「中華まんの季節もそろそろ終わりですよね。だから、今のうちに全部買ってきちゃいました……テヘッ」
そう答えた美鈴は体の半分が隠れるほどの紙袋を抱え、漏れ出る中華まんの匂いをバラまきながら歩いていた。匂いを辿ってきたのであろう咲夜が呼びとめるのも仕方がない。
紅魔館内の廊下をほっつき歩いている門番をメイド長が怒らないところを見ると、どうやら勤務時間ではないらしい。それもそうだ。この時間なら館の主は既に起きてきて、むしろ生き生きと自ら侵入者の相手をするだろう。夜の吸血鬼を相手にしようという馬鹿は(一部の人間を除いて)いない。
咲夜はしげしげと美鈴を眺めると、普段と変わらぬ様子で一言。
「何を言ってるの? 年がら年中あるじゃないの、そこに二つ」
そう言い放つと、美鈴の胸を指差した。セクハラ発言である。だが言われた方はよくわかっていないのか、はぁと首を傾げる。咲夜としては怒るなり恥ずかしがるなりの反応を期待していたのだろう。あわよくば「味見してみますか?」という美鈴の言葉を待っていた――のかもしれない。咲夜は小さくため息をついた。
すると咲夜の横に大量の蝙蝠が飛来し、少女の姿を型取る。
「だったら理解させてあげるまでよ、体に。咲夜はどうするの?」
「お嬢様!? ……ええ、私もそのつもりでした。取り分は半々でお願いします」
そう言ってナイフを構えると、咲夜の目は赤く染まっていった。
「まぁ、妥当なところかしら」
少女の威圧感が増していく。カリスマの化身とも言われる吸血鬼。そのレミリアの纏う覇気は見た目の幼さよりも大きく、いや、幼いが故に傲慢なほど強大であった。理由がアレでなければ、誰もが称賛したであろう。
不意にレミリアは咲夜を仰ぎ見た。ほぼ同時に二人の視線が合う。永夜の異変を解決した主従は、声に出さずとも一瞬で互いの思惑を解したはずだ。
「ぱふぱふ」しよう、と。
二人が再び美鈴を見遣ったその目は、狩人のそれと酷似していた。
美鈴の肌をざわつかせるほどの何かが、周囲を包んでいく。その空気に圧されぬよう、静かに彼女は気を練っていた。主やメイド長が何を考えているか、はっきりと理解していないが、危機が迫っていることは察しているようだ。
彼女の左手に抱えられた袋から漏れ出る中華まんの香りが、紅魔館の廊下を満たしていく。対峙する三人は動かない。
ふと廊下の奥から聞こえるメイド妖精達の声が、急に止まった。
「っ!」
静から動への境界をこの三人が越えるよりも早く、そう、それ以上に速いモノがいた。
「めーーーりーーーーーーーんっっ!」
その赤い弾丸は主従の間をすり抜け、一直線に美鈴の胸へと飛び込んでいった。
「ぐあっふぅっ。い、いもう、と、さま?」
元の場所から一歩後退して美鈴は受け止めた。もちろん中華まんの袋を落としていないし潰れてもいない。吸血鬼の体や内剄の分を差し引いたとしても、あの衝撃が美鈴の足元の凹みだけで済むのはおかしい。力学的に考えると、フランドールと美鈴の間に緩衝材があったはずだ。ならばそこから導き出される答えは一つ。
乳は偉大だった。
美鈴の体に抱きついたフランドールは胸に埋めた顔を上げると、満面の笑みで訊ねた。
「ねぇねぇ私にもそれ頂戴! 今日は何種類あるの?」
「全部で五種類ですね。肉まん、あんまん、ピザまん、カレーまん。あと焼き鳥まん、なんてものもありましたよ」
「何それ~。じゃあ、焼き鳥まんいっちょう!」
はいよ、と美鈴は返事をして、袋の中をゴソゴソと探っていた。
いきなりだったとはいえ、妹に先を越されてしまった姉とメイドは、目の前の光景をただ唖然と見守るしかなかった。すると背中からの視線に気づいたのか、フランドールが美鈴に抱きついたまま振り向く。そしてペロッと舌を出して、笑った。
「なっ!?」
小さく声を上げるレミリアを尻目に、顔を美鈴の胸に戻すと左右にぐいぐいと押しつける。服の下の胸が窮屈そうに動く。
「ひゃっ! ダメですよ妹様」
「えへ、ごめんなさい。でもめーりんの胸やわらか~い」
「くっ……」
仕方ありませんね、と笑う美鈴とフランドール。アレは本来自分がやるはずだったと言わんばかりに、咲夜は呻いた。
「はい、妹様。これですね」
「やったー。ねぇ、めーりん。食べさせて? あーん」
「そこまでよ!」
動かない大図書館よろしく、咲夜とレミリアは声を揃えて言った。ほぼ同時に咲夜がフランドールを引き剥がして立たせると、レミリアが焼き鳥まんを奪い取ってフランドールの口元に差し出す。
「お姉様でもいいわ。はむ……もむもむ。おー、意外と合うんだね」
レミリアから受け取ると、二口目にかぶりつく。この姉妹、本当に仲が良いのか悪いのかわからない。その横で、また美鈴が袋の中を探っていた。
「えーと、咲夜さんにはこちらの肉まんを。もうそれほど熱くないので大丈夫だと思いますよ」
「へ? あー、うん――ありがとう」
さきほどの展開からまさかもらえるとは思っていなかったのか、少しばつが悪そうに受け取る。瞳はすでにいつもの色を取り戻していたが、ややうつ向きかげんで食べる彼女の頬は、心なしか赤く染まっていた。
そしてまた袋の中を手探りしながら、美鈴はレミリアの隣に、笑みを浮かべてしゃがみこむ。
「それと、こっちのピザまんはお嬢様に。はい、あーん」
「いや、なんで私に」
「嫌ですか?」
「う~」
レミリアは目の前のピザまんを凝視した後、美鈴の方を向いた。二人の目が合う。しばしの沈黙。すると咲夜と同じような顔をして、再びピザまんに目を落とした。キュッと目を閉じると、そのままかぶりついた。思ったよりも美味しかったのか、目を丸くしていた。
「――うん、悪くない」
美鈴に持たせたまま、レミリアはまた頬張った。
「お嬢様、はしたないですわ。しっかり席についてから召し上がっていただかないと」
「構わないでしょう? 美鈴が食べさせてくれると言ったのだから」
「はい。あ、でも、そろそろ他の方に渡しに行きたいのですが」
まぁ仕方ないわね、と意外にもあっさりレミリアは引き下がった。
「ねぇ、めーりん。他には誰にあげるの?」
「そうですね、パチュリー様や小悪魔さんでしょうか。私が買いに行っている間、早めに交代してもらった門番隊の子達にはもう渡してしまいましたから」
「まだ、だいぶあるわね」
咲夜が袋を覗きこんで言った。晩方で残っていた量は多くなかったけれども、その店にあった全てを買って来たため、ゆうに十個程は入っていた。
「まぁ、貴女なら食べられるでしょうけど」
「もちろん! 咲夜さん、もう一個食べます?」
頷いた咲夜は袋に手を突っ込むと、一番上にあったものを取り出した。そのまま二つに割ると、辺りにカレーの匂いが漂う。
「丸々一個は多いわ」
そう言って、大きめの方を美鈴の前に差し出す。美鈴は一寸驚いたような顔をした。
「いいんですか?」
「元々貴女のだもの」
「それじゃあ、遠慮なく」
そう言うと、彼女は差し出された半分を受け取った――――口で。
「あっ」
美鈴が銜えた瞬間、頬を染めて手を引っ込める咲夜。彼女の期待通り美鈴は食べてくれたのだろうが、気恥ずかしさで手を引いてしまうあたり、メイド長はまだまだ若い。幸いカレーまん自体は美鈴の口の中に残っていたため、落とさずにすんでいた。幸せそうな顔で、美鈴は食べている。
「ん~、この辛さが絶妙なんですよね~。あれ? お嬢様、もう一個食べるんですか?」
「まぁ、そんなところね」
美鈴が不思議に思うのも無理はない。元々小食だというレミリアが、袋の中から新たな中華まんを取り出したからだ。その上もう片方の手には、まだ半分以上残ったピザまんがあった。
「見ているのでしょう?」
そう言うと、レミリアは何もない空間に中華まんを放り投げた。この付近には、吸血鬼姉妹とその従者二人しかいない。さらにここの図書館にいる魔法使いは水晶から覗く魔法は使えても、咄嗟には空間転移の魔法は使えない。
あ~あ、バレてしまったのね。
中華まんの軌道上に、皆が言うところの「スキマ」を開く。私自身はレミリアの隣に開けた境界に腰かける。手のひらを上に向けると、放り投げられた中華まんがスキマを通過して、私の手の上に落ちてくる。この形と色と香り、おそらくあんまんだ。
「いいの? 私は不法侵入者よ?」
「構わないわ、だって途中で気づいていたもの。一応客人の扱いはしてあげる」
「あら、そう。だったらお茶でも出してくれないかしら。渋めの緑茶がいいわね」
「咲夜、ぶぶ漬けの用意をしてあげて」
「ふふ、ちょっとした冗談よ。それに私の目的は果たしたし、そろそろお暇させてもらうわ」
この気まぐれな吸血鬼の気が変わらないうちに、マヨヒガに戻っておこう。そろそろ藍も戻ってきた頃だろうし。
すると隣にいた美鈴が不思議そうに訊いてきた。
「目的って、もしかしてコレですか? 言っていただければ、分けましたよ?」
「私だって言おうとしたのよ!? 人里を出る辺りで見つけて声をかけようとしたら、貴女ってばまっすぐ走って帰っちゃったじゃない」
それこそ地図に直線を引いたような経路で、湖の上すら。寝起きだったこととあまりの速度に、うまくスキマに落とせずここまで来てしまった。
「かといって、勝手に頂戴するわけにもいかないでしょう」
おそらく彼女の性格ならば、足りなくなったら自分の分を分けてしまう。そんな気がした。
「さぁ、図書館の魔女さんにでも渡して来たら?」
「おっと、そうでした。それでは失礼いたします。――あぁ、こちらは藍さんと橙さんにどうぞ」
「めーりん、私も行く!」
上機嫌なフランドールと中華まんの香りを連れて、彼女は地下へと歩いて行った。
まったく、これだから貴女は「気を遣う程度の能力」なんて言われるのよ。他人を気遣うよりも、自分の取り分が減っていることを心配なさいな。
緩んだ頬を引き締めながら、貰った分をスキマに放り込んだ。
「さて、私たちも地下へ行くわ。そろそろお引き取り願えるかしら」
「ええ、楽しい時間を過ごさせて頂いたわ。また宴会で会いましょう」
そう言って、レミリアは私に背を向けて歩き出した。その従者も軽く頭を下げると、主の斜め後ろについて歩いていく。廊下を曲がった時の二人の表情は、不気味な程にこやかだった。
私はというと、まだスキマに腰かけたまま、あんまんを食べ始めた。一度マヨヒガに戻ってから霊夢のところに顔を出そうかしら、などと思案する。
大体半分ほど食べ終わった頃だった。案の定というべきか、何を言っているかまでは聞き取れなかったが、遠く――おそらくは地下の方から悲鳴らしきものが聞こえた。やや遅れて、グラッと館全体が揺れる。幸い近くの花瓶は落下せずに、位置がずれる程度で済んだ。
食べ終わる頃にはドタバタも終息しており、悲鳴らしきものは聞こえなくなっていた。私は手を拭いて立ち上がると、先の揺れでずれた花瓶の位置を直し、飾られた花を整える。私が花から手を離した瞬間、大きく開いたスキマが私の体を一気に飲み込む。
おっと、ここを立ち去る前にするべきことがあったわね。
私は上半身だけスキマから乗り出し、美鈴がいると思われる地下の方へ手を合わせて言った。
「ごちそうさまでした」
おじさんと一緒に逃げるんd(レーヴァテイン
美鈴は私と一緒に逃げると決まっt(ミスディレクション
バッバカな!?作中には出てきていな(ロイヤルフレア
紅魔館の前に年中無休の中華まん屋をを開いて美鈴に毎日来て貰う!
どこにあるかって?下半身にあるじゃないか
まn(スキマおくり)
美鈴の無事を祈って!