―――そこには正体不明の化け物が存在していた。
□ □ □
私が地底に封じられて間もない頃。私は都に居たときと何ら変わらない生活を送っていた。つまり、種を使って怖がらせてはその様子を見て楽しんでいた訳だ。地底には妖怪しか居なかったが案外人間よりも驚いてくれる小心者の妖怪も少なくはなかったので、日々をつまらなく思ったりする事はなかった。
今は夜更け。元から薄暗い地底がさらに深く影を落としていた。
「―――さて」
今日のターゲットは地底の外れにあるこの掘っ建て小屋の住民。妙に立派な船の脇にひっそりと建ててある小屋。あまり長居はしないから適当に作った風の小屋だ。何でこんな場所に住んでるんだとか思ったけど私には関係ないな。
「地底の住民はみんな訳ありみたいな感じがして好かないけど、ここに住んでいる奴はどんな奴かな!」
正体不明の種を自分に仕掛ける。
後は小細工はいらない、家に侵入すればそれで驚き腰を抜かすはずだ。
「そーれ恐怖しろー!」
「え?」
室内からの声を無視して意気揚々と正面から突っ込んだ。
外見以上に殺風景な室内には最低限生活に必要な物が揃えてあるだけで、嗜好品や娯楽になるようなものは見当たらない。
その中に妙に青白い顔をした幽霊のような人間(人間のような幽霊?)が呆然とした表情でこちらを見ていた。
「あ、あの……」
「え、あれ」
戸惑っているようだが私に恐怖しているようには感じられない。見る人によってバラバラだが私は今、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ……みたいな感じに見えるはず。
こいつはよほどの鈍感か或いは……。
「お前、私が怖くないのか」
「え? はい」
「えー! なんでなんでー!!」
イライラして正体不明の種を取り外してしまった。
「やぁ、随分可愛らしいお嬢さんですね」
「うるさいっ!」
幽霊の襟首を掴んで詰め寄る。
「何で怖がらないの!」
「す、すみません」
「謝るな! 怖がらないのを怒ってるんじゃない、理由はなんだって訊いてるの!」
「あ、ああ、そういう事でしたか。すみません……」
私は呆れかえり、掴んでいた襟首を離す。「痛いっ」と言って尻餅をつく幽霊。
「まぁまぁ、取り敢えず落ち着いてください。今何か作りますから」
何故そうなる、とか言おうと思ったけど、やたら楽しそうに料理を作り始める幽霊を見たら馬鹿馬鹿しくなってしまった。
きっと普段ここには客人など訪れないので寂しかったのだろう。だから私のように粗忽な客人でもこうしてもてなす。
自分の姿を重ねてしまった訳ではないけど、もう少しここに居てやってもいいと思った。……ほら、何で怖がらないのか訊かなきゃならないしさ。
□ □ □
「私は村紗水蜜といいます。よければ貴女の名前も伺っていいですか?」
わーっ! あったかご飯だー! なにこれすごい美味い!
いつも店から盗んだりしてるから温かいご飯なんて滅多にありつけないんだよねー!
「あ、あの……」
食材盗んでも自分じゃ料理できないからそのまま生で食べちゃうし、今まで料理作ってくれる奴なんて私には居なかったから本当ラッキー!
「名前……」
「封獣ぬえ」
「封獣さんですね!」
はふはふ……このご飯もお米一つ一つが立っててオカズなしでも十分美味い!
加えてこの味噌汁も濃すぎず薄すぎず。あ、きっといい味噌使ってるんだな~。
「封獣さんは何の用事で私の所にいらっしゃったんですか?」
あーこれ何の魚だろ。脂のってて美味すぎる。旬の魚使ってるんだろうな~美味い通り越して怖いわ。
「あ、あの……何の用事で……」
ん、用事? そんなのご飯を食べに来たに決まって…………あれ?
「あ! そうだ! あんた何で私を怖がらなかったのよ!!」
「は?」
そうだった、私はこいつを驚かせて恐怖させに来たのだ。危うく忘れる所だった。
「だーかーらー何で化け物が目の前に現れても平然としてられるのよ」
「えー……えーと化け物なんてあんまり怖くないし、それに」
「それに?」
「目に見える恐怖より目に見えない恐怖と言いますか……」
「はぁ」
私に押し切られ、ぽつりぽつりと理由を吐き出し始めた。
前者は……まぁ、地底にはよくある理由だった。力の強い鬼やらは化け物などに負けないという自信があるのだ。
ただ後者は初めて耳にした理由だ。
村紗と名乗ったこの幽霊に少なからず興味が湧いた。
「自分の目に入る範囲は状況が判るから冷静になれるんです」
「ふむ」
まぁ、判らなくもないかな。正面から驚かされるのと背後から驚かされるのは違うし。
「ですから私は封獣さんが怖くありませんよ。姿形がどうあろうと、封獣さんが見えますから」
「……」
村紗は柔らかに微笑んだ。白い歯をチラリと覗かせて……無意識にやっているとしたらタチが悪い。
非常にキラキラして爽やかで何というか……ああもうこの天然!
「じゃ、じゃあ、あんたは何が怖いのよ!」
「さっきとは逆になりますね。……私は私の目に映らないもの怖いです」
「目に映らないって何よ。空気でも怖いの?」
「いや、そんな事はないです……。例えば自分とか怖いです」
ナルシスト……
「いえいえ違います!! そうじゃありません!」
私のうんざりした表情を見た村紗が慌てて切り返す。
「今私は自分がどんな顔をしているのか判らないでしょう?」
「鏡見れば?」
「それでも四六時中、鏡を見ている事は出来ないでしょう? 現に今、封獣さんも自分の顔とかを見れないと思います」
「……まぁ」
「仮に『封獣さん、顔が猿になってますよ』と言っても封獣さんはそれを確認できませんよね?」
「誰が猿だっ!!」
「ち、違います! 例えです! 封獣さんはすごく愛らしいお顔ですよ」
……だ、だから、そう言う事を素で……ああもう!
「自分の事は自分が良く知っているなんて嘘っぱちです。眠っている時なんて自分が何をしているか全く判らないんですよ。それこそ私が寝静まった後、私が何か得体の知れない化け物になって夜な夜な暴れまわっている、何て言われても否定する事ができないじゃないですか!」
少し熱くなっているようだ。よく喋る。
「だから私は自分が怖いです。眠るのが怖いです」
「……」
私が何も言えずに黙っていると村紗はまた慌てて切り返してきた。
「す、すみません。一人で勝手に興奮してしまって……」
「い、いや……」
「あの……」
おずおずと村紗が尋ねる。
「封獣さんってどの辺にお住まいですか?」
「いや特にないけど」
「え! お家ないんですか!? 封獣さんみたいな可憐な女の子がそれはいけません!! と、とにかく今晩は泊まってください! むしろここに住んでもいいんですよ! あ、いや、もちろん封獣さんが良ければの話ですけど!」
いつもの調子(会って間もないが)を取り戻したようだ。
断るのも悪いような気がしたので私は取り敢えず今晩だけ、と付け加えて泊まる事を伝えた。
「お家ないだなんて驚きましたよ……」
ちょっとお節介で世話焼きな所もあるけど、それを含めて村紗は良い奴だと思う。少なくとも私はそう思っている。
だからこそ村紗の『自分が怖い』なんて考えはどこから生まれたか疑問だった。普通に育っていればそんな発想はしない。
私は村紗に背を向けて布団に寝転がった。部屋の反対側には同じようにして村紗が横になっている。
「きっと……たくさん苦労を……してきたんでしょうね……」
村紗は眠たげにぽつりぽつりと口をこぼしていた。独り言なんだか私に話しかけてるんだか判別できないので取り敢えず無視している。
「…………」
やがて静かになった。背中側から規則正しい寝息が聞こえる。
他人と接触するのに慣れてない私はいつも人との関係を窮屈に感じていた。だけど村紗と居てそれを感じない。
初めての事だった。初めて会話を苦に感じなかったのだ。それは多分村紗が馬鹿だからだと思う。
村紗の話を無視しても村紗は怒らないし、私が何を話しても村紗は笑顔で聞いてくれる。
圧倒的に楽なのだ。
案外、ここに住むのもありかなーって考え初めていた。
その時。
背中に悪寒が走った。
何か嫌な感じがする。野生の勘だとか虫のしらせとかそういった類のものが私に危険信号を送った。
『目に見える恐怖より目に見えない恐怖と言いますか……』
村紗の言葉がフラッシュバックのように思い起こされた。
そうだ。何で村紗は自分が怖いなんて言ったんだ。何でそう思うようになったんだ?
『私が寝静まった後、私が何か得体の知れない化け物になって夜な夜な暴れまわっている、何て言われても否定する事ができないじゃないですか!』
何でこんな事を言ったんだ?
何言われても全く怒らない温厚な村紗があんなに熱くなったのは何故?
『だから私は自分が怖いです。眠るのが怖いです』
もしかしたら村紗の言っている事は全て真実なのではないか?
実際に村紗が寝ている間に化け物になって人を襲っているとして、それを誰かが村紗に伝えたら?
そうだとしたら村紗は自分に対して疑心暗鬼になるかもしれない。人気の離れた場所に移り住むかもしれない。
「村紗?」
背中越しに語りかける。村紗のほうを見るのが怖い。
いつの間にか、村紗の寝息が聞こえなくなっていた。虫のさえずり一つ聞こえない。
「村紗、ねぇ起きてる? 村紗!」
何だか嫌に寒い。部屋の温度が下がっている気がした。
カチカチと音がしていると思ったらそれは自分の歯が震える音だった。寒さのせいでは決してない。
『自分の目に入る範囲は状況が判るから冷静になれるんです』
ああ、そうか。私もそうすればいいのか。
怖いから背中を向けるなんて事してるから余計怖いんだ。きっと、そう。
振り向けばそこに村紗が居る。阿呆な面でぐっすり寝てる村紗が居るはずなんだ!
唇を噛んで震える歯を押し込めた。
一度深呼吸をし、意を決して私は村紗の方に振り返るとそこには――――
□ □ □
私が地底に封じられて間もない頃。私は都に居たときと何ら変わらない生活を送っていた。つまり、種を使って怖がらせてはその様子を見て楽しんでいた訳だ。地底には妖怪しか居なかったが案外人間よりも驚いてくれる小心者の妖怪も少なくはなかったので、日々をつまらなく思ったりする事はなかった。
今は夜更け。元から薄暗い地底がさらに深く影を落としていた。
「―――さて」
今日のターゲットは地底の外れにあるこの掘っ建て小屋の住民。妙に立派な船の脇にひっそりと建ててある小屋。あまり長居はしないから適当に作った風の小屋だ。何でこんな場所に住んでるんだとか思ったけど私には関係ないな。
「地底の住民はみんな訳ありみたいな感じがして好かないけど、ここに住んでいる奴はどんな奴かな!」
正体不明の種を自分に仕掛ける。
後は小細工はいらない、家に侵入すればそれで驚き腰を抜かすはずだ。
「そーれ恐怖しろー!」
「え?」
室内からの声を無視して意気揚々と正面から突っ込んだ。
外見以上に殺風景な室内には最低限生活に必要な物が揃えてあるだけで、嗜好品や娯楽になるようなものは見当たらない。
その中に妙に青白い顔をした幽霊のような人間(人間のような幽霊?)が呆然とした表情でこちらを見ていた。
「あ、あの……」
「え、あれ」
戸惑っているようだが私に恐怖しているようには感じられない。見る人によってバラバラだが私は今、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ……みたいな感じに見えるはず。
こいつはよほどの鈍感か或いは……。
「お前、私が怖くないのか」
「え? はい」
「えー! なんでなんでー!!」
イライラして正体不明の種を取り外してしまった。
「やぁ、随分可愛らしいお嬢さんですね」
「うるさいっ!」
幽霊の襟首を掴んで詰め寄る。
「何で怖がらないの!」
「す、すみません」
「謝るな! 怖がらないのを怒ってるんじゃない、理由はなんだって訊いてるの!」
「あ、ああ、そういう事でしたか。すみません……」
私は呆れかえり、掴んでいた襟首を離す。「痛いっ」と言って尻餅をつく幽霊。
「まぁまぁ、取り敢えず落ち着いてください。今何か作りますから」
何故そうなる、とか言おうと思ったけど、やたら楽しそうに料理を作り始める幽霊を見たら馬鹿馬鹿しくなってしまった。
きっと普段ここには客人など訪れないので寂しかったのだろう。だから私のように粗忽な客人でもこうしてもてなす。
自分の姿を重ねてしまった訳ではないけど、もう少しここに居てやってもいいと思った。……ほら、何で怖がらないのか訊かなきゃならないしさ。
□ □ □
「私は村紗水蜜といいます。よければ貴女の名前も伺っていいですか?」
わーっ! あったかご飯だー! なにこれすごい美味い!
いつも店から盗んだりしてるから温かいご飯なんて滅多にありつけないんだよねー!
「あ、あの……」
食材盗んでも自分じゃ料理できないからそのまま生で食べちゃうし、今まで料理作ってくれる奴なんて私には居なかったから本当ラッキー!
「名前……」
「封獣ぬえ」
「封獣さんですね!」
はふはふ……このご飯もお米一つ一つが立っててオカズなしでも十分美味い!
加えてこの味噌汁も濃すぎず薄すぎず。あ、きっといい味噌使ってるんだな~。
「封獣さんは何の用事で私の所にいらっしゃったんですか?」
あーこれ何の魚だろ。脂のってて美味すぎる。旬の魚使ってるんだろうな~美味い通り越して怖いわ。
「あ、あの……何の用事で……」
ん、用事? そんなのご飯を食べに来たに決まって…………あれ?
「あ! そうだ! あんた何で私を怖がらなかったのよ!!」
「は?」
そうだった、私はこいつを驚かせて恐怖させに来たのだ。危うく忘れる所だった。
「だーかーらー何で化け物が目の前に現れても平然としてられるのよ」
「えー……えーと化け物なんてあんまり怖くないし、それに」
「それに?」
「目に見える恐怖より目に見えない恐怖と言いますか……」
「はぁ」
私に押し切られ、ぽつりぽつりと理由を吐き出し始めた。
前者は……まぁ、地底にはよくある理由だった。力の強い鬼やらは化け物などに負けないという自信があるのだ。
ただ後者は初めて耳にした理由だ。
村紗と名乗ったこの幽霊に少なからず興味が湧いた。
「自分の目に入る範囲は状況が判るから冷静になれるんです」
「ふむ」
まぁ、判らなくもないかな。正面から驚かされるのと背後から驚かされるのは違うし。
「ですから私は封獣さんが怖くありませんよ。姿形がどうあろうと、封獣さんが見えますから」
「……」
村紗は柔らかに微笑んだ。白い歯をチラリと覗かせて……無意識にやっているとしたらタチが悪い。
非常にキラキラして爽やかで何というか……ああもうこの天然!
「じゃ、じゃあ、あんたは何が怖いのよ!」
「さっきとは逆になりますね。……私は私の目に映らないもの怖いです」
「目に映らないって何よ。空気でも怖いの?」
「いや、そんな事はないです……。例えば自分とか怖いです」
ナルシスト……
「いえいえ違います!! そうじゃありません!」
私のうんざりした表情を見た村紗が慌てて切り返す。
「今私は自分がどんな顔をしているのか判らないでしょう?」
「鏡見れば?」
「それでも四六時中、鏡を見ている事は出来ないでしょう? 現に今、封獣さんも自分の顔とかを見れないと思います」
「……まぁ」
「仮に『封獣さん、顔が猿になってますよ』と言っても封獣さんはそれを確認できませんよね?」
「誰が猿だっ!!」
「ち、違います! 例えです! 封獣さんはすごく愛らしいお顔ですよ」
……だ、だから、そう言う事を素で……ああもう!
「自分の事は自分が良く知っているなんて嘘っぱちです。眠っている時なんて自分が何をしているか全く判らないんですよ。それこそ私が寝静まった後、私が何か得体の知れない化け物になって夜な夜な暴れまわっている、何て言われても否定する事ができないじゃないですか!」
少し熱くなっているようだ。よく喋る。
「だから私は自分が怖いです。眠るのが怖いです」
「……」
私が何も言えずに黙っていると村紗はまた慌てて切り返してきた。
「す、すみません。一人で勝手に興奮してしまって……」
「い、いや……」
「あの……」
おずおずと村紗が尋ねる。
「封獣さんってどの辺にお住まいですか?」
「いや特にないけど」
「え! お家ないんですか!? 封獣さんみたいな可憐な女の子がそれはいけません!! と、とにかく今晩は泊まってください! むしろここに住んでもいいんですよ! あ、いや、もちろん封獣さんが良ければの話ですけど!」
いつもの調子(会って間もないが)を取り戻したようだ。
断るのも悪いような気がしたので私は取り敢えず今晩だけ、と付け加えて泊まる事を伝えた。
「お家ないだなんて驚きましたよ……」
ちょっとお節介で世話焼きな所もあるけど、それを含めて村紗は良い奴だと思う。少なくとも私はそう思っている。
だからこそ村紗の『自分が怖い』なんて考えはどこから生まれたか疑問だった。普通に育っていればそんな発想はしない。
私は村紗に背を向けて布団に寝転がった。部屋の反対側には同じようにして村紗が横になっている。
「きっと……たくさん苦労を……してきたんでしょうね……」
村紗は眠たげにぽつりぽつりと口をこぼしていた。独り言なんだか私に話しかけてるんだか判別できないので取り敢えず無視している。
「…………」
やがて静かになった。背中側から規則正しい寝息が聞こえる。
他人と接触するのに慣れてない私はいつも人との関係を窮屈に感じていた。だけど村紗と居てそれを感じない。
初めての事だった。初めて会話を苦に感じなかったのだ。それは多分村紗が馬鹿だからだと思う。
村紗の話を無視しても村紗は怒らないし、私が何を話しても村紗は笑顔で聞いてくれる。
圧倒的に楽なのだ。
案外、ここに住むのもありかなーって考え初めていた。
その時。
背中に悪寒が走った。
何か嫌な感じがする。野生の勘だとか虫のしらせとかそういった類のものが私に危険信号を送った。
『目に見える恐怖より目に見えない恐怖と言いますか……』
村紗の言葉がフラッシュバックのように思い起こされた。
そうだ。何で村紗は自分が怖いなんて言ったんだ。何でそう思うようになったんだ?
『私が寝静まった後、私が何か得体の知れない化け物になって夜な夜な暴れまわっている、何て言われても否定する事ができないじゃないですか!』
何でこんな事を言ったんだ?
何言われても全く怒らない温厚な村紗があんなに熱くなったのは何故?
『だから私は自分が怖いです。眠るのが怖いです』
もしかしたら村紗の言っている事は全て真実なのではないか?
実際に村紗が寝ている間に化け物になって人を襲っているとして、それを誰かが村紗に伝えたら?
そうだとしたら村紗は自分に対して疑心暗鬼になるかもしれない。人気の離れた場所に移り住むかもしれない。
「村紗?」
背中越しに語りかける。村紗のほうを見るのが怖い。
いつの間にか、村紗の寝息が聞こえなくなっていた。虫のさえずり一つ聞こえない。
「村紗、ねぇ起きてる? 村紗!」
何だか嫌に寒い。部屋の温度が下がっている気がした。
カチカチと音がしていると思ったらそれは自分の歯が震える音だった。寒さのせいでは決してない。
『自分の目に入る範囲は状況が判るから冷静になれるんです』
ああ、そうか。私もそうすればいいのか。
怖いから背中を向けるなんて事してるから余計怖いんだ。きっと、そう。
振り向けばそこに村紗が居る。阿呆な面でぐっすり寝てる村紗が居るはずなんだ!
唇を噛んで震える歯を押し込めた。
一度深呼吸をし、意を決して私は村紗の方に振り返るとそこには――――