緑色をした葉っぱたちは既に地へ落ち腐葉土へと変化を遂げ、その地上は降り積もる雪に化粧されていた。
ストーブに置かれた薬缶の中の湯が沸く音を聞き付け、僕は傍に用意したマグカップに注ぐ。真っ黒の液体がマグに満たされ、芳しい香りが店中に広がる。
「うん、良い匂いだ」
先日紅魔館から貰い受けたコーヒー、匂いは良いが味はどうかな。
口をつけようとした矢先、勢いよく店の扉が開き、呼び鈴が五月蠅いまでの自己主張をした。
「あぁ寒い、おい霖之助生きてるか」
「やぁ慧音、生きてるよ残念ながら」
戸口には雪まみれの外套に身を包んだ里の教師、上白沢慧音。
取り敢えず僕はコーヒーを置きタオルを彼女に投げて渡し、傍の衣紋掛けに外套をかけるよう促した。
「しかしこの中は凄い暖かさだな、なんだ一体」
「ストーブさ、外界からの贈り物」
煌々と輝く熱源の近くに丸椅子を置き、そこに慧音を座らせた。外気に晒され続けた彼女の頬は外と大きく違う室内の温度に紅潮している。
「で、今日は一体何用で?」
「あぁ、特に何も無い」
「………君にも魔理沙や霊夢の悪癖が移ってきたみたいだ」
用も無いのに店に上がり込む、結構挑発的な行動だと僕は思っている。いや、多分全商売人もそう思っているだろうな。
「お前がこの寒さで震えていないか心配だった、と言えば良かったか?」
「それこそこのストーブがある、大丈夫さ」
「むぅ……まぁ良い」
頬を膨らませながらストーブに当たる慧音を見て僕は少し無遠慮な発言かと思ったが、まぁこれくらいは許されて欲しい。そこまで心配されるほど僕は軟弱では無いのだから。
「しかし慧音、こんな時に来て大丈夫なのか?」
「ん?それはどういう意味だ」
「だって……」
窓を見やり段々と景色が不明瞭になっていく外。そう、今夜は吹雪く。
吹雪けば足元は見えなくなり、ただでさえ危険な森は一層危険になるはずだ。
「それだったらここに泊まる、良いだろ?霖之助」
「えっ!君、そんな……」
「駄目なのか?」
「……駄目とは言ってないけど」
「じゃあ良いじゃないか、今日は私も吹雪くと思っていたんだ。なぁに、夕飯は久しぶりに私が作ってやる」
そんなこんなで慧音の我が家への宿泊が決まってしまったのだ。
まぁ良いか、久しぶりに慧音の料理が食べられると言うなら、安い話だと僕は自分に言い聞かせる。
「しかし雪が積もっていて靴の中まで濡れてしまったよ」
「そりゃいけない、靴下を脱いで乾かした方が良い、奥へ上がりなよ」
僕は慧音を奥の間へ上げると外へ営業終了の札をかけに行くと外は物凄く寒い、中と違って数時間もいれば体の芯まで凍りついてしまうだろう。
「少し大袈裟かな」
しかし寒すぎる。早々に看板掛けて中は言って暖まった方が良いな。
体にこびり付いた雪を払いながら奥へ上がると僕が外に居る間に淹れたであろうお茶を啜る慧音。全く、霊夢や魔理沙に似て来た、勝手に上がり込まないだけましだと思えば良いけど。
「おう霖之助お疲れ、寒かったろ、茶を飲め」
「む、こりゃすまない」
まぁ、ここは違うか、霊夢や魔理沙はこんな気遣いしないだろうからな。
「それにしても雪激しいなぁ」
「おー激しい」
と慧音の呟きに目を向け見るとこりゃ凄い、視界ゼロだ。
外なんか既に先程よりも寒いはず、こんな日は暖かい部屋の中で茶でも飲んでいていた方が良い。
「なぁ霖之助、夕飯何食べたい」
「何でも良いよ、君が作ってくれるものならね」
「何だそれは」
「言葉通りの意味さ、君の手料理なんて里を出て以来久しく口にしていない、楽しみだよ」
僕の言葉に何か不備でもあったのだろうか、顔を真っ赤にして黙りこくってしまう。
「何か、悪い事言ったかい?」
「いっ、いやそんな事は無いぞ!そうか、私の料理が楽しみかそうか……」
頑張って美味しいもの作るから待ってろ!そう言い残して慧音は台所へと消えて行った。
僕は久しぶりに自分の力を使わずとも腹を満たせる事と慧音の手料理に期待を膨らませつつ天井を眺めた。台所からは楽しげな音が聞こえ始め、腹の虫も活動を開始する。
「本当に、楽しみだな」
どんなものを作ってくれるのだろう、そう言えば僕の家に食材なんてそんな種類あったかな。
「……材料が少なかったんだ、すまない」
「いや、十分すぎるよ慧音、最高の食卓だよ」
食材の不十分は僕が謝るべきだしな、あれだけの材料からこれだけ作って貰えたなら、こちらは泣いて喜ぶべきだろう。
食卓に並べられたのは味噌汁とご飯、漬物と言う質素な食事だが、少し懐かしさを覚えた。
「さぁ、食べよう」
「あぁ」
二人して手を合わせ、食材に感謝する。
食べ始めるとやはり慧音の作る味噌汁は味が変わっておらず、米の炊き加減も絶妙だ。
「変わって無いな、慧音」
「そうか」
黙々と食べすすめる間、会話は無かった。漬物をかじる音、味噌汁を啜る音が響く。
「懐かしいな、霖之助」
「ん?あぁ」
懐かしい、と言うのは里時代、僕と慧音が一時期共に暮らした時の事だろう。
丁度今のような漬物と味噌汁だけの食卓だったような気がしたな。
「慧音、凄く美味しいよ」
「そうか、作ってよかったよ」
食事は恙無く終わった。
慧音が食後の片づけをしている間、何もしない訳にもいかない僕は風呂の準備をする、寒い夜だから少しばかりお湯を熱くした方が良いかな。
「霖之助、後片付け終わったぞ」
「ありがとう慧音、風呂わいてるぞ」
すまないな、と言う声を聞いて僕は慧音の為の着替えを用意するためにタンスへと歩み寄った。
既に服を脱ぎ捨て風呂場へと入った慧音に戸口越しに着替えを置いておく事を伝える。
『ありがとう霖之助………それから入ってくるなよ?助平』
「入らないよ………助平だけど」
ガラスの向こうの笑い声を耳にして脱衣所から出、誰も居ない居間で雑誌を捲り時間を消化させた。
慧音が出れば次は僕、そしてその後は、寝るだけだ。
「あ、そう言えば布団は一組しか無いなぁ」
布団を敷いてそんな事を思い出した。我ながら遅すぎたかもしれないが、まぁ、成るようになるか。
「風呂気持ち良かったぞ霖之助」
「あぁそれは良かったよ慧音……ってやっぱりそれ大きすぎたか」
「まぁ、な」
用意されたものに文句は言えない、と言った慧音の寝巻は僕の体に合わせているため袖は余り、裾は引き摺るような格好だ。
「じゃあ、入ってくるよ慧音」
「あぁ」
先に慧音が入っていたから別段寒い思いもせずに服を脱ぎ、寒い思いもしない浴場で風呂を済ます。
寒さ厳しい冬で風呂と言うのはやはり数すくな娯楽だろう、僕も用意した寝巻に身を包み、暖かさが消えないうちに布団が敷かれている寝室へ戻った。
さて、布団は慧音に譲って毛布や座布団で仮の寝床を作ろうとした僕は……
「慧音は布団で寝てくれ、僕はそこらで寝るから」
「は?一緒に寝ればいいだろう」
「いや、そうするのも一つの道だが僕は男で君は女だ、夫婦でも無い男女が一つの布団に寝ると言うのはだなぁ……」
「つべこべ五月蠅い、さぁ早く入れ寒いんだから」
「うぁっ!」
………足首を掴まれそのまま布団へ引きずり込まれた。
一つしかない布団で寒い夜なのだから二人で入って暖まろう、と言う彼女の言葉だが、僕が男と言う感覚は無いのかと問うと
「あるに決まっているだろう、お前は男だろう」
と言ってきた。話にならないとはこの事だ。
そんな事を思っていると慧音は更に身を寄せ、あまつさえ抱きついてくる。
「ふわぁ、風呂上がりの体は暖かいなぁ」
「………………」
「何黙っているんだ、私の様な美女に抱きつかれて嬉しくは無いのか?」
いや、僕は男な訳だから正直な事言うと凄くうれしい。
いくら性欲寡少だとか女は周りに居るのに寝所話は聞かないとか言われている僕でも、独り寝が寂しい時だってあるのだ。
ふとそんな事を思っていると、行燈の薄暗い光の向こうから慧音の声が聞こえる。
「なぁ霖之助」
「ん?」
「久しぶりだな、お前と同じ屋根を見つめて寝るなんて」
「………あぁ」
そう言えば、里のあの下宿から出て言って以来かな、慧音と一つ屋根の下で寝るなんて。
僕は一人に馴れているとか、孤独が好きとかはあるけど、慧音はどうだったんだろう。
「なぁ霖之助、実は今結構嬉しいんだ、私」
「嬉しい?」
聞くと、やはり彼女も寂しかったようで、誰かとこうやって一つの布団に寝るのなんて初めてなのに何故か変な緊張は無いと言ってきた。
「まぁ、隣に居る相手がお前だから、かな」
「それは光栄だね」
下宿に居た頃は目覚めれば隣に寝息を聞き、眠りにつくまで隣の者と語らっていた、その昔話を聞いて僕は確信した、慧音も寂しかったのだと。
「………慧音」
「ん?どうした」
そんな慧音を、僕は無性に愛してしまいたくなった、抱きしめたくなってしまった。
「どうした、霖之助」
「抱きしめても、良いかい?」
マナー違反かもしれないが、返答を聞かずに抱きついてしまう。この時だけは、僕は理性よりも本能に従った事に後ろめたさは感じなかった。いや、感じる余裕なんて無かったのかもしれない。
慧音の体温が服越しでも伝わり、僕を暖めてくれた。
「霖之助………」
私は構わない。と言う返答を聞いた僕は彼女のその唇に自らの唇を重ねた。
寒い冬なんだ、こうやって暖かくなっても良いだろう。
こういうシチュいいですよね
早々に看板書けて→早々に看板掛けて
だい何処 → 台所?
隣の物 → 隣の者
でも布団って予備のあるよね、魔理沙と霊夢が風邪引いた時の
羨ましいな、おい…
良作をありがとうございました。
やっぱり慧霖はいいなぁ
ぱるぱるぱるぱるぱる…