幻想郷各地で起こった温泉と怨霊の湧き出た異変。それは『博麗霊夢』、『霧雨魔理沙』と
その協力者によって解決された。
それはつまり、地霊殿の主である『古明地さとり』が放置していたペットのふたり、『火焔猫燐』
と『霊烏路空』とが久しぶりに向き合う結果にもなったのである。さとりは自室の椅子に深く腰
掛けて待っていた。
「し、失礼します……」
「こんにちはさとりさまー!」
少しだけ扉が開き、おびえたような小さな声と、やけに明るい大きな声。もちろん前者がお燐
で後者がお空だ。実にふたりをよく表しているな、などと思いつつ入室を促す。
「入りなさい」
「は、はいぃ……」
「はーい!」
ゆっくり扉が押し開かれた。うつむいて申し訳なさそうに身体を丸めて入ってくるのは深緑の
ゴスロリドレスに身を包んだ猫耳娘。その後ろからはにこにこと笑んで元気一杯に歩いてくる
仰々しい装飾山盛りな長身の黒翼娘。対照的なふたりは、しかし仲良く主の前に立った。
「さて……」
「あ、あのあのさささ、さとさとささりとさりまっ」
「落ち着きなさい、お燐。えぇまぁ、喋らなくとも分ります。が、落ち着きなさい」
「あはははは! どうしたのさお燐」
「お空はもう少し友人を真摯に労わってあげなさい。まったく、あなたのことを思ってお燐は今回
のことをしでかしたというのに……」
「う、うにゅ」
釘刺す言葉に流石のお空もしゅんとうなだれる。ふたりの謝罪と反省の言葉が波打つように
第三の目から脳内に押し寄せている。そのどれもがまっすぐな言葉で、さとりは嬉しく思い、
同じだけ後悔した。こんなに想ってくれるペット達を、なぜ放っておいたのだろうと。一つ溜息を
つく。
さておき、異変が起きたと知ってからずっと抱いていた疑問を晴らさねばならない。
「で、お燐」
「はは、はい。さとり様。あ、あの……。……あたい、どのような処分でも謹んでお受けします。
だから、あ、あの、お空のことは許してあげてください! こ、こいつ騙されてただけなんです!」
「別に、あなた達を罰する気はありません。が、なぜ私に知らせようとしなかったのですか。
それを教えて」
「え、あ、だってさとり様……」
お燐が言葉を発するより早く、その思考はさとりの脳にダイレクトに伝わり、そして。
「……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「さっ、さとり様!?」
唐突に頭を抱え、椅子から転げ落ち床で煩悶し始めた。驚いて駆け寄るふたりの眼下、叫びを
やめたさとりが何かを呟いている。
「すみませんすみませんすみませんすみませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して
ください許してくださいああああ死ね死ね昔の自分死ねマジ死ね」
虚ろな目をして全身を痙攣しながら這いずり回り、謝罪と後悔を呟き続ける主に、お燐もお空
もどうしていいかわからずおろおろとするばかり。
「穴が、穴があったら入りたい」
視線の先、無意識のうちに穴を掘っていた妹、『古明地こいし』の姿が見えたのでよっこらしょ、
と穴に収まり体操座りで縮こまる。また謝罪と後悔の念をぶつぶつとやりだした。
「……なに、これ?」
「あ、こいしさまだー」
「いらっしゃったんですか!」
自分のことは棚に上げつつ唐突な行動を起こした姉を見据えるこいし。お燐とお空もその存在
に気付く。いつもの胡乱な微笑みに、珍しく困惑の色を浮かべつつ今の状況を知ろうとする。
「ねぇ、お姉ちゃんどうしたの、これ?」
「それなんですが……あたいがこないだ起こした異変について、なんでさとり様に言わなかったか、
その理由をお話しようとしようとした途端に……」
「ふむ……。いつもみたい
に心を読んだんだろうね。で、こうなった、と。いったい何を思い浮かべたのさ」
「ええ。はい。それは……」
「言っては、言ってはなりませんお燐うぎゃーやーぁめてぇー!! あ、で、出れない」
お燐が口を開こうとした瞬間、穴から制止の声。その声の主は大して深くない穴から体を
張ってでも止めようとしているが、普段の不摂生が祟ったのだろうか。這い出すこともできず
もぞもぞしている。飛べばいいのに。その様子を一瞥して、何もなかったようにこいしは先を促す。
「で、何を?」
「あ、えー……」
さすがに主の制止に逡巡した様子のお燐であったが、こいしもまた彼女の主に等しい間柄。
このままでは埒も明かずと腹を括った。
「……サトリックデモンクロスドライバー」
「は?」
「うーぎゃーいーやーだーやーめーてーおりーんーうわーあーあーあーもうホント昔の自分マジ
死んじゃえー!!」
「ええ、ですからサトリックデモンクロスドライバーが怖くて」
「だからそれ、なに?」
「ひーいやーうきゃぱぁーあああああもうお酒は飲みませんのみませんから許してえー」
謎の単語が理解できずこいしは眉をひそめ、同時に穴の底から悲壮で素っ頓狂な絶叫が
あがる。頭痛でもおこしていそうな顔でこいしは振り返り、無言で穴から姉を引きずり出した。
「お姉ちゃん」
「死にたい死にます死ぬ死ぬ死ぬんだからぁも、もももういっそころせ。いっそころせ」
「それはいいからお姉ちゃん。サトリックデモンクロスドライバー、って」
「ひーいぃぃぃいやーぁぁぁぁむむむ、無意識に黒歴史を穿り返さないでください、こ、こいしって
ばぁぁぁぁ」
「……もっと酷い黒歴史穿り返されたくなきゃちゃんと答えろ」
「は、はい!」
感情を押し殺し、ドスの効いた声で迫られようやくしゃっきり我を取り戻すさとり。あまりの
迫力にペットふたりもちょっと引いた。
「……なんとなく予想はついたんだけど。お姉ちゃん、深酒はするなと前言ったでしょう?」
「それを言われる前の出来事なんです。不可抗力じゃないですか」
「だとしても、ただでさえろくでもないお姉ちゃんだけどお酒入ると加速度的にろくでなしに
なるじゃない」
「うわー心が真っ二つです。へし折れました」
「事実でしょう?」
「うぐ……うわーん!」
痛いところを突かれ泣き出しながら駆けて穴に落ちるさとり。怪我でもしてないかと慌てて
駆け寄ろうとするこいしとペットふたりの耳に、でれってれてーててー、と世界一有名な
イタリアのヒゲ配管工が穴に落ちたときのSEを口ずさむ声。よし、放っておこう。賢明な
判断だ。
「さて、お燐」
「あ、はい、こいし様」
「なんでお姉ちゃんに異変のこと話さなかったか、大体想像ついてるけど言ってみてよ。私は
お姉ちゃんみたいに心が読めないしさ」
「はい。理由はかつてさとり様が仰った一言にありまして」
「うん」
「さとり様はこう仰いました。『私の意にそぐわないもの、歯向かうものにはアレですアレ、
”サトリックデモンクロスドライバー”かまして全身の骨をばらばらにして五体引き裂いて
やるんですからね』と。お空がその技の犠牲になるものとばかり……」
悲しそうな顔で告げるお燐のそれとはまた違う意味の悲しい表情をして、ふっはあぁぁぁ、
と深い溜息とともに頭を抱えるこいし。ぐわあああああああ、と穴の底から聞こえる悲鳴を
あえて聞かなかったことにして、顔を下げたまま重々しい声で更に問う。
「ねぇ、お燐。……その時、お姉ちゃんお酒飲んでた?」
「え、あ、はい。なんでも閻魔様からお褒めの言葉をいただいてからずいぶん嬉しそうで、普段
はお飲みになられない……なんていったかな。えーと、あ! そうです。ボンベイ・サファイア
とかいうお酒をロックにしてずいぶん嗜んでおられました」
「……たいしてお酒強くないのにっ……! わかった、事情が掴めた。ありがと」
正直に事実を告げた猫耳娘の頭を軽く撫でてから、低くドナドナが聞こえる穴の淵に立つ。
「お姉ちゃん」
「どなどなどーなーどなーさとりをのーせーてーどなどなどーなーどーなー荷馬車がなんですか
こいし。もう十分でしょう。私はこんなダメ妖怪なんです。最終的な結果として今回の出来事は
私が悪いって分かったんですし。ほっといてください」
「……はぁぁ。ほっとけるわけないでしょお姉ちゃん。過ぎた事は仕方ないとして、お燐やお空
にすることがあるでしょう?」
体育座りで背を向けたさとりの肩が小さく跳ねた。しばしの無言。
「……そう、ですね。こんなダメ主でも、やらないといけない事はありましたね。ありがとう
こいし。ついでに言うとこの穴の下には多分マグマがあるのでしょう。そのせいでだいぶ
お尻が熱くなってきました。このままさとりのお尻蒸しを作るわけにもいきませんしね」
「何それちょっと興味あ……いやいいや。なんでもない。早く上がってきなよお姉ちゃん」
迂闊な事を無意識に言いかけたこいしがじっと見つめる先で姉は大儀そうに立ち上がる。
意を決したように穴をよじ登り始めた。と思いきや滑り落ちた。
「あ、で、出れない」
「飛べよ」
「オゥ盲点……」
そう気付いて本人だけはかっこいいと思っている、事実はもっさりとした飛行術でどうにか
こうにかさとりのお尻蒸しからの脱却である。そのままお燐たち三人に向き直り、
「謝るのは私のほうでしたね、ごめんなさい。気苦労をかけましたね」
深々と頭を下げた。
その様にやれやれ、と思いつつ、まんざらでもない笑顔のこいしと事態を呑み込めてない
のかほけらっと口をあけたままのお空、そしていやいやそんな畏れ多い頭をお上げください
だのなんだのと慌てて自分も頭を下げまくるお燐。三人三様の、ほのぼのとした地霊殿の
日常がここにようやく戻ってきた。
かに見えた。お空の次の一言までは。
「だーいじょうぶですよさとりさま! 私分かりましたもん。これからは何かあってもさとりさま
がサトリックデモンクロスドライバーでやっつけてくれるんですから!!」
一瞬で空気が凍りつく。
「あの、お空さん?」
「だって相手をバラバラに引き裂き確実に滅殺する秘奥義なんですよね! やったーさとり
さまかっこいいぞー!」
「ちょ」
「そんなすっごい技があるなら今ぜひ見たい! と思いましてさっき適当な死体ひとつ見繕って
きたんですよ!!」
「あー確かにさっきまで作中で空気になってたとは思ったけどまさか席を外してそんないらん
行動力を発揮してたとは無意識にでも気づいていなかったって言うかね、オイ」
「さぁさとりさま! 死体を敵に見立てて一発ばばーんとその技を私たちに見せて下さい!」
輝く瞳は純真無垢の証拠。あぁ、なんということ、お空こと霊烏路空は一切を疑うことなく
サトリックデモンクロスドライバーをさとりが放てると信じている! 純粋さゆえのこの所業を
誰が責められようかいや誰にも責められないだろう。そういうことにしとけ。
慌てて助けの視線を愛する妹に投げるさとり。しかしそこにはすべてを諦め、もうこの際罰と
してサトリックデモンクロスドライバーを放って恥でもかいたら、という読めないはずの思考が
表情となったような笑顔があるのみであった。
「さぁいきますよー! そぉれぇ!!」
お空が死体を空に放る。もはや一瞬の猶予もなくなった。さとりはもはやこれまで、と空に
飛び上がる。
「あああああもう! み、見なさい!! これが私の必殺技、サトリックデモンクロスドライバー、
だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
こうして何の因果か完成したサトリックデモンクロスドライバーは見事死体をバラバラに
破壊し、これに気を良くしたさとりは闘いを求める修羅と化した。最終的にはテリーマンに
破られるまでテキサス州超人ヘビー級のチャンピオンベルトを保持し、無冠となった今も
どこかで正義のためにサトリックデモンクロスドライバーを決めているのだ!
がんばれさとり! まけるなさとり! 平和が訪れる、その日まで――
一つ誤字報告です。
>「……対してお酒強くないのにっ……! わかった、事情が掴めた。ありがと」
対してではなく大してだと思います。
ラストが怒濤の展開すぎるwww
いや違う、これはタグのせいだ!
自重しろや地底の紫もやしーw
この娘、定期的に黒歴史を産み出すタイプだ