Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

2011/07/01 04:08:20
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 空を見つめる。灰色の空がただ流れる。別段気にも留めた覚えもないのだが、私はあぜ道の真ん中に我が物顔で陣取る一匹の蛙を見やる。ゲコと一鳴き、私の顔を蛙も見ている。何を考えているのやら。

 空からはサァ、と雨が降り続けている。何処までも広がる田んぼ。山が近い。土が濡れた匂いを嗅ぐ。季節は夏。この雨が止んだとしても次に待っているのは蒸し暑さだろう。そう考えれば雨は降り続けてくれても一向に構わないかもしれない。しかし、母などは洗濯ものが乾きにくいとでも言うだろう。
 私は雨が好きだった。どうしてか、雨の日の雰囲気が好きなのだ。あの鬱々しい空気が、灰色の滲んだ世界が。自分と世界との間に薄い膜が出来たような錯覚。そんな中に傘をひとつで飛び出してみれば世界はまるで自分一人であるように感じられる。そんな、雨を堪能していた時だ、その蛙が現れたのは。
 
夕暮れにはまだ時間がある。まだ家に帰るのは早いだろう。ならどうしようか。この蛙はどうするのだろうか?
 するとゲコ、と一鳴き。私はクスクスと笑う。どうやら心が読める蛙のようだ。私は空を見上げる。顔に滴が当たる。目をつむり、それを堪能する。今だったら泣いてもばれないな、などと妄想する。別段泣く理由もないわけだが。
 ゲコ。蛙が鳴く。視線を蛙へと、別に泣いてないよ、と話しかける。蛙はもう一鳴き。
「悲しい事でもあったの?」
 後ろから声をかけられる。振り向いて見ると、薄い緑色の傘をさし、変わった帽子をかぶった金色の髪の少女がいた。金髪は地毛なのだろうか、違和感がない。麦色の帽子は二つの目玉の様なものが上に付いている。紫色の服。スカートには朱で蛙の刺繍がしてある。年の頃は小学生高学年くらいだが、雰囲気はもっと上をイメージさせる。私よりも年上、人間よりももっと上。彼女の瞳を見つめているとそんな錯覚に陥りそうだ。この少女は一つの完成された存在なのではないのだろうか。もう混ざる事のない。混ざる意味がない至高の存在。そこまで思考が張り巡らわせた時、少女の声が私を思考の渦から呼び起こさせる。
「雨は好き?」
 私は、正直に答えた。好きだと。
 そこで疑問が浮かぶ。何の抵抗もなく少女の質問に答えた事だ。見ず知らずの少女に疑いもなく、それが当り前かのように答えてしまった。質問されるのが当り前、それに答えるのが当り前かのような、古くからよく知る間柄かのように。
 私はこの少女を知っているのだろうか。覚えはないように思える。大体こんな特徴的な少女を忘れるわけがない。
「だと思ったよ。こんな天気なのにこんな所にいるもんね。蛙みたい」
 少女は楽しそうに笑う。なんて美しく笑うのだろうか。
「私も好きなんだ」
 私は空を見上げ言ったその横顔に見惚れた。そして確証する。この少女は此処に生きるものでは無いと。この少女は幻想なのだ。美しい笑顔は、儚く、触れれば壊れてしまいそうで、確かにそこに在るのにぼんやりと霞んでしまいそうなのだ。今にも消え入りそうで、でも美しくて。
「君はやさしいね」
 何故、少女は私にそんなことを言うのだろうか。私は正直に質問に答えただけなのに。何だろうか。よくわからない。
「君は蛙に話しかけてくれた。しかも君は雨が好きと言ってくれた。ねえ、もっと君の好きなものを聞かせて」
 




 桜の花がサラサラと降り注ぐ桜並木を自転車でゆっくりと走る。甘い香りを胸いっぱいに吸いこむ。上着を脱いでみれば、服に付いた桜の花びらがはらりと零れる。蝉の鳴き声が響き渡り、夜が遅い。山に帰っていく太陽を見つめる。世界がオレンジに染まる。だんだんと山のシルエットが濃くなり、オレンジから藍色に染まる。気の早い星が一番に輝き、夜の訪れを告げる。子供たちが家に帰るために自転車を走らせる。各家庭から網戸越しの生活の音。どこからとも漂うカレーの匂い。今日のうちのご飯はなんだろうと期待する。山の色合いが一変する。青々とした緑色から黄色、赤、オレンジへと。町行く人々の格好も変わり、それぞれの個性も顕著に表れる。それを眺めるのも好きだ。イチョウの葉が舞う。風の穏やかな日はオープンテラスのカフェでコーヒーを飲みながらそんな町の光景を眺めるだけでも十分に時間をつぶせる。一年のうち一番時間が遅い。涼しさから寒さへ。空から白い粒がハラハラと降る。地面をうっすらと白で覆う。山は白化粧をし、畑は子供たちの恰好の遊び場となる。炬燵に入りながら外を眺める。とても静かで耳鳴りがしそうになる。夜は寒さも一層で布団に包まり眠りにつこうとまどろんでいると、この季節でしか味わえない何とも言えない感覚に陥る。あまりにも周りが静かだからだろうか、満月の日は月の光が雪に反射してカーテン越しでも十分な明るさがある。眠れずにいると心がムズムズしてくる。あの感情はなんなのだろうか。よくわからないが決して気持ちが悪いわけではない。
 祭りの後の店仕舞いをする露店を、ラムネを飲みながら眺める。暗がりの町には祭りの匂いがこびり付いていて、心はまだ高まったままだ。
縁側に腰かけ母が剥いてくれた梨を食べる。父がアジを釣ってきて庭先で焼いている。猫たちが匂いにつられてやってくる。父は一匹とられたと悔しがっていた。
 まだまだ好きな事はたくさんある。今のこの一時では全く足りない。全てを話したいのだけれども、うまくまとまらない。




 私たちはあぜ道から田んぼの近くにあるバスの停留所に移動していた。簡易な屋根もあるベンチに腰掛け私は少女に話をしていた。あぜ道にいた蛙も少女の肩に乗って移動してきたが今は停留所の横にある祠の石段の上にいる。時々私の話に相槌を打つかのようにゲコと鳴いた。 
 少女はただ嬉しそうに目を細めて、時々相槌を打ちながら私の話を聞いてくれていた。少女はとても楽しそうだ。私も楽しかった。先ほどと変わって少女には儚さ、幻想的な何かが薄れ、とても身近なものに感じられた。私は楽しそうな少女を、美しく嬉しそうな笑顔の少女を、私の話に相槌をうちながら聞いてくれた少女を好きなっていた。そのことを告げると。
「まいったねぇ」
 と困った風に頬笑みながら頭をかいた。
「でも、ありがとう」
 その笑顔がとても眩しかった。今まで見たどんな笑顔よりも。
「ここを……。こんなにも好きでいてくれてありがとうね」
 ああ、とても温かいな。
「さて、と」
 少女が立ち上がった。
「そろそろ行こうかな」
 雨は止んでいた。山々の向こうに太陽が沈んでいく。
 また会えるのだろうか?
 少女はピョンと跳ね停留所の前の大きな水たまりのパシャリと軽い音を立てながら着地した。
「会えるよ。私はずっとここにいるもの」
 飛沫がキラキラとオレンジ色に輝く。
 少女は振り返らなかった。
 嘘なのだろう。もうこの少女とは二度と会えない。そんな予感がした。
「大丈夫だよ」
 少女がぼやける。
「私はね……。私たちはね。いつもあなたの側にいるの。ううん。あなた達の側にしかいられないから」
 少女がどんどんとぼやけていく。
 空はオレンジ色から藍色へと。
「だから、信じてほしいな」
 信じる。信じるから。どうか……
 太陽が山の向こうに沈む瞬間、オレンジ色が世界を包み込む。
 その世界がにじみ、ぼやける。
「やっぱり……。君はやさしいね」









 星がキラキラと空を埋め尽くす。真ん丸な月が太陽の代わりに世界を照らしている。何処からか蛙の声が合唱となり聞こえる。
 
 私は、やっぱり雨が好きだ。この涙を誤魔化す事が出来るから。
  
 でも今は、もう雨は降ってはいない。

 ゲコ、と石段の上の蛙が一つ慰めるかのように、『ナ』いた。
 三本目。どう足掻いても投稿する時は緊張する。
ギルガメ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
丁寧な描写でとても良かった。
ところで、タグの『鮭』に釣られてしまった事をお詫びしたいw