仕事を終えて、部屋に帰ろうとドアを開けた瞬間に抱きつかれた。
少し吃驚して後ろに倒れそうになるのをがんばって堪える。
何だ一体何が起こった、と自分の考えが纏まらないままにそれを見た。
緑の長いストレートの髪をして、独特の服装をした私の恋人は泣いていた。
「………どうしたのよ?早苗」
軽く頭を撫でながら優しく問いかけてみるが、帰ってくるのは嗚咽のみ。
「ぅっ……えぐっ……」
「おーおー、よしよし」
正直に言えば、いつ入った、どこから入った、門番は何してた、と問いただしたい所だが聞ける状況ではない。
その状態のままベッドに二人腰を下ろす。
ぽすん、と少し体がはねた後もう一度抱きなおされる。涙はそのまま。
「どうしたの?苛められた?あの二人が馬鹿やらかした?」
ううん、と首が横に振られる。
いつもなら「二人とは言えど神様よ」ぐらいは返ってくるのに。
「…落ち着くまでここに居なさい。紅茶入れてあげるから」
よっぽどの重症と見た私は落ち着くものを作ろうと考えた。
そう言って立ち上がろうとするが、彼女は私の体を離してくれない。
離れようとすると、腕にこもる力は逆に強くなっていく。
「早苗?紅茶を入れに行くだけよ、すぐに帰ってくるわ」
「ぃ、ゃで…す…ぅっ、ぐずっ……えぐっぅ……」
早苗の涙は、収まることをしらないといったように流れ続ける。
仕方なくベッドにもう一度腰掛け、早苗の頭を撫で続ける。
それから彼女は三十分ほど泣き続けた。
まぁ、そこまで泣かれると私のメイド服もびしょびしょなわけで。
少し嗚咽が収まった所で一緒に部屋の風呂に入った。
いつもの彼女なら「咲夜の裸……」などと小声で呟きながら背後でタオルを構えているのに、今日は無言だった。
体を洗う時も、髪の手入れをしているときも、シャワーを浴びているときも。
彼女の言葉のない風呂は、なぜか楽しくなかった。
「……ごめん、なさい」
メイド服を脱ぎ、Yシャツとズボンといった軽装に着替えた私が聞いた第一声がそれだった。
ベッドで膝を抱え込むようにして座っている彼女の髪をタオルで拭いている時に言われたもんだから、少し驚く。
「…ごめんなさい」
「………」
そう言って震えている肩を両腕で抱えるように抱きすくめる彼女は、まるで
「…小動物ね。リスとか、ハムスターとか」
「え?」
「ああ、いえ此方の話よ」
とりあえず頭の中に浮かんだ頬にお菓子を詰め込んだ笑顔の早苗ハムスターを横に置いておく。
「で、何で泣いてたの?」
びくり、と思い出したかのようにまたしゃっくり始める。
本当に今日は泣きっぱなしの日だ。こんな夜に尋ねて来て、そのまま泣き続ける。
きっと冷やさないと明日は目が腫れるだろう。あとで氷を用意しておこう。
こう泣いている彼女を見ると、前までの敬語で堅苦しくやりとりしていたときを思い出す。
初対面は、とても真っ赤な顔でいろいろ話し合った。とても楽しかった。
「……早苗」
彼女が敬語じゃなくなったのは、私が告白された日と同じ日。
私がメイド長じゃなくなるのは、彼女の前だけ。私がただの十六夜咲夜になるのは彼女の前だけ。
それだけ、彼女は愛おしかったから。
だからこそ。
もうそろそろ、愛しい人の泣き顔じゃなくて、
いつもの『笑顔』がみたい。
後ろからふわりと包み込むように抱きしめる。
「…あのね早苗」
あなたが何に泣いているのか知らないけれど。
私は、やっぱり。
「笑って欲しい。泣くのが悪いわけじゃないけど、泣きっぱなしは私も辛いわ。
明日、貴方のその綺麗な目が、可愛い声が腫れてたり枯れてたりするのはごめんよ」
それだけじゃないけれど。
「…私は貴方が居ないと生きていけないぐらい、貴方が、早苗が好きなんだから」
だから、笑って。
後ろから回した手は早苗の両手に握られているけれど、彼女がまた泣いているんだと手に当たる雫でわかった。
「…ゆめ、を…っ……見た……の……っ」
「夢?…怖い夢?」
こくりと首を動かし縦に振る。月光は、変わらず彼女の瞳を照らし続ける。
「あなた、が…いなくなっ、てしまう夢、だった…っ」
喉が引きつるのを必死で我慢しながら、早苗はその内容を語る。
―――曰く、彼女の前からいきなり私という存在が消えてしまう夢だったという。
紅魔館に行っても、いるのは妖精メイドと妖怪で、人間は一人もいない。
書記を見ても、何も記していない。
誰に聞いても、その名前を知らない。
「十六夜咲夜」は存在していない世界。
「わた、し……こわかった…!あなたの……咲夜のいない、世界、なんて……!!」
壊してしまえ、と思うぐらいに。
「…ひぐっ…、ぐすっ…うぁっ………」
最後は独白に近いものになり、それに耐え切れなかったのか早苗は号泣した。
私はというと、早苗に失礼なことをいうが、暖かい気持ちで満ちていた。
だって、その早苗の言葉は私を必要としてくれていることの証明で。
彼女がいないと、生きていけないほど私達は愛し合っていて。
そんなの。
「…ホントに嬉しいこと言ってくれるわ」
ぎゅっと早苗を力一杯抱きしめる。
そこから私の、彼女への想いが伝わるように、力の限り。
笑みは、どう頑張っても抑えることはできなかったが。
「何で、笑ってる、のよっ?」
咎めるように睨むその目は涙で潤んでいて、全く迫力などありはしない。
そんな表情を見て、私はまた笑ってしまう。
「っ、もうっ!こっちは真剣、なのにっ」
「ごめんごめん。あまりにもかわいいもんだから。つい、ね」
少し怒った彼女は私の背中をぽこぽこと叩く。私はごめんね、と彼女の背中を優しく叩く。
そして、耳元に顔を寄せて囁く。
――だって、私も早苗が居ないと生きていけないから。
「っ…………」
「お互い様ね、きっと」
「…そう、ね」
「だから、早苗と離れることなんて絶対にない。私は絶対に貴方を離さない」
「…私だって。咲夜を誰にも渡すつもりなんてないもん」
顔を合わせて、二人同時に笑い合う。
こんな笑顔に涙は似合わないと思い、彼女に伝っている涙を舌で舐めとる。
その反応には慣れたのか、くすぐったそうに身を少し捻るだけだった。
その表情は幸せそうで。
「今日はとまっていきなさい。その様子じゃ帰れないでしょ?」
「うん。そうする……ねぇ、咲夜」
「ん?何?」
ニヤリ、と笑った、というのが本当に正しい表現の仕方だったと思う。
抱きついたままだった早苗が身を捻り、いつの間にか私の上に馬乗りになっている。
呆然としている私の前には、今泣いていたとは思えぬほどの笑顔。
「咲夜、明日休みだよね?」
「え、ええ。珍しく一日休みよ」
「じゃあ………」
朝まで起きてても問題ないよね?
「…へ?」
「ごめんね、私寝れそうにないの。だから…」
あぁ、やっぱり。
早苗には笑顔が似合う。
でも。
「頂きますっ!」
そんな肉食獣みたいな目は勘弁。
私の声は早苗の口の中に消えていった。
二日後、私は仕事に復帰したのだが、お嬢様に
「あれ?声枯れてるけど、風邪?」と心配され、また二日ほど休みを貰いまた声が枯れるのは別の話。
少し吃驚して後ろに倒れそうになるのをがんばって堪える。
何だ一体何が起こった、と自分の考えが纏まらないままにそれを見た。
緑の長いストレートの髪をして、独特の服装をした私の恋人は泣いていた。
「………どうしたのよ?早苗」
軽く頭を撫でながら優しく問いかけてみるが、帰ってくるのは嗚咽のみ。
「ぅっ……えぐっ……」
「おーおー、よしよし」
正直に言えば、いつ入った、どこから入った、門番は何してた、と問いただしたい所だが聞ける状況ではない。
その状態のままベッドに二人腰を下ろす。
ぽすん、と少し体がはねた後もう一度抱きなおされる。涙はそのまま。
「どうしたの?苛められた?あの二人が馬鹿やらかした?」
ううん、と首が横に振られる。
いつもなら「二人とは言えど神様よ」ぐらいは返ってくるのに。
「…落ち着くまでここに居なさい。紅茶入れてあげるから」
よっぽどの重症と見た私は落ち着くものを作ろうと考えた。
そう言って立ち上がろうとするが、彼女は私の体を離してくれない。
離れようとすると、腕にこもる力は逆に強くなっていく。
「早苗?紅茶を入れに行くだけよ、すぐに帰ってくるわ」
「ぃ、ゃで…す…ぅっ、ぐずっ……えぐっぅ……」
早苗の涙は、収まることをしらないといったように流れ続ける。
仕方なくベッドにもう一度腰掛け、早苗の頭を撫で続ける。
それから彼女は三十分ほど泣き続けた。
まぁ、そこまで泣かれると私のメイド服もびしょびしょなわけで。
少し嗚咽が収まった所で一緒に部屋の風呂に入った。
いつもの彼女なら「咲夜の裸……」などと小声で呟きながら背後でタオルを構えているのに、今日は無言だった。
体を洗う時も、髪の手入れをしているときも、シャワーを浴びているときも。
彼女の言葉のない風呂は、なぜか楽しくなかった。
「……ごめん、なさい」
メイド服を脱ぎ、Yシャツとズボンといった軽装に着替えた私が聞いた第一声がそれだった。
ベッドで膝を抱え込むようにして座っている彼女の髪をタオルで拭いている時に言われたもんだから、少し驚く。
「…ごめんなさい」
「………」
そう言って震えている肩を両腕で抱えるように抱きすくめる彼女は、まるで
「…小動物ね。リスとか、ハムスターとか」
「え?」
「ああ、いえ此方の話よ」
とりあえず頭の中に浮かんだ頬にお菓子を詰め込んだ笑顔の早苗ハムスターを横に置いておく。
「で、何で泣いてたの?」
びくり、と思い出したかのようにまたしゃっくり始める。
本当に今日は泣きっぱなしの日だ。こんな夜に尋ねて来て、そのまま泣き続ける。
きっと冷やさないと明日は目が腫れるだろう。あとで氷を用意しておこう。
こう泣いている彼女を見ると、前までの敬語で堅苦しくやりとりしていたときを思い出す。
初対面は、とても真っ赤な顔でいろいろ話し合った。とても楽しかった。
「……早苗」
彼女が敬語じゃなくなったのは、私が告白された日と同じ日。
私がメイド長じゃなくなるのは、彼女の前だけ。私がただの十六夜咲夜になるのは彼女の前だけ。
それだけ、彼女は愛おしかったから。
だからこそ。
もうそろそろ、愛しい人の泣き顔じゃなくて、
いつもの『笑顔』がみたい。
後ろからふわりと包み込むように抱きしめる。
「…あのね早苗」
あなたが何に泣いているのか知らないけれど。
私は、やっぱり。
「笑って欲しい。泣くのが悪いわけじゃないけど、泣きっぱなしは私も辛いわ。
明日、貴方のその綺麗な目が、可愛い声が腫れてたり枯れてたりするのはごめんよ」
それだけじゃないけれど。
「…私は貴方が居ないと生きていけないぐらい、貴方が、早苗が好きなんだから」
だから、笑って。
後ろから回した手は早苗の両手に握られているけれど、彼女がまた泣いているんだと手に当たる雫でわかった。
「…ゆめ、を…っ……見た……の……っ」
「夢?…怖い夢?」
こくりと首を動かし縦に振る。月光は、変わらず彼女の瞳を照らし続ける。
「あなた、が…いなくなっ、てしまう夢、だった…っ」
喉が引きつるのを必死で我慢しながら、早苗はその内容を語る。
―――曰く、彼女の前からいきなり私という存在が消えてしまう夢だったという。
紅魔館に行っても、いるのは妖精メイドと妖怪で、人間は一人もいない。
書記を見ても、何も記していない。
誰に聞いても、その名前を知らない。
「十六夜咲夜」は存在していない世界。
「わた、し……こわかった…!あなたの……咲夜のいない、世界、なんて……!!」
壊してしまえ、と思うぐらいに。
「…ひぐっ…、ぐすっ…うぁっ………」
最後は独白に近いものになり、それに耐え切れなかったのか早苗は号泣した。
私はというと、早苗に失礼なことをいうが、暖かい気持ちで満ちていた。
だって、その早苗の言葉は私を必要としてくれていることの証明で。
彼女がいないと、生きていけないほど私達は愛し合っていて。
そんなの。
「…ホントに嬉しいこと言ってくれるわ」
ぎゅっと早苗を力一杯抱きしめる。
そこから私の、彼女への想いが伝わるように、力の限り。
笑みは、どう頑張っても抑えることはできなかったが。
「何で、笑ってる、のよっ?」
咎めるように睨むその目は涙で潤んでいて、全く迫力などありはしない。
そんな表情を見て、私はまた笑ってしまう。
「っ、もうっ!こっちは真剣、なのにっ」
「ごめんごめん。あまりにもかわいいもんだから。つい、ね」
少し怒った彼女は私の背中をぽこぽこと叩く。私はごめんね、と彼女の背中を優しく叩く。
そして、耳元に顔を寄せて囁く。
――だって、私も早苗が居ないと生きていけないから。
「っ…………」
「お互い様ね、きっと」
「…そう、ね」
「だから、早苗と離れることなんて絶対にない。私は絶対に貴方を離さない」
「…私だって。咲夜を誰にも渡すつもりなんてないもん」
顔を合わせて、二人同時に笑い合う。
こんな笑顔に涙は似合わないと思い、彼女に伝っている涙を舌で舐めとる。
その反応には慣れたのか、くすぐったそうに身を少し捻るだけだった。
その表情は幸せそうで。
「今日はとまっていきなさい。その様子じゃ帰れないでしょ?」
「うん。そうする……ねぇ、咲夜」
「ん?何?」
ニヤリ、と笑った、というのが本当に正しい表現の仕方だったと思う。
抱きついたままだった早苗が身を捻り、いつの間にか私の上に馬乗りになっている。
呆然としている私の前には、今泣いていたとは思えぬほどの笑顔。
「咲夜、明日休みだよね?」
「え、ええ。珍しく一日休みよ」
「じゃあ………」
朝まで起きてても問題ないよね?
「…へ?」
「ごめんね、私寝れそうにないの。だから…」
あぁ、やっぱり。
早苗には笑顔が似合う。
でも。
「頂きますっ!」
そんな肉食獣みたいな目は勘弁。
私の声は早苗の口の中に消えていった。
二日後、私は仕事に復帰したのだが、お嬢様に
「あれ?声枯れてるけど、風邪?」と心配され、また二日ほど休みを貰いまた声が枯れるのは別の話。
ストレートな感じの甘さで良かったです
さなサクいいね。