Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

死ぬより辛し

2011/05/14 13:28:12
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   射命丸文の死去。
   よって文々。新聞は休刊と致す。



 などという文字が、灰色ざら目の新聞紙の右上隅に、たった二行ばかり印字されていた。他はひたすら白紙でめくる頁は一枚として用意されていなかった。

 私は大いに関心させられつつ、一方で疑問に首をひねった。この記事は射命丸文、つまり私の天狗仲間で新聞合戦のかたきである彼女が、亡くなったことを伝えるものに他ならなかった。一面に文字が踊り狂っているはずの新聞を、こんな淡白に、見方によっては贅沢につかった手法には、内容と相まりとてつもない衝撃があった。私の眼底にハッキリと文の死亡が印刷されたワケだ。

 しかし、この新聞の紙名には文々。新聞と書いてある。文が刷った新聞だ。それとも文ではない別の誰かが、彼女の新聞という形を借りているのだろうか。

 それはありえない。

 天狗たちはそれぞれ、差異はあれど強い自己を保っている。自分の新聞の名を安易にほかへ使わせたり、ライバル紙の名をいただいたり。そんな振る舞いはありえない。私だって、花果子念報という名を誰にも貸したくはない。

 そして私は、これが誰の手から放たれたものかを知っている。

 梢に腰をおろしてネタを書き溜めていた手帳をめくりながら、ああでもないこうでもないと考えていた私のもとに、突風よろしく横切り様に新聞を投げつけてきた人物は、文を除いて他にいない。

 死んでいないではないか。ついさっき私の前に現れたではないか。

 もしや新聞に記された文章は、予告に近いもの性質を抱えているのだろうか。文は自分が死ぬという結末を、あらかじめ記事におこし配っているのかもしれない。

 バカバカしい。とは、一概に言えないのが、以前に彼女を追いかけていたこともある私の考えである。

 なんと言えばよいのか、ファナティストと言えばよいのか。

 非常に興味深かったので、作者の真意を探るために飛び立つことにした。

 妖怪の山を離れるまではゆるやかにすべり、越えてからは遠慮なく加速して文の行方を追いかけた。文の調子からすると、今頃は人間の里までたどり着いている頃合いかと思われた。するとなぜだろう。道中の、ある松を通りすぎようとしたとき、そこの梢にぽつねんと止まる文を見つけた。

 さっきまでの勢いをどこかへなくした彼女を見て、もしやそこで首をつるか落ちて頭をかち割るつもりかと、私はとっさに思い当たった。すかさず近寄って彼女の手をつかまえた私は、早まるなと大声で叫んだ。

 私の到来に、一度は驚きもあらわに顔を上げた文だが、すぐ笑顔になって見つめ返してきた。ニヤニヤ、ニタニタという言葉を書き添えたくなる、薄気味のわるい笑顔だ。

 私がその笑顔にまごついていると、彼女は嗄れ気味の声でゆっくり喋りはじめた。

「アハハハ……ドウモこんにちは。はたて。いやあ、貴方なら追いかけてくると思っていましたよ。だからこうして……雀のように座ってお待ちしておりました……フフフフ。はあ、なになに、敬語はむずがゆいからやめろと……そうですね、たしかに同じ鴉同士でかしこまる必要はありません。ですが、今ばっかりは、どうかこの口調で……なぜかと言うと、私はただいまから大変重要なお話を喋るからです。すると自然と口調はピッシリしてきます……ええ、これは新聞記者のサガと呼べるかも、しれません……ハハハ、アハハハ……今から教えてさしあげますから、どうかご清聴願います。この射命丸文が死んだワケを。

 さて……話は七日ほど前にさかのぼります。ええそう、ずいぶん最近のことです。ほら、貴方のご記憶にも真新しいアレが、あったではありませんか。最近、天狗たちの間で流行っていた謎の病……はい、それです、モノが書けなくなるアレですよ。貴方はかかっておられないようですな。ハハハハ……引きこもっていたから大丈夫だったと……そうかもしれませんねえ。なにせ私のほうは、取材のために東奔西走していましたから。妖怪の山だけではなく、もっと広くに飛びこんでいました。それというのも、この奇病がもし天狗以外にも発症しているとしたら。その疑問によった行動です……結果はなんともつまらないものでしたがね。天狗の一族にだけ流行ったこの疾患。私はひと通りの取材をして、そろそろまとめようと思っていたところでした。筆をとって白紙の原稿とご対面ですよ……さあてどんな記事を書いてやろうかと袖まくりをしたところ、どうも上手に浮かんでこない……しばらくウンウン唸って、そのうちに気づいたんです。ハハアなるほど……これはもしや私も例の病魔に侵されたのではないかしら……と……なんですって、それが原因で死に急ぐのかって? ……イエ、そんなつもりは微塵もありません。死ぬつもりはないのですよ……まあ、死んだも同然ですが。

 実はこの病、はたても知っていることとは思いますが……二日三日もすればケロリと治ってしまうよく分からないものでしてね、出どころ不詳ならば終わりも不詳。嵐のようにとは正にこれ……私は腹をくくりまして、ひとまず原稿は置いて悠々過ごすことにいたしました。お休み強化期間などと、一人で冗談を言いながらねえ……アハハハハ。それで二日は自宅で過ごし、念を入れて三日も阿呆のように無駄遣いして、四日目になってから再び机に向かいました。筆をとり白紙の原稿を見下ろしたときですよ、するどく閃きまして……そうだ、これは白紙病と名付けよう……と。しかし、それ以上が湧いてこないではありませんか。はじめの一行でさえも。すっかり参りましたよ。そのときはもう一日休めば何とかなるだろうと決めつけまして、その日も寝具とお付き合いしていました……五日目には今日こそ完治しているだろうと、原稿とにらめっこの準備をしました……この日がイチバン辛かったかもしれません。なにせ一日中、原稿のます目を睨んでいましたから。頭をこう、抱えまして……ウフフ……活動かマンガに出てくるような塩梅ですよ。

 一日中頭を抱えていた私ですが、六日目にも同じことになりましてね、さすがにその日は、二時間くらい悩んだあとにすっかり諦めてしまったのですが。そこで気づきました。私は……ほかの天狗たちと同様に白紙病にかかってしまったが、私に身体にふりかかった白紙病はタダの白紙病ではない。長期間におよぶ特別に悪夢的なものなのだと。その期間がいつまでかは分からないが、少なくとも三日かそこいらで収まりはしないと。そこで私に二つ目の天啓がやってきましてね……いやあ実際は苦心の末の絞りカスかもしれませんが、とにかく救われたような気持ちになりましたね……本当のところは、まったく救われていませんが。思いついたのはこの記事を書くことですよ。はたても既に読んだでしょう。すぐに読み切ったに違いありません。アハハハ……分かっています。記事の正体を知りたいから私のもとにやってきたんですよね……分かっています。

 白紙病に蝕まれている私が、いつ治るとも分からぬこの現状。放っておくのはマズいので、とりあえず文々。新聞が休刊することだけでも伝えておくべきだと、はじめに思いました。しかしタダ休刊にするだけでも面白くない。何か粋のよい記事でも書ければよい。けど今の私ではなにも書けない……どうしようと立ちふさがっていたところです。この私の状態を表現するにふさわしい言葉を書けばよいと思いつきました。それを的確に表した言葉、射命丸文の死去……ハハハハハハ……すみません、その時の自分を思い出して、つい。どうですか、実に的を得ていて、洒落の利いた文句だと感じるでしょう。私はさっそく原稿に書き出しすぐさま印刷所に向かったわけですよ。そこを担当する白狼天狗を真夜中にたたき起こしまして、緊急だから急いでコレを刷りなさいとねえ。本当なら日の出前には出発できるはずだったのですが、新聞ができあがったことで安心してしまいまして、眠たくなったんですよ。昼まで眠っていました。あとはもうお分かりですね……新聞配達に出かけた私です。そうして配っている途中で空しくなってきて、樹になぐさめてもらっていた私です。フフフ……ああ……喋ったらスッキリしました。頭もいくらか綺麗になったような。はたて、ありがとうございます。もしかしたら私の最後の新聞、遺言になるかもしれませんから、できれば保存しておいて下さい。まあ、構いやしませんけど。……いやあ死にはしませんよ」

 ひとしきり喋り終えた文は、けたけたと笑いながら飛び上がり、人間の里のほうへ向かっていった。私はもう彼女を追いかけなかったが、その背中にフラッシュを焚かせてもらった。

 文の事情を聞いていくうち、私のなかでみるみる記事が組み立てられていった。瞬く間にできあがっていったので、嬉しくてたまらなかった。急いで文章に起こしたくなった。

 自宅まで引き戻ると、薄汚れた、なじみ深い机の前に座り、新しい原稿用紙を敷き広げてペンをとった。

 いまだ私の記憶には、さきほど完成したばかりの申し分ない記事が光をたたえている。だが少しだけ考える時間をつくった。文の暴露にあった疑問を解消しなければと踏みとどまった次第だ。それは、記事の成り行きを左右する重大なものだと、私の記者としてのカンが鳴っていた。

 なぜ文が例の病気に、彼女の言葉を借りるなら白紙病に、なってしまったのだろうか。そしてなぜ彼女だけは何日となく病から退けなかったのか。

 彼女はそれを取材している折に苛まれてしまった哀れな鴉天狗である。取材している最中だ。つまり、白紙の悪魔にとりつかれてしまっていた天狗連中への取材の最中だ。一方で他人とはまるで会わなかった私は、まだその腕に捕まっていない。

 私はここまで来てある仮説にたどり着いた。その仮説は恐らく正しい。

 なんていうことだろう。信じられない。私は、もしかすると他の天狗や、文でさえも知りうることのできなかった事実を掘り当ててしまった。あの文がここに至らなかった理由は、病によって放心状態だったからだろうと推察される。

 ペンを、落とした。

 私は机の下にかがみこんでペンを取ると元の位置にもどった。原稿の上にペンを添えて書き出そうとしたところで、私は自分の仮説に並々ならぬ自信を持ち得た。

 白紙病は伝染する。
皆さんも原稿を前にしてうなるしかできない時期がおありかと思いますが、
きっと、もしかしたら、白紙病かもしれません。
今野
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ああ、読んでしまった。かかってしまった。
けれど、他人の創作物に触れていると自然と意欲も湧き出します。
つまり、うつせば治るのですね、これは。
2.名前が無い程度の能力削除
なんだろう……筒井康隆に通じる不安と狂気を感じる。
3.名前が無い程度の能力削除
すでに白紙病をこじらせて物書きとして死んでしまった自分にとって感慨深い話でした。
物書きにとっては死に至る病なんですよね、白紙病。
4.愚迂多良童子削除
筆の遅い自分に言わせれば、上手く書けないのが普通で、
勢いの乗っている時と言うのが、精神的にハイで異常な状態なんだと思います。