■雨収まり花竹涼し
ぽつり、ぽつりと雨の音が静かな和室に響く。
私こと藤原妹紅は永遠亭に御呼ばれしていた。
「……綺麗ねぇ、雨の音は」
呑気に呟くのは私の宿敵こと蓬莱山輝夜。
「あぁ、静かだな」
出された緑茶を飲みつつ同じ事を呟く。
しかしどうして和室に雨音と言うのは似合うのだろう。
以前慧音も雨の日は作業がはかどると言っていたが、確かにこんな日は読書やそんなのに精を出したくなる。
「ねぇ妹紅、囲碁でもしない?」
「お、良いねぇ」
輝夜が引っ張り出してきた碁盤ににじり寄り碁石を摘み置き始めた。
パチンと言う人工的な音と、ぽつりと言う何処までも自然的な音が混ざり合い、溶け合う。
「静かね」
「静かだな」
そして私の黒石が輝夜の白石を囲もうとした時、音が消えた。
どうやら、雨が止んだらしい。
私は置こうとした石を引っ込め、呟く。
「止んだな、雨」
「えぇ、それより打たないの?」
黙って頷き、石を元の場所に収めた。
「外に出ないか?」
「良いわよ、別に」
障子を開け、庭を眺める。
雨の粒が雲の間から差し込む陽光に照らされ俄かに光り出したと思えば、花は静かに垂れるし雫に揺れた。
「……綺麗だな」
「……えぇ」
何を思ったか、私は裸足で庭へ下りた。
冷たく、気持ちの良い土の感触。
「上がるなら足を拭きなさいね」
「分かってる」
雨上がりの涼しい空気に体を晒し、息を大きく吸い込む。
若竹の良い匂いが鼻孔に充満した。
「…気持ち良いなぁ」
雲からやっと完全にその姿を現した太陽を眺め、暫く何も考えず佇む。
忘れそうになっていた土の感触、植物の匂い。
「……気持ち良いなぁ」
最後にそう呟いて、光で眩んだ目を擦りながら部屋へ戻ることにした。
■春宵旅夢多し
腹の底に響くような潮騒、香る潮、沈む夕日。
ここは何処だ。あぁ、海だ、私の海だ。
音が大きいのに、揺れないなぁ、静かな海だ。
「……んぅ…ふぅ」
期待を膨らませ、目を開けると見慣れた天井。
「…あぁ、夢か」
外を見やればまだ夜の闇の中。
何時だろう、だが眠ろうにも意識が高揚してしまった、夢の中の航海で、旅で。
「外に出ようかしら」
ぼやきつつ、障子を開け廊下に座り込む。
丸い春の宵の月が燦然と輝く夜空、だが山の月。
「違うなぁ、やっぱり」
「何が違うんですか?村紗」
後ろからの優しい声に振り向く。
「あぁ聖、夢を見ました、海の夢を」
微かに残る海の匂いや音を思い出しながら、語る。
軋む船体、風に唸る帆、波を掻き分け進む夢を、過去を。
「そう……」
穏やかな表情で静かに耳を傾ける聖。
山の月と海の月は違う、そう呟き、付け加える。
「でも、海か貴方、どちらかを選べと問われば、私は貴方について往きます」
貴方がいない船路は、寂しいから。
すると聖は静かに微笑んだ。
「私は、幸せ者ですね」
貴方達に囲まれて、と呟いて、自分の部屋へ戻って行く。
私も立ち上がり、月明かりに照らされた聖の背中に敬礼をして、部屋に戻った。
■春宵旅夢多し その2
月の輝く砂丘を、駱駝に乗り往く。
見知らぬ土地であるにも拘らず、不思議と怖いとか恐ろしいと言う感覚も無くただ往く。
ふと思い出し、胸のポケットに入れておいた写真を見る。
虚空に浮かぶ銀の髪を伸ばした小さい少女、僕の娘。
「………朱鷺子」
呟き、革袋の水を一口飲む。
さくり、さくりと砂を踏む音と、緩やかに流れる風の音。
「朱鷺子だけで、大丈夫だろうか」
呟く傍らの伴侶。
僕は彼女の駱駝に自分の駱駝を寄せその美しい髪を撫でる。
「大丈夫さ、きっと」
「そうか」
砂を踏む旅路は続く。夜の砂漠を渡る旅。
「……夢、か」
見慣れた天井に呟き、薄明りを辿り開かれた絵本に気づく。
そして隣には幸せそうな寝顔の娘。
どうやら本を読んであげている途中に眠ってしまったようだ。
「どんな夢を見ているんだろうな」
ふと気付く、もう一つの布団が空だったのだ。
「慧音…厠か?」
呟きつつ、布団を抜け出し居間を探してもいない。
厠の灯りは点いていないから中にはいないし仕事場にもいない。
そして外に出ると、月を眺める妻がいた。
「…起きていたのか、慧音」
「あぁ、霖之助」
夢と同じ、いやそれ以上に美しい髪の妻は僕を少し見るとまた空を眺める。
「夢を…見たよ」
隣に座りつつ語りかけると、妻はどんな夢を見たのかと問うた。
ありのまま、素直に述べる。
「君と二人で満月の浮かぶ砂漠を駱駝で旅する夢、だよ」
「何だそれは、それに朱鷺子は」
家で留守番、と言うと妻は笑う。
「それは可哀そうだな、一人だけ残されるなんて」
「そうだね」
そしてまた妻は呟いた。
「今度夢を見るなら家族一緒に旅する夢を見ろ」
相変わらず、無茶な事を言う妻だ。
だが、それがかなえば僕も嬉しい。
字が綺麗に書けるっていいですねっ。自分はそういうのは持ってないから裏山。
森近一家ウ_フ_フ