夏の晴れた午後、地下から汲み上げた水で冷やしていたコーラを取り、栓を開けコップに注ぐ。
「暑いときにこういう冷たいのがあると本当に楽なんだよなぁ」
グイと一息で飲み干し、袖で拭う。
あぁ、最高だ。生きていて良かった、と森近霖之助は呟いた。
「………良くもまぁそんな気持ちの悪い飲み物が飲めたもんだ」
飲みほしたグラスを見つめながら悪態をつくのは彼の幼馴染、慧音だ。
「そんなに気持ちが悪いかい」
「あぁ、真っ黒で醤油みたいだ」
「慣れれば美味しいんだがねぇ」
「慣れたくはないなぁ」
言いながら慧音が飲むのはサイダー、コーラと同じ炭酸飲料。
この幻想郷では比較的歴史が古く、ポピュラーな飲み物だろう。
「宮沢賢治の最大の贅沢は天麩羅蕎麦とサイダーだったそうだ」
「霖之助、お前の話はたまにいろんな方向に飛ぶなぁ、我が友ながら話しに着いていけない」
「いや、君も教師だから」
「いやぁ、訳が分からん」
言って慧音は瓶を大きく傾け喉を鳴らし飲み込んだ。
余談だが夏目漱石の小説にも三ツ矢サイダーは出ている。日本人が作り上げた最古の炭酸飲料だろう。
「………はぁ、ん、無くなってしまった」
「コーラならあるぞ」
「遠慮被る」
冷たいうちに飲み切られたサイダーの瓶の水滴がテーブルを濡らした。
霖之助は半分になったコーラを全てコップに注ぎ、飲み干す。
「しかし霖之助」
そんな様子を見ながら慧音は唐突に口を開いた。
「なんだい?」
「こんな所に住んでいて寂しくないのか?はっきり言ってここは静かすぎる」
成る程確かに、静かと言えば静かだろう。人の話し声は霖之助と慧音、物音と言えば窓に吊り下げている風鈴とそれを揺らす風の音だけ。
「静かだと良いじゃないか、物事を考えるには十分な場所だ」
「あんまり独りの時間が増えすぎると、浮世離れするぞ」
「それも良いかもしれないなぁ」
「私は、駄目だ」
「そうか」
背もたれに寄り掛かり自分の頭を撫でながら言う霖之助に慧音はぽつりともらす。
確かに彼、霖之助も華やかな毎日と言うのを夢見た事もあった、けれどもそんな事にはいつの間にか興味が無くなっていた、ここに移ってからだ。
「ほら、私は人間が好きじゃないか」
「だから予備会を卒業した後は寺子屋を開いたな」
「でも、私は普通の人間よりも寿命が長いじゃないか」
「長い、と言うよりは一般的な人からは永遠にも見えるだろうね」
霖之助の言葉を聞き、慧音は机に突っ伏して続ける。
ずり落ちた帽子を彼は静かに拾い上げ、彼女の隣に置いて、耳を傾けた。
「寂しいんだ、同じ時間を共に歩める相手が近くに居ないってのは」
「……何か、あったのかい?」
「何も無いよ、ただ、ふと思っただけさ」
ここは静かだからな、と付け加えて。
表情は分からず、声もくぐもっているが少なくとも慧音は悲しんでいる、ように霖之助には思えた。
正直、彼自身こんな姿の慧音は初めて見るだろう、キリサメの名を使って暮らしていた里時代にも、こんな慧音は見た事無い。
さっきまで抜ける様な蒼だった空はいつの間にか雲が張り、泣きだし始めた。
「…雨は嫌いだ、お前が居なくなった日を思い出す」
机に体を預け窓に目をやりながら慧音は誰に言うでも無いように呟く。
「……なぁ霖之助、私は弱いんだろうか」
「君は弱くないさ、普通なんだよ」
「じゃあ霖之助、寂しくないお前は?普通じゃないのか?」
うつ伏したまま言う慧音に、こいつ難しい事聞くなぁ、と霖之助は苦笑しながら続ける。
「これも普通さ、簡単に変わるんだよ、物事ってのは。君や僕が考えている以上に単純かつ複雑なのさ」
「お前の言う事は、時々難しいなぁ」
「難しいかな」
「あぁ……」
慧音の言葉を聞いて、霖之助は席を立ち、暫くして彼は一升瓶を手にして戻ってきた。
「さて、面白いものを持ってきた、飲んでみないか?」
「面白いって、飲食物に使う称号だったか?」
コップに注がれる薄緑色のそれを眺めながら慧音はジト目で霖之助を見やるが、彼はそんなことお構いなしにコップを彼女に差しだす。
「さ、飲んでごらんよ」
微妙に泡が経っているとこを見ると、炭酸飲料のようではある。
少し匂いを嗅ぎ、一口入れた瞬間慧音は激しく咽た。
「……これっ、何だ一体」
「松葉サイダーだ、懐かしいだろ?」
「松葉……サイダー………?あぁ、あれかぁ」
遠い昔に聞いた名前を慧音は思い出す。
初めて飲んだのは学問会に入会して初めての夏、だったか。
確か、あの時も目の前の彼、霖之助が作ったのだった。
「……松の葉を良く洗って砂糖を少量入れた水に漬けこんで日向で置く、だったか。作り方」
「良く覚えてるじゃないか、その通りだよ」
言って霖之助もコップにサイダーを注ぎ、一息で飲み干して言葉を続ける。
「なぁ慧音、炭酸飲料ってのはさ、人生…いや、この世界に良く似ていると思うんだ」
「はぁ?何言い出すんだお前は」
「ほら、炭酸の泡が生まれては消え生まれては消え…これが人の命だとしよう」
簡単に言う彼に慧音はむっとした顔で人命をそんな風に例えるなと言った。
しかし当の霖之助は構わずに語をつなぐ。
「だけど僕や君、半妖や半獣たちから見たら人の命なんて儚く短いものじゃないか?でも次々生まれてくる、新しい出会いがある、寂しくなんかないじゃないか」
「お前は私のさっきの言葉が聞こえなかったのか?時間を共有できるものが居ないのが寂しいって言ったんだ」
「あぁ、その事だ」
そしてもう一杯霖之助はサイダーを飲み干す。
空になったコップを置いて彼は静かに呟いた。
「寂しくなったら、ここに来ればいい、僕はずっとここにいるよ」
「え、お前……それって………」
霖之助の顔は若干赤みを帯びているが、それは暑さのせいではない。
「だからだ、その……なんだ、君と同じ時間を歩むのが…その……僕…じゃ駄目、かな」
何時の間にか激しくなっていた雨音にかき消えそうな、辛うじて聞こえる様な声で言った霖之助に慧音は静かに口を開いた。
「……霖之助」
「うん」
先程のようにくぐもってはいないが霖之助同様蚊の鳴くような声で慧音は続ける。
「私は………お前に助けられてばっかりだな」
「……里では君が助けなければいけない人が大勢いる、だからこそここでは僕に頼ってくれ、幾らでも支えてあげるよ」
気付けば、霖之助は慧音を抱きしめていた。
しかし投げ槍さん、いったい何者なんですかw
ハッ!俺は新しい道への光を垣間見たのか!!
なんて思わせてくれました。楽しかったです!
次も楽しみにs(ry
大丈夫だ、何一つとして問題ない。
むしろいいぞもっとやれというかやってくださいお願いします。
ホント、貴方は何者なんですかw