温もりを感じたいんだ。ここはあまりにも寒すぎる。
何処の誰がなんてわからないし、何処の誰を何て事も知らない。ただ殺せと言われたから殺したし、これからも殺すんだ。第一、誰なんてものもおかしい。だって奴等は人ではないから、誰なんて言葉は違うような気がする。『あれ』とか『それ』とかの方がしっくりくる。
悪魔が住まう紅い館。荒廃した村の一角に、灰色の村には似つかわしくない紅い館。紅魔館。何時のころからそこに在るのか、中には化け物共が住み着いているらしい。紅い満月に照らされたその館を見上げる。赤よりも紅。血のような『アカ』。そこでふと、何で赤ちゃんは赤がつくのだろう。という考えが頭をよぎった。その疑問を本格的に思考する前にふるふると首を振り、深呼吸の後、懐中時計を取り出す。そして、時は『ト』まる。
目標は吸血鬼。霧や蝙蝠に姿を変え、鬼のような力がある。その蝙蝠の羽で空を飛び、その魔性の眼で人を惑わせ、快感の代価として致死量の血を吸い取る。ただ、意外と弱点も多く、太陽の光にあたると灰になり、十字架や銀を嫌い、胸を杭で穿てば封印できる。流水には触れられず、『教会』を嫌う。
銀のナイフを取り出し、握る。後は無抵抗の相手にこのナイフで首を掻っ切り、心臓を突き刺せば終わり。嫌気が差すほどの単純作業。最近は服をどれだけ汚さないか、考えながら作業している。帰ったらすぐに寝たいのに血がついたままだったらベッドが汚れてしまうから。
目標は何処なのだろうか、月の紅き光に照らされた廊下を歩く。生憎鳥目ではないためこの暗さに難儀はしない。それにしても誰もいない。化け物共というのだから、吸血鬼一匹だけではないような気もするが。もしかして二匹なのかな。と考える。まぁ、一や二、百や千という数に意味はないけれど。そんなことより明日の朝食は何にするかの方が大事だ。パンはある。バターは切らせていたんだっけ、卵はあったかな。
圧倒的威圧感。圧倒的暗闇。間違いなくここにいる。三階の一番奥。三階の廊下右側の窓はすべて乱暴に板張りがされている。侵入者を防ぐため?否、ここは三階。光が差し込まないようにしているのであろう。左側の連なる扉も、ひしゃげていたり、ドアノブが無いもの、扉自体が無く、荒れに荒れた部屋の中を曝しているもの。そして一番奥。どうしようもないほどの生臭い血の臭い。嗅ぐだけで酔ってしまいそうなアルコールの臭い。その二つが混ざり合った異臭。空間が歪んでしまうのではないだろうかというほどの凶暴性。その扉に向かっているのだか、本当にたどり着くのだろうか。空気が粘り、歩が重い。酸素が薄くなったのではないのか? 息苦しい。これほどの化け物を相手にしたことはない。流石はカリスマの具現というだけのことはある。ただ、しかし、もっとも考えなければいけない事は、牛乳を早く飲んでしまわないと腐ってしまうということだった。
無限に続く廊下なんて存在しない。存在してもそれは幻覚だ。何の変哲も無い異常な扉にたどり着く。臭いと威圧感が体を、扉を開ける事を戸惑わせる。しかし、このまま突っ立てる訳にもいかない。ドアノブに手を伸ばす。空気が粘る。体が意思とは関係なく抵抗する。脳が死を連想させる。脳と体を殺し、意思だけで手をドアノブにかける。がちゃり。と何の抵抗も無く扉は開く。するとさっきまでの空気の粘りが、威圧感がスッと無くなり、残るのは血とアルコールの臭い。部屋の中に入る。
「これは・・・・・・」
ご丁寧に。あまりの丁寧さに声が出てしまった。
部屋の中には、至る所に酒瓶が転がり、一つしかないテーブルの上にも酒瓶。椅子は一脚、テーブルの横に転がっている。床の至る所に染みがある。いやはやどうだろう、その赤い染みはワインか血か・・・。そう考えれば瓶の中は酒だけというわけでもないかもしれない。部屋の中から大砲でも撃ったのではないのだろうか。屋根に大穴を開け、紅い光を燦々と部屋の中に降り注いでいる。ちょうど月は真上にあるらしい。そして一番の問題は天蓋付きのベッドだ。天蓋はまったく意味を成してないほどぼろぼろだ。そしてその穴だらけの蓋の下にはクッションやシーツではなく、底板に直接おかれた棺。紅い光の下のそれは神秘的であったが、いかんせん解かり安すぎる。吸血鬼ここに在り。いっそう清々しい。
「ふぅ」
息を細く吐く。今日の仕事はお終い。後は棺を開け、銀のナイフで切って、刺して。服が汚れないように気をつけて。転がっている酒瓶を見つつ、まだ入ってたいらもらっていこうかな。と考えながら棺に近づく。テーブルのはまだ入っているよね。
後、数歩。
でも、血かもしれないしな。
後、三歩。
お酒だとしても甘くないといやだな。
後、二歩。 カンッ ゴトン ゴロゴロゴロ・・・
あ、蹴飛ばしちゃった。まぁいいか。
後、一歩。
棺に手を
『ドガッ! バン ゴドゴド ゴゴォ・・・・・・』
「?」
棺の蓋が乱暴に内側から開け放たれ、蓋は壁にぶつかり、床に転がった。
そんなものより、注意をしないといけないのは目の前にいる。棺から出てきたコイツだ。見た目は私と変わらないくらいだろう。いや私より少し大きい?まぁ、でも子供には変わりない。でも棺の扉を軽々吹き飛ばした腕力。間違いなく吸血鬼。碧い髪。白い肌。小さな身体。深紅の瞳。しかし、何故、なぜ、ナゼ・・・、動ける・・・・・・。
吸血鬼の姫は、くはぁ、と欠伸をした後、こちらをその紅い眼をギラリと見据え、フン、と眼をつぶり、口角を少しばかり上げ笑う。ヨタヨタと棺から這い出すように出て、フラリフラリと私の横を通り過ぎ、テーブルに向かい、転がる椅子を乱暴に起こし、座る。テーブルの上の酒瓶を手に取り、コルクを軽く引き抜き、そのまま瓶に口をつけ、ゴクゴクと飲む。口の端から『アカ』い線が垂れる。
「クハッ、生き返るな」
口元を乱暴に拭い、吸血鬼の姫は楽しそうに笑う。
私は、懐中時計を見る。ちゃんと『ト』まっている。ならなぜこの吸血鬼は動ける?
「面白い能力を持っているな」
吸血鬼の姫が語る。
「だが、まだまだだな。運命を介入させたのだよ」
運命を介入?
「お前は時を『ト』められるのだろう。私は運命を操れる。無限通りある運命の中から私とお前が動ける運命を手繰り寄せたのだよ」
そんなことありえるのか。私だけの時間が、私だけしかいない空間に目の前の悪魔は介入してきた。この能力のせいで疎まれ、人でなしの生活しかできなかった。その結果がこの人生。たかだか十も生きてないのに、悟ったはずだったのに、この悪魔は、私の時間、空間、私だけの、孤独の場所に入り込んできた。しかし、いまさらだ。その上、相手は悪魔。どうしようもない。
銀のナイフを投げつける。ナイフは銀の線を引きながら、悪魔に飛ぶ。到達まであとわずかのところで、屋根の大穴から木片が落ち、ナイフを弾く。
「惜しかったな。ガキ」
楽しそうに、悪魔は言う。
悪魔は酒瓶を片手に座ったまま。運命とやらを操ったのか。勝てるわけがない。私が今までやってきたのは無抵抗の相手を殺すだけ。能力が使えないなら私はこの世界で一番弱い存在。自分の世界に閉じこもり、運命とやらに翻弄されるがまま、流され続けてきたのだから仕方ない。幕引きだな。最後はフカフカのベッドの上がよかった。その前にお風呂に入って、卵とベーコンを焼いて、パンにたっぷりのバターを塗って食べたかった。その妄想と現実のギャップにクスリと笑う。
「何が可笑しい?」
悪魔は不思議そうに問う。ニヤニヤと全ての事象を、思考を手に取るようにわかっているくせに。
「いい人生だったと思ってね」
私は答える。
「面白いこと言う。お前のその糞みたいな人生がいい人生だというのか。お前の目は節穴だな。周りをよく見ろ。誰も彼もがお前よりは幸せそうだぞ」
「あなたよりは私の人生はいいものよ。最後に私よりも最低の『ヤツ』に出会えたのだから。それとレディが下品な言葉を使うのはよくないわ」
私はあっけらかんと言い放つ。
「アハハハハハ、ハハ・・・ククッ。いい!実にいい!そうでなくてはならない。それでこそ相応しいというものだ」
何が相応しいのだろう。まぁいいか。ひとしきり笑った後、悪魔が
「ならば問う。お前は私の何を知っている?」
と聞いてきた。
私は考える。そうね
「・・・吸血鬼は、太陽の光と銀で殺せる。十字架を嫌う。後、にんにくも。流水には触れられず・・・・・・、それから『教会』も嫌いだったけ」
「ほう。結構知っているではないか。ほとんどはずれだが、一番確信をついているものがあったから合格だな」
ほとんどはずれ? 合格? 試されていたのかしら。何に? 悪魔の言うことだ。意味はないのだろう。
悪魔が立ち上がる。酒を飲み干し、空瓶を己の後ろへと投げ捨てる。そして、一瞬のうちに私の目前に迫り、右手で私の顎をつかみ、己の瞳を見させる。抵抗するが、私の両腕は左手一本で拘束されてしまった。
「そう! 私は『キョウカイ』が嫌いだ。あんなもの無くていい。何の意味もない。愚者は『キョウカイ』を信じて、傷つけ合う。自分も相手も何も変わらないというのに、それに気づかずに。そんな争いに何の意味がある? 私はもう飽き飽きだ。もういい加減わかればいいものは奴等はちっともわからない。いや、わかろうともしない。私がいくらもういいと言っても聞く耳を持たずにいる。邪魔だから、危険だから。あげくに愚者共は互いを騙し合い、己たちの間でも傷つけあっている。愚か極まりない。もうたくさんだ。十分だ。お前もそうなのだろう。もういやなのだろう。解かっているのだろう。だから私を恐れない。死が怖くない。死なないと解かっているからだ。脳でも、体でもない。本能が、意思が、心がだ。お前の頭はまだ理解できていないだろう。だが今、この瞬間、私には解かっている。私だから解かる。運命を操り、夜に君臨する私だから解かる。この先の未来を、運命を!」
外が輝きだす。
「お前の人生を私によこせ」
眩しい。まるで昼間のよう
「拒否権はお前には無い。はいかYesかのどちらかだ」
悪魔は楽しそうだ。満面の笑みだ。あぁ何て美しいのだろう
「ククッ、では行こう!」
あぁ、暖かい。この光は。眩しくて美しい
「私の大嫌いな『キョウカイ』の向こうに!『キョウカイ』に守られし、『キョウカイ』なき『幻想』の世界に!」
私の記憶はそこまで・・・・・・。
「本当によかったのかしら?」
暗がりの隙間から声が聞こえる。
白いワンピースを着た、銀色の髪の少女を抱きながら吸血鬼が答える。
「何がだ。お前が望んでいたことでもあるのだろう。私。それに私の『家族』はお前のいう幻想の世界には必要なのだろう。ただこれだけは覚えておけ」
吸血鬼は少女を優しくなでながら、鋭い眼光を隙間に向ける。
「私の『家族』を泣かせるような事があるのなら、お前の幻想とやらを私の全存在をかけてでも叩き潰してやる」
隙間が楽しそうに揺らいだ。
「それはあなた次第。運命を操れるのでしょう。全存在をかけて掴み取りなさい。掴み取ったら二度と離さないようにしなさい」
吸血鬼は、フン、と鼻を鳴らす。
「当たり前だ」
こんな暖かい『もの』を手放すものか。
ここはあまりにも寒すぎる。
何処の誰がなんてわからないし、何処の誰を何て事も知らない。ただ殺せと言われたから殺したし、これからも殺すんだ。第一、誰なんてものもおかしい。だって奴等は人ではないから、誰なんて言葉は違うような気がする。『あれ』とか『それ』とかの方がしっくりくる。
悪魔が住まう紅い館。荒廃した村の一角に、灰色の村には似つかわしくない紅い館。紅魔館。何時のころからそこに在るのか、中には化け物共が住み着いているらしい。紅い満月に照らされたその館を見上げる。赤よりも紅。血のような『アカ』。そこでふと、何で赤ちゃんは赤がつくのだろう。という考えが頭をよぎった。その疑問を本格的に思考する前にふるふると首を振り、深呼吸の後、懐中時計を取り出す。そして、時は『ト』まる。
目標は吸血鬼。霧や蝙蝠に姿を変え、鬼のような力がある。その蝙蝠の羽で空を飛び、その魔性の眼で人を惑わせ、快感の代価として致死量の血を吸い取る。ただ、意外と弱点も多く、太陽の光にあたると灰になり、十字架や銀を嫌い、胸を杭で穿てば封印できる。流水には触れられず、『教会』を嫌う。
銀のナイフを取り出し、握る。後は無抵抗の相手にこのナイフで首を掻っ切り、心臓を突き刺せば終わり。嫌気が差すほどの単純作業。最近は服をどれだけ汚さないか、考えながら作業している。帰ったらすぐに寝たいのに血がついたままだったらベッドが汚れてしまうから。
目標は何処なのだろうか、月の紅き光に照らされた廊下を歩く。生憎鳥目ではないためこの暗さに難儀はしない。それにしても誰もいない。化け物共というのだから、吸血鬼一匹だけではないような気もするが。もしかして二匹なのかな。と考える。まぁ、一や二、百や千という数に意味はないけれど。そんなことより明日の朝食は何にするかの方が大事だ。パンはある。バターは切らせていたんだっけ、卵はあったかな。
圧倒的威圧感。圧倒的暗闇。間違いなくここにいる。三階の一番奥。三階の廊下右側の窓はすべて乱暴に板張りがされている。侵入者を防ぐため?否、ここは三階。光が差し込まないようにしているのであろう。左側の連なる扉も、ひしゃげていたり、ドアノブが無いもの、扉自体が無く、荒れに荒れた部屋の中を曝しているもの。そして一番奥。どうしようもないほどの生臭い血の臭い。嗅ぐだけで酔ってしまいそうなアルコールの臭い。その二つが混ざり合った異臭。空間が歪んでしまうのではないだろうかというほどの凶暴性。その扉に向かっているのだか、本当にたどり着くのだろうか。空気が粘り、歩が重い。酸素が薄くなったのではないのか? 息苦しい。これほどの化け物を相手にしたことはない。流石はカリスマの具現というだけのことはある。ただ、しかし、もっとも考えなければいけない事は、牛乳を早く飲んでしまわないと腐ってしまうということだった。
無限に続く廊下なんて存在しない。存在してもそれは幻覚だ。何の変哲も無い異常な扉にたどり着く。臭いと威圧感が体を、扉を開ける事を戸惑わせる。しかし、このまま突っ立てる訳にもいかない。ドアノブに手を伸ばす。空気が粘る。体が意思とは関係なく抵抗する。脳が死を連想させる。脳と体を殺し、意思だけで手をドアノブにかける。がちゃり。と何の抵抗も無く扉は開く。するとさっきまでの空気の粘りが、威圧感がスッと無くなり、残るのは血とアルコールの臭い。部屋の中に入る。
「これは・・・・・・」
ご丁寧に。あまりの丁寧さに声が出てしまった。
部屋の中には、至る所に酒瓶が転がり、一つしかないテーブルの上にも酒瓶。椅子は一脚、テーブルの横に転がっている。床の至る所に染みがある。いやはやどうだろう、その赤い染みはワインか血か・・・。そう考えれば瓶の中は酒だけというわけでもないかもしれない。部屋の中から大砲でも撃ったのではないのだろうか。屋根に大穴を開け、紅い光を燦々と部屋の中に降り注いでいる。ちょうど月は真上にあるらしい。そして一番の問題は天蓋付きのベッドだ。天蓋はまったく意味を成してないほどぼろぼろだ。そしてその穴だらけの蓋の下にはクッションやシーツではなく、底板に直接おかれた棺。紅い光の下のそれは神秘的であったが、いかんせん解かり安すぎる。吸血鬼ここに在り。いっそう清々しい。
「ふぅ」
息を細く吐く。今日の仕事はお終い。後は棺を開け、銀のナイフで切って、刺して。服が汚れないように気をつけて。転がっている酒瓶を見つつ、まだ入ってたいらもらっていこうかな。と考えながら棺に近づく。テーブルのはまだ入っているよね。
後、数歩。
でも、血かもしれないしな。
後、三歩。
お酒だとしても甘くないといやだな。
後、二歩。 カンッ ゴトン ゴロゴロゴロ・・・
あ、蹴飛ばしちゃった。まぁいいか。
後、一歩。
棺に手を
『ドガッ! バン ゴドゴド ゴゴォ・・・・・・』
「?」
棺の蓋が乱暴に内側から開け放たれ、蓋は壁にぶつかり、床に転がった。
そんなものより、注意をしないといけないのは目の前にいる。棺から出てきたコイツだ。見た目は私と変わらないくらいだろう。いや私より少し大きい?まぁ、でも子供には変わりない。でも棺の扉を軽々吹き飛ばした腕力。間違いなく吸血鬼。碧い髪。白い肌。小さな身体。深紅の瞳。しかし、何故、なぜ、ナゼ・・・、動ける・・・・・・。
吸血鬼の姫は、くはぁ、と欠伸をした後、こちらをその紅い眼をギラリと見据え、フン、と眼をつぶり、口角を少しばかり上げ笑う。ヨタヨタと棺から這い出すように出て、フラリフラリと私の横を通り過ぎ、テーブルに向かい、転がる椅子を乱暴に起こし、座る。テーブルの上の酒瓶を手に取り、コルクを軽く引き抜き、そのまま瓶に口をつけ、ゴクゴクと飲む。口の端から『アカ』い線が垂れる。
「クハッ、生き返るな」
口元を乱暴に拭い、吸血鬼の姫は楽しそうに笑う。
私は、懐中時計を見る。ちゃんと『ト』まっている。ならなぜこの吸血鬼は動ける?
「面白い能力を持っているな」
吸血鬼の姫が語る。
「だが、まだまだだな。運命を介入させたのだよ」
運命を介入?
「お前は時を『ト』められるのだろう。私は運命を操れる。無限通りある運命の中から私とお前が動ける運命を手繰り寄せたのだよ」
そんなことありえるのか。私だけの時間が、私だけしかいない空間に目の前の悪魔は介入してきた。この能力のせいで疎まれ、人でなしの生活しかできなかった。その結果がこの人生。たかだか十も生きてないのに、悟ったはずだったのに、この悪魔は、私の時間、空間、私だけの、孤独の場所に入り込んできた。しかし、いまさらだ。その上、相手は悪魔。どうしようもない。
銀のナイフを投げつける。ナイフは銀の線を引きながら、悪魔に飛ぶ。到達まであとわずかのところで、屋根の大穴から木片が落ち、ナイフを弾く。
「惜しかったな。ガキ」
楽しそうに、悪魔は言う。
悪魔は酒瓶を片手に座ったまま。運命とやらを操ったのか。勝てるわけがない。私が今までやってきたのは無抵抗の相手を殺すだけ。能力が使えないなら私はこの世界で一番弱い存在。自分の世界に閉じこもり、運命とやらに翻弄されるがまま、流され続けてきたのだから仕方ない。幕引きだな。最後はフカフカのベッドの上がよかった。その前にお風呂に入って、卵とベーコンを焼いて、パンにたっぷりのバターを塗って食べたかった。その妄想と現実のギャップにクスリと笑う。
「何が可笑しい?」
悪魔は不思議そうに問う。ニヤニヤと全ての事象を、思考を手に取るようにわかっているくせに。
「いい人生だったと思ってね」
私は答える。
「面白いこと言う。お前のその糞みたいな人生がいい人生だというのか。お前の目は節穴だな。周りをよく見ろ。誰も彼もがお前よりは幸せそうだぞ」
「あなたよりは私の人生はいいものよ。最後に私よりも最低の『ヤツ』に出会えたのだから。それとレディが下品な言葉を使うのはよくないわ」
私はあっけらかんと言い放つ。
「アハハハハハ、ハハ・・・ククッ。いい!実にいい!そうでなくてはならない。それでこそ相応しいというものだ」
何が相応しいのだろう。まぁいいか。ひとしきり笑った後、悪魔が
「ならば問う。お前は私の何を知っている?」
と聞いてきた。
私は考える。そうね
「・・・吸血鬼は、太陽の光と銀で殺せる。十字架を嫌う。後、にんにくも。流水には触れられず・・・・・・、それから『教会』も嫌いだったけ」
「ほう。結構知っているではないか。ほとんどはずれだが、一番確信をついているものがあったから合格だな」
ほとんどはずれ? 合格? 試されていたのかしら。何に? 悪魔の言うことだ。意味はないのだろう。
悪魔が立ち上がる。酒を飲み干し、空瓶を己の後ろへと投げ捨てる。そして、一瞬のうちに私の目前に迫り、右手で私の顎をつかみ、己の瞳を見させる。抵抗するが、私の両腕は左手一本で拘束されてしまった。
「そう! 私は『キョウカイ』が嫌いだ。あんなもの無くていい。何の意味もない。愚者は『キョウカイ』を信じて、傷つけ合う。自分も相手も何も変わらないというのに、それに気づかずに。そんな争いに何の意味がある? 私はもう飽き飽きだ。もういい加減わかればいいものは奴等はちっともわからない。いや、わかろうともしない。私がいくらもういいと言っても聞く耳を持たずにいる。邪魔だから、危険だから。あげくに愚者共は互いを騙し合い、己たちの間でも傷つけあっている。愚か極まりない。もうたくさんだ。十分だ。お前もそうなのだろう。もういやなのだろう。解かっているのだろう。だから私を恐れない。死が怖くない。死なないと解かっているからだ。脳でも、体でもない。本能が、意思が、心がだ。お前の頭はまだ理解できていないだろう。だが今、この瞬間、私には解かっている。私だから解かる。運命を操り、夜に君臨する私だから解かる。この先の未来を、運命を!」
外が輝きだす。
「お前の人生を私によこせ」
眩しい。まるで昼間のよう
「拒否権はお前には無い。はいかYesかのどちらかだ」
悪魔は楽しそうだ。満面の笑みだ。あぁ何て美しいのだろう
「ククッ、では行こう!」
あぁ、暖かい。この光は。眩しくて美しい
「私の大嫌いな『キョウカイ』の向こうに!『キョウカイ』に守られし、『キョウカイ』なき『幻想』の世界に!」
私の記憶はそこまで・・・・・・。
「本当によかったのかしら?」
暗がりの隙間から声が聞こえる。
白いワンピースを着た、銀色の髪の少女を抱きながら吸血鬼が答える。
「何がだ。お前が望んでいたことでもあるのだろう。私。それに私の『家族』はお前のいう幻想の世界には必要なのだろう。ただこれだけは覚えておけ」
吸血鬼は少女を優しくなでながら、鋭い眼光を隙間に向ける。
「私の『家族』を泣かせるような事があるのなら、お前の幻想とやらを私の全存在をかけてでも叩き潰してやる」
隙間が楽しそうに揺らいだ。
「それはあなた次第。運命を操れるのでしょう。全存在をかけて掴み取りなさい。掴み取ったら二度と離さないようにしなさい」
吸血鬼は、フン、と鼻を鳴らす。
「当たり前だ」
こんな暖かい『もの』を手放すものか。
ここはあまりにも寒すぎる。