「リッチーみたいなさあ」
「誰だいそのリッチーってのは」
私も良くは知らない。
この間早苗に聞いたのだ。なんだか、所謂外の世界でのカッコいい人の事らしい。早苗も良く知らないと言っていた。何故それで私に教えようと思ったのか疑問が残るが、とにかくその話を聞いて私は思ってしまったのだ。
あ、ギタリストってかっこよさそうだな、と。
私霧雨魔理沙は本業魔法使い兼業何でも屋の夢見る乙女13歳。ちなみに13歳は実年齢ではない。なんとなく、純情っぽい年齢だから自称している。
さて良い乙女であるからには格好良い物にも敏感でもあるからして。早苗の語る姿に私は往年のギタリストとやらを幻視してしまったのだ。
早苗はこう言った。
「もう、リッチーと言えば当時の青少年の憧れの的ですよ!? きゃー、リッチーって。あ、その顔はあまり理解していませんね。良いでしょう、ちょっとやってみますから見てて下さい」
そうしてすっくと立ち上がると、おもむろに両手をわしゃわしゃさせながら(凄まじい速さである)なんだか身体をくねらせ始めた。
恍惚の表情。夢中になって指を動かしている。私の事などお構い無しだ。てか、ちょっと、腕かすったんだけど。どれだけ暴れる気だ。
「おい、早苗。おい、おいったら!」
「ハッ! ……失礼、少々気分が乗りすぎてしまいました。とにかく、これで魔理沙さんにも理解して頂けたかと思います。リッチーの、かっこよさが」
早苗に趣味を語らせると面倒臭いって事は分かった。
だがその鬼気迫る表情、身体全体から感じる気迫、そして早苗自信のこれ以上無いリスペクトの気が、私に少なくない感動を与えたのだ。
その後出されたご飯をぺロリと平らげた私は、お泊りのお誘いをキッパリと断りそそくさと神社を去り、そのままの勢いでここ香霖堂へとやって来たのだった。
ちなみにその間、リッチー(仮)を格好良いと思った事はおくびにも出さなかった。だって恥ずかしいじゃない。魔理沙さまはミーハー(この言葉も実は良く分かっていない)だと周囲には思われたくないのだ。
~~
「と言うわけでこーりんや、何か知らんかねリッチーって」
「まさに今知らないと言ったと思うんだが」
うん、知ってる。
「そうじゃなくてさ、私の話した中に知ってるような単語は無かったかって事だよ。ギタリストとか、指わしゃわしゃとか」
「ううん、流石にそれだけじゃなあ。もっと他に何か言ってなかったのかい」
これ以上の情報ともなると私にも無い。何せ、知らない単語が多すぎて最早私にとってのあれは宇宙言語と化していたのだから。相手が日本語を喋っているはずなのに全く内容を理解できない。こう言った場合外の世界では相手の事を宇宙人と呼称するらしい。確かに月の連中も時々良く分からない事を喋っていた気がする。成る程、あいつらと早苗は同類なのか。
「ああ、そう言えば」
「ん、何か思い出したか?」
「“銀嶺の覇者”がどうとか言ってたな。うん、間違いない。“銀嶺の覇者”だ」
そうだ、それだけは言葉の響きが格好良いから覚えていたのだ。すると、それを聞いたこーりんがいきなりわなわなと震えだした。
「一つ、仮説に行き当たったのだが」
「面白そうな仮説だったら聞いてやるよ」
「お前な……まあ良い。銀嶺、と言うのは何だか分かるね?」
「雪の積もった山の事だろ? よく、富士山なんかの絵である」
「そう、その通りだ。そして魔理沙、その早苗と言う風祝の住んでいる場所は何処だ」
うん……?
理解できないで居る私にもう一声。
「冬、彼女の神社はどうなるね?」
ガン、と衝撃が走る。まさか、でもそんな。
「ゆ、雪が積もる。確かに山の上だ……。でも、あの神社は頂上にある訳じゃないし、雪だってそんなに積もらないぞ!」
「それは、見立てだよ」
「見立て……」
便利なものである、見立て。
「彼女は冬の妖怪の山を雪山に見立て、そこの覇者である自身を格好の良い者として自慢していたのさ! それも気付かれないように巧妙に隠してね。中々の策士だ。現に君は今の今まで知らず早苗を自らの羨望の的にしていたのだからね」
「でも、でも! 早苗はあの神社の覇者じゃ無いのぜ! 他に胡散臭い神が二柱も居るのぜ!」
「それも見立てだ、魔理沙」
「見立て……」
なんと言うことだ、見立て。
「聞けばあの巫……風祝はその神の力を借りれるそうじゃないか」
「そんな、あの早苗がそんな事するなんて……。酷い……。乙女心を弄ばれた……」
「魔理沙、この仕打ち、ただ黙って指を咥えているだけで良いのか」
「う、むむ、別に良いといえば良いけど、何かそう言われると駄目なように思えてきた」
「出立するんだ、魔理沙。そして、あの山の上の緑色を懲らしめてやれ!」
私はやる気になった。
~~
次の日。
「と言う訳で、何か良い案無いかアリス」
「え、それを聞きに来たのあんた」
魔法の森の、何気にかなり立地の良い場所。そこがここアリスの家だ。
三日かけて探したらしい。私もこんな所に家を建てればよかったと、悔しくもそう感じてしまうほどにこの家は日当たりも風通しも良い。
それならわざわざ魔法の森に住まなくても良いじゃないかと思うのだが、そこはそれ、幻想郷に移住して来た当時魔法使いは魔法の森に住まなければいけない物なのだと勘違いしていたそうだ。所謂おのぼりさんの陥りがちな罠と言う奴である。ちなみにこれを言うとアリスは怒る。
「えっ、て言われても困るんだが」
「いやだって、いきなり上がり込んで意味不明な話をし始めて、まさか相談事だとは思わないじゃない。精々世間話か何かだと思うわよ」
そう言ってやれやれと溜め息を吐く。
「第一、そんな程度のこと自分でやりなさいな。私が力を貸す必要も意味も無いでしょうが」
「いやあ、私の人脈でどこまで行けるか試してみるのも面白いかなーって」
「迷惑だから止めなさい」
ズビシ、と頭にチョップを喰らう。流石都会派、言う事にそつがない。面白みが無い、とも言う。
「じゃあ、報酬、成功報酬出すから」
「……一応聞いておこうかしら?」
「私がギタリストになった後のNo.2の座」
無言で手刀を振り下ろされた。チョップじゃない。痛い。
「お前暴力的な女なのなー……」
「何言ってんのよ! そんなの嬉しくも何とも無いじゃない! それだったらまだあんたの家のキノコとか貰った方がマシだわ!」
「いや、いやいや、待てよ。ギタリストだぜ? お前もさっきの話聞いて分かっただろ。ギタリストは絶大な人望を誇る訳だ。そしたらお前、その御付とかもう、凄いぞ。外の言葉でマネージャーとか言うらしい。ほら、言葉の響き的にも凄そうだろ? リピートアフタミー。さん、はい、マネージャー」
マネージャー。
ううん、特に良い響きとは思えないが、マネーと言う所に外の世界の欲望が垣間見える気がする。アリスも、釈然としない面持ちながら未だ否定はしない。
もう一押しだとめいっぱいの愛想を振りまいて同意を求める。ほら、同意しろよ。魔理沙さまの100%スマイルが見られるなんて滅多に無い事なんだぜ。
「うむむ、じゃあ良いわ、弾幕勝負になったら力を貸してあげる。それで良いでしょ?」
おお、私のスマイルが効いたのだろうか。とにかくこれでアリスが手札に加わった。十人力は固い所である。
「おー、恩に着るぜアリスー。バッチリ付き人としての地位は守ってやるからなー」
また無言で手刀が飛んできた。
~~
手を振りながらアリス宅を離れた後、私は思案に暮れていた。
「さて、詰る所ギタリストになる為には早苗の所にカチコミをかけなければならないのだが」
別に良く考えてみると戦力は自分ひとりだけで良いような気がしてきた。だってあいつら全員倒した事あるし。
すまんアリス。もしかしたらお前の出番はもう無いかもしれない。
だが、このまま早苗の所に向かうと言うのもそれはそれで面白みが無い。どうせならにとりにも会ってから行こうか。あいつはノリが良いから。
「と言うわけだにとり、私に強力してくれないか」
「河城の名に見合う何かを、君は提示してくれるのかい?」
谷河童・ザ・グレートにとり。彼女の名だ。ネームプレートに書いてある。
何とも気難しい表情をしている。普段つけないサングラスまでして。今日はこう言うキャラなのだろうか。多分テーマは、ハードボイルド。サングラスなら大体そうだ。時々映画監督だったりもするが。
彼女の目は期待に震えている。何の期待か。報酬、否、ハードボイルドである。私にそんなタイプのそれっぽい反応を求めているのだ。
「何が望みだ……?」
「ふっ、君の、一番大切なものを」
ノリノリである。てーか大切なものって何だよ。アバウトすぎるよ。
このまま固ゆでごっこを続けても良かったのだが、正直面倒臭い。いつまで経っても終わらないんだもの。それに、にとりのは半熟が良い所である。外装にばかり気を使って声が高いままだ。凄みが足りないんだよぉ、凄みが。
「よし、茶番はこの位にして早苗んとこ行くか。何かあるんだろ? 面白メカ」
「なっ、ちょっと魔理沙、もうちょっと付き合ってくれても良いじゃんかよう。今回のグラサンは自信作なんだぞ」
「ええい、うるさいうるさい。そう言うのは、もっと他の好きそうな奴にやってもらえ!」
例えば、どこぞの鼠とか。
んで、仕切りなおし。
「しかし、あの神社に喧嘩売りに行くなんて凄い事考えるね」
「そりゃあギタリストになるためだからな。早苗もぐふんと言わせたいし」
「ほほう、まさに“王を殺せ!”って奴だね」
「おう、まあ、殺す必要は無いんだが。“虹を掴め”レベルかな」
「良い曲だね。キャッチザレインボー」
にとりが訳の分からない事を言い出した。
「とにかく私は、早苗を倒さなければならないんだ。行くぞにとり。きゅうりは三本までなら持って良い」
「じゃ、じゃあ先に何本かきゅうり食べてからにしようぜ」
「えー、だったら私にも何か食べさせてくれよ。お腹空いてきたよ私は」
「なら魚でも取ってこようか? 少し時間はかかるけど」
「うーん、そこまでするなら私も米とか持って来ようかね」
気付いたらにとりと飯を食っていた。
もう時間とかどうでも良くなって来たので暫く二人でゴロゴロしてた。
~~
「出てこいやオラァーッ!」
静かな境内に叫び声がこだまする。ただ今の時刻は午後八時。おゆはんは済み、適当に時間を持て余してごろつき始める頃合いだ。魔理沙さまはこんな所にも気遣いを忘れないのである。
暫くすると、奥から神奈子が出て来た。前座はコイツか。
「なんだい、こんな時間に……」
「ふふん、聞いて驚くなよ。今日私は、この神社を乗っ取りに来た!」
辺りを静寂が包む。ややあって神奈子が懐からカードを取り出した。
「なんと、血迷ったか貴様。まさか我々に戦を仕掛けてこようとは」
「別に早苗を差し出すならそれでも良いぜ。尤もその場合あいつは私の家に住む事になるが」
「ぬぬ、非道な。あんな汚部屋に早苗を住まわせられるものか」
「お前、幾らなんでもそれは酷いんじゃないか……。私の部屋来た事無いだろう……」
「噂でよく聞いている」
そして、私と神奈子の早苗をかけた死闘が幕を開けた。詳細は割愛する。
ただ、そう、決め手は私の急上昇だった。天高く舞い上がる私。それを追う神奈子。目前には満点の星空が広がっている。それが、奴の最期に見た景色だったのだ。
直後、急下降をした私は神奈子の脇をすれ違い様に星弾をしこたま叩き込んでやった。たまらず墜落する神奈子。緒戦は、私の勝利に終わった。
「負けたよ、腕を上げたな魔理沙」
割愛されながらも威厳を忘れない神奈子。
「お前も中々だったぜ」
「ふ、中々、か。だが、私が敗れてもまだ中には諏訪子が居る。流石のお前も、連戦であいつに勝つ事は出来ないよ……」
「その通り。魔理沙、お前もここで終わりだケロ!」
背後から聞こえる声。諏訪子だ。気づかぬ間に後ろを取られていた。
「くっ、この私に気付かれず近づくなんて!?」
「勘が鈍ったんじゃないか? そんな事じゃあ、この私を倒せはしないよ!」
逆巻く神気。空気が一変した。これが崇り神の力だとでも言うのか。
だが割愛する。
勝負を終え、地に横たわる諏訪子。苦悶の表情を浮かべ、今最後の言葉を遺そうとしていた。
「ぐふっ、つ、強い。人の身でありながら」
割愛。
~~
居間に上がりこんだ時、既に早苗の姿はそこには無かった。
どこに逃げたと言うのか。候補地は一つしかない。そして、手はずっと前に打ってあるのだ。
少し間を置いて悲鳴が聞こえた。神社の裏手、湖の方からだ。
「どうやら、読みは当たっていたようだな!」
「おー、魔理沙。早苗ならこれこの通り、捕獲してあるよ」
横を見ると水球に埋もれ観念した様子の早苗。事前に湖で待機する様にとりに言っておいたのだ。誰かしらが通るだろうから不意打ちをしてくれと。早苗はそれにまんまと嵌ったのだ。
「よう早苗、起きてるか?」
「バッチリ開眼中ですよ……。なんですかこんな夜中に非常識な。私そろそろ寝る時間なんですけど」
「そうか、残念だったな。でも大丈夫、ベッドメイクは済ませてある。お前は安心して眠ると良いぞ。じゃ、にとり。私は帰るから」
ちょっと何言ってるか分からないですねな感じの早苗がにとりに連れられて行く。勿論、行き先は私の家だ。あれそっち私の家じゃないですよと早苗。もう遅い。今夜は私の家でゆっくりお休み。時々はそっちに遊びに行くから。
そして、後には私だけが残った。夜の湖も良い物である。まさに“レディ・オン・ザ・レイク”か。感慨深いものだな。
~~
後日談である。
晴れてギタリストとなった私は、冬の到来を待ち(勿論その間早苗は元の私の家に住んでいる)“銀嶺の覇者”を称した。
わーわー、ぱちぱち。巻き起こる歓声。やあ有り難う有り難う。尤も実際の所は遊びに来ていた友人連中しか居なかったのだが。
そして感謝の宴会の最中、ネタを嗅ぎ付けて参加した文がとんでもない事を言い出した。
「魔理沙さん、確かにこの神社が妖怪の山に絶大な影響力を持っている事は確かです。しかし山頂に住んでいるのは我らが天魔様。彼を倒さない事には“銀嶺の覇者”は名乗れませんよ?」
また、長い闘いが幕を開けそうだ。
完
ちなみに私は定番ですけどキル・ザ・キングが好きです。