(……なにこれ?)
それが霊夢の感じた最初の感想であった。
無理もない、隣にはうつ伏せに寝っ転がった文、そしてその羽にじゃれついている(と思われる)鴉。
ぱたぱたかーかーと非常に鬱陶しい。
「ねえ、なにしてんの?」
「毛繕いです」
「ただ羽を撒き散らしてるようにしか見えないんだけど」
「気の迷いじゃないですか」
「せめて気のせいと言いなさいよ」
「気のせいじゃないですか」
「気のせいなわけあるかい。自分で掃除しなさいよね」
「あややぁ」
「それ返事なの?」
春の陽気――という言葉ではもはや済まされない日の光を浴びて床に伸びる文。恐らく頭の中も茹っているに違いない。
それはともかく――
「おぉー……ん、ん……んふー」
お供の鴉が突くたびに、ぴるぴると震える文の羽、そして彼女から漏れる吐息――
(……気持ちいいのかしら)
隣で繰り広げられる艶やかな光景に、つい霊夢の視線は向いてしまう。
「ねぇ、ちょっと」
「ふぁーい、なんですかぁ?」
「うわ、顔がとろけきってる」
「きもちいんですもん」
文の顔はだらしなく伸びきっていた。
「私がやってあげようか? 毛繕い」
「はぁい…………って、えぇ!?」
霊夢の言葉に飛び起きる文。鴉が不満げに「ぎゃあ」と鳴いた。
「い、いいんですか!?」
「え、そ、そんなに驚くこと? ちょっとその羽さわってみたいなーって思ったんだけど」
「ええ、ええ! もちろんいいですよ! 存分におさわりください!」
そう言って文は再びうつ伏せた。
「よ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ?」
軽い気持ちで言っただけなのだが、文のか細い、少し緊張を含んだ声を聞くとこちらまでなんだかドキドキしてしまう。
ふるふる、と顔を振り、羽に視線を落とす。
文の羽は、吸い込まれるように黒く、太陽の光を浴びて艶やかに光っていた。ゆっくりと文の羽に手を伸ばす。文の羽に、指先が軽く触れる。
「ん……」
ぴくん、と羽が震える。羽先にまで神経が通っているのだろうか。
さわさわ。
さわさわ。
痛くないよう、指で梳くようにさわる。
「んぅ、んふ、ふふふっ」
「なによ、気持ち悪い声だして」
「くすぐったいんですよ。さわるんならもっとしっかりさわってください」
「あ、いいの? あんまり強くしたら痛いと思って」
「大丈夫です。結構頑丈なんですよ」
「では、失礼して」
今度は根元に手を伸ばす。試しに掴んでみる。
「ひゃいっ!?」
びくん、と文が体を仰け反らす。
「あ、ごめ! やっぱり痛かった?」
見ると文はなにかに耐えるようにぷるぷると身を震わせている。よほど痛かったのであろうか。
しかし、頬を染めた文はふるふると首を振った。
「いえ、その……気持ちよかったのです……」
「え、あ、そうなの? 結構勢いよく掴んじゃったから、痛かったのかと」
「そこ、太いでしょう?」
「うん、指が周らないから、手首より太いわね」
「私の体重を支える羽の根本です。それくらい太くないと飛べないのですよ。だから、結構凝ってるんです」
「そうなんだ」
ならば遠慮はいるまい。根本から先っぽにかけて揉んでいく。
「んぁ~~……!」
片手で羽根を揉み、片手で羽毛を梳いていく。指を流れるふわふわの羽毛は、一瞬の冷たさのあとにじんわりとした暖かみを見せる。
くん、と梳いた手を嗅いでみる。羽の匂いと、文の甘い匂いが合わさって、なんだか頭がくらくらする。
「ふがふが」
「ちょ、何嗅いでるんですか! やめてくださいよ!」
「うーん、いい匂い」
「うー……そうですかぁ?」
「ダニの死骸の匂いがするわ」
「……普通にお日様の匂いって言ってください」
「いいじゃない。どっちでも同じよ」
「嫌です。お日様とダニじゃ全然違います」
「あーはいはい。じゃあどっちか決めればいいんでしょ。文の羽の匂いは、お日様、ダニ、お日様、ダニ――」
「ぎゃあああ! 花占いのごとく私の羽をむしらないで! さすがにそれは痛い! っていうか羽がなくなるまで続けるんですかそれ!?」
「あっはっは」
「ひいい! 人の嫌がる様を見て喜びを感じている!?」
「さぁ、もっとさわりまくるぞー」
「ひぇーん」
「――んはっ」
日も傾いてきた頃、文は目を覚ました。
「あやぁ……寝ちゃいましたか」
霊夢に羽をさわられるのはなんだかんだで気持ちよかったのだろう、体勢がうつ伏せだったことも相まって意識を手放してしまったらしい。
「さて、そろそろ帰らなきゃ……」
よ、と体を起こそうとするが、上手くいかない。不自然な重さが背中に圧し掛かっていた。
「あやぁ……」
すぅすぅと規則正しく聞こえるリズム。その正体は文の羽を枕にし、気持ち良さそうに眠る霊夢であった。
「動けなくなっちゃいました」
困ったなぁ、と言いつつ、文の口元には笑みが浮かんでいた。
心地良い少女の重さに、少しばかりの満足を、自分の背中で無防備に眠る自由な少女に感じて。
今この時は自分だけの霊夢だと、誰にともない優越感を感じて。
「あやややや」
そう、文はつぶやいたのであった。
霊夢が目を覚まし、いざ山に帰ろうと文が羽を拡げた際、霊夢の顔が置かれていたあたりから「ぱり」という音が鳴ったことに気付いたのは、お供の鴉だけであった。
終わり
それが霊夢の感じた最初の感想であった。
無理もない、隣にはうつ伏せに寝っ転がった文、そしてその羽にじゃれついている(と思われる)鴉。
ぱたぱたかーかーと非常に鬱陶しい。
「ねえ、なにしてんの?」
「毛繕いです」
「ただ羽を撒き散らしてるようにしか見えないんだけど」
「気の迷いじゃないですか」
「せめて気のせいと言いなさいよ」
「気のせいじゃないですか」
「気のせいなわけあるかい。自分で掃除しなさいよね」
「あややぁ」
「それ返事なの?」
春の陽気――という言葉ではもはや済まされない日の光を浴びて床に伸びる文。恐らく頭の中も茹っているに違いない。
それはともかく――
「おぉー……ん、ん……んふー」
お供の鴉が突くたびに、ぴるぴると震える文の羽、そして彼女から漏れる吐息――
(……気持ちいいのかしら)
隣で繰り広げられる艶やかな光景に、つい霊夢の視線は向いてしまう。
「ねぇ、ちょっと」
「ふぁーい、なんですかぁ?」
「うわ、顔がとろけきってる」
「きもちいんですもん」
文の顔はだらしなく伸びきっていた。
「私がやってあげようか? 毛繕い」
「はぁい…………って、えぇ!?」
霊夢の言葉に飛び起きる文。鴉が不満げに「ぎゃあ」と鳴いた。
「い、いいんですか!?」
「え、そ、そんなに驚くこと? ちょっとその羽さわってみたいなーって思ったんだけど」
「ええ、ええ! もちろんいいですよ! 存分におさわりください!」
そう言って文は再びうつ伏せた。
「よ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ?」
軽い気持ちで言っただけなのだが、文のか細い、少し緊張を含んだ声を聞くとこちらまでなんだかドキドキしてしまう。
ふるふる、と顔を振り、羽に視線を落とす。
文の羽は、吸い込まれるように黒く、太陽の光を浴びて艶やかに光っていた。ゆっくりと文の羽に手を伸ばす。文の羽に、指先が軽く触れる。
「ん……」
ぴくん、と羽が震える。羽先にまで神経が通っているのだろうか。
さわさわ。
さわさわ。
痛くないよう、指で梳くようにさわる。
「んぅ、んふ、ふふふっ」
「なによ、気持ち悪い声だして」
「くすぐったいんですよ。さわるんならもっとしっかりさわってください」
「あ、いいの? あんまり強くしたら痛いと思って」
「大丈夫です。結構頑丈なんですよ」
「では、失礼して」
今度は根元に手を伸ばす。試しに掴んでみる。
「ひゃいっ!?」
びくん、と文が体を仰け反らす。
「あ、ごめ! やっぱり痛かった?」
見ると文はなにかに耐えるようにぷるぷると身を震わせている。よほど痛かったのであろうか。
しかし、頬を染めた文はふるふると首を振った。
「いえ、その……気持ちよかったのです……」
「え、あ、そうなの? 結構勢いよく掴んじゃったから、痛かったのかと」
「そこ、太いでしょう?」
「うん、指が周らないから、手首より太いわね」
「私の体重を支える羽の根本です。それくらい太くないと飛べないのですよ。だから、結構凝ってるんです」
「そうなんだ」
ならば遠慮はいるまい。根本から先っぽにかけて揉んでいく。
「んぁ~~……!」
片手で羽根を揉み、片手で羽毛を梳いていく。指を流れるふわふわの羽毛は、一瞬の冷たさのあとにじんわりとした暖かみを見せる。
くん、と梳いた手を嗅いでみる。羽の匂いと、文の甘い匂いが合わさって、なんだか頭がくらくらする。
「ふがふが」
「ちょ、何嗅いでるんですか! やめてくださいよ!」
「うーん、いい匂い」
「うー……そうですかぁ?」
「ダニの死骸の匂いがするわ」
「……普通にお日様の匂いって言ってください」
「いいじゃない。どっちでも同じよ」
「嫌です。お日様とダニじゃ全然違います」
「あーはいはい。じゃあどっちか決めればいいんでしょ。文の羽の匂いは、お日様、ダニ、お日様、ダニ――」
「ぎゃあああ! 花占いのごとく私の羽をむしらないで! さすがにそれは痛い! っていうか羽がなくなるまで続けるんですかそれ!?」
「あっはっは」
「ひいい! 人の嫌がる様を見て喜びを感じている!?」
「さぁ、もっとさわりまくるぞー」
「ひぇーん」
「――んはっ」
日も傾いてきた頃、文は目を覚ました。
「あやぁ……寝ちゃいましたか」
霊夢に羽をさわられるのはなんだかんだで気持ちよかったのだろう、体勢がうつ伏せだったことも相まって意識を手放してしまったらしい。
「さて、そろそろ帰らなきゃ……」
よ、と体を起こそうとするが、上手くいかない。不自然な重さが背中に圧し掛かっていた。
「あやぁ……」
すぅすぅと規則正しく聞こえるリズム。その正体は文の羽を枕にし、気持ち良さそうに眠る霊夢であった。
「動けなくなっちゃいました」
困ったなぁ、と言いつつ、文の口元には笑みが浮かんでいた。
心地良い少女の重さに、少しばかりの満足を、自分の背中で無防備に眠る自由な少女に感じて。
今この時は自分だけの霊夢だと、誰にともない優越感を感じて。
「あやややや」
そう、文はつぶやいたのであった。
霊夢が目を覚まし、いざ山に帰ろうと文が羽を拡げた際、霊夢の顔が置かれていたあたりから「ぱり」という音が鳴ったことに気付いたのは、お供の鴉だけであった。
終わり
すごい和みました。
これで満足できない人はいないだろう。
言いたい事は一つだけ、最高だ。
ご馳走さまでした!
ありがとうございます……っ!!
あやれいむはええもんやぁ……ニヤニヤが止まりませんなぁw