔法の糸が蟻の妖怪の身動きを完全に封じたからである。
「ナイスだぜ、アリス!」
「今よ、魔理沙。派手に決めなさい!」
「サンクス!」
人形による捕縛を計算に入れ、既に八卦炉に魔力の充填を終えている魔理沙、抜群のチームワークである。互いに互いを信頼し、よく理解しているからこそ出来る連携である。
「派手にいきたいが・・・森を荒らす訳にはいかないからなっ!」
被害を避けて上方に撃ちだされた恋の魔法は蟻の妖怪を遥か彼方へと打ち上げた。結界に一度衝突し、角度を変えて何処かに墜落した事だけは分かった。
ふむ、とその様子に納得した魔理沙とアリスは、木こりの皆に安全になった事を告げた。
「もう大丈夫なんだぜ、皆、心配をかけて済まなかったんだぜ。」
「お昼になったらお弁当もあるから、しっかり頑張ってね。」
お弁当の一言で発奮した木こり達は、斧を握りしめて作業に戻った。作業はつつながく進み、日が傾いて烏が鳴く頃には十分な量の木が伐採されて、輸送の準備を完了していた。
「「お願いしまーす。」」
運ばれる丸太を見送る二人、数日もしないうちに、丸太は立派な新居を構成する木材になるだろう。しかし、この木材だけでは家は完成しない。まだ必要な物が残っているのだ。
「イメージは良し、木材も確保出来た・・・最後は?」
「魔法の鉱石ね。探すと言う意味では、一番大変な事になるわね。」
「家を形作る魔法を固定するとなると、大きなのになるしなぁ。」
「魔法の森で掘れるかしら?・・・ちょっと微妙かなー」
魔法の森にも、一応はこうした小さな鉱脈は存在する物の、森の中という立地条件では山間等に比べるとその量は遥かに劣るのだ。それに、建てる家も2人以上の生活を前提とした大きな家であるため、魔法の森の鉱脈で取れるような小さな鉱石では大きな家を支えるだけの魔力を充填し常時供給させるための器としては不十分である。それゆえにこの二人は悩んでいるのだ。
暫く二人で色々と考えていると、魔理沙の頭の中で電燈のような物がピカッと光った。
「宝探しなら、宝探しの得意な奴に聞けば良いじゃないか!」
高らかに宣言する魔理沙、アリスはすぐに嫁さんの発言の意図を理解した。
「なるほど・・・彼女ね。」
「ナズーリンなら、鉱脈の一つや二つくらい御茶の子さいさいだろう。」
ダウザーの彼女ならば、今回の計画に必要な鉱石を掘り出せる鉱脈も発見できるだろう。
これで、夢に見たスイートホームが完成する。その事が嬉しくなったアリスは、そっと魔理沙の手にしがみついた。
「そうね。でも、今日はもう・・・」
「うん・・・遅いもんな。」
夜の帳が降りかけた夏の夕暮れを後目に、魔理沙とアリスは身を寄せ合って仲良く魔理沙の家に入った。二人の頬も夕焼けのように赤く染まって、互いが互いを想う気持ちが二人を優しく焦がしてゆき、また少し二人の絆が深く強固な物となっていく。
「今日は、汗かいたから、先に、お風呂だな!」
「そうね。もう入れるから先に一っ風呂浴びてきたら?」
ぴたっと魔理沙の足が止まった。足を止めた魔理沙の顔を覗き込むアリスの目に映るのは、何処までも純粋な乙女の表情。そして、ぽつりと小さな言葉で、自分の意思をはっきりとアリスに伝えた。
「・・・アリスと一緒が良い。一人は嫌なんだぜ・・・」
「分かった。」
そっと手を繋いで脱衣所へと消える二人。仲の良い二人の甘い声が、小さな浴室にちょっとだけ跳ね返って魔法の森に飛び出して、他の誰も知らないうちにかき消えて行く。そんな幻想郷の夏の夕暮れは静かに過ぎて行った。
ミ☆
魔法使い達が熱く愛を語り合った次の日、命蓮寺の応接間に魔理沙とアリスは居た。静かな空間をたまに切り裂く獅子脅しの音を二人が肩を並べて聞いていると、襖が静かに開いてクールな眼差しのナズーリンが部屋に入ってきた。
「やぁ、君達か。顔色を見るに・・・元気そうだね。」
「ああ、夏の暑さに負けるわけにはいかないんだぜ、なぁ、アリス。」
「ええ。でも、今年もホント暑いわ。ナズーリンは大丈夫?」
「主人の失せ物が無ければ、もっと健康的には居られそうなんだが・・・そうも言ってられんからね。」
愛のある皮肉交じりに答えるナズーリン、つやつやと血色の良い二人を交互に見やり、夫婦仲が良好である事をすぐに理解する。その事に安心したナズーリンは湯呑みにお茶をついで魔理沙とアリスに差し出してから、御煎餅をかじりつつ質問をぶつけた。
「で、私にどのような用だ?」
「「かくかくじかじか。」」
「成程・・・私に魔法鉱石・・・ミスリルの鉱脈を探して欲しい、と。」
「こんな事頼めるのはナズーリン位しか居なくてねぇ。貴女の能力が必要なのよ。」
「ふむ、失せ物探しよりは面白そうだ。良いよ、探して見せよう。ただ、こちらからも一つ御願いがあってねぇ。」
「これから生まれるであろう娘を嫁にくれと言うなら、私も黙っちゃいないぞ。」
「何十年先の話なんだか・・・いや、そんな大びれた物じゃなくてね。」
ナズーリンは、手を顔の前で二三回振って娘を嫁にもらう意思の無い事を猛烈にアピール。この夫婦の事だから、きっと子煩悩な母親になる事は容易に想像が付くし、嫁にくれと言えば、幻想郷でもとびきりの腕前の魔法使い二人を敵に回すとなれば、それは余りに割に合わない。
しばらく否定し続けたナズーリンは咳払いをしてから、軽い口調で報酬を要求してきた。
「・・・後で、肉入りのボルシチでもご馳走してくれると嬉しいな、ここの食事は聖やご主人が愛を込めて作ってくれるから美味しいんだが・・・精進料理が多くてな。」
お寺と言う性質上、食事が精進料理となるのは止むをえない事ではあるのだが、鼠の妖怪であるナズーリンにとってそれは時に苦痛と化す事もある。勿論、白蓮や星が作る料理が非常に美味しいため、文句のつけようが無いのも事実である。
「まともに肉を食べられるのは、船長が食事当番の金曜日だけでね。」
「心中、御察しするわ。カレーでしかお肉食べられないと、持たないでしょ。」
「たまに野菜カレーになる事もある・・・そうなると、もう、な。」
俯いて答えるナズーリン。せめて、彼女の望むボルシチを作ってあげようなと魔理沙とアリスは顔を見合わせた。頷いて答える二人を横眼で見やったナズーリンは、愛用のダウジングロットを手に取り、神経を集中させる。
微かな反応が帰ってくるのを、ナズーリンは逃さなかった。
「・・・感あり、だ。」
「流石ね、ナズーリン。で、その反応は何処から帰ってきているの?」
「地底のようだ。此処からではそこまでしかわからない。」
「行こう、こいつはちょっとした冒険になるかもしれないんだぜ。」
「あぁ、ダウジングの基本だね。ちょっと聖達にその旨知らせて来るから、少し待っててくれ。」
ナズーリンは部屋を出て、星と白蓮にこの二人の探し物の為に出かける旨を告げる。白蓮も星も穏やかな笑みを浮かべてナズーリンに気を付けて行くようにと優しく声をかけられるのを魔理沙とアリスは見た。
「ここも、一種の家庭だよな。」
「そうね。誰よりも温厚なお母さんが居て、お姉さんが居て、その下で門徒達が修業をかさねる・・・大所帯かも知れないけど、家族のようなものね。」
一輪と雲山が座禅をする皆の後を、棒を持って歩いている御寺らしい光景があるかと思えば、村紗がぬえと響子の読む御経に耳を押さえているコミカルな様子等様々な光景が目に入る。修業生活の中にもささやかな楽しさのある生活風景を見ると、また一つ家庭のありかたについてのビジョンが膨らむ。そのビジョンに胸を膨らませる暇も無く、用意を済ませたナズーリンが二人の肩を叩いて、静かな笑みを浮かべて。
「・・・済まない、二人とも。地底探検に向かうとしようか。」
「あぁ、私達は採掘の準備、持ってきてるからそのまま行けるんだぜ。」
「準備がいいな。では、行こう。」
頭部に河童印のランプが装備されたヘルメットをかぶったナズーリンに続いて、魔理沙とアリスは境内を蹴って宙に舞い上がった。そして、博麗神社を超えてそのまま地底へと向かう。
パルスィがそんな新婚さんの様子を見ながら、実に妬ましそうな様子で仕事をしていたり、その様子にキスメとヤマメがいつもの事だと思いながら和気藹藹としていたりするいつもの地底の情景を眼下に見下ろしながら、暗く深い地の底から返る反応の先にある魔法の鉱石を求め、慎重に歩を進めて行った。
ミ☆
地底には怨霊を溶かす地獄の釜がある。その釜で欲望を持った怨霊を溶かせば、それは金を生みだす。その事から、魔力を持った怨霊を溶かせば、魔力を秘めた魔法の鉱石が生まれるのは容易に推測できる。
その一部が、魔力に惹かれて魔法の森にやってくる事があり、それを魔法使い達は重宝する・・・華仙に言わせればそんなとこだろうか。
地底の鉱脈を前にした魔理沙は、一人そんな事を考えていた・・・
「どうしたの、魔理沙。黙り込んじゃって。」
「ん、あぁ、以前華仙と話した事を思い出してな。金属は怨霊の思念の溶けた物って話なんだが・・・」
「魂から無機質が出来るなんて・・・まるで錬金術ね。」
「早苗のとこにあった漫画みたいに手合わせで練成できたりしたら便利だろうなぁ。」
真剣な目をする魔理沙。何かを考えている時の眼差しも、アリスは大好きだった。その目が曇らぬように、そっと傍に寄り添うアリス。箒の相乗りもすっかり慣れたようで、そんな事をされてもコントロールを失わなくなった魔理沙の自身の変化に、少し照れくささを感じている。
だが、ナズーリンはその間も宝の反応を探してダウジングロッドとペンデュラムをフル稼働させていた。
「むっ・・・!」
「ナズーリン、何か分かったか?」
「反応はこの坑道から帰ってきているようだ。魔理沙かアリス、私のライトだけでは不十分だ、灯りをくれないか。」
「分かった、今灯してあげるから」
アリスが暗い小さな坑道に魔法の灯りを灯す。ゴツゴツした岩とその間から覗く鉱石の結晶が光を跳ね返す坑道を見た三人は、どうやらそこにお目当ての物があるようだと言う事を悟る。
「しかし、入口が小さいぞ。これは私や魔理沙が何とか入れる程度の大きさしかないな。」
しかし、入口はとても小さく、ナズーリンや魔理沙が腰を少し屈めたら入れるか入れないかと言うようなレベルである。
「そうだな、アリスは此処に残ってくれ。ここは小柄な私とナズーリンの出番だ。」
「えっ・・・でも、危なくないかしら?万が一落盤とかがあったら・・・」
「アリスが外に居れば、どうとでも対処できるだろ?落盤しても、私が魔法障壁を駆使すれば、すぐにはくたばらん。その間に、助けを呼んで来てくれると嬉しいんだぜ。」
「・・・そうね、魔理沙。でも、無理はしちゃダメよ。」
「勿論だ、嫁さんを未亡人に出来るってんだー」
魔理沙が陽気に笑うのを見て頷くアリス。安心した魔理沙は背負っていたリュックの横に刺していたピッケルを覆う布を外してゆく。地底の僅かな光がピッケルを照らすと、それは鈍い銀色の輝きを放った。
「香霖の所から貸りた、マカライト鉱石で出来たグレートなピッケルだ、ミスリル相手にチャチなもんは使えないんだぜ。」
「あの道具屋から借りたのか・・・って、あのふっかけて来る店主からか?」
「普通だぜ。」
かつて、ナズーリンは宝塔が彼の所に流れ着いた時は、ふっかけられてしまい大変な目にあったのだ。それなのに、この目の前の魔法使いは普通の一言でこのような希少金属で出来たピッケルを借りて来ているという驚愕の事実を突き付けてきた事には驚きを隠せなかった。だが、ミスリルの反応を察知し続けている彼女は、すぐに驚きを心の奥底に仕舞いこんだ。
「それと、アリス。坑道の浅い所にも微かな反応があるようだ。」
「分かった、人形達に作業させるわ。できれば奥も手伝ってあげたいけど・・・」
「魔法金属との干渉があるかもしれんからなぁ、アリス。お前の大切な人形に何かあっても行けないんだぜ。」
「魔理沙・・・」
アリスは人形よりも一番大切な人が無事であってくれたらいいと思っていたが、一番大切な人が、自分の大切にしている人形への配慮をしてくれた事が嬉しかった。アリスは魔理沙の元に歩み寄り、両手を広げて魔理沙を包みこんだ。
魔理沙もそれに応えてアリスをすっぽりと包みこむ。心臓の鼓動が共鳴し、気持ちが話さなくてもしっかり伝わってくる。
「魔理沙、気を付けてね。」
「大丈夫だ、そんなに心配しなくっても大丈夫だ。」
「手が痛くなったりしたら通信で言うのよ、すぐヒーリングを指輪越しにかけるから。」
「オーライだぜ。」
魔理沙は愛用の帽子をヘルメットに変えて、同じくヘルメットを被った人形達を引き連れて坑道に突入した。途中、ナズーリンの指示で人形を配置し、作業に当たらせる。
「マスターノタメナラ」
「エーンヤコーラ」
「モヒトツオマケニ」
「カメノコーラー」
カツン、カツンという鈍く、それでいてどこか心地良い音と人形達の調子はずれな掛け声がが坑道中に響き渡る。その一方で、魔理沙とナズーリンは大きな鉱石の反応に従って、少しずつ深部へと向かってゆく。
「・・・しかし、仲が良いな。見ていて羨ましくなるよ。」
「ありがとな、ナズーリン。お前は、好きな人とか居ないのか?あの御主人なら、きっとお前を大切にしてくれるぞ。」
「・・・ノ、ノーコメントだ!君は実に馬鹿だな・・・ったく。」
ナズーリンは魔理沙のニヤニヤ笑いとその発したコメントに顔を赤らめた。魔法の光と、ナズーリンのヘルメットに付いたランプが照らす坑道の中は、様々な色の鉱石でひしめいており、見る物のココロを奪う程の美しさである。
≪アリス、見えるか?≫
≪ええ、見ているわ。綺麗・・・いろんな色に輝いてて、幻想的ね。≫
「・・・それはどんな魔法を使ったんだい?」
「あぁ、幻視の魔法を同調させて私の視覚とアリスの視角をリンクしてるんだぜ。」
「へぇー。しかし、魔力が同調するって言うのは、どんな感じなんだい?」
「ん・・・それは、全身にお互いを感じるっていうのかな・・・とにかく、身体を寄せ合うよりももっと近くアリスを感じる事ができるっていうのかな・・・説明するのが非常に難しいんだぜ。」
「まぁ、余程の信頼関係がなければ出来無さそうな事である事は容易に分かるな。」
このナズーリン、トレジャーハンティングを嗜む辺り思考力や洞察力はその辺の妖怪より遥かに高い。その少ない会話からでも何かをつかみ取ったようだ。
「つまり何時でもアリスと一緒にいられるような感覚を味わっているのか。」
「そうそう。そう言う事・・・」
「ふふ・・・全て許しているから出来る愛の共同作業と言う所か、あぁ、暑くてたまらないねぇ。」
「なっ、何を言うんだナズーリン!?」
先ほどのニヤニヤ笑い並みに強烈な意地悪さを含むその笑顔を見た魔理沙は思わず頬を赤らめた。照れ隠しのための言葉を紡ぎ出そうとしたちょうどその時、上方で何かが崩れる音を魔理沙は聞き逃さなかった。耳を通り、考えるよりも早く魔理沙の身体が動きナズーリンの方へ向く。そして、魔理沙はその小さな身体で、ナズーリンを力いっぱい突き飛ばした。
「ナズーリン、危ないっ!!」
「なっ、何をする!?」
突き飛ばされたナズーリンが怒りを顕わにした刹那、人の頭ほどある岩石が数個、魔理沙を襲った。突き飛ばされたナズーリンが痛む身体を起こしながら後ろを振り返ると、そこには地面に突っ伏した魔理沙の姿があった。
「ま、魔理沙、大丈夫なのか・・・?」
≪魔理沙、どうしたの?魔理沙!!≫
ナズーリンの呼ぶ声にも、アリスの通信にも返事が無い。しばしの沈黙、重い空気が狭い坑道を押しつぶさんとせんばかりの不気味な沈黙、突っ伏したままピクリとも動かない魔理沙に近寄りたいが、足がすくんでしまって動けぬナズーリン。
アリスはというと、自分と魔理沙のリンクが切れていない事をすぐに把握、どうやら生きては居る事を把握する。だが、繋がったリンクは魔理沙がどのような状態かまでは教えてくれない。
≪ま、まりさ・・・≫
抑えきれない感情が口から溢れ出した。そして、その場にへたり込む。不安がココロの中で大きく膨らんで行くのを感じる。その不安が口から、目から染み出しつつあったアリスの耳に、待望の声が入ってきた。
「痛たたた、魔法障壁とヘルメットが無ければ即死だったんだぜぇ・・・」
≪良かったぁ・・・魔理沙ぁ。≫
「無事だったか、心配だけさせちゃって・・・・」
口は悪いが安堵の表情を向けるナズーリンと、通信越しからでも本当に心配し、そして無事であった事に安堵、涙声のアリスの声をしっかり聞き届けた魔理沙はお尻に付いた土を払って、身を起こした。そして、先ほどの事態にめげずに坑道の奥を見つめる。
「心配かけたな、さぁ、奥を目指そうぜ。」
「あぁ。もう二度とヒヤヒヤさせないでくれたまえ。」
≪そうよ、慎重に行きなさい。心配させないでね・・・≫
「分かってるんだぜ。アリス」
その後は特にさしたる障害も無く、慎重に歩を進める魔理沙とナズーリン。二分ほど坑道を歩くと、二人の目に照明が要らない程に輝くミスリルの鉱脈が姿を現した。
「うはーこれは凄まじい魔力を感じるんだぜ。」
「反応はそこから帰ってきている。これだけあれば十分かい?」
「十二分だぜ。じゃあ、ちょっと掘らせて貰うんだぜ。」
「では私も少し拝借させてもらうとするか・・・これだけ純度の高いミスリルなんてお目にかかれないからね。」
魔理沙はピッケルを手にミスリルの塊を採掘し始める。ナズーリンも横で持参したピッケルで手助けを始めた。大きなミスリルの塊は、少しずつではあるが持ち運びしやすいサイズに切り出されて行き、半刻も立つ頃には持参したリュックに一杯になるまでの量を採取する事が出来た。
「十分取れたかい、魔理沙。」
「オッケーだぜ、そろそろ撤退するか。ささ、私に捕まるんだぜ。」
「何だ、今度はどんな魔法を見せてくれるんだい?」
「一歩間違えばいしのなかに入れる素敵な呪文さ。」
「ちょ、ちょっと待て!!そんな物騒な呪文を私共々使おうとするんじゃない、早苗並みに非常識じゃないかっ!」
「冗談だぜ。パチュリーのとこで勉強した安全に此処から出られる呪文だぞ。」
「本当か・・・?」
「私を信じて欲しいんだぜ。」
半信半疑のナズーリンを諭し、魔理沙は魔法を唱える。淡い魔法の光と共に二人は、坑道の外で待つアリスの元へ一瞬で移動を終えた。
「っと、成功だな。」
「おぉ、確かに一瞬で外に出られるとは・・・便利だな。」
「だろ?この魔法が書いてあった書物によれば、ダンジョン探索に必須の呪文らしいんだぜ。」
「私も覚えられたらいいんだが・・・魔法の心得はないからね。」
「修業したら出来るさ、私だってそうだった。」
魔理沙はそう言ってアリスの方へ向き直る。その姿を見たアリスは、目の端に涙を溜め、ナズーリンの前なのにもかかわらず、派手に抱きしめた。
「魔理沙、怪我は無い?崩落した時・・・心配したのよ?」
「あぁ、ヘルメットのお蔭で助かったんだぜ。心配かけてごめんな。」
「うん・・・」
身体と身体が触れ合うのは生きている事を実感する瞬間。魔力のリンクを繋いだ時よりも強くそれを実感する事の出来る、優しい愛の抱擁。
だが、世界が二人だけの為に動いている訳等無く、そんな激烈な甘いムードはナズーリンの腹の虫によって粉砕されてしまう。
「はは、済まない。・・・お腹が空いてるようだね。」
「頑張ったもんな、ナズーリン。ささ、帰って食事と行こうじゃないか。」
「・・・報酬、頼めるかな。」
「もちろんよ、私達の家においでなさいな。」
「私は結構味にはうるさいんだ。美味しいの、ご馳走してよ。」
ナズーリンは意気揚々とリュックを担ぎ直すと、力強く地を蹴って地上への道をゆっくりと飛んで行った。地上に上がると、既に沈みかけの太陽がうっすらと木々を照らし、博麗神社では萃香と霊夢が相も変わらずお酒を飲んでいる。その姿を、話半分にしか聞いてない御説教をしながら見つめる華仙を見つけた魔理沙とアリスとナズーリンは、地底に降りていた間も変わらぬ日常が流れていた事を実感した。
ミ☆
ナズーリンが恋色の魔法使い特製のボルシチに舌鼓を打って、幸せ一杯で命蓮寺に帰ってから出された精進料理のコンボにお腹をパンクさせそうになった夜から数日後、建材の為に木を切った後の空き地に巨大な魔法陣が描かれた。その魔法陣の要所には、これまた人の拳大は軽くあるナズーリンと掘り出したミスリルの要石が設置されている。
「魔理沙、ここでいいかな?」
「ああ、ありがとな萃香。終わったら小さくなって、地鎮祭に参加してくれー」
「りょーかい!」
巨大化した萃香が、魔法陣の中心に加工された木材を置いた。魔法の触媒となる木をそのまま建材に切り出したため、強い魔力に反応して強度を増したりできる。一般的に家を作るとなると木だけでは到底出来る物では無いのだが、魔法の触媒となれば話は別。魔法で組み上げ、固定さえすればその辺の家に負けない頑丈な家が出来上がるという寸法である。
「アンタらも、ホント、突拍子も付かない事考えるわね。大工無しで家を建てようなんて・・・」
「魔法使いなら普通だぜ。と、嫁さんはきっと言うわ。私もそう思うけど。」
「ま、アンタら見てると退屈しないから私は構わないけどね・・・準備完了よ、皆私の後ろに回って。」
修祓の支度を終えた霊夢が、皆を後ろに誘導する。これまた巫女の大切な仕事の一つである地鎮祭をするためだ。
幻想郷においては、この地鎮祭が重要な役割を持っており、穢れが残ってしまって折角家を建てたのに、崩壊したり家人に危険が及ぶ可能性がある土地もある上に増し、魔性の物が住みつく魔法の森と在ってはこうやって清めておかないとどのようなリスクが伴うかは予測が付かない。それに、あらぬ魔の力の干渉により、魔法の詠唱に影響を及ぼしてもよろしくないためこうやって霊夢に依頼しているのである。
「結婚式を思い出すんだぜ。」
「確かにね、神前で誓いを立てるのと大地を清めるのとは目的は違うけど。」
四方祓を済ませ、玉串を神前に奉って拝礼する。結婚式の時もこうして恭しく神事を執り行う霊夢の姿は、まさに巫女。世の人がこの姿を見たら、およそグータラやってるだけではない紛れもない巫女である事がすぐに理解されそうな立ち振る舞いである。
「さ、昇神の儀も終わったし・・・後は施工だけね。」
静かに、それでいて凛とした声で霊夢が魔理沙とアリスに告げる。その言葉を始まりの合図と認識した二人は、立ち上がって魔法陣の前へと向かう。
「さぁ、アリス・・・始めよう。」
「ええ。立派な『私達の家』を完成させましょう。」
魔法陣の前に立ち、二人は手を繋いだ。輝く結婚指輪と二人の身体を伝って増幅された魔力が魔法陣に注がれて、9色の眩い光を放ち始める。魔力のコントロールを行うため、魔理沙は眼を閉じて精神を統一。強い精神力によって力強く纏まった魔力が魔法陣と触媒と、要石のミスリルに充填される。
すぅっ、と二人の身体が宙に浮いた。そして、アリスは自分の持っていたグリモアの鍵を外す。グリモアから解放された魔力が充填された魔力と同調し、さらに輝きを増してゆくのがアリスの目に映った。
そして、アリスも目を閉じる。横でコントロールをしてくれている最愛の人と考えた理想の新居の姿を強く想像する。イメージを固め、詠唱の準備を整えたアリスは横で目を閉じて魔力を懸命にコントロールする魔理沙を一度だけ見て、魔法を発動させた。
「うぉ、まぶしっ!」
「目が・・・目がぁ・・・!」
魔力の奔流がもたらす凄まじい閃光で目が眩んだ萃香と霊夢が、素っ頓狂な声を上げるのと、物質の構築が完了するのはほぼ同時だった。9色の光が晴れると、そこには三階建ての大きな新居の姿が。
「・・・すごく、大きいね。」
「いやー、やっぱりアンタらがやる事はハデすぎるわ・・・」
しかし、まだこれで終わりでは無かった。二人の魔力がまた大きく膨れ上がって行くのを霊夢と萃香は察知していた。
「まだだ、まだ終わってないんだぜ!」
「行くわよ、魔理沙!最後は貴女の仕事よ!!」
「任せるんだぜ。コントロールよろしくっ。」
素早く魔法のコントロールと詠唱を交代した魔理沙とアリス。その連携には一片の迷いが無い。お互いがなすべき事を、お互いにこなすそのチームワークは、かつてチームを組んで地底に潜った事のある霊夢と萃香であろうとも容易に真似のできる代物では無かった。
魔力の流れが変わり、繊細さと緻密さで編まれた強大な魔力が魔理沙の方へ流れて行く。アリスの魔力を受け取って八卦炉を構える魔理沙の手にそっと、手を置いてアシストするアリス。置かれた要石全てに、家と要石を結び付けるイメージを固めた魔理沙は詠唱を完了させ、固定の魔法を発動させる。9色の小さな光が八卦炉から飛び出し、家と要石を結び付けてゆき、十分な強度が確保出来た所で要石が塀に変化していった。
大魔法の発動を終えた二人は、ゆっくりと地面に着地。足を地に付けた所で、どちらからともなく寄り添い、自分たちの魔法が成功した事を確認する。
「上手く・・・行ったんだぜ。」
「うん・・・成功、みたいね。」
大魔法の反動か、肩で息をする二人。その息がお互いにかかり、疲れてるんだなと言う事を静かに共有する。
「これからは、この家で私達の思い出を紡いで行くんだよな。」
「ええ。いっぱい、素敵な思い出を作りましょう。前の家で作った、思い出以上のね。」
「そうだな。」
ぎゅっと身を寄せ合って、完成したマイホームに入る二人。イメージ通りに組み上がった新居の素晴らしさに二人は心を躍らせた。広くなったダイニングルーム、機能的なキッチン、二人で洗いあいっこしても十分なスペースが残るお風呂に、広々としたドールハウスに様々な物が詰まった倉庫。そして、魔法の研究がよりスムーズに行える実験室、お互いの作業部屋も確認する。
そして、最後に三階の星がミスリルで出来た天窓から良く見える部屋にできた寝室もそっと確認した。そんな事をしたらトンデモ無い所が撮影され放題ではないかと思われがちだが・・・不可視の魔法を外側のミスリルにかける事によりロマンチックなムードを維持しつつ、盗撮対策もしっかりしている点を補足しておく。
「完璧なんだぜ、アリス・・・私達の理想が形になってるんだぜ。」
「ここでこれからは愛を語り合うのね・・・」
「そうだな・・・・・浪漫溢れるじゃないか、星と大好きな人に抱きしめられるのって。」
「そうね・・・魔理沙。ロマンチックだわ。」
そんなアツアツの二人に息を切らせて追いついた霊夢と萃香が寝室のドアを開けた。
「まぁまぁ、小部屋が多い事多い事。アンタら何人子供作るつもりよ。」
「あぁ・・・それは、ねぇ」
「早苗が結婚式でしてくれた魔法家族にならって5人は・・・欲しいけどさ。」
「それ、幻想郷のパワーバランスが色んな意味で危なくない?」
「大丈夫よ、萃香。何かあったら私や・・・次代の博麗の巫女が成敗するだけよ。」
「まぁ、そんな物騒な事にはならないと思うわ。ちゃんと躾けるし、嫁さんみたいにひょいひょい飛び回るにはマナーが必要な事はちゃんと教えておくし。」
「まぁ、そんな所だ。アリスと私で、幻想郷に貢献できるような魔法使いを育てて見せるんだぜ。」
決意を語る魔理沙とアリスの目には、真剣さがあった。霊夢はそれを見て安堵し、穏やかな笑みを浮かべる。そして、
「さてさて、地鎮祭後の楽しみ、直会を始めましょう。キッチン、借りるわよ。」
「霊夢になら、死ぬまで貸してあげても良いわよ。」
「あ、こら私のセリフを取るんじゃない!」
祭壇に置いてあった見事な鯛を取って戻ってきた霊夢は、見事なキッチンに一瞬だけ圧倒されたが、この時とばかりに持参していた刺身包丁を片手に見事な包丁さばきを見せる。
それを見た萃香は、ぐいっと手にしたお酒を呑んで満足そうな表情で。
「折角の新居完成後の直会、これは呑まずには居られない!さぁさぁ、みんな集まれ~」
萃香が自身の能力を発動した。その能力は幻想郷中に広がって行き、魔法を伝授したパチュリーと紅魔館の面々、採掘作業に協力してくれたナズーリン以下、命蓮寺の皆さんだけでなく、魔理沙のお父さんと真夢、そして材木問屋の皆を瞬く間に萃めてしまった。
萃まった皆は、その大きな新居を見て、ある者は驚きある者は感嘆の声を上げる。
「へぇ、流石は恋色の魔法使い。見事な新居ね・・・ウチには負けるけど」
「これなら、ホームパーティーも出来そうな大きさですね!」
まずはパチュリーと小悪魔。魔法を提供した本人が見た、恋色の魔法使いの新居は紅魔館を除くどんな家よりも立派に見えていたようだ。
「うわぁ、三階建ての一戸建てなんて人里でもなかなかありませんよ!」
「へぇ、いいセンスねぇ。一部分を正体不明の部屋にしてもバレなさそうね。」
「ぬえ、それは止めた方がいいんじゃないかと・・・」
響子と、ぬえ、そして村紗が広々とした庭を走りながら感想を述べた。人里の近くにある命蓮寺からは、人里の様子が一目で分かる。三階建ての家は、未だ幻想郷でも珍しい代物。紅魔館という例外があるが、あれは家の規格を超えているので敢えて割愛する。
そして、何人かは新居の中に導かれるように入って行き、各々の気になる所をゆるりと見物していた。
「何と大きな家なのでしょう・・・二人で住むには大きすぎるような」
「将来を見据えて、子供部屋に使うつもりなのでしょうね。」
「何人生むつもりなんだか・・・まぁ、この二人ならあり得なくもない話だとは思うのですがね。」
星と白蓮、ナズーリンが新居に設けられた部屋の多さに感心していた。既にドールハウスと化していたり、倉庫と化した部屋があったのは最早愛嬌と行った所であろうか。
「前の家より大きいね、魔理沙、アリス。」
「おぉ、フラン。これでお前が遊びに来ても、大きな部屋を貸してあげられるんだぜ。」
「10人位は簡単に泊まれそうな感じはしますが・・・魔法の森の宴会場所としては又とない、いい所になりますね。」
「でも、神社に比べると集まりにくいと思うんだぜ。夜は物騒だし、でっかい蟻の化け物が出て来るやもしれん。」
「大丈夫よ、そもそも私達が居る段階で十分に物騒じゃ無くて?」
「それもそうか。」
後ろに控える美鈴の前で不敵に笑うレミリアに笑いかけた魔理沙は、抱きつくフランをあやしていた。かつての自宅と比較して室数が増え、収容人数が増えている事は一目瞭然。二人のままならこうした大人数の宴会も可能である事に気が付いた魔理沙は、思わぬ副産物を得たような気がした。
「あ、義父様、いらしてたんですね。それに真夢も・・・」
「まま、今日は新居が出来た御祝いで、僭越ながら引越蕎麦とお酒を持参しておる。真夢、アレを。」
「はい、旦那様。これですね!」
鬼殺しと書かれたラベルを見て、萃香は絶句した。大丈夫だ、死にはしないと霊夢が解説するとすぐに胸をなでおろしたが、鬼があれだけ慌てる様をみた木こりの親方が驚いたような表情を向けると、萃香は赤面した。
「成程・・・鬼にとっての殺し文句である事には、変わりがないようだな・・・・・」
仏頂面をくしゃくしゃにした木こりの親方に角を押しつけて抗議する萃香の前に咲夜が、ご馳走を出した。
「お腹が減っていては喧嘩しかできませんわ・・・ささ、紅魔館自慢の料理、とくと堪能あれ。」
「良いタイミングね、咲夜。みんな、今夜はこの紅魔館の主、レミリア=スカーレットが引越祝いをお持ちしたわ。遠慮せずに食べて飲むと良いわよ。ね、咲夜?」
「御意に。」
そう言った咲夜が指を鳴らすと、豪華な料理とお酒が次々にダイニングルームのテーブルに出現しはじめる、流石は紅魔館のパーフェクトメイドと言った所であろうか。十分な量の料理と、見事な鯛のお刺身がテーブルに並んだ所で、魔理沙とアリスは上座に立った。
集まった面々が各々の酒のグラスに思い思いのお酒を注いで、家人の乾杯の音頭を心待ちにする。
「「それでは、新居の完成を祝いまして・・・・」
―乾杯!!
盛大な乾杯の合図と共に、宴が開かれる。人間、妖怪、種族関係無く入り乱れてお酒を呑む。新しい家が出来て、恋色の魔法使い達が新しいスタートを切りはしたが、やってる事はいつもとなんら変わりが無い。
全ての存在が、笑いあえる素敵な世界がそこにある事は、幻想郷において不変の事実なのだ。
大きくて頼もしい新居の天井に二人は視線をやって、これから私達をよろしくと心の中でそっと呟いた。
「魔理沙お嬢様ぁ、アリスお嬢様、こっちで一緒に飲みましょうよ~」
「あぁ!真夢がどれくらい強くなったか確かめてやるんだぜ。」
「ちょっと魔理沙、無理しちゃダメよ。」
「もし倒れたら寝床はすぐそこだし、安心して飲める。アリスも一緒に飲もうぜー」
「んもぅ、しょうがないわね。〆の蕎麦までは、ちゃんとしっかりしてなさいよ。」
「勿論なんだぜ。」
そして変わらぬ最愛の嫁の姿に、自分は変わったなぁと思ったアリスは、お気に入りのワインを片手に切りこんで行く。
―夜空に輝く夏の大三角が、楽しい幻想の宴会と恋色の魔法使いの新居を静かに見守っていた。
真夢はなかなか面白いキャラクターになりそうですね。
オリキャラということで扱い難しいですが、作品のオリジナリティという面ではいいと思いますよ。
あと、ナズーリンかわいかった!
なにげにナズーリン好きなんですよw
お嬢様?
所々にネタが散らばってて面白くて甘かったです
優れたマッド・サイエンティストの才能があるでしょう……「蟻だー!」は無いのね。
頭を強打するのはとても危ないので、魔理沙はえーりんの精密検査を受ける事!
このマリアリ夫婦は子供を5人とはいわずもっと産みそうな気がしますがね!
お幸せに!