Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

太陽の畑にて 

2011/06/12 13:12:02
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 ああ、また彼女と分かれの時が来てしまった。この感覚は何度経験しても慣れない。
 いつかはやってくることと覚悟していても、いざその時となると悲しみに押しつぶされてしまう。
 辛いし、悲しいし、苦しい。そして何よりも愛おしい。
 去り際に見せる彼女の笑顔は憂いを帯びていて、儚げだ。
 私はそれを一体どんな表情で見つめているのだろうか。答えはわからないし、わかろうとも思わない。

 今、私が聞けることはたったの一つ。

「また、会えるわよね?」
「ええ、きっと」
「約束よ」
「はい」

 彼女は最後に向日葵も顔負けの笑顔を私に贈り、去っていった。

 
◆◆◆◆

 私が始めてあの子と会ったのは、確か週に一度の人里へ買い物に行った日だった気がする。季節は夏に近づいていたのだが、その日は珍しく雨が激しく降っていた。   
 朝起きた時は買いものに行くのは明日にしようかと思ったけれど、雨の日の散歩もオツかもしれないと思い直し、出かけることにした。
 
愛用の日傘で雨を防ぎながら、里への道をゆったりと歩く。ぼっ、ぼっ。っと雨が傘に当たる音が耳に心地よい。ぴちゃり、ぴちゃりと水たまりを踏む。跳ねた水で少し靴下が汚れたが、気にしない。また乾かせばいいだけだ。

 そんな風に雨の日の散歩を楽しんでいたら、数十メートルほど先に小さな女の子が倒れているのを発見した。雨に打たれ、衰弱しきった様子だった。

 が、無視することにした。自分はそもそも誰かを自主的に助けようとする妖怪ではないし、見たところその子は人間のだから、助けたところで何の特にもならないと思ったからだ。だからそのまま通りすぎようと思ったのだが、私はその子が何かを握りしめてるのに気づき、興味本位で尋ねてみた。

「ねえ貴女。何を握ってるのかしら?」
「種……向日葵の、種です」

 その子は既に限界なのか、立ち上がることもせずに私の質問に答える。

「ふーん、どうしてそんなもの持ってるの?」
「私、お花が好きで、いつか育てたいと思ってたんです。でもいつも家で本を編纂してるからあまり外に出れなくて、今日初めて家から出られたのに……」     
「…………」
「捻挫しちゃいました。そのせいでもう歩けません。だからもう、お花を育てることもできない」
「貴女、今にも死にそうなのにお花の心配をするなんて変わった子ね」
「ふふ、そうかも知れませんね」

 そう応えてその子は笑顔を浮かべる。その笑顔はとても儚げで、憂いを帯びていて、年不相応であった。だからなのか、私は不覚にもその子の笑顔に魅入ってしまった。
 こんな小さな少女に心を一瞬とはいえ奪われるなんてどうかしてると思いつつ、自分にもこのような感情が残っていたことに驚いた。

「気が変わったわ」 
「へ……?」
「貴女を、助けてあげる」
「えっ」
「じゃあしっかりつかまってて頂戴」

 ほっとこうと思ってたけれど、気が変わった。その子の笑顔はとても魅力的であったし、花を好きだと言ってもいた。それに、花好きに悪い子はいないしね。

 私は心の中でそんな言い訳をしつつ、その子を背負って太陽の畑にある自分の小屋へ飛び立った。

 本当はただ、その子に恋をしていたからなのかもしれないが、その時の私がどう思っていたかは、今の私は知らない。

◆◆◆◆


 最初は捻挫に効く塗り薬を買って、怪我が完治したら家へ帰してあげようと思っていたのた。しかし「家に返っても本の編纂をするだけだから、身の回りの世話をするのでせめて花が咲くまでここに居させてほしい」とのことだった。私もこの子に少なからず興味はあったし、身の回りの世話もついでにしてくれるということで快諾した。

 それから私とその子は向日葵が咲くまで一緒に暮らすことになった。


「じゃあ、種を植えるからこっちにそれを渡しなさい」
「あ、あの」
「何?」
「自分で植えてみたいのですが、いいでしょうか?」
「ん、いいわよ」

 暮らし始めた初日の朝、簡単な自己紹介をした。

 初めは私が妖怪と知り戸惑ったようだが、自分を助けてくれた私を良い妖怪と勘違いしたようで怖がったりはしなかった。そして私達は早速、向日葵の種を植えることにした。始めて種を買ったということだから植え方も知らないと思っていたのだが杞憂だったようで、無事植えることができたようだった。

 話によると、家にあった文献に植物の取り扱いについて書いてあるものがあり、それを記憶していたからだそうだ。

「記憶力なら誰にも負けません」

 聞くところによると、求聞耳の能力をもっているらしく見聞きしたことを忘れないらしい。ためしに花の名前言い合い勝負をしてみた。二百種類ほど言ったら負けてしまった。ので、腹いせとして魅魔に言葉責めして八つ当たりしたら幾分か気分が晴れた。彼女の悔しそうな顔はご馳走だ。 
   

「そういえば、お腹空きません?」

 言い合いっこの後、その子は人里へ買い物をしに行くと言った。ついでに家に暫く留守にする旨を伝える手紙を置いてくるらしい。

「私が幽香さんのお世話をするから、ゆっくり休んでてください。お昼頃までにはもどってきます」
「わかった。ここで待ってるわ」

 とは言ったものの、やはり心配で後ろから後をつけてしまう私だった。昔から追跡は得意なのでバレることはなかった。


 昼、その子が作ってくれた料理を頂いた。妖怪だからあまり食べ物を食べなくても生きていけるので、久しぶりの食事だった。

「美味しいですか? その、本で読んでただけで料理するのは初めてなのですが」
「うん、美味しいわ。人参と糸こんにゃくと、じゃがいもが入ってるわね……これ、なんて食べ物なの? 私も今度作ってみたいわ」
「肉じゃがって言います。じゃあ今度作り方を教えますね」

 料理を褒められたからなのか、にこっとその子は微笑む。その笑顔が可愛かったので、思わず頭を撫でる。さらさらの髪をいじると、くすぐったそうな表情をする。

 その顔もとても私は可愛いと思った。そしてそんなことを考えてる自分にも驚いた。

 人間は玩具、遊びで大量虐殺してもなんの罪悪感も感じないのに――

「どうしたんですか幽香さん。なんか、怖い顔してますけど大丈夫ですか?」
「え、ええ大丈夫。気にしなくていいわ」

 取り繕うように笑う。そしてふと考える。自分はこの子のことをどう思ってるんだろうかと。


 夜、服がないのでその子に私の数あるピンクのネグリジェを貸してあげた。それを受け取ったその子は「一緒ですね」と嬉しそうにはにかんだ。
 ベッドが一つしかないので一緒に寝ることにした。警戒する様子もなくすんなりとその子はベッドに入ってきた。

「ふふ、そんなに無警戒でいいのかしら? 私は妖怪だから貴女を食べるかもしれないわよ」

 ふざけたふりをしながらも、さりげなく首に手を添える。今思えばわかるのだが、私が警戒していたのだと思う。妖怪に心を許したふりをしつつも、心の中では恐れているのではないかと思っていて、その真偽を確かめたかった故の行動だったのかもしれない。

「ふふ、幽香さんは私を食べませんよ」 
「あら、どうしてそう言い切れるのかしら? 貴女に朝聞いたけど、妖怪のことを本として編纂しているらしいじゃない。じゃあ妖怪の恐ろしさは知っているでしょう」
「ええ、妖怪は恐ろしいです」
「じゃあ、私は恐ろしく感じるにも値しないとでもいいたいの?」

 自然、手に力が入る。しかしその子は表情を変えずにこう続けた。

「幽香さんは私を助けてくれた。幽香さんは私と一緒にお花を植えてくれた。幽香さんは私の料理を褒めてくれた」
「…………」
「それに」
「それに、何?」
「幽香さんはお花が好き。私、思うんです。お花が好きな人に悪い人はいないって」
「まったく、呆れた子ね」

 思わぬ答えに拍子抜けしてしまい、すっと首から手を離してその子を抱きしめる。

「ふふ、私もそう思います」

 そして小さく、しかししっかりと抱きしめ返された。 


 それから花が咲くまでの間、私達は楽しくすごした。
 毎日が充実していて、いくつもの自分の意外な面を発見して、その子と一緒に色々な所へ出かけた。
 山を散歩したり、茶屋へ行って甘いものを満喫したり、河で水遊びをした。


 そして時は過ぎ、花が咲く日がやってきた。

 
「幽香さん! やりました。花が咲きましたよ!」

 その子は気だるげに起きる私の上に乗って、満面の笑顔とともに綺麗に咲いた向日葵を見せた。

「そんなに大きな声を出さなくてもわかるわよ。あと重いからどいて頂戴」
「いやあ、つい舞い上がってしまって」

 しかしその子はてへへ、と照れるがどこうとしない。重たい。

「どいて頂戴と言ってるでしょう。それとも、どかされたいの?」

 若干の怒気をはらませた声で脅してもどこうとしないので、無理矢理どかそうとしたら、その子はいきなりがばっと抱きついてきた。

「え、ちょっ、何っ?」

 私はいきなりの展開についていくことができなかったので何も言えずにおろおろしてると、その子が呟く。

「幽香さん。きっ、聞いてほしいことがあるん……です」

 心なしか声が震えていて、泣くのをこらえているようだった。ますます何がなんだかわからない。

「な、何?」
「幽香さんとは、もうすぐっ、会えなくなっちゃうんです」
「何言ってるのよ。花は咲いたから今日からは一緒に暮らせないけど……またいつでもここに来ればいいじゃない」
「違うんです。そういうことじゃないんです」


 ずずっと鼻をすする音が聞こえる。

 数回深呼吸をする音が聞こえた後、弱弱しくその子は私にある告白をした。




「私、もうすぐ死んじゃうんです」



◆◆◆◆
      
 その子から聞いた話によると、稗田家の者は比較的に寿命が短く、中でも自分は一層躰が弱いとのことだ。よって転生するためにも通常より時間がかかり、寿命が極端に短いのだという。だからもういつ死んでしまってもおかしくないとのことだ。
「花が咲くまで生きることができて本当に良かった。幽香さんには感謝してもしきれない」と言っていた。
 私は人間の寿命の短さは知っていたからいつかは来るものと思ってはいたが、こんなに早いとは思わなくて、しばし困惑した。

 しかし弱さを見せてもその子を悲しませるだけなので、私は笑顔で見送ることにした。



 太陽はかんかんと照っており、畑の向日葵も心なしか活き活きしているように見え、雲一つない晴天の下、私とその子は小屋の玄関先で対峙していた。

「幽香さん、本当に今までありがとうございました。この恩は永遠に忘れません」
「いいのよ、私も短い間だったけど楽しかったわ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「……あ、ちょっと待って」
「ん、はい」

 私は慌てて小屋に戻り、一つの小さな手に収まるサイズの袋をその子によこす。

「これ、なんですか?」
「それはね、向日葵の種よ」
「え……」
「転生するって事は、記憶をあらかた失うけど同じ貴女がまた生まれるということでしょう? だから貴女が転生して、ある程度育ったらそれを持ってここに来なさい。その時また一緒に花を育てましょう」 
「は、はい! 絶対、また来ますね」
「ふふ、約束よ」

 にこりと微笑みかけると、その子もにっこりと微笑み返す。

「はい。あ、あと最後に私からも一つ」
「何かしら?」

「幽香さんの事、私とっても好きです。大好きです。だから」


「転生した後も、仲良くしてくださいね」
   
 その子はそこで憂いを帯びた、儚げな笑顔を浮かべる。

 そんな顔をしてる子に言えることは、私には一つしかなかったし一つしか言うことはなかった。


「もちろんよ、何年でも何百年でも貴女のことを待つわ」
  

「じゃあね阿爾ちゃん。また会いましょう」       
  

 



◆独白◆

 私は九代目阿礼乙女、稗田阿求である。阿礼乙女として阿一が十八歳の頃から転生を繰り返して妖怪の編纂を行っている。本日、ある一定の年齢に達したので私も先祖の阿礼乙女と同じように妖怪の編纂を行うことになった。
 そして阿礼乙女の先祖、確か稗田阿爾の頃から、本人の願いにより転生した後の阿礼乙女が編纂できる年齢になると贈られる物があるらしく、私も受け取った。

 それは、ある一文がかかれた手紙と向日葵の種であった。

 手紙にはただ一言


「太陽の畑にて」     

 とだけ書いてあった。私は家を飛び出した
お久しぶりです。まんたです。
今回は幽香と阿礼乙女達の恋の話を書いてみました。
タグは阿礼乙女と書きたかったのですがそうするとすぐわかってしまうので、阿求とさせていただきました。すいません。
皆様はどこらへんから「あれ、阿求じゃない?」と思われたのか気になるところです。
輪廻を越えた愛って素敵だな。と思って衝動的に書いた作品なのですがいかがでしたでしょうか?

それでは、またいつかどこかで会いましょう。 
まんた
[email protected]
./#!/kuronukodeath  https://twitter.com/  
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なるほど、阿求さんじゃなかったわけか