「という夢を見ました」
「そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
さらさらと水の流れる音が、心地良い風情を感じさせる。
「とても幸せな夢でした」
「そうか」
静かな動作で抹茶に口を付ける小柄な少女。彼女、稗田阿求の見た「夢」というのは、この作品の表題のそ
れである。つまり自身が自機となった夢を見たと。
対面する上白沢慧音との間には重厚な座卓があり、涼しげな水ようかんが置かれていた。
「よかったら水ようかんでも、どうぞ」
「うん」
「先生が食べなくても私は食べます」
「うん」
「…………」
「なあ稗田、私を呼んだのは見た夢の話をするためなのか?」
「ふぁふぇいふぁ、ふぁふふふぇぃふ」
阿求は水ようかんを美味しそうに頬張ったまま答えた。
「なかなかよい水ようかんでしたね」
「……で?」
「夢のお話はお気に召しませんか」
「そういうわけでは無いが、なにかもっと大事な用件かと思って」
「夢の話でなければ、そうですねぇ……レッチリの新しいギタリストの話でもしましょうか」
「レッチリ?何のことだ」
「正直、By the Way以降のシングルはどれを聴いても同じような……」
「わかった夢の話をしよう夢の話を!なっ!!」
不穏当な発言がなされる前に、慧音は話を元に戻した。
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「夢は見るものではなく叶えるものだと、誰かが言ってました」
「誰が」
「誰でもいいです、自機にさえなれれば」
「その夢とこの夢では意味合いが違うんじゃないか」
「どうでもいいです、自機にさえなれれば」
慧音は少しだけ嫌な予感を感じていた。
「つまり、おまえは自機になりたいと」
「なりたいですね」
「なぜ、自機になりたいと思う」
「自機になるとですね、みんなにちやほやされるんですよ」
「……」
「私も求聞史紀刊行時には一部でそれなりに持ち上げられました。まあ悪い気はしませんでした。でもそれも
今は昔のことですね」
「……なるほど、よくわかった」
「わかりましたか」
「しかし自機になりたいと言っても、稗田、おまえ飛べないだろ」
「えっ?私、飛べないんですか?」
「飛べない、恐らくはな」
「それは困りましたね……あ、ではこうしましょう。自機である私が飛べないのだから敵も飛ばずに歩いて襲
ってくる」
「……はあ」
「ジャンプは可です」
慧音の頭の中では、なぜか夜の墓場でゾンビが歩いて襲ってくる光景が浮かび上がった。その光景での自機
は阿求ではなく鎧を着た髭面の中年男性……。
「それはもはや別の世界だな」
「駄目ですか」
「駄目だ」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「ある歌によると、君と出会った奇跡が胸に溢れれば、空も飛べるはずらしいです」
「ある歌?」
「著作権の兼ね合いで詳細は言えません」
「そうか」
「私の胸にはデ・ニーロと出会った奇跡が溢れています」
「デ・ニーロ?」
「これです」
黒猫の襟足を摘まみ上げる阿求。デ・ニーロはにゃーと鳴いた。
「その黒猫とは、なにか奇跡的な出会いがあったのか」
「斜向かいの乾物屋の飼い猫が仔猫を産んで、五匹も産まれて多すぎるから一匹貰ってくれと頼まれて家に来
たのがデ・ニーロです」
「驚くほど普通だな」
「奇跡を溢れさせるだけでなく実際にデ・ニーロを胸に抱けば、不足分も足りるかと」
「無理だろ」
「無理ですか」
「ああ」
「まあいいです。どのみち飛べるはずなんていい加減な言われ方では信用なりません」
デ・ニーロを降ろして、部屋の隅を指差す。
「あそこに文机がありますよね」
「うん」
「いつも幻想郷縁起はあれで執筆しているのですが、にとりさんにあれを改造してもらいます」
「改造?」
「空が飛べるように」
「文机が空を飛ぶのか」
「私が飛べなくても、それにつかまってさえいれば不都合ありません」
「なんの変哲もない文机が空を飛ぶようにできるものなのか」
「この幻想郷では、にとりさんが改造したとすれば大抵の無理は通ってしまうものなのです」
「そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「しかし気楽に自機になりたいと言うが、自機になったら妖怪と戦わなければならないのだぞ。おまえに出来
るのか?」
「心配はいりません。こう見えても暇さえあれば、そこいらの妖精を捕まえては羽根を千切っ……」
「止めいっ!!」
「スペルカードもあるんですよ」
「ほう」
「幻想郷縁起がそれです。私がこう相手の妖怪の悪口をさらさらーっと書くと、二百年後ぐらいに効果が」
「遅いだろ!」
「だからこう、あーここ相手の攻撃が激しいんで死にそうだなってのを見越して、二百年前にスペルを発動」
「悠長すぎる、論外だろ!!」
「まあでも、私が戦えなくてもダニエルが代わりに戦ってくれます」
「ダニエル?」
「これです」
黒猫の襟足を摘まみ上げる阿求。ダニエルはにゃーと鳴いた。
「おまえそれ、さっきデ・ニーロだと」
「デ・ニーロ?何のことですか」
「……それ、その黒猫どういう経緯で飼うことになったんだ」
「長梅雨のとある晩に雨音に混じり、なぁなぁと鳴く声が聞こえましたので雨戸を開けたところ……」
「さっきと全然違うじゃないか!」
「先生のおっしゃることがさっぱり分かりませんわ」
ダニエルを降ろして、阿求は真剣な眼差しで慧音を見つめる。
「まあ飛べないことも戦えないことも後回しでいいでしょう。問題はどうやって自機になるのかという点です」
「後回しでいいのか?」
「いいのです。幸いにして自機の条件、人間であることは満たしています」
「そうだな」
「しかし条件は満たしているものの、はたしてどうすれば自機になれるのか、さっぱり分かりません」
「うん」
「そこで歴史改変」
「うん、……えっ!?」
「慧音先生がちょこちょこっと上手いことして、私が自機だということにしてしまえばいいんです」
「悪いが、それには協力できん!」
「何故ですか」
「私は能力を私利私欲のために使うつもりは無い」
「そうですか。先生が断るのならば、他の案でいくしかないですね」
「済まんな」
「やりたくは無いですが、髪を脱色して緑色の服を着ることにします」
「……それでどうなるんだ」
「妖夢さんには不幸な事故に遭ってもらうとして……」
「その案も駄目だ!!」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「とりあえず、どんな感じになるか試しにやってみませんか」
「試しもなにも歴史改変はやらんぞ」
「意外とやってみたら悪くない感じかもしれないじゃないですか」
「悪くない感じとか、そういう問題ではなくてだな」
「まぁまぁ」
虚伝から蘇る弾幕
東方神霊廟 ~ Ten Desires.
キャラ紹介
○無欲の歴史家 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)
人里に住む歴史家。幻想郷縁起を編纂している。
たまに転生をするが、それ以外には非の打ち所の無いかわいいかわい
い稗田家の当主。
神霊に興味も関心も無いが、自機になるとみんなからちやほやされる
ので、調査に出かけた。
「こんな感じで」
「なあ、もう帰ってもいいか?」
庭に吹く風が風鈴を鳴らし、爽やかな音色を響かせていた。
「……という夢を見てな」
「そうですか」
長々と語る慧音の話を聞きながら、阿求は傍らに座る黒猫の喉を撫でていた。
座卓には水ようかん。
「そんな夢の話を私に聞かせて、どうなさるおつもりで」
「いや、おまえが自機になりたいと思っても、私は歴史を弄るような真似はしないと釘を刺しておこうと」
阿求は着物の袖で口元を隠して、くすりと笑う。
「妖怪退治なんて危険なこと、頼まれてもしませんよ」
「そうか、安心した」
「でも夢のお話は面白かったですね、ありがとうございます」
「いや、まあ」
なんだか照れてしまい口篭る慧音。
黒猫が欠伸をして、にゃあと小さく鳴いた。
「夢の話じゃないが、その猫、名はなんと言うのだ」
「この子ですか?名前は特に付けていませんけど」
「……そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせていた。
終
「そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
さらさらと水の流れる音が、心地良い風情を感じさせる。
「とても幸せな夢でした」
「そうか」
静かな動作で抹茶に口を付ける小柄な少女。彼女、稗田阿求の見た「夢」というのは、この作品の表題のそ
れである。つまり自身が自機となった夢を見たと。
対面する上白沢慧音との間には重厚な座卓があり、涼しげな水ようかんが置かれていた。
「よかったら水ようかんでも、どうぞ」
「うん」
「先生が食べなくても私は食べます」
「うん」
「…………」
「なあ稗田、私を呼んだのは見た夢の話をするためなのか?」
「ふぁふぇいふぁ、ふぁふふふぇぃふ」
阿求は水ようかんを美味しそうに頬張ったまま答えた。
「なかなかよい水ようかんでしたね」
「……で?」
「夢のお話はお気に召しませんか」
「そういうわけでは無いが、なにかもっと大事な用件かと思って」
「夢の話でなければ、そうですねぇ……レッチリの新しいギタリストの話でもしましょうか」
「レッチリ?何のことだ」
「正直、By the Way以降のシングルはどれを聴いても同じような……」
「わかった夢の話をしよう夢の話を!なっ!!」
不穏当な発言がなされる前に、慧音は話を元に戻した。
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「夢は見るものではなく叶えるものだと、誰かが言ってました」
「誰が」
「誰でもいいです、自機にさえなれれば」
「その夢とこの夢では意味合いが違うんじゃないか」
「どうでもいいです、自機にさえなれれば」
慧音は少しだけ嫌な予感を感じていた。
「つまり、おまえは自機になりたいと」
「なりたいですね」
「なぜ、自機になりたいと思う」
「自機になるとですね、みんなにちやほやされるんですよ」
「……」
「私も求聞史紀刊行時には一部でそれなりに持ち上げられました。まあ悪い気はしませんでした。でもそれも
今は昔のことですね」
「……なるほど、よくわかった」
「わかりましたか」
「しかし自機になりたいと言っても、稗田、おまえ飛べないだろ」
「えっ?私、飛べないんですか?」
「飛べない、恐らくはな」
「それは困りましたね……あ、ではこうしましょう。自機である私が飛べないのだから敵も飛ばずに歩いて襲
ってくる」
「……はあ」
「ジャンプは可です」
慧音の頭の中では、なぜか夜の墓場でゾンビが歩いて襲ってくる光景が浮かび上がった。その光景での自機
は阿求ではなく鎧を着た髭面の中年男性……。
「それはもはや別の世界だな」
「駄目ですか」
「駄目だ」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「ある歌によると、君と出会った奇跡が胸に溢れれば、空も飛べるはずらしいです」
「ある歌?」
「著作権の兼ね合いで詳細は言えません」
「そうか」
「私の胸にはデ・ニーロと出会った奇跡が溢れています」
「デ・ニーロ?」
「これです」
黒猫の襟足を摘まみ上げる阿求。デ・ニーロはにゃーと鳴いた。
「その黒猫とは、なにか奇跡的な出会いがあったのか」
「斜向かいの乾物屋の飼い猫が仔猫を産んで、五匹も産まれて多すぎるから一匹貰ってくれと頼まれて家に来
たのがデ・ニーロです」
「驚くほど普通だな」
「奇跡を溢れさせるだけでなく実際にデ・ニーロを胸に抱けば、不足分も足りるかと」
「無理だろ」
「無理ですか」
「ああ」
「まあいいです。どのみち飛べるはずなんていい加減な言われ方では信用なりません」
デ・ニーロを降ろして、部屋の隅を指差す。
「あそこに文机がありますよね」
「うん」
「いつも幻想郷縁起はあれで執筆しているのですが、にとりさんにあれを改造してもらいます」
「改造?」
「空が飛べるように」
「文机が空を飛ぶのか」
「私が飛べなくても、それにつかまってさえいれば不都合ありません」
「なんの変哲もない文机が空を飛ぶようにできるものなのか」
「この幻想郷では、にとりさんが改造したとすれば大抵の無理は通ってしまうものなのです」
「そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「しかし気楽に自機になりたいと言うが、自機になったら妖怪と戦わなければならないのだぞ。おまえに出来
るのか?」
「心配はいりません。こう見えても暇さえあれば、そこいらの妖精を捕まえては羽根を千切っ……」
「止めいっ!!」
「スペルカードもあるんですよ」
「ほう」
「幻想郷縁起がそれです。私がこう相手の妖怪の悪口をさらさらーっと書くと、二百年後ぐらいに効果が」
「遅いだろ!」
「だからこう、あーここ相手の攻撃が激しいんで死にそうだなってのを見越して、二百年前にスペルを発動」
「悠長すぎる、論外だろ!!」
「まあでも、私が戦えなくてもダニエルが代わりに戦ってくれます」
「ダニエル?」
「これです」
黒猫の襟足を摘まみ上げる阿求。ダニエルはにゃーと鳴いた。
「おまえそれ、さっきデ・ニーロだと」
「デ・ニーロ?何のことですか」
「……それ、その黒猫どういう経緯で飼うことになったんだ」
「長梅雨のとある晩に雨音に混じり、なぁなぁと鳴く声が聞こえましたので雨戸を開けたところ……」
「さっきと全然違うじゃないか!」
「先生のおっしゃることがさっぱり分かりませんわ」
ダニエルを降ろして、阿求は真剣な眼差しで慧音を見つめる。
「まあ飛べないことも戦えないことも後回しでいいでしょう。問題はどうやって自機になるのかという点です」
「後回しでいいのか?」
「いいのです。幸いにして自機の条件、人間であることは満たしています」
「そうだな」
「しかし条件は満たしているものの、はたしてどうすれば自機になれるのか、さっぱり分かりません」
「うん」
「そこで歴史改変」
「うん、……えっ!?」
「慧音先生がちょこちょこっと上手いことして、私が自機だということにしてしまえばいいんです」
「悪いが、それには協力できん!」
「何故ですか」
「私は能力を私利私欲のために使うつもりは無い」
「そうですか。先生が断るのならば、他の案でいくしかないですね」
「済まんな」
「やりたくは無いですが、髪を脱色して緑色の服を着ることにします」
「……それでどうなるんだ」
「妖夢さんには不幸な事故に遭ってもらうとして……」
「その案も駄目だ!!」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせる。その余韻が去り、静寂。
「とりあえず、どんな感じになるか試しにやってみませんか」
「試しもなにも歴史改変はやらんぞ」
「意外とやってみたら悪くない感じかもしれないじゃないですか」
「悪くない感じとか、そういう問題ではなくてだな」
「まぁまぁ」
虚伝から蘇る弾幕
東方神霊廟 ~ Ten Desires.
キャラ紹介
○無欲の歴史家 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)
人里に住む歴史家。幻想郷縁起を編纂している。
たまに転生をするが、それ以外には非の打ち所の無いかわいいかわい
い稗田家の当主。
神霊に興味も関心も無いが、自機になるとみんなからちやほやされる
ので、調査に出かけた。
「こんな感じで」
「なあ、もう帰ってもいいか?」
庭に吹く風が風鈴を鳴らし、爽やかな音色を響かせていた。
「……という夢を見てな」
「そうですか」
長々と語る慧音の話を聞きながら、阿求は傍らに座る黒猫の喉を撫でていた。
座卓には水ようかん。
「そんな夢の話を私に聞かせて、どうなさるおつもりで」
「いや、おまえが自機になりたいと思っても、私は歴史を弄るような真似はしないと釘を刺しておこうと」
阿求は着物の袖で口元を隠して、くすりと笑う。
「妖怪退治なんて危険なこと、頼まれてもしませんよ」
「そうか、安心した」
「でも夢のお話は面白かったですね、ありがとうございます」
「いや、まあ」
なんだか照れてしまい口篭る慧音。
黒猫が欠伸をして、にゃあと小さく鳴いた。
「夢の話じゃないが、その猫、名はなんと言うのだ」
「この子ですか?名前は特に付けていませんけど」
「……そうか」
庭の猪脅しが小気味良い音を響かせていた。
終
そうか…乱射魔も大変なんだな…
あれかわいかったなぁ
コメへのコメントはだめですけど、気になったので…↑の方の同人ゲーム見てみたい・・・
文机を投げ、それに走って追いつき飛び乗って空を飛ぶあっきゅん
だがそれがまたいい
縦スクロールで歩くシューティングってあるじゃないですか。ほら。「戦場の狼」。
「ヒャッハー汚物は消毒だー」って言いながら満面の笑みで物理的弾幕をぶっ放すあっきゅんは似合いすぎる。
秘封の二人はツインビーみたいな攻撃なんかいいんじゃないかしら。合体技で手を繋いでワイド攻撃したり、後ろから突っ突いてみたり。どっちにしてもイチャイチャだ。
すいません。歩くシューティングって奇奇怪怪ですよね。嘘つきました。
阿求はEXボス
そんな夢を見たんだ