「ラーメンアリス」
「えっ」
真顔でそうのたまうアリスの前には一杯のラーメンと一膳のご飯があった。
さて、今私が取るべきリアクションとは一体何なのだろう。
「魔理沙」
「はい」
「ツッコミなさいよ」
「え?」
「『それはラーメンライスだろ!』ってツッコミなさいよ!」
「えぇえ!?」
なんということだ。
私が取るべきリアクションはツッコミだったらしい。
しかし、それは無理な相談というものだろう。
だって、
「……一体何だ? その、ラーメンライス、って」
まあ、目の前の光景を見れば大体わかるけど。
「ラーメンライスよ」
「トートロジーは頭悪く見えるぜ」
その瞬間、後ろにふよふよ浮いていた上海人形が強固な意思をもって私の後頭部にチョップを放った。
「痛い」
「駄目よ上海。もっと脳髄を揺さぶらないと」
せめて故意は否定しろよ。
とりあえず、このままじゃ埒が明かないので話を前に進めることにする。
「つまり、これがラーメンライスってことか」
「さっきからそう言ってるじゃない。ばかなの? しぬの?」
「もう帰っていいかな」
こいつの奇矯な言動にはある程度の免疫をつけたつもりでいたのだが、どうやらまだ抗体を体内で生成するレベルには達していなかったようだな。
「……で、お前はこんなもんを見せるために私をわざわざ呼び出したのか」
「違うわ」
「じゃあなんだよ」
「……魔理沙と一緒に、ラーメンライスが食べたかったの……」
「とりあえず現状を説明しろ。麺伸びるぞ」
「早苗がね」
「ほう」
麺が伸びることに焦燥感を抱いたのか、アリスは急に真面目な顔つきになった。
一度伸びた麺は元に戻ったりしないからな。
一度過ぎた時間が巻き戻ったりしないのと同じで。
「何の話をしているの?」
「こっちの、いや、あっちの話だ」
「?」
「いいから続けてくれ。早苗がどうしたって?」
「ああ、うん」
聞くところによると。
アリスは早苗から、外の世界には『ラーメンライス』なる定食が存在するということを知らされたらしい。
それは文字通り、ラーメンとライスからなる定食なのだという。
その衝撃の事実を聞いた私は、流石に眉間を押さえざるを得なかった。
「……何考えてんだ? 外のやつらは」
「でしょう? おかしいわよね? 私間違ってないわよね?」
「ああ」
こればかりは、第一回幻想郷奇人変人大賞に見事ノミネートされたアリスの方が正しいと言わざるを得ない。
「ご飯のおかずにラーメンって……どうやったらそんな発想に至るんだ」
「そうでしょそうでしょ? 早苗ったら、どうせ私に外の世界の事なんて分からないと思って、いい加減なことばっかり言うんだもん。ぷんぷくり~ん」
謎の女子力をアピールするアリスを無視しつつ、私は眼前のラーメンライスなるものを眺めた。
右にラーメン、左にライス。
まごうことなきラーメンライスだ。
「でも早苗がそんな無意味な嘘をつくとも思えんが」
「私もそう思う」
あっさり同意するアリス。
さっきのは単にぷんぷくり~んが言いたかっただけのようだ。
「だとすると、外のやつらはマジでこんなもんを食ってるってことか」
「そういうことになるわね。事実、早苗は王将では必ずこれを頼むって言ってたわ」
「なんだオウショウって」
「さあ」
外の世界の隠語だろうか。
まあそれはいい。
問題は、今ここにあるラーメンライスだ。
というか、
「お前、なんでこれ用意したんだ」
「決まってるでしょ」
アリスは胸を張って言う。
「魔理沙と一緒に食べたかったからよ」
「…………」
「…………」
またも取るべきリアクションを失した私は、とりあえず話題を逸らすことにした。
「いやしかし、これどうやって食うんだ? ライスの上に麺を載せるのか?」
「そう、それなのよ」
アリスが大きく頷いた。
「用意したはいいものの、食べ方が分からなかったのよ」
「それで私を呼んだというのか」
「まあね」
なぜかドヤ顔になるアリス。
「いや、だったら早苗を呼べよ。他ならぬラーメンライスの第一人者だろうが」
「それはダメ」
「何でだ」
「だって私、あの子に対して、『ラーメンとご飯を一緒に食べるなんて、どうかしてるよ。訳が分からないよ』って言っちゃったもの」
「自業自得じゃねぇか」
「てへっ」
軽く舌を出して自分の頭をコツンと叩くアリス。
その無駄な女子力をエネルギーに置換する術式でも編み出したらどうだ。
河童あたりが意匠権を買い取ってくれるかもしれんぞ。
「悪くない話ね。今や幻想郷でも知財の重要性は日に日に……」
「それより今は目の前のこれをなんとかしろ。明らかに水分吸って肥大化してるぞ」
私が指差した先にあるラーメンは明らかに伸びきっており、立ち上る湯気もすっかり霧散していた。
これもう普通に食ってもまずいと思うぞ。
「もう! 魔理沙が早く食べ方を教えてくれないからでしょ!?」
「ここで逆切れ!? ていうか私が知るわけないだろ!」
相変わらずこいつのペースは掴みづらい。
まあ今更なので掴む気すら既にないのだが。
「何でもいいから、とりあえずなんかアイデア出してちょうだい。食べ方の」
「そう言われてもなあ」
私は懈怠気味に箸を持つと、無造作にラーメンの中に突っ込んだ。
具と麺を無意味にかき混ぜつつ、
「まあ、ラーメンとライスしかないんだから、交互に食っていくしかないんじゃないか」
「凡庸な発想ね。凡人・霧雨魔理沙」
「殴るぞ」
じゃあお前はどんだけスタイリッシュな食べ方で食うつもりなんだ。
大体、それが思いつかないから私を呼んだんだろうが。
「まあそうなんだけどね」
言いつつ、アリスも箸を手に取った。
私と向かい合う形で、ライスの方に箸を突っ込む。
「たとえばこう、ご飯を先に食べるとするでしょ」
「うん」
アリスはまだ微かに湯気が立ち上っているご飯をひとくち分掴むと、口に運んだ。
「果たしてこの状態―――すなわち、ご飯が未だ口腔内に残存している状態―――で、引き続きラーメンを口に入れるべきか、否か」
「うむ……」
「結局のところ、この点の是非が問題全体の帰趨を決すると思うのよ」
「まあ、そうなんだろうな」
「……というわけで、この点に関する貴女の考えを聴かせて頂戴。魔理沙」
冷めきったナルトを自分の口に放り込みつつ、私は考えた。
口の中でご飯とラーメンが混じり合う食感というものは、正直あまり想像したくはない。
「……私なら、ご飯を飲み込んでからにするかな」
「そうね。きっとそれが正しいんだわ」
アリスは寂寥じみた表情でそう呟くと、ごくり、と喉を動かした。
さっきのご飯を咀嚼したのだろう。
「でも……」
アリスは視線を上げた。
そこに宿るは、確かな決意の光。
「冒険しない人生に、意味なんてない」
そう言うや、アリスは再びご飯に箸を突っ込んだ。
先刻の倍ほどの量のそれを掬い取ったかと思うと、そのまま一気に口内に叩き込む。
「アリス……!?」
私は、思わず自分の箸を取り落した。
しかし尚、視線をアリスの挙動から外すことができない。
「いくわよ、アリス」
自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、アリスはハムスターのように頬の半分を膨らませながら、勢いよくラーメンに箸を突き刺した。
そして、ずずずずっと気持ち良く音を立てながら、一気呵成に啜り上げる。
「アリス、やめろ」
私は咄嗟に制止の声を上げていた。
しかしアリスは止まらない。
「――――」
迷うことなく、躊躇うことなく。
アリスは見事に、ひとかたまりの麺全部を口内に収め切った。
目を閉じ、口を閉じて、もぐもぐもぐと咀嚼する。
「アリス……」
今まさに、アリスの口内では、ラーメンとライスが運命的な邂逅と融合を果たしていることだろう。
それは新世界の幕開けとなるのか、あるいは――――。
「…………」
固唾を呑んで見守る私。
アリスがごくり、と喉を鳴らした。
「…………」
目を閉じたまま、無言で何を想っているのか。
私は満を持してその名を呼んだ。
「アリス」
アリスはゆっくりと目を開け、開口一番言い放った。
「麺伸びててまずかった」
「だから言ったじゃねぇか」
了
「えっ」
真顔でそうのたまうアリスの前には一杯のラーメンと一膳のご飯があった。
さて、今私が取るべきリアクションとは一体何なのだろう。
「魔理沙」
「はい」
「ツッコミなさいよ」
「え?」
「『それはラーメンライスだろ!』ってツッコミなさいよ!」
「えぇえ!?」
なんということだ。
私が取るべきリアクションはツッコミだったらしい。
しかし、それは無理な相談というものだろう。
だって、
「……一体何だ? その、ラーメンライス、って」
まあ、目の前の光景を見れば大体わかるけど。
「ラーメンライスよ」
「トートロジーは頭悪く見えるぜ」
その瞬間、後ろにふよふよ浮いていた上海人形が強固な意思をもって私の後頭部にチョップを放った。
「痛い」
「駄目よ上海。もっと脳髄を揺さぶらないと」
せめて故意は否定しろよ。
とりあえず、このままじゃ埒が明かないので話を前に進めることにする。
「つまり、これがラーメンライスってことか」
「さっきからそう言ってるじゃない。ばかなの? しぬの?」
「もう帰っていいかな」
こいつの奇矯な言動にはある程度の免疫をつけたつもりでいたのだが、どうやらまだ抗体を体内で生成するレベルには達していなかったようだな。
「……で、お前はこんなもんを見せるために私をわざわざ呼び出したのか」
「違うわ」
「じゃあなんだよ」
「……魔理沙と一緒に、ラーメンライスが食べたかったの……」
「とりあえず現状を説明しろ。麺伸びるぞ」
「早苗がね」
「ほう」
麺が伸びることに焦燥感を抱いたのか、アリスは急に真面目な顔つきになった。
一度伸びた麺は元に戻ったりしないからな。
一度過ぎた時間が巻き戻ったりしないのと同じで。
「何の話をしているの?」
「こっちの、いや、あっちの話だ」
「?」
「いいから続けてくれ。早苗がどうしたって?」
「ああ、うん」
聞くところによると。
アリスは早苗から、外の世界には『ラーメンライス』なる定食が存在するということを知らされたらしい。
それは文字通り、ラーメンとライスからなる定食なのだという。
その衝撃の事実を聞いた私は、流石に眉間を押さえざるを得なかった。
「……何考えてんだ? 外のやつらは」
「でしょう? おかしいわよね? 私間違ってないわよね?」
「ああ」
こればかりは、第一回幻想郷奇人変人大賞に見事ノミネートされたアリスの方が正しいと言わざるを得ない。
「ご飯のおかずにラーメンって……どうやったらそんな発想に至るんだ」
「そうでしょそうでしょ? 早苗ったら、どうせ私に外の世界の事なんて分からないと思って、いい加減なことばっかり言うんだもん。ぷんぷくり~ん」
謎の女子力をアピールするアリスを無視しつつ、私は眼前のラーメンライスなるものを眺めた。
右にラーメン、左にライス。
まごうことなきラーメンライスだ。
「でも早苗がそんな無意味な嘘をつくとも思えんが」
「私もそう思う」
あっさり同意するアリス。
さっきのは単にぷんぷくり~んが言いたかっただけのようだ。
「だとすると、外のやつらはマジでこんなもんを食ってるってことか」
「そういうことになるわね。事実、早苗は王将では必ずこれを頼むって言ってたわ」
「なんだオウショウって」
「さあ」
外の世界の隠語だろうか。
まあそれはいい。
問題は、今ここにあるラーメンライスだ。
というか、
「お前、なんでこれ用意したんだ」
「決まってるでしょ」
アリスは胸を張って言う。
「魔理沙と一緒に食べたかったからよ」
「…………」
「…………」
またも取るべきリアクションを失した私は、とりあえず話題を逸らすことにした。
「いやしかし、これどうやって食うんだ? ライスの上に麺を載せるのか?」
「そう、それなのよ」
アリスが大きく頷いた。
「用意したはいいものの、食べ方が分からなかったのよ」
「それで私を呼んだというのか」
「まあね」
なぜかドヤ顔になるアリス。
「いや、だったら早苗を呼べよ。他ならぬラーメンライスの第一人者だろうが」
「それはダメ」
「何でだ」
「だって私、あの子に対して、『ラーメンとご飯を一緒に食べるなんて、どうかしてるよ。訳が分からないよ』って言っちゃったもの」
「自業自得じゃねぇか」
「てへっ」
軽く舌を出して自分の頭をコツンと叩くアリス。
その無駄な女子力をエネルギーに置換する術式でも編み出したらどうだ。
河童あたりが意匠権を買い取ってくれるかもしれんぞ。
「悪くない話ね。今や幻想郷でも知財の重要性は日に日に……」
「それより今は目の前のこれをなんとかしろ。明らかに水分吸って肥大化してるぞ」
私が指差した先にあるラーメンは明らかに伸びきっており、立ち上る湯気もすっかり霧散していた。
これもう普通に食ってもまずいと思うぞ。
「もう! 魔理沙が早く食べ方を教えてくれないからでしょ!?」
「ここで逆切れ!? ていうか私が知るわけないだろ!」
相変わらずこいつのペースは掴みづらい。
まあ今更なので掴む気すら既にないのだが。
「何でもいいから、とりあえずなんかアイデア出してちょうだい。食べ方の」
「そう言われてもなあ」
私は懈怠気味に箸を持つと、無造作にラーメンの中に突っ込んだ。
具と麺を無意味にかき混ぜつつ、
「まあ、ラーメンとライスしかないんだから、交互に食っていくしかないんじゃないか」
「凡庸な発想ね。凡人・霧雨魔理沙」
「殴るぞ」
じゃあお前はどんだけスタイリッシュな食べ方で食うつもりなんだ。
大体、それが思いつかないから私を呼んだんだろうが。
「まあそうなんだけどね」
言いつつ、アリスも箸を手に取った。
私と向かい合う形で、ライスの方に箸を突っ込む。
「たとえばこう、ご飯を先に食べるとするでしょ」
「うん」
アリスはまだ微かに湯気が立ち上っているご飯をひとくち分掴むと、口に運んだ。
「果たしてこの状態―――すなわち、ご飯が未だ口腔内に残存している状態―――で、引き続きラーメンを口に入れるべきか、否か」
「うむ……」
「結局のところ、この点の是非が問題全体の帰趨を決すると思うのよ」
「まあ、そうなんだろうな」
「……というわけで、この点に関する貴女の考えを聴かせて頂戴。魔理沙」
冷めきったナルトを自分の口に放り込みつつ、私は考えた。
口の中でご飯とラーメンが混じり合う食感というものは、正直あまり想像したくはない。
「……私なら、ご飯を飲み込んでからにするかな」
「そうね。きっとそれが正しいんだわ」
アリスは寂寥じみた表情でそう呟くと、ごくり、と喉を動かした。
さっきのご飯を咀嚼したのだろう。
「でも……」
アリスは視線を上げた。
そこに宿るは、確かな決意の光。
「冒険しない人生に、意味なんてない」
そう言うや、アリスは再びご飯に箸を突っ込んだ。
先刻の倍ほどの量のそれを掬い取ったかと思うと、そのまま一気に口内に叩き込む。
「アリス……!?」
私は、思わず自分の箸を取り落した。
しかし尚、視線をアリスの挙動から外すことができない。
「いくわよ、アリス」
自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、アリスはハムスターのように頬の半分を膨らませながら、勢いよくラーメンに箸を突き刺した。
そして、ずずずずっと気持ち良く音を立てながら、一気呵成に啜り上げる。
「アリス、やめろ」
私は咄嗟に制止の声を上げていた。
しかしアリスは止まらない。
「――――」
迷うことなく、躊躇うことなく。
アリスは見事に、ひとかたまりの麺全部を口内に収め切った。
目を閉じ、口を閉じて、もぐもぐもぐと咀嚼する。
「アリス……」
今まさに、アリスの口内では、ラーメンとライスが運命的な邂逅と融合を果たしていることだろう。
それは新世界の幕開けとなるのか、あるいは――――。
「…………」
固唾を呑んで見守る私。
アリスがごくり、と喉を鳴らした。
「…………」
目を閉じたまま、無言で何を想っているのか。
私は満を持してその名を呼んだ。
「アリス」
アリスはゆっくりと目を開け、開口一番言い放った。
「麺伸びててまずかった」
「だから言ったじゃねぇか」
了
でも面白かった、好きよ、こういうの。
アリスってやっぱり変人なのかな……。
個人的には、ラーメンを二口ぐらい食べてご飯、またラーメンです。
凡人だもの。
なんにせよ地味にむふふと笑ってしまう小説だった、面白かったですw
うちの近所のラーメン店は
ラーメンの残ったスープにご飯を入れる食べ方を推奨しているが
試したことはないです
ラーメンとライスになると違和感があるような気がする不思議。
ご飯にスープをぶっかけて胡椒かけて食べるとうまい
海苔を巻いて食うとさらにうまい
アリスもそうすれば良かったのに
しかし美味いスープの如く上手いネタが濃縮されてるな
それはともかくおいし……面白かったです。
ラーメンライスは、私は麺をご飯の飢えに乗せて食べます
それがラーメンライス・・・
おっと、あっちの話かw
ラーメンは当然とんこつだと信じてます
それはとっても素敵なメニューだなって』
ラーメンライスって昔そういうご飯があると信じていた