「はー…さっぱり!」
風呂上がり、ガシガシと乱暴に髪を乾かすぬえは喉の渇きを覚えて冷蔵庫をあさった。
「お、あったあった…んくんく……。くぁーおいしい!」
やはり風呂上りは腰に手をあて、牛乳に限る。
ぬえは白いひげをつくりながら満足げに大きな独り言をつぶやいた。
「あ…爪伸びてる」
偶然目についた足の爪。長い間ほったらかしにしていたため随分と長い。
道理で最近、よく靴下に穴が開くわけだ。
「ついでだし切ろうかな…」
決心したはいいが、肝心の爪切りが見つからない。普段使わないから奥深くへと仕舞いこんでいるようだ。
探せど探せど見つからない。もともとあまり気が長い方ではないぬえが飽きるのも時間の問題だった。
「ちょっと、最後に使った人は元の場所に戻しなさいよね!!」
「なに叫んでるの、ぬえ」
叫び声を聞き付けて、たまたま通りがかったムラサが様子を見に来た。
彼女に聞けば分かるかもしれないと思い、ぬえは尋ねてみる。
「爪切りがないのよ! ムラサ、どこにあるか知らない?」
ムラサはその答えに呆れた。それくらい自分で分かれ!と言いたくなってしまう。
だが、間抜けで可愛いなと思ったりもする。
「…そこの引き出しの2番目の奥よ」
「あ、あった。誰よこんなとこに仕舞ったのは!」
「…それはあんた専用の爪切りのはずなんだけど?」
「え、本当に? んなわけないでしょ。私が自分でやったことを忘れるわけが…」
「はいはい」
ムラサは再び呆れるしかなかった。
こんなのが異変の元凶だったなんて信じたくもない。
「爪切るの?」
「うん。だいぶ伸びちゃってるから」
「私がやる」
「ん? …別にいいけど?」
ぱちん、ぱちん。
小気味いい音が耳に響く。ぬえはうちわ片手に下着をぱたぱたさせ、座布団の上で寛いでいる。
一方ムラサは畳に片膝を立て、神妙な面持ちでぬえの爪を切り続けている。まるで何かの職人のようだ。
「なんか最近暑くなってきて困るわ…」
「あっ、明日の朝ごはんはフレンチトーストがいい!」
「今日ね、神社に行ったんだけどあの紅白がさ…」
ぬえが空を仰ぎながらムラサに話しかける。が、当のムラサは適当に相槌を打つばかりで聞いている様子がない。
「ムラサぁ…こんなん楽しいの?」
爪を切ることは面倒なハズなのだが。
すこし間があって、ようやくムラサは口を開いた。
「あんたの足は綺麗だから好きよ。それを整えていると思うと誇りすら感じるわ」
「あ、…そう」
こうも自信たっぷりに言われてしまうと何も言い返せなくなってしまう。
こんな時、ぬえは彼女がなかなかヤバい部類に入るのではないかといつも悩んでいる。
「ムラサ」
「なぁに」
「あのさ…何してるの?」
「爪を切り終わったのよ」
「うん。そりゃあね、音がしなくなったから分かるわ。そうじゃなくてさ、今何してんの?」
ムラサはぬえの足を丁寧に丁寧に…。
「あんたの足舐めてる」
「…ばかっ! 汚いからやめてよね!!」
「ぬえの足は汚くない。お風呂上がりだし」
「そういう問題じゃない! …やめなさい、村紗さん」
「嫌です封獣さん」
ぬえが幼い子供をたしなめるように注意しても、ムラサが退く気配は一向にない。
「私の言うことが聞けないの!?」
「あんたの言うことを聞く筋合いはないわ」
両者一歩も譲らない。
「足を舐めることの何がいけないの? こんなに綺麗な足があったら無意識にでも口付けしたくなるものでしょう!?」
ムラサは足に対する熱弁をふるった。
ぬえは若干、引いている。
「……勝手にして」
「そうさせてもらうわ」
ムラサは至極嬉しそうに答えた。
――あー…。やっぱこいつヤバいわね。
ぬえは諦めて、再びうちわを片手にぱたぱた扇ぎ始めた。
けれどその口元にはどこか満足そうな笑みがあった。
船長はぬえに対してだけ変態が理想。