Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

しるし

2011/05/05 17:00:19
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夏の強い日差しが肌をじりじりと焦がす昼日中。
香ばしさの漂うバスケットを片手にぶら提げながら、草々が敷かれたゆったりとした勾配を進んでいく者の姿が、蜃気楼の中に浮かんでは消えていた。
色とりどりの人形を引き連れたその女性、名をアリス=マーガトロイドと言う。
彼女は疲れた顔も見せずに、むしろどこか楽しげな表情で小高い丘をせっせと上っている。
それはまるでピクニックに向かう年頃の乙女のようで、爽やかな初夏にぴったりの情景だった。

やがて彼女がたどり着いたのは、丘の斜面に広がる綺麗なひまわり畑だった。
人里離れた畑以外何もない場所柄か、普段からこの周囲には人も妖怪もあまりいないのだが。
今日は珍しくもその黄色い絨毯の一角に、見慣れたブロンド少女を見つけることができた。

「こんなところで奇遇ね、メディ」

「アリス?」

少女は声の主に気づいたのか、すぐさま後ろを振り向くと、母親を見つけた迷い子のように喜色満面で迎えた。
咲き始めのひまわりたちに囲まれていたのは、鈴蘭の人形メディスン。
この豊かな表情を見て、しかしいったい誰が彼女を人形などと思うだろう。
そんないつもの感動を覚えつつもアリスは、抱き縋ってきた彼女の艶髪をくしゃりと一撫でして、その愛らしい人形少女に微笑みを返した。

「えーと、今日はメンテナンスの日じゃなかったよね?」

メンテナンスというのは、近頃アリスが行っているメディスンへの定期的なお手入れのことである。
自立人形の研究のためという名目でのことだが、実際は人形であるメディスンの不調が人形遣いとして見過ごせなかったのが一番の理由で。
それを理解しているからなのか、それとも手厚い世話に絆されたのか、自分の天敵にもなりうるはずの彼女にメディスンはいつのまにか懐いていた。
彼女のメンテナンスを毎日のように心待ちにするくらいには。
だが、残念ながら今日はそのお楽しみの日ではない。
メディスンの疑問も当然であった。

「今日はね、誰かさんに会いにきたのよ」

とりあえずここで待たせてもらうけどいいかしら?
はにかんだアリスの不思議な答えに、されど然したる抵抗もなく、愛でる手に身を任せながらメディスンはうんと肯く。
肯定を勝ち得たアリスは、どこから取りだしたのかござを花畑の端に敷くと、さっそく待ち合わせ場所に陣取った。
バスケットを脇に置き、メディスンとともにそこに座る。
彼女のそばにいつもいる小さな人形もバスケットの隣に舞い降りて、穴があくほどの好奇の視線をそれに送った。

しばらくは行儀よく座って、アリスやひまわりたちをじっと眺めていたメディスンだったが。
次第に何かを期待するようにそわそわしだすと、ついにはその小さな瞳で何かを訴え始めた。

「――そうね。まだあいつが来るまで時間がありそうだから、それまでメディと遊んでようかしらね」

「ほんとに?」

「ええ、もちろん」

アリスの言葉でメディスンの退屈な気分もぱっと明るくなったようだ。
心なしか小さな人形も楽しそうに踊り回っている。
その様子に頬を緩めてから、さっそくアリスは裁縫道具の溢れるポケットから毛糸の塊を引っ張りだした。

「それじゃあ、あやとりでもしましょうか」

返事をするまでもなく、メディスンはふたたび深く肯いた。
このあやとりという遊びは、アリスとやる遊びの中でもメディスンがもっとも好きなものだった。
一緒に楽しめるからだけでなく、その温かく柔らかい指に触れることができるから。
もちろんメンテナンスの時も優しく触ってはくれるが、こうして面と向かって触れ合う方がメディスンは好きだった。

「さ、始めましょう」

何度か糸を絡ませながらもしばらくの間、二人はあやとりに興じた。
はしご、ほうき、カメ、田んぼ、天の川。
以前教えてもらった形と、さらに新しく教えられた形を披露していくメディスン。
そしてようやく今日一番の作品が完成したまさにその時。
二人の背後から突然、遊戯の終わりを告げる声が響いた。

「私もその愉快な人形劇に加えていただけないかしら?」

振り向いた二人の後ろに立っていたのは、いつもの日傘をくるりと差した花の妖怪。
それはまぎれもなく、アリスの待ち人である風見幽香だった。
ところどころ跳ね返った髪に陽光が当たり、きらきらと若草のように輝いている。
その眩しさにアリスは思わず目を逸らしてしまったが、けれど幽香はそんなことを気にした風でもなく。
二人の座るござまでブーツを踏みしめ近づくと、すんと一度鼻を鳴らしてから機嫌よく口を開いた。

「玉子、サラダ、ローストハム、トマトにチーズ、ツナマヨとかいうやつの匂いも……中身はサンドイッチね」

「ご明察。よくお分かりで」

「何度アリスの手料理を食べたと思ってるの」

「幽香、すごいわね」

メディスンの素直な称賛をその身に受けながらも、自然な素振りで幽香は傘を折り畳み上品に座り込んだ。
その口角が自慢げに吊り上がっていたのをアリスは見逃しはしなかったが。
彼女がそんな幽香の可愛らしい態度にひそかな笑みを零した瞬間、三人の間を真昼の風が颯爽と吹き抜けていった。
ひまわり畑がざわざわと耳をくすぐる音を立てる。
そろそろお腹もいい頃合いか。
心の中でそう呟いて、バスケットの蓋を外し、アリスは匂いやかなサンドイッチを夏の空気に晒すことにした。

「あら、美味しそう」

降り注ぐ太陽のように目を輝かせた幽香の横で。

「んー、良い匂い。私も食べられたらいいのになあ」

メディスンは人形らしいまん丸の目を羨ましそうに輝かせた。

「そうね、いつかメディも楽しめるような食事を用意して、三人でピクニックにでも――」

だがアリスの新たな決意は二人へと紡ぎだされる前に、幼子の声によって遮られた。

「ねえ、それ美味しそうね。あたいたちも食べていい?」

それは聞き覚えのある溌剌とした声だった。

「お腹すいたー。私は二個食べたい」

「ルーミアは美味しんぼだなあ」

「それを言うなら食いしん坊だよ、チルノちゃん」

自分たちの背よりも高い花を掻き分けながら現れたのは、どこか見覚えのある妖精二匹と妖怪一匹だった。
たしか神社や紅魔館に行く途中でちょくちょく見かけた気がする。
突然の来訪者にわずかに戸惑いつつも、冷静にアリスは彼女たちのことを思い出していた。
傍らのメディスンは驚きに固まっているようだったが。

「あなたたち、ひまわり畑の中では走り回るなって、いつも言ってるでしょ」

「違うよ幽香、鬼ごっこしてたらいつのまにか迷い込んでたのよ」

「そうなのか?」

「そうなのさ」

「はいはい、誤魔化しても駄目よ。ほっぺと膝小僧に勇ましい冒険の跡があるわ」

「ぐわー痛い痛い、頬が伸びる!」

わいわいがやがや。
いつのまにかバスケットの周りは、先ほどよりも数段にぎやかになっていた。
幽香の隣にどっと腰を下ろしたチルノたちは、目の前の大妖怪を恐れることもなく慣れた様子で愉快に騒いでいる。
その和らいだ空気にほっとしたのか、メディスンも同じように会話に加わり始める。
だがしかし、アリスだけは違った。

表面上鬱陶しそうに振る舞ってはいるが、幽香はどこか楽しそうに妖精たちと交わっている。
それは彼女の妖怪らしさを知る者にとっては、奇怪で恐るべき光景であったが。
けれどアリスにとっては、手を伸ばしたくなるほど羨ましいものであった。
せっかくこちらから会いにきたというのに、想い人は目も合わせてくれず。
だからといって目の前の完成された輪にずけずけと入り込んでも、それはとても幼稚すぎる。
魔女が妖精に嫉妬など、遠慮など、どこかの先輩風の魔女には笑われてしまうだろう。
それでもアリスは、どうしても一歩を踏み出すことができなかった。
ただ心が冷たい涙を流してしまうのを、我慢するしかなかった。

「おおー、玉子サンドだぁ」

そうこうしているうちに、いつのまにか氷精は獲物を見つけていた。

「ねえ、貰っていい?いいでしょ?」

「え、ええ……」

「わーい!」

何たる早技か。
期待を込めた目に応じたその瞬間に、差し出した手ごと食べられてしまうかと思うほど、チルノは勢いよく玉子サンドに齧りついた。
彼女の食べっぷりに気をよくしたのか、それとも慌てたのか。
他の二人もバスケットへと近づくと、思い思いのサンドイッチを手に取っていく。

「この白いのは……」

「それはきっとツナマヨよ。さっき幽香が言ってたもの」

「ねえねえ、それちょうだい」

「駄目。もう、一つ食べたでしょう」

「幽香のけち」

「幽香はけち」

「幽香ってけちなの?」

「それ以上言うと、また頬引っ張るわよ」

今日の太陽みたいに陽気な団欒を囲い、暑さを忘れるほど幸せな表情を浮かべる彼女たち。
まさに夏の午後に相応しい世界。
だが、まるでそれと対称をなすように、アリスの胸には冬枯れの寂しさが広がっていた。
談笑に耽る幽香からそっと視線を外し、ひどく乾いた目を静かに閉じる。
遠くから聞こえる蝉の独り鳴きが、哀しい独り言と重なった。

「……もう、気づいてくれないのかしら」

彼女に投げかける、想いが詰まった精一杯のしるしに。





ひまわり畑が徐々に深いオレンジ色に染まっていく侘しげな夕刻。
夏の涼味に包まれ調子を取り戻したチルノは、元気いっぱいに立ち上がると、唐突に己の提案に賛同する有志を募った。

「あそこで鬼ごっこしようよ!」

いつまでも昼寝しててもつまらないしさ。
その一言に暇を持て余していた妖精と人形と小妖怪は、眠気なぞなんのその、同じように立ち上がりチルノの後を追った。
小高い丘を壮快に下り、燃えるような夕焼けに溶けていく妖精たち。
軽くなったござの上に残されたのは二人の妖怪。
アリスは人形の服を編むのに集中しており、一方の幽香は態勢を崩して眠たそうに欠伸をしていた。
沈む太陽が眩しい西方から、チルノたちの楽しそうなさざめきが響いてくる。
生温かい熱風も、すがすがしい涼風も吹かない。
心地よい夢が見れそうなほどの静寂に包まれた夏の夕。
しかしその静けさは、幽香によって破られることとなった。

「アリス」

「何かしら?」

「ちょっと言いたいことがあるのだけれど」

「あら、幽香からなんて珍しい」

本当に珍しかったので、アリスは思わず人形の服から顔を上げた。

「あなたさっきから、私とまったく視線を合わせようとしないわね」

その顔はすぐに驚きと困惑に染まった。

「……気づいてたの?」

「当たり前でしょう」

分からないとでも思ったのかしら、と幽香は小さく肩をすくめる。
そんな彼女の軽口と態度に、アリスの溜まりに溜まりきった感情はとうとう沸点に達したようだった。

「何よ、幽香の方こそ私のこと見てくれなかったじゃない」

「先に目を逸らしたのはあなたじゃなかったかしら」

「あれは、幽香がこっちを見てくれなかったからよ!」

「……そんなに興奮しないでよ」

「興奮したくもなるわよ、私がどんな思いで――!」

想い人のつれない返事に、さらに高まっていくアリスの感情と叫び。
それでも彼女の刺々しい言い訳は、ふいに水をかけられたように静まった。
幽香が彼女の身体を強く抱き寄せたからだ。
ぽろりと、編みかけの服が針を絡ませたままござに落ちる。
呼吸器官いっぱいに、サンドイッチやひまわりとは違う、幽香の匂いが入り込む。
愛しいその匂いにアリスの心は怒りを忘れたが、ところが今度は身を切られるほどの切なさが入り込んできた。
無意識にも瞳がかっと熱くなる。

「寂しかったんでしょう?」

やっぱり、気づかれていたか。

「……そうよ」

「馬鹿ね」

「悪かったわね」

気持ちを、心を見透かされるのはもう慣れている。
でもそれならば、もう少し気にかけてくれてもよかったんじゃないか。
分かっていたのなら、もう少し早く気づいてくれてもよかったんじゃないか。
わっと泣き出したいのを何とか抑えて、アリスは歯を食いしばった。
こんな馬鹿なことで、子供っぽいことで泣いていたら、今度こそ呆れられてしまうだろうから。

「ほんと、馬鹿ね」

それは果たして誰に向けた言葉なのか。
それを考える暇は、今のアリスにはなかった。

「素直になれない寂しがり屋さんのために、もう一度、分かり易くしるしておこうかしら……」

独り言のように告げた幽香が、そのまま柔らかい唇を重ねてきたからだ。

「あなたはいつでも私のものだって」

一時の甘い感覚のあと離れた顔を窺うと、幽香は珍しく苦しそうな表情をしていた。
だがその引き結んだ口にはどこか覚えがあった。
ああ、もしかして。
心配だったのは、不安だったのは私だけじゃなかったのか。
子供っぽい本当に愚かな想いを抱いていたのは。
それに気づいてから、アリスはようやく幽香の言葉を噛みしめることができた。
あなたは私のもの。
身体中が、怒りによって煮え滾った時よりも沸騰するかと思った。

「だから寂しいなら、目を逸らしてでもいいから、思いきりここに飛び込んできなさい」

そう強く言い放って幽香は、真っ赤に火照ったアリスを抱きしめた。

きっとこれこそが言葉足らずな彼女なりの愛情表現。
彼女の想いが詰まった精一杯のしるしなのだろう。
私の方こそ、それを見逃さないようにしてあげなきゃいけないのかもね。
意外と不器用な妖怪の腕の中で、甘くどろどろに溶けていく心の中で、アリスはそんなことを静かに思った。





もう一度交わした情熱的な口づけを見て、泥んこになって帰ってきたチルノたちが大いに騒いだが。
遠くの蝉の鳴き声のようにその喧騒は、しばらく二人の心に届くことはなかった。
本当はほのぼのピクニックデートの話だったのにどうしてこうなった。
私が書く幽アリはなぜこんなにひねくれてしまうのでしょうか。
とにもかくにも甘くなっていれば嬉しいです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
いっちょうめ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
面白かったです
2.名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんへ
僕もあなたのものにしてください
3.名前が無い程度の能力削除
いい、幽アリはやはりいい。
4.名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。