本日は月に一度の大掃除、娘の朱鷺子と共に僕は倉庫で埃を被りながらいる物といらない物をひっ掻きまわしていた。
「それにしてもお父さんガラクタ詰め込みすぎじゃない?」
「そうかな、僕にとっちゃ宝物さ」
サングラスに覆面と言う些か危ない恰好の僕らは途中途中口論を繰り返しながらも掃除を勧める。
「お父さん、この四足大きな機械が写ってる写真何?」
「あぁ、それは結構昔に傭兵と称する男に貰ったんだ。売れるかと思って里に持っていったら思いのほか売れ無かったよ」
珍しいものに目が無い里の住人相手に売れると思ったんだがなぁ。
その客が言うにはあれは無人だそうだが、河童も作れるんだろうか。
「へぇ、空を飛ぶ奴に大きなお城みたいなのもあるね……ん?これは機械じゃ無いなぁ、お父さん、ひょっとしてこれお父さんとお母さん?」
「どれどれ……あぁそうだよ、僕と母さんが若い頃山に登った時の写真だ」
朱鷺子が持ち出してきた色褪せた山頂の写真、懐かしい、あの時を思い出す。
そう、あれはもう十年以上も前だったか。
腰を降ろし沈みゆく太陽に目をやる。
とても美しい風景だ、山ならではの美しい風景。下にいては到底お目にかかる事なんて出来ないだろうな。
ふと思い出し、後ろを見る。
「…キリサメ、天幕の設営手伝ってくれ」
キャンバス製の天幕相手に悪戦苦闘する慧音が僕を呼んでいた。
そう、本日僕は目の前の女性、上白沢慧音と共に開山時期の少し前の山に来ている。
「分かったよ慧音、貸してごらん」
縄を張りペグを打ち込み固定させる。
「慧音、出来たぞ」
「やっぱり手際が良いなぁ、惚れ惚れするよ」
「ありがと。でもこれくらいは里の男ならできるよ」
なんせ僕も含め銃を担いで狩りに行く人が多いんだ、親父さんもその一人だし。
「良し、夕飯は私に任せておけ」
「危ないから手伝うよ」
胸を張る慧音を一人にしないよう、僕も飯盒と鍋を担ぎ水場まで行く。
そして火を起こし僕は汁物、慧音は米と作業を分担。
僕はなるべく作るものを慧音に見せないよう、鍋を混ぜる。少し驚いてもらいたいからな。
「……うん、旨い」
味見をして丁度いい事を確認すると火を消し蓋をする。
「私の方も良いぞ」
「そうか、じゃあ火から降ろして逆さにして置いてくれ」
「分かった」
言ったとおり逆さに置いた慧音は何に使うのか棒を取り出し振り上げた。
目標がどう見ても飯盒だったので僕は急いで棒を取り上げる。
「な!何するんだキリサメ、最後の仕上げをするんだぞ?」
「棒きれで何するつもりだい」
聞くとやはり飯盒の底を叩くつもりだったらしい。なんて非常識な。
「それは駄目だよ慧音、底がへこむだけだから」
「そうなのか?初耳だ」
「まぁ良いよ、憶えておいてくれ」
日は既に落ち木に吊るしたランタンの光の下で夕食を始める。
「さぁ食べよう、お腹がペコペコだ」
「あぁ……ちょっと待った」
鍋に手をかけた慧音を手で制する。
これは僕に開けさせてくれと言いながら蓋を取った。
「……味噌汁じゃない、なんだこれは」
「先日自警団で教わった」
鍋には黄色のどろりとした煮込み、肉や野菜がバランスよく入った野外料理、カレーである。
「どうやって食べるんだ?」
「米に掛けて食べる、じゃ駄目かな?」
「いや、面白そうだ、やってみよう」
飯盒の蓋に米を盛り、ルーをかけ、食べはじめた。
魔界からの旅行者が伝えたと聞いたし、それなりに新しい味だが、何故か落ち着く。
「旨いなぁ、キリサメは本当に料理が上手だ、良い夫になるな」
「そりゃどうも、当面誰かを娶るとか言う考えは無いけど」
「ははは、だろうな」
そうこうしている内に鍋は空となり飯盒から米が無くなった。
カレーを綺麗に拭き取り飯盒に水を張り放置、片付けは明日で良い。
「美味しかったなぁ、なぁ」
「あぁ、我ながら良くできたと思うよ」
「明日は山頂まで行くか?」
高すぎない普通の里山だからゆっくりしても山頂には間に合う、最悪もう一泊は出来るくらいの装備はある。
それに明日の天気は良さそうだから景色は良いだろう。
「行こうとは思うよ、慧音に山頂を見せてあげたい」
「楽しみにしておくよ」
「楽しみにしておいてくれ」
言いながら寝ころぶ、あぁ、星が綺麗だ。
平地より高い標高、地平線までもが夜空、何処までも続く星の大海。
聞えた慧音の歓声に体を起こす。どうやら月が出たようだ。
満月のように見えるがそうでない、不完全な丸、十六夜の月。
「不思議だな」
「何がだい?慧音」
「里から見た月は黄色がかっていたが、山では銀色だ」
ランタンの光にも劣らない輝きを放つ月は山の稜線に美しい銀の威容を夜の虚空に映し出す。
僕は無言で照明を落とし、月明かりを楽しむ。
「キリサメ、見てくれ」
月に手を翳した慧音、そしてその後ろを見ると、僕と慧音の影がくっきりと浮かんでいた。
僕も手で影を作り慧音の手の影へ持って行く。実際には繋がないが、影で繋ぐ。
「綺麗だな」
「あぁ」
人工的な明かりでは無い、自然な明かり。
「月では兎が餅つきをしていると言うが、どう考えるキリサメ」
「僕は薬を作っていると聞いたよ、ほら、あの手に持ってるのは薬研に見えないか?」
「私は薬より餅のが好きだ」
「主観の問題だね」
「あぁ」
僕の肩に慧音の頭が寄り掛かる。
そして彼女は口を開いた、まるでこの世界に二人きりのようだと。
僕もそう思う、口には出さないが。
少しして、僕は慧音の頭に手をやり優しく撫でる。美しく丁寧な手入れが施された髪を。
「慧音の髪は綺麗だな」
「髪だけか?」
「さぁ、どうだろうね」
言いつつ手を止め、次は手を肩にやり先程よりも近くに抱き寄せると布越しに体温が伝わった。体の温度が上がり、心拍数も心なしか上がる。
嫌がられないだろうか、が、その心配は杞憂に終わった。
「……暖かい」
しかしこうしていても段々と寒くなる、そろそろ中へ入ろうか、提案すると慧音は素直に従ってくれた。
この幻想郷でも些か旧式なキャンバスの天幕は先程の予想とは違って、一人では広く、二人では息も詰まるくらいのよく分からないものだった。
取り敢えずランタンをぶら下げ、明かりをつけ寝る準備がしやすいようにする。
寝袋の中に体をいれ、ランタンに手を伸ばす。
「じゃ、消すよ」
「あぁ」
寝袋に入りランタンを消すとあっという間に暗闇へと変わった。
静かな夜、風は弱く虫もいない、最高の夜だ。
「なぁキリサメ、お前に山を誘われた時私は少し迷ったんだ」
暗闇の向こうから聞こえる静かな声。
やはり慧音は迷ったのか、確かに男と二人きりで山登り、それに泊まりなんて躊躇するに決まっている。
「でも良かったよついて来て、カレー旨かったぞ」
「そうか」
天井を見上げ、慧音の言葉に返答する。
良かったか、そうか。
「さぁ、明日は早いぞ、もう寝た方が良い」
「あぁ、お休み、キリサメ」
暫くして慧音の寝息が聞こえ、僕も目を閉じる。
闇が視界を覆い尽くし、一つ欠伸をして、そこからの記憶が途切れた。
翌朝、僕達は後片付けを済ませ、頂上へと立った。
偶然居合わせた黒い髪の天狗の少女が気前よく写真を撮ってくれて、更にはその場で現像までしてくれた。
……しかし何処かで見た事のあるような顔だったなぁ。
「良い思い出が出来たな、キリサメ」
「あぁ、しかし妖怪の山の技術には驚かされるよ」
下山途中、写真について一通り語り合い、眺めた。
背嚢を背負い、帽子を被った僕と慧音が見事なまでに映し出されている、これが里でも普及すればと何時も考える。
歩く時間は昨日よりも短い、降りるだけだからだ。
そして麓までつくと、一泊二日の最終目的地、温泉宿へ着いた。
「これが楽しみだったんだ、山から下りた後の風呂が一番の楽しみなんだよ、慧音」
「そりゃ良い、昨日は風呂に入れなかったからな」
麓の温泉宿『白狼』はついこの前開いた温泉宿、宿泊だけでなく温泉につかるだけでも良いと言う。
「お疲れ様、お山はどうでした?」
「良い天気、山頂からはこの幻想郷の端まで見えそうだったよ」
銀の髪をした小柄な白狼天狗の少女がそうですかと笑いながら僕達を出迎えた。
「早速だけどお風呂入っても良いかな」
「はい、大丈夫です」
庭に面する小部屋に背嚢を置き、着替えを引っ張り出し風呂場へ向かう。
混浴ではないと思うが浴場は一つしかないため交代で入る、順番決めだ。
「さて慧音、どっちから入る」
「私は後で良い、ゆっくり入りたいから」
「じゃあお先に入らせて貰うよ」
既に準備されている浴場には湯気が立ち込め温度は高い。
まずは体と髪の毛を洗い髭を剃る、これが入浴前のマナーだろう。
そして湯船につかる。あぁ、やっぱりこれは良いなぁ、最高だ。
「あぁ気持ち良かった、慧音、もう良いよ」
「お、じゃあ行ってくる」
笑顔を浮かべ風呂場へと向かう慧音を見送り、僕は庭からの景色を眺める。
夏の近い昼下がりに吹きそよぐ風は風呂上がりの体に優しい。
「お疲れさまでした」
「あ、どうも」
先程の娘さんが僕に茶と漬物を持って来てくれた。
僕が茶を一口飲み、態々丁寧に爪楊枝が刺された胡瓜を口にいれる。
「…旨い」
呟くと目の前の少女はそうでしょう、これは河童が良く食べる美味しい胡瓜なんですと教えてくれる。
「ではごゆっくり」
立ち上がり、奥へと消えて行ったのを確認して、また庭に向き直る。
しかしこうも静かで気持ちが良いと、眠くなってしまうなぁ。
大きい欠伸を最後に、僕はその重たい瞼を閉じる事にした。
目を覚ますと、既に夜になっていた。
「眠り過ぎたかな…」
大きく欠伸をして体を伸ばし、周りを見渡す。
「…慧音?何処だ」
とそんな呟きも無駄に終わった。すぐ隣で眠りこけていたのだ。
浴衣に身を包み幸せそうな顔で背嚢に頭を預け静かに寝息を立てている。
「慧……」
呼びかけて、止めた。
こんなに気持ちよさそうに寝ているんだ、もう少し眠らせてあげよう。
もし起きなくとも、行動予定表には一日多く記載している、大丈夫だ。
僕は自分に言い聞かせ、同じように背嚢を枕にして寝ころぶ。
「……お疲れ、慧音」
言いながら、頬を撫でる。
そして、微妙に開かれている慧音の手に自分の手を重ね、優しく包み込む。
「……うぅん、キリサメぇ」
起こしてしまったか。
「お前の手は……暖かいにゃ………」
ただの寝言か、ふぅ。
静かに上下する慧音の胸と張りと艶のある肌。
僕は眼鏡を外し、目を閉じ同じように眠ることにした。
「…そんな事があったんだぁ」
「うん、それ以来母さんと山はいって無いけど」
僕はともかく慧音は山登りなんてしている余裕なんてないからな。
「私も登ってみたいなぁ、里の山でしょ?」
「あぁ、中々良い山だよ」
言葉を返しながら、写真を見る。
セピア色に褪せた写真の中の僕と慧音は、笑っていた。
「それにしてもお父さんガラクタ詰め込みすぎじゃない?」
「そうかな、僕にとっちゃ宝物さ」
サングラスに覆面と言う些か危ない恰好の僕らは途中途中口論を繰り返しながらも掃除を勧める。
「お父さん、この四足大きな機械が写ってる写真何?」
「あぁ、それは結構昔に傭兵と称する男に貰ったんだ。売れるかと思って里に持っていったら思いのほか売れ無かったよ」
珍しいものに目が無い里の住人相手に売れると思ったんだがなぁ。
その客が言うにはあれは無人だそうだが、河童も作れるんだろうか。
「へぇ、空を飛ぶ奴に大きなお城みたいなのもあるね……ん?これは機械じゃ無いなぁ、お父さん、ひょっとしてこれお父さんとお母さん?」
「どれどれ……あぁそうだよ、僕と母さんが若い頃山に登った時の写真だ」
朱鷺子が持ち出してきた色褪せた山頂の写真、懐かしい、あの時を思い出す。
そう、あれはもう十年以上も前だったか。
腰を降ろし沈みゆく太陽に目をやる。
とても美しい風景だ、山ならではの美しい風景。下にいては到底お目にかかる事なんて出来ないだろうな。
ふと思い出し、後ろを見る。
「…キリサメ、天幕の設営手伝ってくれ」
キャンバス製の天幕相手に悪戦苦闘する慧音が僕を呼んでいた。
そう、本日僕は目の前の女性、上白沢慧音と共に開山時期の少し前の山に来ている。
「分かったよ慧音、貸してごらん」
縄を張りペグを打ち込み固定させる。
「慧音、出来たぞ」
「やっぱり手際が良いなぁ、惚れ惚れするよ」
「ありがと。でもこれくらいは里の男ならできるよ」
なんせ僕も含め銃を担いで狩りに行く人が多いんだ、親父さんもその一人だし。
「良し、夕飯は私に任せておけ」
「危ないから手伝うよ」
胸を張る慧音を一人にしないよう、僕も飯盒と鍋を担ぎ水場まで行く。
そして火を起こし僕は汁物、慧音は米と作業を分担。
僕はなるべく作るものを慧音に見せないよう、鍋を混ぜる。少し驚いてもらいたいからな。
「……うん、旨い」
味見をして丁度いい事を確認すると火を消し蓋をする。
「私の方も良いぞ」
「そうか、じゃあ火から降ろして逆さにして置いてくれ」
「分かった」
言ったとおり逆さに置いた慧音は何に使うのか棒を取り出し振り上げた。
目標がどう見ても飯盒だったので僕は急いで棒を取り上げる。
「な!何するんだキリサメ、最後の仕上げをするんだぞ?」
「棒きれで何するつもりだい」
聞くとやはり飯盒の底を叩くつもりだったらしい。なんて非常識な。
「それは駄目だよ慧音、底がへこむだけだから」
「そうなのか?初耳だ」
「まぁ良いよ、憶えておいてくれ」
日は既に落ち木に吊るしたランタンの光の下で夕食を始める。
「さぁ食べよう、お腹がペコペコだ」
「あぁ……ちょっと待った」
鍋に手をかけた慧音を手で制する。
これは僕に開けさせてくれと言いながら蓋を取った。
「……味噌汁じゃない、なんだこれは」
「先日自警団で教わった」
鍋には黄色のどろりとした煮込み、肉や野菜がバランスよく入った野外料理、カレーである。
「どうやって食べるんだ?」
「米に掛けて食べる、じゃ駄目かな?」
「いや、面白そうだ、やってみよう」
飯盒の蓋に米を盛り、ルーをかけ、食べはじめた。
魔界からの旅行者が伝えたと聞いたし、それなりに新しい味だが、何故か落ち着く。
「旨いなぁ、キリサメは本当に料理が上手だ、良い夫になるな」
「そりゃどうも、当面誰かを娶るとか言う考えは無いけど」
「ははは、だろうな」
そうこうしている内に鍋は空となり飯盒から米が無くなった。
カレーを綺麗に拭き取り飯盒に水を張り放置、片付けは明日で良い。
「美味しかったなぁ、なぁ」
「あぁ、我ながら良くできたと思うよ」
「明日は山頂まで行くか?」
高すぎない普通の里山だからゆっくりしても山頂には間に合う、最悪もう一泊は出来るくらいの装備はある。
それに明日の天気は良さそうだから景色は良いだろう。
「行こうとは思うよ、慧音に山頂を見せてあげたい」
「楽しみにしておくよ」
「楽しみにしておいてくれ」
言いながら寝ころぶ、あぁ、星が綺麗だ。
平地より高い標高、地平線までもが夜空、何処までも続く星の大海。
聞えた慧音の歓声に体を起こす。どうやら月が出たようだ。
満月のように見えるがそうでない、不完全な丸、十六夜の月。
「不思議だな」
「何がだい?慧音」
「里から見た月は黄色がかっていたが、山では銀色だ」
ランタンの光にも劣らない輝きを放つ月は山の稜線に美しい銀の威容を夜の虚空に映し出す。
僕は無言で照明を落とし、月明かりを楽しむ。
「キリサメ、見てくれ」
月に手を翳した慧音、そしてその後ろを見ると、僕と慧音の影がくっきりと浮かんでいた。
僕も手で影を作り慧音の手の影へ持って行く。実際には繋がないが、影で繋ぐ。
「綺麗だな」
「あぁ」
人工的な明かりでは無い、自然な明かり。
「月では兎が餅つきをしていると言うが、どう考えるキリサメ」
「僕は薬を作っていると聞いたよ、ほら、あの手に持ってるのは薬研に見えないか?」
「私は薬より餅のが好きだ」
「主観の問題だね」
「あぁ」
僕の肩に慧音の頭が寄り掛かる。
そして彼女は口を開いた、まるでこの世界に二人きりのようだと。
僕もそう思う、口には出さないが。
少しして、僕は慧音の頭に手をやり優しく撫でる。美しく丁寧な手入れが施された髪を。
「慧音の髪は綺麗だな」
「髪だけか?」
「さぁ、どうだろうね」
言いつつ手を止め、次は手を肩にやり先程よりも近くに抱き寄せると布越しに体温が伝わった。体の温度が上がり、心拍数も心なしか上がる。
嫌がられないだろうか、が、その心配は杞憂に終わった。
「……暖かい」
しかしこうしていても段々と寒くなる、そろそろ中へ入ろうか、提案すると慧音は素直に従ってくれた。
この幻想郷でも些か旧式なキャンバスの天幕は先程の予想とは違って、一人では広く、二人では息も詰まるくらいのよく分からないものだった。
取り敢えずランタンをぶら下げ、明かりをつけ寝る準備がしやすいようにする。
寝袋の中に体をいれ、ランタンに手を伸ばす。
「じゃ、消すよ」
「あぁ」
寝袋に入りランタンを消すとあっという間に暗闇へと変わった。
静かな夜、風は弱く虫もいない、最高の夜だ。
「なぁキリサメ、お前に山を誘われた時私は少し迷ったんだ」
暗闇の向こうから聞こえる静かな声。
やはり慧音は迷ったのか、確かに男と二人きりで山登り、それに泊まりなんて躊躇するに決まっている。
「でも良かったよついて来て、カレー旨かったぞ」
「そうか」
天井を見上げ、慧音の言葉に返答する。
良かったか、そうか。
「さぁ、明日は早いぞ、もう寝た方が良い」
「あぁ、お休み、キリサメ」
暫くして慧音の寝息が聞こえ、僕も目を閉じる。
闇が視界を覆い尽くし、一つ欠伸をして、そこからの記憶が途切れた。
翌朝、僕達は後片付けを済ませ、頂上へと立った。
偶然居合わせた黒い髪の天狗の少女が気前よく写真を撮ってくれて、更にはその場で現像までしてくれた。
……しかし何処かで見た事のあるような顔だったなぁ。
「良い思い出が出来たな、キリサメ」
「あぁ、しかし妖怪の山の技術には驚かされるよ」
下山途中、写真について一通り語り合い、眺めた。
背嚢を背負い、帽子を被った僕と慧音が見事なまでに映し出されている、これが里でも普及すればと何時も考える。
歩く時間は昨日よりも短い、降りるだけだからだ。
そして麓までつくと、一泊二日の最終目的地、温泉宿へ着いた。
「これが楽しみだったんだ、山から下りた後の風呂が一番の楽しみなんだよ、慧音」
「そりゃ良い、昨日は風呂に入れなかったからな」
麓の温泉宿『白狼』はついこの前開いた温泉宿、宿泊だけでなく温泉につかるだけでも良いと言う。
「お疲れ様、お山はどうでした?」
「良い天気、山頂からはこの幻想郷の端まで見えそうだったよ」
銀の髪をした小柄な白狼天狗の少女がそうですかと笑いながら僕達を出迎えた。
「早速だけどお風呂入っても良いかな」
「はい、大丈夫です」
庭に面する小部屋に背嚢を置き、着替えを引っ張り出し風呂場へ向かう。
混浴ではないと思うが浴場は一つしかないため交代で入る、順番決めだ。
「さて慧音、どっちから入る」
「私は後で良い、ゆっくり入りたいから」
「じゃあお先に入らせて貰うよ」
既に準備されている浴場には湯気が立ち込め温度は高い。
まずは体と髪の毛を洗い髭を剃る、これが入浴前のマナーだろう。
そして湯船につかる。あぁ、やっぱりこれは良いなぁ、最高だ。
「あぁ気持ち良かった、慧音、もう良いよ」
「お、じゃあ行ってくる」
笑顔を浮かべ風呂場へと向かう慧音を見送り、僕は庭からの景色を眺める。
夏の近い昼下がりに吹きそよぐ風は風呂上がりの体に優しい。
「お疲れさまでした」
「あ、どうも」
先程の娘さんが僕に茶と漬物を持って来てくれた。
僕が茶を一口飲み、態々丁寧に爪楊枝が刺された胡瓜を口にいれる。
「…旨い」
呟くと目の前の少女はそうでしょう、これは河童が良く食べる美味しい胡瓜なんですと教えてくれる。
「ではごゆっくり」
立ち上がり、奥へと消えて行ったのを確認して、また庭に向き直る。
しかしこうも静かで気持ちが良いと、眠くなってしまうなぁ。
大きい欠伸を最後に、僕はその重たい瞼を閉じる事にした。
目を覚ますと、既に夜になっていた。
「眠り過ぎたかな…」
大きく欠伸をして体を伸ばし、周りを見渡す。
「…慧音?何処だ」
とそんな呟きも無駄に終わった。すぐ隣で眠りこけていたのだ。
浴衣に身を包み幸せそうな顔で背嚢に頭を預け静かに寝息を立てている。
「慧……」
呼びかけて、止めた。
こんなに気持ちよさそうに寝ているんだ、もう少し眠らせてあげよう。
もし起きなくとも、行動予定表には一日多く記載している、大丈夫だ。
僕は自分に言い聞かせ、同じように背嚢を枕にして寝ころぶ。
「……お疲れ、慧音」
言いながら、頬を撫でる。
そして、微妙に開かれている慧音の手に自分の手を重ね、優しく包み込む。
「……うぅん、キリサメぇ」
起こしてしまったか。
「お前の手は……暖かいにゃ………」
ただの寝言か、ふぅ。
静かに上下する慧音の胸と張りと艶のある肌。
僕は眼鏡を外し、目を閉じ同じように眠ることにした。
「…そんな事があったんだぁ」
「うん、それ以来母さんと山はいって無いけど」
僕はともかく慧音は山登りなんてしている余裕なんてないからな。
「私も登ってみたいなぁ、里の山でしょ?」
「あぁ、中々良い山だよ」
言葉を返しながら、写真を見る。
セピア色に褪せた写真の中の僕と慧音は、笑っていた。
ここでノックアウトしました
言われてみれば確かにそうですねw
最強の婿だな、霖さんは。
多分博物館なんだろうな。妖怪の山って元は火山だし、鉱石とか結構取れそうだしなー。
そして化石も飾ってあって、その前で原作通り龍の話へと持っていって、原作の挿絵の魔理沙みたいな顔になってるんだろうなぁ、慧音てんてー。