「いたぞ!」
「逃がすなっ!」
宮古芳香は走っていた。
道なき道を。
真っ直ぐに上を目指して。
彼女の体はとても固く、関節はあまり曲がらなかった。
だから走るというよりは飛び跳ねている。
そんな不自由な己の身体が芳香はもどかしかった。
早く……。
少しでも早く……。
だがここは妖怪の山である。
ここに住む者達はテリトリーを荒らすものを決して許さない。
うっかり空を飛んで山に入ってしまった芳香は、あっという間に哨戒中の白狼天狗に発見されてしまった。
だが、それでも彼女は諦めるわけにはいかなかった。
(あのこに……あのこに会いたい……)
空を飛んでは天狗には勝てぬと、芳香は地を走る事を選んだ。
それでも多勢に無勢である。
このままでは大勢の天狗達に取り囲まれてしまうのは時間の問題だった。
(私はただ会って話がしたいだけだ……早苗……早苗に逢いたいだけなのに……)
――こっちだよ……。
走り続ける芳香。
上空には集まってきた大勢の天狗達。
(もうこれまでか……)
これ以上逃げきれないと芳香が諦めかけたその時。
芳香の曲がらない腕を誰かが強く掴んだ。
「お前は誰だ?」
「名乗るほどのものじゃない。ただの通りすがりの河童だよ」
茂みの中を手慣れた様子でかき分けて進む河童の少女の後を、芳香は戸惑いながらもその背中について行った。
しばらく進むと、水音が聞こえてくる。
「ここまでくれば大丈夫かな」
辿り着いたのは大きな滝壺だった。
「ここは私の縄張りだからね」
「……なんで私を助けてくれたんだ」
「あんた、今は死んでるみたいだけど元は人間だろ? まあ、人間を助けるのが趣味っていうか」
河童の少女は照れくさそうに微笑んだ。
「で、麓の妖怪がお山に何の用事なのさ」
「うん、ちょっと……この山の上にどうしても逢いたい人がいるんだ」
「へえ、お山の上かぁ……」
この妖怪の山で上に住む人といえば、それが誰なのか河童の少女は当然見当がついた。
彼女の知り合いならば、少々融通を利かせても問題はあるまい。
そう判断した河童の少女は、背負っていた大きなバッグから一着の服を取り出した。
「これを着ていくといいよ」
一見レインコートのように見えるその服を河童は芳香に手渡す。
「姿が見えなくなる光学迷彩だ。でも天狗様の中には鼻が利くのもいるから気を付けてね」
「ありがとう……」
再び芳香は走った。
空には大勢の天狗が飛んでいる。
だが、もう見つからない。
光学迷彩の力を借り木々の間を縫うように芳香は走る。
今の彼女を見つけるのは、流石の天狗の千里眼でも難しいだろう。
宮古芳香は走り続ける。
道なき道を。
真っ直ぐに頂上を目指して。
「えっ? あなたは確か……」
ついに彼女は辿り着いた。
何時間も走り続けた芳香の体力はもう限界に達していた。
「早苗……」
山の上にある一軒の神社。
その境内では、一人の少女が掃除をしている最中だった。
着ている者の意思を感じ取ったのか、それとも長い時間使ったために効力が切れたのか、
東風谷早苗の姿を前にして、光学迷彩はその効力を失い芳香の姿が現れる。
「早苗、あいたかった……」
「確かキョンシーの……宮古芳香さんでしたっけ?」
「うん。そうだよ」
突然現れたキョンシーの少女。
それがどうしてこんな所に……。
しかも以前一度会ったきりである自分に会いに来た事に、早苗は驚きを隠せなかった。
「私に会いに……いったいどうして……」
「早苗とどうしても話がしたかった! どうしても聞きたい事があったんだ!!」
息も絶え絶えで立っているのがやっとの様子である芳香だったが、その瞳は真っ直ぐに早苗に向いている。
その只事ではない様子に、目の前の少女がどれだけの想いを胸にこの山を登って来たのかを早苗は察した。
「私に聞きたい事とは……何でしょう」
「早苗…………………………」
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「テンテンって誰?」