Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

幻想の蒼い空

2011/07/10 00:32:35
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※注意※
基本的な事は死ネタ注意です。
それらを踏まえ読んでおくんなもし。







「度が過ぎてます」

妖怪の山、大天狗の執務室でぴしゃりと言い放ったのは既に白狼天狗の総大将に就任している犬走椛。

「度が過ぎてるって、これですか椛」

 へらへらと笑いながら酒瓶を掲げ赤ら顔で笑うのはつい数年前に大天狗へと就任した射命丸文。
 狭い執務室内は臭いアルコールの匂いで満たされ、元来嗅覚の鋭い白狼天狗の椛には耐え難いものだったが、椛は今日と言う今日こそ目の前の大天狗、文に酒を断って貰うようその両眼に決意の炎を漲らせていた。

「分かっていらっしゃるなら是非、酒の量をお減らし下さい」

「………あぁ、考えときましょう、良いですよ下がって」

 言いつつブランデーをコップに注ぎなめはじめる文から瓶とコップを取り上げ椛は声を張り上げる。

「考えるんじゃ駄目です、止めて下さい、酒を」

 座ったままでは届かない位置に飛び上がった酒とそれを持ち上げている椛を恨めしげに睨みながら文は凄んだ。

「犬走、酒を返しなさい」

「嫌です」

「酒を返せ!」

「嫌です!」

「貴様の階級を剥奪するぞ」

「どうぞご勝手に」

 文は怒らせていた肩を若干下げ、立ちあがって出口へ向かう。

「何処へ行くんです」

「野暮用」

 付いてくるんじゃないわよ、と付け加えて文は乱暴に扉を開け出て行った。




 執務室から逃げ出すような形で飛び出た文はミスティアの経営する焼き八目鰻の屋台へと訪れていた。

「こんにちは、ミスティアさん」

「あら文さん…じゃなかった、今は大天狗さんでしたね」

 文は腰を落ち着け鰻串を一本頼み、先に出されたお冷を口にする。

「別に文で良いですよ、大天狗なんて役職名なんですし。あ、今日は冷酒で」

「あまりお客様に言いたくありませんけどね文さん、最近お酒の量が増えてるんじゃないですか?」

 健康に悪いですよ、とミスティアは言ってコップにいつもよりも少なく酒を注ぎ、それをまた水で薄める。
 文はそれを不愉快そうに見つめながら手にとり一口に飲み込み呟いた。

「長生きしたって、何もすることはないんですがねぇ」

「沢山あるじゃないですか、例えば………」

「………例えば書類作成が貴方のすべき仕事じゃない?文」

 ミスティアの言葉を遮って言い放ったのは花果子念報の姫海棠はたて。

「あぁどうも、はたて」

「あ、いらっしゃいませ」

「こんばんは、女将さん」

 ミスティアにそう言ってはたては文の隣に腰を落ち着け、取り敢えず冷酒を頼みますとミスティアに告げ、文に向き直った。
 真っ直ぐな瞳に見つめられながら文は頬を僅かに上げ、微笑む。
 薄めた酒が満たされたコップを握る文の手を見つめ苦虫を噛み潰したような顔をしたはたてに文は何事かと問うた。

「今日も酒を飲んでいるのね」

「薄めた奴ですけど」

 文は酒を飲み干すと出来あがった鰻を受け取り、お代りを貰うべくミスティアに差し出し、今度は薄くしないでくれと言った。
 はたては姿勢を直し少し遅れて出て来た冷酒を握りながら呟く。

「…………椛から聞いたわよ、あんたの酒の量が半端ではないと」

「そうですか」

 鰻を頬張りながら言う文にはたては頷いた。
 数度鰻を咀嚼し、文は言葉を紡ぐ。

「はたて、貴方はどんな時に、どんな風に酒を飲む?」

「私は嬉しい事や楽しい事があった時に少し飲むくらい、少なくとも溺れるほどには飲まないわよ」

 あんたのようにね。と毒づくはたてに、そう、と呟いて文は依然として鰻を頬張る。
 今度ははたてが逆に問うた、そう言うあんたはどういう時に酒を飲むのかと、何故あんな風に酒に溺れるのかと。

「私は……私は人に会うため、です」

 簡単に言って文は鰻の身が無くなった串を皿において一息つく。

「酒を飲むとですね、夢が見れるんです」

「夢?」

「えぇ」

 文が言う夢は、霊夢がまだ生きていて、彼女の暖かい身体に包まれて幸せに眠る夢なのだと。彼女との思い出が、酒を飲むと蘇るのだと。

「だから酒を飲むんです、酒を飲めば霊夢さんが来てくれる、霊夢さんが私を抱きしめてくれる」

 まるで無垢な幼い子供が聖夜のサンタクロースを待つような口調で文は呟いた。
 そんな文を見つめながらコップに注がれた冷酒を飲み干し、はたては窘める様に言う。

「文、霊夢が死んでもう十年よ?そろそろ落ち着いたらどう?」

「もう十年?もう?」

 文の問いは忘れていた年月を確認するものではなく自分に言い聞かせるような口調。そして隣に座るはたてに語気を荒げて訂正した。

「いいえ!たった十年しか経っていない!たった十年です、十年ぽっち………」

 そして文の目には涙が滲み始め、紡ぎ出される言葉には嗚咽が交じる。

「霊夢さんが死んで、たった……十年です………」

 寂しいんです、とても、と言って文は項垂れながら独り言のように呟いた。
 思えば何で私は寿命が短い人間なんか好きになってしまったんだ、愛してしまったんだ。何故霊夢は人間だったのか、そんな愚痴にも近い独り言。
 今、はたての目の前に居るのは妖怪の山の管理者では無く愛に飢えた一匹の烏天狗だった。

「………はたて」

「うん」

「寂しいよ、霊夢さんがいなくなって、私は一人ぼっち」

 それからというもの、文の口から出るのは霊夢への言葉ばかり。
 霊夢さん、会いたいです。霊夢さん、私に笑顔を見せて下さい、盗撮した私を叱って下さい、私を抱きしめて下さい。聞いているはたてやミスティアまでもが悲しくなるような懇願。

「霊夢さん、大天狗に昇進したんです。誉めて下さいよ、霊夢さん。霊夢さん…………」

 しかしそれが博麗霊夢に届くはずもない事は言っている文本人が重々承知している。
 だがそれでも言わずにはいられない、言って、ようやく落ち着きを取り戻した文の背中をはたてが優しく撫でると突然、今度は火のついたように泣きだし、ひたすら、今は亡き博麗の巫女を呼び続けた。
 泣いて、泣いて、遂には体中の水分を絞り切ってしまうかと思わせるほど文はミスティアの屋台のテーブルを涙で濡らし、はたては文が収まるまで、ずっとその背中を撫で続けていた。

「…………酒は暫く止めようと思うわ」

 泣き止み、目を赤く腫れさせながら文は呟く。そろそろ、踏ん切りを付けなければならなかったと言って。
 思えばこれまで、何度酒を止めようと思ったか、だが酔う度に現れる霊夢と別れたくない、そんな弱い気持ちが酒に手を伸ばさせていた、そう文は言う。

「ただの意志薄弱者の言い訳に、過ぎないけどね」

 弱々しく微笑む文にはたても笑いかけ、それで良いのよと伝えた。
 そして最後の一杯と言わず、文は先程来た冷酒をミスティアにつっ返し、席を立つ。

「泣いたらすっきりしたわ、営業邪魔して御免なさいね、ミスティアさん」

 言って文は勘定をすませ、漆黒の空へ飛び立った。
 






 執務室に戻った文は薄暗い中でぼんやりと椅子に座っていた。
 昼間まで卓上にあったブランデーとそのコップは中身だけ空になってデスクに鎮座している。
 運が良いのか悪いのか、あれが最後の一瓶だったのだ。
 誰が捨てたかは分かっている、椛だろう。

「………今は感謝しましょうか」

 今は目の前に居ない犬走椛に礼を述べつつ、文は目を閉じる。
 やろうと思っていた酒の処分、それが終わってしまった今眠る以外ないとでも言いたいかのように、眠りについた。





 その夜、文は夢を見た。霊夢の優しい笑顔とその両腕に抱かれ、幸せに眠る夢を。
 夢の霊夢は最後にまた来ると言って、文の黒いネクタイを解き、替わりに彼女の黄色いスカーフを文のシャツに絡め、消えて行った。






「夢……でしたか」

 また夢を見たのか、降り注ぐ太陽の光を浴びながら文は昨日の逢瀬を思い出す。
 とその瞬間扉が叩かれ外から声がかかった。

『文さ……大天狗、私です椛です』

「あぁ、ドアのカギは開いてますよ」

 椛は執務室のドアを開け一礼して入室する。
 その様子を寝起きの目で見ていた文に椛は若干驚いた表情を見せたため何事かと問うと酒を飲んでいないのが驚きだったようだ。

「流石に寝起きで飲みはしないわよ」

「はぁ、今起きられたんですか」

 のどかな口調とは裏腹に身構える椛を見て文はもう酒は飲まない事を述べる。

「え、お酒止めるんですか?」

「えぇ、この機会に少し酒を断ってみようかと。……なんですかその顔は、止めて欲しくないんですか?」

「あぁいえ、ただ昨日の今日で急に変わるもんですから」

 少し驚いただけです、と椛は微笑んだ。
 そして数瞬して、椛は文の胸元をじっと見つめた。

「何か、ありますか?椛」

「あ、いえ、ネクタイからスカーフにお変えになったんですねぇ、と気がつきまして」

「へ?スカーフ?」

 言われ文は箪笥の横に据え付けてある鏡の下へ歩いて行くと確かに変わっている。何時もの黒では無く黄色、それも何処かで見た事のある、懐かしい物。

「これって、霊夢さんの、ですか?」

 呟いてみてじっくり見ると分かる、確かにこれは、博麗霊夢の所有物だったものだ。

「…………夢じゃ、無かったんですね、来てくれていたんですね」

 自然と涙が込み上げてくる、しかしそれは昨日のような悲しい涙では無く、嬉しい涙、漸く文は笑えたのだ。
 胸元のネクタイを優しく撫でながら呟いていると、不思議そうな顔で鏡越しに覗く椛に文は涙をぬぐい笑いかけ、言う。

「椛さん、シャワーを浴びてきたら今日は久しぶりに取材に行きます、付き合ってくれますか」

「え?あぁ、構いませんよ」

 シャワーを浴び、残っている眠気を払い着替えを済ませ、外に出た。
 夏に近い日差しを浴びて、開くことの少なかった自慢の黒い羽根を広げて。

「さぁ行きましょう椛」

「はい」

 霊夢の遺した黄色いスカーフを巻き、蒼く抜ける様な広い空を文は久しぶりに飛んだ。
久しぶりにあやれいむと言って良いのかこの作品。
まぁでも、実際のところ幻想郷の住人は死んでもひょっこり現れそうな面子ばっかだから面白いやら困るやら。

そう言えば最初ははたてのポジションを椛にしたかったけどそうすると冒頭の酒の絡みはどうする?てぇ訳で文ちゃんの愚痴り相手ははたてちゃんになりました土佐。
ホントは映姫様や色んな人を考えていたんですけど、黙って文の背中を撫でるはたてを想像したら友人が悶え死に寸前まで行ったので。

関係無いけど富士が山開きしたんでそろそろ登りに行こうかと、妹紅に会いに行こうかと。
それではある程度のお金と行動力があれば中東諸国を歩いて回りたい投げ槍がお送りいたしました。


追記 1様、誤字報告ありがとうございます。
      予測変換を見越せなかったとはお恥ずかしい。
投げ槍
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ええ話やぁ……。
本当に本筋と関係無くて申し訳ありませんが、想像の中の十年後ミスティアが長髪でふはぁってなりました←

誤字を少々。
椛に例を述べつつ⇒椛に礼を述べつつ
涙がコミュニケーション上げてくる⇒涙が込み上げてくる(?)
予測変換でしょうか……^^
2.名前が無い程度の能力削除
霊夢も罪な奴だなぁ。
さっさとお勤め終わらせて、天狗に転生して帰ってこい。
3.削除
こういう話に地味に弱い自分。ぼろぼろ泣いてしまいました。話の終わり方も好きです!
4.愚迂多良童子削除
>>黙って文の背中を撫でるはたてを想像したら友人が悶え死に寸前まで行ったので。
俺も萌え死んだぞ!
5.名前が無い程度の能力削除
よし、冥界にいこうか。