「こんなにも月が紅いから、本気で愛したいわ」
そんなことを言われたのは、どのくらい前のことだっただろう。
「随分と情熱的ね」
クールに返す私の頬も、真っ赤に染まっていて。
「あら、いい紅ね」
つんつん。頬をつつかれた。
「止めなさいよ、もう」
そう言いつつも、なんだか心地いい。……あったかいのだ。心が。
「いいじゃない、今夜くらい」
紅魔館の、レミリアの部屋。そこで私達は一緒のベッドで寝ていた。……そういうことは、その………まだ、無い。
だって、こいつは。
「ねぇ、レミリア」
「なぁに?」
――――――こちらから望まない限り手を出してきてくれないのだ。
「いいわよ、今日は」
「あら、あなたも今日は随分と情熱的じゃない」
「まぁ、たまには、ね。……でも」
そう言って、私はレミリアの前に人差し指を立てる。
「噛むのだけは、止めてね?」
言われたレミリアは少し寂しそうな笑顔で、
「えぇ、分かっているわ。……霊夢は、人間でいたいんでしょ?」
コクリ。私は頷く。
「じゃあ、無理強いはしないわ」
「約束よ?」
「えぇ、約束」
私は安心して腕を下ろす。そして、私とレミリアの顔が、徐々に近づいて………
……………………………
……………………
……………
あぁ、楽しかったなぁ。
「―――――――霊―――――嫌――――死―――――」
遠くから、声が聞こえる。
「―――医―――――呼―――治――――」
聞き慣れた、幼くて子供っぽい、でも威厳の漂うあいつの声。
うっすら、目を開ける。
「!?れ、霊夢!?」
目の前には、焦っているあいつの顔。
「霊夢、霊夢!生きてるのね!!」
生きてるわよ、まったく。
「大丈夫!?私の声、聞こえてる!?」
聞こえてるわよ、うっさいなぁ。って、ありゃ、声が出ない。……あぁ、そうだった。私、死にかけてるんだっけ。
「レ…ミ……リ、ア…」
気力だけで声を出す。それだけで、息が持たないほどだ。
「霊夢!」
表情がパッと明るくなるレミリア。……嫌だなぁ、言うの。
「…ご、めん…も…う、駄目…み…たい……」
その一言で、レミリアの顔色が変わる。
「そんな…そんなこと言わないでよ霊夢!あなたなら、きっとだい」
「レミ…リア…」
声を遮り、そうして、私は静かに首を振る。……自分のことは、自分が一番よく分かっているから。
「…嫌、そんなの嫌よ、だって、だって少し前まであんな元気だったじゃない……」
ぽとり、ぽとり。涙を拭こうともせずに、レミリアは俯いてしまう。……そんな悲しそうな顔しないでよ。見ているこっちが悲しくなってくるわ。
しばらくすると。レミリアは、ゆっくりと顔を上げた。その顔は、涙やらなんやらでぐしゃぐしゃになっていて。そして、どこか虚ろだった。
嫌や予感が、する。
「そうよ…そうだ……霊夢が吸血鬼になれば……!」
………あぁ、やっぱり。
確かに、それは素晴らしいことだろう。長い寿命の中、レミリアと幸せに暮らす。そんな未来も、あったのかもしれない。
「霊夢、安心して。すぐ、元気にしてあげるわ………!!」
でも。でも、それは、駄目なのだ。
私は、博麗の巫女で、あなたは吸血鬼。それは、それだけは崩してはいけない。博麗の巫女として。……レミリアを愛した、一人の人間の霊夢として。
「……ァ………」
もう、かすれたような声しか出ない喉を動かす。それでも、レミリアは気付いてこちらを見つめてくれる。
「大丈夫、大丈夫よ、霊夢。私が、今すぐあなたを吸血鬼に………」
「やく、そく」
声を、振り絞る。
「っ!!」
レミリアは、ビクリ、と体を震わせる。
「わ、た……しは…にん……げ、んで…いたい、……なぁ………」
………悪い女だなぁ、私。自分の我を通したら、レミリアが悲しむのは分かってるのに。
レミリアは、また、俯いてしまった。
「嫌よ……嫌……霊夢と離れたくない………どうして、どうしてっ……!」
ぽたぽたと、涙が再び降ってくる。
「……そう、よね。あなたがなりたくないのなら、無理強いはしない、わっ……!」
……あぁ、本当に私は悪い女だ。だって、愛するレミリアこんな悲しい思いをさせて、独りぼっちにしてしまうのだから。
私は、老いて逝ってしまい。
そして、レミリアを置いていってしまう。……笑えない、なぁ。
せめて。せめてレミリアには、笑いながら見届けて欲しい。
もう、声の出ない唇を動かす。
レミリアに伝わるように、ゆっくりと。
わ、ら、っ、て
………伝わったと、思う。だって、レミリアは、涙に濡れた頬を動かして、笑顔を作ってくれたから。
それは、とてもぎこちなかったけど。確かに笑顔だった。
………………あぁ、時間、かな。
今までかろうじて見えていたレミリアが、少しずつ、黒く滲んでいく。死が、もうそこまで来ている。
なら、せめて。
最後に、一つだけ伝えよう。
ありきたりで、ありふれた、それでいて思いを込めればちゃんと伝わる魔法の言葉。
「愛してる」
最後の最後、唇は、喉は、動いてくれた。
「っ…!!えぇ、えぇ、私もよ。愛してるわ、霊夢」
あぁ、よかった。
目を、閉じる。もう開くことは無いだろう。
と、不意に。
唇に、感触が伝わる。柔らかくて、張りのある感触。……まったく、不意打ちね。
ただ、唇を重ね合わせるだけのキス。そんな優しいキスは、随分長い時間に、私は感じられた。
やがて。やがて唇が離れると。いよいよもって意識が滲んで溶けてゆく。
最後の逢瀬にしては、悪くなかった。
本当に意識が消えかかる最後。レミリアの声が、聞こえた。
またね、霊夢
またね、か。レミリアらしいわね。
またね、レミリア
心の中でそう呟いて、私は、覚めることのない眠りについた。
―――願わくば、再び運命が重ならんことを。
霊夢がどうしていきなり死にかけてるのかもわからないのが気になります…
もっと長いのが読みたいです!
期待してますよー
もう少し練ってみては如何でしょう?