「可愛い」
ストレートの黒髪を風に揺らして私の頬を撫でながらそう告げた彼女は、私から目を離さない。
その言葉がどういう意味なのか、なんて今更尋ねる気にもならない。
どちらにせよ、彼女は答えてくれないだろうし。これが一度目ではない。
「ありがとう」
前回と同じように答えると、頬にあった手の力が強くなり顔の向きが固定される。
彼女の方を見て、観て、視て、みて。見続けて。
そして、悲しそうに笑うのは…彼女だった。
「…咲夜」
愛おしそうに髪を撫でられる。体の全てを、愛おしそうに。狂おしいぐらいに。
「霊夢」
私は、動かない。
悲しげな顔をしている彼女に、何もできない。できやしない。
「好き」
「うん」
「あいしてる」
「うん」
彼女の護符で身動きがとれない私にできることといったら、相づちを打つことぐらいしかない。
悲しそうな顔をしないで、と頭を撫でてあげたくても。
愛おしいその唇にキスをしたくても。
全てを、受け止めることしかできない。
私と彼女の愛は、道が二つあるのに、いつでも一方通行だった。
「咲夜」
「ん……ふぅ……っ」
唇をふさがれる。
お互いの存在を確かめるような、そんな長いキス。
体が動かない私に拒否権はない。終わらせる権利もない。こちらからする事もできない。
二回目のじゃれ合いの時に気づいた。
彼女は、歪んでいると。
全てから浮く存在。だからなのかもしれない。
自分が浮くのを、誰かを縛ることによって止めたかったのかもしれない。
彼女は、私の全てを独占した。
護符で動きを封じられた。
何度も自分の物だと証明するように、傷をつけられた。
彼女なしでは生きられないほど、愛された。
お嬢様は、何も言わない。
私が去る運命が見えた、と言ってもその表情の意味は私には理解できなかった。
支配されていた物がだんだんと薄れていき、新たな支配がそれを埋めていく。
皮肉なことに、私はそれを心地よく感じてしまっていた。
「んっ」
「っ!」
がりっ、と噛まれて、血が出る。犬歯が頬に突き刺さっていて、血が伝う。
人間なのに、よく刺さるものだ。
「考え事してた」
「…ごめんなさいね」
許さない、と言う感じで縁側に押し倒される。
右頬の血は全て彼女に舐めとられていく。
全て無くなったと思えば、首筋に朱い花が咲くように痕をつけられる。
歪な愛でも、受け取る方が歪んでいれば、それはきっと素敵な事なんだろう。
結局は、二人とも狂っていて、歪なのだ。
支配したい、支配されたい。そんな欲望の基に生きている二人だっただけ。
「咲夜」
「…霊夢。……っ!?ごふっ!!かはっ!」
私に貼られた札が電流の様な衝撃を発生させる。
「霊撃を体内に叩き付けてるの。痛い?」
「がっ、いっ…!!」
答えることなんてできない。
ただ、この痛みを受け続けることしかできない。
「動けないよね。痛いのに、ね。」
「っ!?――――!!!」
札の力が強くなる。
肺機能が停止したように、息ができない。
「今の咲夜、すごく可愛い」
「――っ!!」
言葉がでない。
恍惚の笑みを浮かべている彼女の顔が、だんだんと霞んでいく。
多分、私の顔も彼女と同じような物だと思う。
だって、彼女からなら、痛みでさえ心地よい快感へと変わる。
この触れ合いは、私の気が遠くなるほど何時間も続けられた。
弱めて、強めて。
傷つけられて、痛めつけられて、どうしようもなく、狂おしく堕とされていく。
意識が薄れゆく中、痛みが引いていくのがわかった。
続いて、暖かいものが私を抱きしめる。
「ごめんなさい」
そう呟いた彼女はきっと、優しく泣いていたんだろうか。
優しくなんてしなくていい。私は、貴方の物でいいから。
だから、正気にもどった瞬間に、優しくなんてしないで。
私は貴方に傷つけられるだけでいい。
体は痺れて動かせなくて、意識は朦朧としているけれど。
それも、幸せの余韻になるから。
「咲夜、ごめん。どこまでいくかわからない」
ゆっくりと体をまた噛み始めた彼女を、私はやはり愛おしく思う。
ねぇ、霊夢。
声は喉が痙攣してて出たかわからないけれど。
目はあまり開かないけれど。
体は動かないけれど。
どうせならいっそ。
「壊れるぐらいに」
愛してよ。
前後が読みたいなー。続くなら期待してます。