今日一日、咲夜の従兄弟の子守をすることになった。
「お嬢様。お願いがございます」
まさか咲夜がそんな頼みごとをするとは夢にも思わなかった。
「咲夜に従兄弟? 初耳ね。それ、人間のおとこ?」
「はい、このまえ10歳になったばかりですわ」
まるで咲夜の体をそのまま縮ませたような子が、咲夜の手を握ったままこちらを直視している。
気に入らないわね。
人間の癖に吸血鬼の私をまるで恐れていない。そのような不遜な人間は咲夜だけで十分だというのに。
あ、紅白もか。それに黒白も。あれ、ひょっとして風祝もか?
とにかく、普通は恐怖の対象である吸血鬼を怖がらない人間なんてつまらないわ。
「私に人間の面倒を見ろと? そんなのパチェやそこらのメイド妖精にさせればいいじゃない」
どうしても吸血鬼にやらせたいならフランでもいいわ。最近は何気に竹林の不死人とも付き合いがあるようだし、以前よりははるかに社交的になったから、咲夜の従兄弟なら話相手くらいはできるんじゃないかしら。
「私はやらないわよ」
背後からいきなり気配を出したパチェ。趣味の悪い魔法の使い方だこと。
「それともなに? 紅魔館の主ともあろうお方が、たかが人間の子守すら満足にできないわけ?」
とまあ、そんな風にやっすい挑発を売りつけられた十分後。
玄関の大広間にて、咲夜の従兄弟と二人きりになった時点でようやく我に返った。
「どうしようか……」これが正直な感想だった。
「人里に行きたい」そう、ぽつりと呟いた
「帰りたいのか」無理もないか。
「連れてって」透き通るような瞳が、私の目を見た。
「咲夜ー」
私の声は児玉となって虚しく響く。
いつもはすぐ目の前に現れるのに、このときばかりはいくら呼んでもこなかった。
そういえば休みを取るとかいっていたか。
道中変な妖怪にでも食われたらことだ。一応咲夜の親類なんだし。
「仕方ないわね。ついてってやるわ。光栄に思いなさい」
そういうと、咲夜の従兄弟はこくりとうなずき、いわれなくとも日傘を差して私に寄り添ってきた。
あら、なかなか見所があるじゃない。
「じゃあ、歩いていくわよ」
門番は、咲夜の従兄弟を見ても驚かなかった。
「おでかけですか」
「うん。それより大丈夫なの? その頭」
美鈴は、帽子にナイフが刺さったまま、なんともないかのように笑った。
「これがですねえ、なんと」
ナイフの握りをつかみ、レバーの様にガチャコンと音をさせる。
「メロンパン入れになってまーす」龍の紋章のところで観音開きになる帽子。
「……」
「……なにそれ」
「ああ、やっぱりうけないや。咲夜さんのあほー!」
「そういえば、お前はこの子を見ても驚かないのな」
「ええ、咲夜さんに伺いましたから。それでは道中お気をつけください」
明らかにテンションが低下した美鈴だった。
久しぶりにきた人里は眩しかった。
私の屋敷も妖精の気配はたくさんあるが、人特有の騒々しい気配でいっぱいのここは、あまり慣れない。
こいつの傘の影が赴くままに、人ごみの中を抜ける。
まあ、羽を生やした私の周りには、それとなく人が避けるから人混みにも隙間が出来るのだけれど。
「ちょっとお茶しようよ」
そういって、一軒のモダンな建物に私を導いていった。
あ、涼しい。
外は暑かったんだな、と私はいまさらながら思った。
日傘をたたんだこの子は、まっすぐに店の端にある小さな丸テーブルに向かった。
なるほど、隣には柱時計みたいなディスクオルゴールがある。
人のあまり居ない、ゆっくりとした喫茶店だ。
内装はアヘン戦争辺りの時期のイギリス風味か。悪くない。
私が店内を見回していると、こいつが勝手にオルゴールの取っ手を回し始めた。
しばらくて撥条の巻きがたまったのか、よく知ったメロディが流れ始めた。聞き覚えはあるけれど名前は思い出せないあの曲だ。
金属的だけれどどこかやわらかいメロディを聞いていると、
「いらっしゃいませ」屋敷のメイドとは似て非なる衣装を着たウエイトレスが丁寧にお辞儀をした。
「いつもの。ふたりぶんね」
「かしこまりました」
ウエイトレスとこの子のそんな会話を聞きながら、私はオルゴールを聴くのはずいぶんと久しいな、などと思い返していた。内装も曲調も悪くない。実に私好みのセンスだった。
この店の、いつもの、とはアイスコーヒーと苺のショートケーキだった。
私の分まで勝手に注文したことを叱ろうかとも思ったが、運ばれてきたアイスコーヒーは砂糖が多目でミルクは少な目で、たまたま私の好みとマッチしていた。
そういえば、普段は咲夜のいれた紅茶ばかりだからか。コーヒーを飲んだのはいつ振りのことだろうか。
咲夜がメイドとして仕える前は、パチェとかも私と一緒にコーヒーをよく飲んだ気がするのだけれど。
ふと、グラスの氷に移ったこいつの瞳の色が妙に気になった。
なんでこんな初めて会った人間が気になるのだろうか。不思議だ。
「――ったね」
「なに?」
急に話しかけられたから、うっかり聞き逃してしまった。
「おそとあつかったね!」
先ほどのつぶやきみたいな声とは打って変わって、今度はたたきつけるかのような大声。
「そんなに叫ばなくたってきこえるわよ」
「そうだけど」ふくれっ面だった。
そうしておいて、続けて何かを口に仕掛けたようであったが、
「――」
呆けたようにあけた口から、急に上目遣いになって、誤魔化すようにアイスコーヒーをストローで飲み始めた。
どうやら、こいつなりの話すタイミングを、完全に失ってしまったらしい。
この子が醸し出す、どことなく変なぶっきらぼうさは、私に、屋敷に置いてきた妹のことを思い出させた。
せっかくの外出したのであれば、あの子も連れてくるべきだったかしら?
私が付いているから、あの子もそうそう変な真似はしなかったでしょうに。
あの凶悪妹は、宴会くらいに人が多くなると、変に人見知りして参加するのが気後れしてしまうらいのよね。
私はさりげなさを装って、話をしてみる。
「ここのコーヒー、よく飲むの?」ここのコーヒーは私の口に合うようだった。
「うん、まあ。でも、普段は紅茶をよく飲む」
「咲夜の一族だからかしら。あいつのいれた紅茶は特別おいしいから。あんたも上手に淹れられる?」
「あまり自信ない」
そうでしょうね。咲夜ほどの腕前の持ち主が早々居てたまるものですか。
「あんた、十歳だって? 人間の年には詳しくないけど、咲夜の従兄弟の割には、背は小さいわね」
小さな男咲夜は交互に頭上に手をかざし、
「あなたのほうが小さい」
「うっさいわね。あんたは男でしょうが!」
そのとき、店の反対側の席から、
「……じゃない――」
「そんな――おなかの子はあなたの子なのよ……!」
ぎょっとして振り向くと、はたしてそれは永遠亭の薬師だった。向かいには同じく姫がいる。
これって結構、幻想郷的に重大なニュースではなかろうか。
そう思ったら、
「あれ? 最近二人の間ではやってるらしいよ。駆け落ちしたアベックごっこ」
クスクスといとこが笑う。
「なにそれ」
「いろんなとこでやってるみたいね」
なるほど、会話の割には、ウエイトレスがあきれきった顔つきで、
「お客様、ほかのお客様のご迷惑になりますので……」
「いいじゃないのもこたぎゃぼー!」
「ごめんなさい、静かにします」
薬師が深々と頭を下げ、先ほどとはうってかわって、無言ではあるが親密な感じで二人ともフロートを飲み始めた。
なんとも仲がいいわね。
姫の髪型がアフロになってるとかはもうどうでもいいのでしょうね。
風鈴がどこかで鳴っている。
私のコーヒーも残り少ない。
ショートケーキはまだ残ってはいる。咲夜が作ったものほどはおいしくはないが、まあぎりぎり及第点といえるだろう。食べたことのない味だったが、どことなく郷里を思い起こすような、そんな、懐かしい味だった。
気がついたら、こいつとの会話も完全に途絶えていた。
「あんたさ、私と居て楽しい?」
そうしたら、なぜか不思議そうな顔でこちらを見返してきた。
「正直あなたと接点がないからなに話していいかわからないわ。わたしより、仲のいい友達か何かとここですごすほうがいいんじゃない?」
「べつにいい、それは」
「なんで?」
「あなたといたい。あんな感じで」そういって、二人の蓬莱人を指差した。
あきれた。
「あのねえ、恋人とか? になりたいのなら、もっと段階をふみなさいな。それをいきなり」
「恋人?」
まったく不思議そうにつぶやいて、その後意地の悪い笑みを浮かべてきた。
「あなた、いままでに誰かに恋の告白とかされたこと、あるの?」
う。
「いえ、ないけど……」
「どんな段階を踏めばいいの?」
「ほ、ほら、もっとお互いのことを知り合って、それで日常のさりげないスキンシップとか交わすとか」
「へえ……」こいつはまだ、悪戯を思いついたような笑みを絶やさない。
「ここまで日傘差してエスコートしたじゃん」
「それは確かに気はきいてたけど。それはそれよ。お付き合いしたいならちゃんとはっきり言って、私はあんたのことをこれっぽっちも知りやしないよ」
「そこからなんだ。てっきり、もっと惚れっぽくてもっとフランクにいくのかと思った。たとえば」
そういって、人差し指で私のほほに優しく触れた。見ればクリームが付いている。
「よし、きれいになった」そういって、そのクリームをぺろっと。
ドキッとした。なぜか。
こんなことをされても嫌な気持ちがしないのはどうしたことだろう。
自分でも不思議で仕方ない。姿が咲夜と瓜二つだからか?
あまりのことに反応できないで居ると、この子は仕草だけは上品に、幼い雰囲気で笑い始めた。
その瞬間、笑い袋がはじけたような間抜けな音とともに、煙がこいつの頭から出てきた。
一瞬のうちに咲夜のような銀髪が金髪に変化する。
え?
まさか。
「お姉さまったらおかしー! 目を白黒させちゃって、お顔真っ赤にしちゃって!」
「フラン! よくも!」
殴りたい。ぶちたい! こんにゃろめ。
にゅっと背中から虹色の羽が出現する。
「あー楽しかった! 咲夜とか、いろんなひとに協力してもらったかいがあったー! 目の色は変えることが出来なかったから、お姉様が私の目をのぞき込んだ時はばれたかと思ってあせっちゃった」
でも、フランのこんな満点の笑顔を見るのはいつ振りだろう。そう思うと、振り上げた手を中々振り下ろせなくなってしまった。
「ねえ、お姉様。私でも、そういう段階、踏まなくちゃだめ?」フランが言う。
「え?」
「恋人とか、そういうのにはならなくて良いけど、わたし、お姉様ともっとこういう時間、やりたい」
「そうなの」私はいわれるままゆっくりと頷いた。
「あ、でも、そういうのなら、もっとお互い、お話しなくちゃ、だね」
「そう?」私は曖昧に頷いた。
「そうだよ」フランは力強く頷く。
「……そうね」
フランは精一杯伸びをする。
「今日は楽しかった! お姉様は?」
「あまり楽しくなかったわ」
「えー?」
「正体がフランだと分かってたら楽しかったかもしれないけどね」
「それじゃお姉様ここまで一緒に来てくれないじゃん」
「そうね」
「でも、フランが今日みたいに良い子にしてるのなら、又一緒に外出することを考えてあげなくもないわ」
「相変わらずの偉そうな上から目線!」そういって、フランは微笑んだ。
さて、帰りますか。私達はそろって店を後にした。
「ところで、ここのケーキ。味どうだった?」
「咲夜のよりはおいしくないけど。まあまあね」
「あれね、私が作り方を咲夜に教えてもらったんだよ!」
「お嬢様。お願いがございます」
まさか咲夜がそんな頼みごとをするとは夢にも思わなかった。
「咲夜に従兄弟? 初耳ね。それ、人間のおとこ?」
「はい、このまえ10歳になったばかりですわ」
まるで咲夜の体をそのまま縮ませたような子が、咲夜の手を握ったままこちらを直視している。
気に入らないわね。
人間の癖に吸血鬼の私をまるで恐れていない。そのような不遜な人間は咲夜だけで十分だというのに。
あ、紅白もか。それに黒白も。あれ、ひょっとして風祝もか?
とにかく、普通は恐怖の対象である吸血鬼を怖がらない人間なんてつまらないわ。
「私に人間の面倒を見ろと? そんなのパチェやそこらのメイド妖精にさせればいいじゃない」
どうしても吸血鬼にやらせたいならフランでもいいわ。最近は何気に竹林の不死人とも付き合いがあるようだし、以前よりははるかに社交的になったから、咲夜の従兄弟なら話相手くらいはできるんじゃないかしら。
「私はやらないわよ」
背後からいきなり気配を出したパチェ。趣味の悪い魔法の使い方だこと。
「それともなに? 紅魔館の主ともあろうお方が、たかが人間の子守すら満足にできないわけ?」
とまあ、そんな風にやっすい挑発を売りつけられた十分後。
玄関の大広間にて、咲夜の従兄弟と二人きりになった時点でようやく我に返った。
「どうしようか……」これが正直な感想だった。
「人里に行きたい」そう、ぽつりと呟いた
「帰りたいのか」無理もないか。
「連れてって」透き通るような瞳が、私の目を見た。
「咲夜ー」
私の声は児玉となって虚しく響く。
いつもはすぐ目の前に現れるのに、このときばかりはいくら呼んでもこなかった。
そういえば休みを取るとかいっていたか。
道中変な妖怪にでも食われたらことだ。一応咲夜の親類なんだし。
「仕方ないわね。ついてってやるわ。光栄に思いなさい」
そういうと、咲夜の従兄弟はこくりとうなずき、いわれなくとも日傘を差して私に寄り添ってきた。
あら、なかなか見所があるじゃない。
「じゃあ、歩いていくわよ」
門番は、咲夜の従兄弟を見ても驚かなかった。
「おでかけですか」
「うん。それより大丈夫なの? その頭」
美鈴は、帽子にナイフが刺さったまま、なんともないかのように笑った。
「これがですねえ、なんと」
ナイフの握りをつかみ、レバーの様にガチャコンと音をさせる。
「メロンパン入れになってまーす」龍の紋章のところで観音開きになる帽子。
「……」
「……なにそれ」
「ああ、やっぱりうけないや。咲夜さんのあほー!」
「そういえば、お前はこの子を見ても驚かないのな」
「ええ、咲夜さんに伺いましたから。それでは道中お気をつけください」
明らかにテンションが低下した美鈴だった。
久しぶりにきた人里は眩しかった。
私の屋敷も妖精の気配はたくさんあるが、人特有の騒々しい気配でいっぱいのここは、あまり慣れない。
こいつの傘の影が赴くままに、人ごみの中を抜ける。
まあ、羽を生やした私の周りには、それとなく人が避けるから人混みにも隙間が出来るのだけれど。
「ちょっとお茶しようよ」
そういって、一軒のモダンな建物に私を導いていった。
あ、涼しい。
外は暑かったんだな、と私はいまさらながら思った。
日傘をたたんだこの子は、まっすぐに店の端にある小さな丸テーブルに向かった。
なるほど、隣には柱時計みたいなディスクオルゴールがある。
人のあまり居ない、ゆっくりとした喫茶店だ。
内装はアヘン戦争辺りの時期のイギリス風味か。悪くない。
私が店内を見回していると、こいつが勝手にオルゴールの取っ手を回し始めた。
しばらくて撥条の巻きがたまったのか、よく知ったメロディが流れ始めた。聞き覚えはあるけれど名前は思い出せないあの曲だ。
金属的だけれどどこかやわらかいメロディを聞いていると、
「いらっしゃいませ」屋敷のメイドとは似て非なる衣装を着たウエイトレスが丁寧にお辞儀をした。
「いつもの。ふたりぶんね」
「かしこまりました」
ウエイトレスとこの子のそんな会話を聞きながら、私はオルゴールを聴くのはずいぶんと久しいな、などと思い返していた。内装も曲調も悪くない。実に私好みのセンスだった。
この店の、いつもの、とはアイスコーヒーと苺のショートケーキだった。
私の分まで勝手に注文したことを叱ろうかとも思ったが、運ばれてきたアイスコーヒーは砂糖が多目でミルクは少な目で、たまたま私の好みとマッチしていた。
そういえば、普段は咲夜のいれた紅茶ばかりだからか。コーヒーを飲んだのはいつ振りのことだろうか。
咲夜がメイドとして仕える前は、パチェとかも私と一緒にコーヒーをよく飲んだ気がするのだけれど。
ふと、グラスの氷に移ったこいつの瞳の色が妙に気になった。
なんでこんな初めて会った人間が気になるのだろうか。不思議だ。
「――ったね」
「なに?」
急に話しかけられたから、うっかり聞き逃してしまった。
「おそとあつかったね!」
先ほどのつぶやきみたいな声とは打って変わって、今度はたたきつけるかのような大声。
「そんなに叫ばなくたってきこえるわよ」
「そうだけど」ふくれっ面だった。
そうしておいて、続けて何かを口に仕掛けたようであったが、
「――」
呆けたようにあけた口から、急に上目遣いになって、誤魔化すようにアイスコーヒーをストローで飲み始めた。
どうやら、こいつなりの話すタイミングを、完全に失ってしまったらしい。
この子が醸し出す、どことなく変なぶっきらぼうさは、私に、屋敷に置いてきた妹のことを思い出させた。
せっかくの外出したのであれば、あの子も連れてくるべきだったかしら?
私が付いているから、あの子もそうそう変な真似はしなかったでしょうに。
あの凶悪妹は、宴会くらいに人が多くなると、変に人見知りして参加するのが気後れしてしまうらいのよね。
私はさりげなさを装って、話をしてみる。
「ここのコーヒー、よく飲むの?」ここのコーヒーは私の口に合うようだった。
「うん、まあ。でも、普段は紅茶をよく飲む」
「咲夜の一族だからかしら。あいつのいれた紅茶は特別おいしいから。あんたも上手に淹れられる?」
「あまり自信ない」
そうでしょうね。咲夜ほどの腕前の持ち主が早々居てたまるものですか。
「あんた、十歳だって? 人間の年には詳しくないけど、咲夜の従兄弟の割には、背は小さいわね」
小さな男咲夜は交互に頭上に手をかざし、
「あなたのほうが小さい」
「うっさいわね。あんたは男でしょうが!」
そのとき、店の反対側の席から、
「……じゃない――」
「そんな――おなかの子はあなたの子なのよ……!」
ぎょっとして振り向くと、はたしてそれは永遠亭の薬師だった。向かいには同じく姫がいる。
これって結構、幻想郷的に重大なニュースではなかろうか。
そう思ったら、
「あれ? 最近二人の間ではやってるらしいよ。駆け落ちしたアベックごっこ」
クスクスといとこが笑う。
「なにそれ」
「いろんなとこでやってるみたいね」
なるほど、会話の割には、ウエイトレスがあきれきった顔つきで、
「お客様、ほかのお客様のご迷惑になりますので……」
「いいじゃないのもこたぎゃぼー!」
「ごめんなさい、静かにします」
薬師が深々と頭を下げ、先ほどとはうってかわって、無言ではあるが親密な感じで二人ともフロートを飲み始めた。
なんとも仲がいいわね。
姫の髪型がアフロになってるとかはもうどうでもいいのでしょうね。
風鈴がどこかで鳴っている。
私のコーヒーも残り少ない。
ショートケーキはまだ残ってはいる。咲夜が作ったものほどはおいしくはないが、まあぎりぎり及第点といえるだろう。食べたことのない味だったが、どことなく郷里を思い起こすような、そんな、懐かしい味だった。
気がついたら、こいつとの会話も完全に途絶えていた。
「あんたさ、私と居て楽しい?」
そうしたら、なぜか不思議そうな顔でこちらを見返してきた。
「正直あなたと接点がないからなに話していいかわからないわ。わたしより、仲のいい友達か何かとここですごすほうがいいんじゃない?」
「べつにいい、それは」
「なんで?」
「あなたといたい。あんな感じで」そういって、二人の蓬莱人を指差した。
あきれた。
「あのねえ、恋人とか? になりたいのなら、もっと段階をふみなさいな。それをいきなり」
「恋人?」
まったく不思議そうにつぶやいて、その後意地の悪い笑みを浮かべてきた。
「あなた、いままでに誰かに恋の告白とかされたこと、あるの?」
う。
「いえ、ないけど……」
「どんな段階を踏めばいいの?」
「ほ、ほら、もっとお互いのことを知り合って、それで日常のさりげないスキンシップとか交わすとか」
「へえ……」こいつはまだ、悪戯を思いついたような笑みを絶やさない。
「ここまで日傘差してエスコートしたじゃん」
「それは確かに気はきいてたけど。それはそれよ。お付き合いしたいならちゃんとはっきり言って、私はあんたのことをこれっぽっちも知りやしないよ」
「そこからなんだ。てっきり、もっと惚れっぽくてもっとフランクにいくのかと思った。たとえば」
そういって、人差し指で私のほほに優しく触れた。見ればクリームが付いている。
「よし、きれいになった」そういって、そのクリームをぺろっと。
ドキッとした。なぜか。
こんなことをされても嫌な気持ちがしないのはどうしたことだろう。
自分でも不思議で仕方ない。姿が咲夜と瓜二つだからか?
あまりのことに反応できないで居ると、この子は仕草だけは上品に、幼い雰囲気で笑い始めた。
その瞬間、笑い袋がはじけたような間抜けな音とともに、煙がこいつの頭から出てきた。
一瞬のうちに咲夜のような銀髪が金髪に変化する。
え?
まさか。
「お姉さまったらおかしー! 目を白黒させちゃって、お顔真っ赤にしちゃって!」
「フラン! よくも!」
殴りたい。ぶちたい! こんにゃろめ。
にゅっと背中から虹色の羽が出現する。
「あー楽しかった! 咲夜とか、いろんなひとに協力してもらったかいがあったー! 目の色は変えることが出来なかったから、お姉様が私の目をのぞき込んだ時はばれたかと思ってあせっちゃった」
でも、フランのこんな満点の笑顔を見るのはいつ振りだろう。そう思うと、振り上げた手を中々振り下ろせなくなってしまった。
「ねえ、お姉様。私でも、そういう段階、踏まなくちゃだめ?」フランが言う。
「え?」
「恋人とか、そういうのにはならなくて良いけど、わたし、お姉様ともっとこういう時間、やりたい」
「そうなの」私はいわれるままゆっくりと頷いた。
「あ、でも、そういうのなら、もっとお互い、お話しなくちゃ、だね」
「そう?」私は曖昧に頷いた。
「そうだよ」フランは力強く頷く。
「……そうね」
フランは精一杯伸びをする。
「今日は楽しかった! お姉様は?」
「あまり楽しくなかったわ」
「えー?」
「正体がフランだと分かってたら楽しかったかもしれないけどね」
「それじゃお姉様ここまで一緒に来てくれないじゃん」
「そうね」
「でも、フランが今日みたいに良い子にしてるのなら、又一緒に外出することを考えてあげなくもないわ」
「相変わらずの偉そうな上から目線!」そういって、フランは微笑んだ。
さて、帰りますか。私達はそろって店を後にした。
「ところで、ここのケーキ。味どうだった?」
「咲夜のよりはおいしくないけど。まあまあね」
「あれね、私が作り方を咲夜に教えてもらったんだよ!」
ウエイトレスもこたんだと…アリだな。
とても面白かったです。
どっちがかわいいかっていうと両方かわいいっていう。