自室で何をするでもなく呆けていると、我が従者咲夜が音も無く現れて何かを差し出してきた。
「つまらないものですが、どうぞ」
「ん?」
見ると、小さな箱だった。
「なんぞこれ」
「私のほんのお気持ちですわ」
普段通りの柔和で、しかし何を考えているかわからない笑顔で返され、訝りつつも私は箱を開けることにした。
「これは……」
そこにあったのは、華美とは言わないまでもシックな装飾の施されたいかにも咲夜が選びそうなデザインの指輪だった。
これは、つまるところ。
「結婚指輪か」
「そんなところでしょうか」
あっさりと返される返答。そのそっけなさに私は憤慨を禁じえない。
「薄っ、ちょっとリアクション薄くない?」
「もうしわけありません」
「許サン。奉仕ヲ命ズル」
「では手始めに肩もみでも」
普段ならば数回の掛け合いの後に行われる奉仕を、しかし咲夜はノータイムでしかも瀟洒スマイル付きでしてくれる。
とんとんと心地好いリズムで肩を叩く感覚に身を委ねながら、私は一連の行動の理由を訊ねた。
「今日はいつになく優しいじゃないの。何かいいことでもあったのかしら」
「ふふ。今日はなんでもお申しつけくださいね」
そして再び瀟洒スマイル(当社比)。
なんだろうこれは。私は夢でも見ているのだろうか。幻想郷はいつから桃源郷になったのだろう。
「ふむ。では次は指圧を頼もうか」
まあなんでもいい。これが夢なら覚めないうちに満喫しよう。夢でないならそれはそれでいい。
急すぎる私の要望にもすぐに応えてくれる咲夜。私はうつぶせに寝かせられ、背中の中心あたりをぐいぐいと指で押される。あ、やばいきもちいいこれ。
「おぅふ……最高」
だらしない声が漏れるが、それすらどうでもいいと思えるくらい気持ちがいい。
「あー、もうしんでもいい」
「今お嬢様に死なれては、少し困りますね」
「ほー、いいことを聞いた。私が死ねば咲夜の困り顔が見れるのか。戯れに死んでみるのも一興かな」
「それでは私の顔を見ることも出来ないでしょう」
「そこはほら、愛の力で」
「いんぽっしぶるですわね」
「ふむ。残念だよ」
そこで私はようやく、先程の問いをはぐらかされていることに気づく。
やりおるな。流石私のメイドだ。
「で、今日はどうしたの」
「ふふ」
訊ねるが、咲夜は微笑むばかりで答えない。
寝かせられているため今は顔が見えないが、きっと柔らかく微笑んでいることだろう。
私は耳元で囁かれるくすぐったい声を感じながら、その瀟洒スマイルに思いを馳せた。和んだ。
「外の世界では、今日はそういう日なんだそうです」
「主が至れり尽くせり出来る日?」
「まあ、そんなところです」
「いいねえ外の世界。私あなたのそういうところ好きよ」
「壁に誰かいらっしゃるんですか?」
ふむ。感謝デーといったところか。外の人間もいろいろ思いつくものだ。
つくづく、こういう外の行事を考える人間は大変だと思う。
「……まあ、指輪ありがとう」
「いえいえ。ほんのお気持ちですから」
といっても高かったろうに。無給の紅魔館で働いている咲夜がどうやってと思うが、まあ訊くのは野暮というものだろう。
それから「失礼します」と言って咲夜が部屋を去る際、不思議な言葉を聞いた。
『お母様』。
「――――」
茶目っ気たっぷりなその台詞を聞いて合点がいく。
肩もみ、肩たたき、マッサージ。先程までの行動は全て親孝行だったというわけだ。指輪をプレゼントなんて、可愛いところあるじゃないか。
「……くく」
にしても、『お母様』ねえ。なら、咲夜がこどもか。
昔こそ小さかったものの、今では咲夜は大きくなった。立派になった。色々と……大人になった。
流石にもうこどもとは呼べないわねえ。そう思い、ふと咲夜に貰った指輪を着けてみた。じゅー。
…………じゅー?
「あっづあづあづあち、あちちち銀製かこれェ!!」
……前言撤回。
やっぱりあいつは、いつになってもイタズラ好きのこどもだった。
「つまらないものですが、どうぞ」
「ん?」
見ると、小さな箱だった。
「なんぞこれ」
「私のほんのお気持ちですわ」
普段通りの柔和で、しかし何を考えているかわからない笑顔で返され、訝りつつも私は箱を開けることにした。
「これは……」
そこにあったのは、華美とは言わないまでもシックな装飾の施されたいかにも咲夜が選びそうなデザインの指輪だった。
これは、つまるところ。
「結婚指輪か」
「そんなところでしょうか」
あっさりと返される返答。そのそっけなさに私は憤慨を禁じえない。
「薄っ、ちょっとリアクション薄くない?」
「もうしわけありません」
「許サン。奉仕ヲ命ズル」
「では手始めに肩もみでも」
普段ならば数回の掛け合いの後に行われる奉仕を、しかし咲夜はノータイムでしかも瀟洒スマイル付きでしてくれる。
とんとんと心地好いリズムで肩を叩く感覚に身を委ねながら、私は一連の行動の理由を訊ねた。
「今日はいつになく優しいじゃないの。何かいいことでもあったのかしら」
「ふふ。今日はなんでもお申しつけくださいね」
そして再び瀟洒スマイル(当社比)。
なんだろうこれは。私は夢でも見ているのだろうか。幻想郷はいつから桃源郷になったのだろう。
「ふむ。では次は指圧を頼もうか」
まあなんでもいい。これが夢なら覚めないうちに満喫しよう。夢でないならそれはそれでいい。
急すぎる私の要望にもすぐに応えてくれる咲夜。私はうつぶせに寝かせられ、背中の中心あたりをぐいぐいと指で押される。あ、やばいきもちいいこれ。
「おぅふ……最高」
だらしない声が漏れるが、それすらどうでもいいと思えるくらい気持ちがいい。
「あー、もうしんでもいい」
「今お嬢様に死なれては、少し困りますね」
「ほー、いいことを聞いた。私が死ねば咲夜の困り顔が見れるのか。戯れに死んでみるのも一興かな」
「それでは私の顔を見ることも出来ないでしょう」
「そこはほら、愛の力で」
「いんぽっしぶるですわね」
「ふむ。残念だよ」
そこで私はようやく、先程の問いをはぐらかされていることに気づく。
やりおるな。流石私のメイドだ。
「で、今日はどうしたの」
「ふふ」
訊ねるが、咲夜は微笑むばかりで答えない。
寝かせられているため今は顔が見えないが、きっと柔らかく微笑んでいることだろう。
私は耳元で囁かれるくすぐったい声を感じながら、その瀟洒スマイルに思いを馳せた。和んだ。
「外の世界では、今日はそういう日なんだそうです」
「主が至れり尽くせり出来る日?」
「まあ、そんなところです」
「いいねえ外の世界。私あなたのそういうところ好きよ」
「壁に誰かいらっしゃるんですか?」
ふむ。感謝デーといったところか。外の人間もいろいろ思いつくものだ。
つくづく、こういう外の行事を考える人間は大変だと思う。
「……まあ、指輪ありがとう」
「いえいえ。ほんのお気持ちですから」
といっても高かったろうに。無給の紅魔館で働いている咲夜がどうやってと思うが、まあ訊くのは野暮というものだろう。
それから「失礼します」と言って咲夜が部屋を去る際、不思議な言葉を聞いた。
『お母様』。
「――――」
茶目っ気たっぷりなその台詞を聞いて合点がいく。
肩もみ、肩たたき、マッサージ。先程までの行動は全て親孝行だったというわけだ。指輪をプレゼントなんて、可愛いところあるじゃないか。
「……くく」
にしても、『お母様』ねえ。なら、咲夜がこどもか。
昔こそ小さかったものの、今では咲夜は大きくなった。立派になった。色々と……大人になった。
流石にもうこどもとは呼べないわねえ。そう思い、ふと咲夜に貰った指輪を着けてみた。じゅー。
…………じゅー?
「あっづあづあづあち、あちちち銀製かこれェ!!」
……前言撤回。
やっぱりあいつは、いつになってもイタズラ好きのこどもだった。
包帯巻いてまで指輪してるお嬢様が可愛かったです。