さとりは優雅にお茶を楽しんでいた。
夏も本番を迎えて暑くなり始めたが、地上と違い照り付ける日の光が届かない地下は
暑くもなく寒くもない、まさに快適空間であった。
お燐がたまに地上に行って来ては『暑かった』等と言うが、そんな文句を言うのなら
ずっと地下にいればいいのだ。
こんな過しやすい環境の中にいるのだから地下で大人しくしているべきだとさとりは思っている。
「……ん?こいし帰ってきていたのね?」
ふと視線を感じたので顔を上げると、目の前にこいしが座っていた。
音も無く突然目の前に現れる事など日常茶飯事のためもう驚く事もなくなってしまった。
「うん、今帰ってきたところ」
「また地上に行っていたの?」
「うん!今日はね河童の所で水浴びしてきたの」
間欠泉の異変の時から心を閉ざし、何にも興味を持たなくなったこいしが
様々な事に興味を持ち始めた、それをさとりは内心喜んでいる。
いつの日かまたこいしの第三の目が開く日が来るかもしれないと期待を持ちながら
楽しそうに今日の出来事を話すこいしの声に耳を傾ける。
「でね、地上は凄く暑くていっぱい汗掻いちゃった、だからベタベタするの」
「そうみたいね、今のこいし汗臭いわよ?シャワー浴びてきなさい、サッパリするから」
「うん、そうだねそうする~」
「ああ、それと汗を沢山掻いたのならちゃんと水分補給しておくのよ?」
「うん、解ってるよ!あ、そうだお姉ちゃん?」
「何かしら?」
言いながらさとりはお茶を口に運ぶ。
「お姉ちゃんの事舐めて良い?」
こいしの言葉に盛大に噴出した。
「……お姉ちゃん汚い」
こいしの文句が聞こえたがさとりはそれ所ではなかった。
ほのぼのとした一日の会話をしているはずだった。
それなのにいきなり自分の事を舐めてもいいか?なんて質問が出てくるとは思わない。
とんだ地雷が隠されていたものだが、その地雷が爆発した理由が全く解らない。
「ッゲホ、ゲホゲホ!ご、ごめんなさい、でも今のはどういう意味!?」
さとりは盛大に咽て咳き込みながら紅茶塗れなっているこいしに疑問をぶつける。
「え?そのまんまの意味だよ?お姉ちゃんの事舐めた……ペロペロしたいの」
当然の様にこいしは言う。
ってかなんでペロペロと言いなおしたのだろうか?
「だからそれの意味が解らないのよ、何で私を舐めたいのかって聞いてるの!」
「う~ん、お姉ちゃん知ってる?」
「な、なにを?」
「汗を掻いたから水分を摂るって言うのは半分だけ正解なんだよ?汗を掻くと水分と一緒に塩分も
失っているから適度に塩分も摂取するのが正しい水分補給なんだ、って竹林のお医者さんが言ってたの」
「それでどうしてさっきの質問になるの!?」
「解んない?」
全く解らない。
むしろ解りたくもない。
「お姉ちゃんが汗を掻くでしょ?つまりそれはお姉ちゃんから出た水分と塩分な訳でしょ?だからソレを
私が摂取するのは、水分と塩分を同時に得られるから効率の良い正しい水分補給だと思うの」
「…………」
妹が何を言っているのかよく解らない。
先ほどまでの会話ではいろんな事に興味を示して、今まで離れていた分何だかこいしの
存在を身近に感じる事が出来ていた。
だが今の会話でこいしの事を今まで以上にずっと遠くに感じた。
「だからね、お姉ちゃん……、いただきます!!」
「ひっ!!」
瞬間背後からこいしに首筋を舐められてさとりは溜まらず短い悲鳴を上げた。
目の前にいたはずのこいしが気付いたら背後にいた。
動作をまるで確認出来なかったのは恐らく無意識で行動したからだろう。
しかも座っている状態なので上手く振り解けない。
「ん~あんまりしょっぱくないね」
暴れるさとりを特に気にせずこいしは首筋をペロペロするのを止めない。
「当たり前です!そもそも私はずっと地下にいたのだからそんなに汗を掻いていません!
だから舐めるのを止めなさい!!」
その叫びに渋々と言う感じでこいしは舐めるのを止める。
「……ねぇ、お姉ちゃん?」
「な、何?」
「一緒にサウナ行かない?」
こいしの問いに
「行きません!」
彼女が何を考えているか心を読めなくても解るのでさとりはきっぱりと断った。
こいしはさとりの言葉に残念そうに言う。
「そっかぁ……、じゃあしょうがないね」
ずっと後ろにいたこいしが離れる気配を感じてさとりは安堵した。
どうやら諦めたようだ、いろんな事に興味を示してくれる事は喜ばしい事だが
今回みたいな変な事だけは止めて欲しい。
ホッとするさとりにこいしは続ける。
「薄味だけど我慢するね、あ、でも太ももとかだったら味濃いかな?」
また無意識に移動したのか、座っているさとりスカートの中に頭を突っ込んだ状態でこいしは言った。
「は!?ちょっ、こいし!!?」
そして、さとりの悲鳴が地下に木霊した。
熱中症対策ならいたしかたあるまい