1.
月から見た地球はガラス玉のようだと輝夜は思う。
先程拾った星屑を手の中で転がすとそれはきらきらと光った。
永琳はこれを星では無いと言うだろう。
星はただの宇宙の屑なのだと。
しかし輝夜が星だと言えばそれは星なのだった。
「とてもきれいね」
星屑は輝夜のてのひらで蒼い光を溢していた。
星はいつでも赤や白や黄色や青の光を放っている。
あれは熱の温度で変わるのですと永琳は言う。
輝夜はそんなことはどうでもいい。
何故皆は物事を小難しく考えるのかしら?
輝夜はそう思いながら星を空に返した。
てのひらから投げ出されたそれは綺麗な弧を描いて草むらに落ちた。
銀色の葉の中で蒼色の光は見えなくなった。
輝夜は笑った。
「やっぱりあれは星では無かったわ」
宙には蒼く地球が浮かんでいた。
2.
永琳が輝夜の部屋に入ると彼女はいなかった。
質素ながら品のある室内の中部屋の主だけが欠けていた。
見ると文机の上に手紙が置いてあった。
「星を探しにいってきます」
それだけが書いてあった。
永琳は軽く息をついて腰を下ろした。
こういうことは一度や二度のことではなかった。
だからそのうち帰ってくることも分かっている。
諦めて待つしかない。
案の定輝夜は暫くしてから帰って来た。
「星は見つかりましたか」
「見つかったけどそれは本物では無かったわ」
「それはそれは」
残念でしたねと言うと輝夜は笑った。
「本物は見つからないから本物なのよ永琳」
そんなことも分からないの?
永琳は再度息をついた。
永琳には彼女が分からない。
これも一度や二度のことではなかった。
3.
「私、昔星を探しに行ったことがあるの」
「…そうですか」
優曇華は目を瞬かせながら頷いた。
夜空にはいつかの夜のような月は浮かんでいなかった。
そのかわり星がよく見える夜だった。
優曇華はでも見つからなかったのと語る輝夜の横顔を見つめた。
そこに浮かぶ表情からは相変わらず何も読み取れなかった。
「本物の星は何処にあるのかしらね」
輝夜の問いかけはいつもよく分からない。
師匠にも理解できない人物を自分が理解できるとも思わない。
この会話に意味があるのかさえ自分には分からない。
だから優曇華はいつもの通り正直に答えた。
「よく分かりませんけど今夜の星はきれいですね」
そう言うと輝夜は機嫌良さそうに微笑んだ。
撫でられた頭がくすぐったかった。
4.
ぴょんぴょんと跳ねるように竹林を駆ける。
今夜の落とし穴は会心の出来。
明日優曇華を落とすのが楽しみで思わずつま先が踊る。
そんな帰り道の途中で輝夜に出会った。
「姫様」
「あらてゐ」
「外出ですか」
師匠には言ってるんですか。
姫様が無断で外出すると師匠がうるさいんですよ。
てゐは土のついた鋤をくるくる弄びながら不平を告げた。
輝夜はあらまぁとわざとらしく驚いて見せる。
「その様子じゃあ師匠には言ってないんですね」
「書き置きは置いておいたけど」
「何かご用でもあるんですか」
「うふふ…まあね」
久しぶりに本物の星を探しに行こうと思って。
今夜はこんなに星が綺麗だから。
指さす先には銀色の竹と墨を流しこんだような夜空。
今夜は新月のせいか星がよく見えた。
「はぁ…お気をつけて。早めにお帰り下さいね」
てゐは特に星に興味はない。
とりあえず師匠の機嫌が悪くなるのだけは勘弁願いたい。
輝夜は愉快そうに笑った。
5.
竹林から自分の住処への帰路思いかけず輝夜に出会った。
見つけたと言ったほうが良かったかもしれない。
星の奇麗な夜だった。
竹林の上には絹のような漆黒の夜空。
その中で星が澄んだ輝きをこぼしていた。
いつもの殺し合いもする気がおきなくなるほど美しい夜。
しかし輝夜はそんな夜空には目もくれず、
川辺の岩に座り川面をじっと覗き込んでいた。
どれほどそうしていただろうか。
やがて輝夜は音も無く竹林の奥に消えた。
あんなに熱心に何を見ていたというのだろう。
訝しさから川を覗き込んだ。
「…ああやはり夜空を見ていたのか」
黒い水面に色とりどりの星が輝いていた。
水の中の夜空はさらさらと流れその度に星の光は揺らめく。
瞬きする間にも夜空は形を変える。
美しい夜空だった。
人里にいる友人にも見せてやったら喜ぶかもしれない。
そう思い元来た道を辿るために踵を返した。