私は彼女のことが好きです。好き。とても大好き。愛しています。でもそんな言葉じゃ言い表せないくらい。想いは言葉にすると途端に軽くなってしまうものです。私はそう思います。どれだけ言葉を重ねたところで、私の中に渦巻く感情をどうして他に伝えることが出来るのでしょうか。彼女に伝えることが出来るのでしょうか。ですから、私はそれを行動で表そうとするのです。例えば、彼女の白くて細い、綺麗な指を舐めてみます。海で生きた私の指は彼女のように滑らかではありませんので、彼女の指は私にとってそれはそれは綺麗で愛おしいものなのです。それから、耳の形。抱き締められているときや、後ろから抱きついたとき、私は彼女の耳元へ顔を埋めます。ひんやりとした濡れ羽色の髪を掻き分けて、耳を探り当ててそこに口づけます。彼女はくすぐったそうに身を捩り、それがまた愛らしくて堪らないのです。冷たい耳朶は私の舌に心地好く、いつまでも甘噛みしていたくなるような弾力を持っています。その次は軟骨のある耳介を。凹凸の間を舌でなぞるのは楽しいものです。耳の穴に舌先を入れて舐めると彼女の聴覚が私で満たされているのだと感じることが出来て、この上ない優越感に浸ることが出来ます。そのときの、幸せなこと!
彼女は人当たりがよく、誰とでも楽しげに話しているのをよく見かけます。それは彼女の魅力の一つに他ならないのですが、それが私の心を乱すのです。彼女には、私だけを見ていてほしいので。二人きりのときに彼女が表情豊かに他の人のことを話すのを聞くのは楽しいことです。だって彼女が楽しそうだから。そのときの彼女の表情はとても生き生きとしていて、私の目にはきらきらと輝いて映るのです。それはもう、まぶしいとさえ感じるほどに。でも、それと同時に私の中ではどろどろとした感情が渦巻くのです。私以外に彼女の意識が向けられることにとても不安を感じます。不快に思います。独占欲、というものなのでしょう。私は一日中、ずっとずっと彼女のことだけを考えて過ごすのに、彼女のほうはどうやらそうでもないようなのです。それが時々とても嫌なのです。だからといって、彼女に私のことだけを見てほしい、私のことだけを考えて欲しいと訴えることは出来ません。それは彼女の魅力を一つ、封じてしまうことに等しいのですから。私はそんなことを望んでいるわけではないのです。
私は、とても不安定な存在だと思います。いえ、舟幽霊や村紗水蜜、聖輦船の船長といったある種の言霊のようなものが私を私と定義付けているので「私」は安定しているのでしょう。しかし、私は不安定なのです。どれだけ多くの人に認識されていようとも、彼女一人が私に対する認識を失くせば、私はあの懐かしい海の波間に、藻屑のように消えてしまうような気がするのです。もちろん、妖怪として今を生きている私が、そのようにあっさり消えてしまうことは無理でしょう。ですから、内側からじわじわと、私は消えていくのです。壊れていくのです。誰の声も届かない、どんな言葉も届かない、意思も何もない、ただのがらんどうになってしまいます。或いは、気が触れてしまうのかも知れません。家族同然の皆や、愛おしい彼女のことすらも手にかけてしまうような狂人になってしまうかも知れません。私はそれが恐ろしくてたまりません。一人になると、彼女が傍にいないと、私はそのような妄執に取り付かれ、不安で堪らなくなるのです。
妖怪といえど、彼女の寿命には限りがあります。人に比べれば長いだけで、必ず彼女にも死は訪れるでしょう。ですが、妖怪であり、幽霊である私には寿命はないようです。つまりそれは、いつか彼女が私を遺して消えてしまうということです。その事態に直面したとき、私は正常でいられるのでしょうか。彼女を見送ることが出来るのでしょうか。いいえ。今の私にはそれは無理です。彼女を失うなんて、彼女が私の隣からいなくなるなんて、あの笑顔を声を体温を、全てを失ってしまうなんて耐えることができません。彼女が死んでしまったなら、私はその傍を離れたくありません。100年。100年その傍で待てば、彼女はきっと私の元に戻ってきてくれると思うからです。戻ってきてくれなければ、私は私を置いていった彼女を許せません。どこかで、愛しい人を亡くした人が100年待ってその相手に再会したという話を聞きました。ならば私も100年待ちましょう。彼女のために待ちましょう。
私がおかしい?そうでしょうか。私はそうは思わないのですが……。
寧ろ、人を恨んでその命を沈め続けてきた私が、ここまで人を愛することが出来るようになるなんて、それはとても素晴らしい成長だと思いませんか?
……すみません、素晴らしいなんて自分で言うようなことじゃありませんね。少し調子に乗ってしまいました。
ああ、そろそろ彼女が帰ってくる時間なので。私はこれで失礼します。ええ。またいつか。
いや、まぁ、あえての演出なんでしょうけれど…
船長のどろどろしたLOVEは伝わってきたけど、だからこそ何故こんなに相手のことが好きなのかと疑問が残りました