忘年会で見せた咲夜のマジックショーは、紅魔館のメイド妖精たちの魂を奪った。
自分たちもメイド長のようにマジックを使いたい――白球を追いかける少年のような瞳をした妖精たちは、仕事そっちのけでマジックの練習を始めたのである。元々妖精たちはそれほど仕事をしていないので、今更仕事をサボっても特に問題は無いのだが、マジックの練習は苛烈を極めていた。今のレミリアの気分は、何度叱っても家の中でフルスイングして写真立てをミートする子供を持つ親のそれだ。
「今からこの紙袋に牛乳を入れてみせます」
ジョボボボボ。ビチャビチャビチャ。
薄っぺらい紙袋から漏れた牛乳は真っ赤なカーペットに染みを作る。失敗するとは微塵も考えていない妖精は「なぜ失敗するのかわからない」という顔で新しい紙袋を取り出すと、今度は熱々のコーヒーを入れてカーペットにカフェオレを作る。
そして後片付けを一切しないのである。
レミリアにはこれが我慢ならない。放っておけば咲夜が完璧に元通り綺麗にするのだが、しかし目の前で調度品を汚されるのは気分が悪い。それならば自室にこもって優雅に紅茶を楽しんでいれば良いのだが、メイド妖精たちはレミリアに誉められたいのか、レミリアのところへやってきてマジックを披露しようとするのだ。
「お嬢様見てください。お札貫通マジックをします」
「よせ!」
取り出したお札は宝物庫から持ってきたものだろう。
貴族といえどもお金は大事だ。湧水の如くお金が生まれるわけじゃない。
「お嬢様見てください。今からこのツボを宙に浮かせます」
「おいやめろ!」
そのツボは昨晩自分が浮かせようとして割ってしまったのだ。触ったらバレてしまう。
レミリアに強く睨まれ披露の機会を拒まれた妖精はぴーぴー泣きながら立ち去るから始末が悪い。
「レミリアさん見てください。この文々。新聞を花果子念報に変えてみせます!」
息つく暇もない。
今度は随分と羽の大きいサイドテールの妖精だが、はて、こんなメイドがいただろうか。
「見ない顔だな。まあいい、その程度のマジックなら被害は無さそうだからやってみろ」
「では」
妖精は文々。新聞を背中の後ろから取り出すと――あ! 文々。新聞の裏に花果子念報が重なってるのが見えてる!
レミリアががっかりした瞬間、雄々しき怪鳥のように妖精は叫んだ。
「ケェーーッ!!」
「!?」
幼い顔立ちが目を剥いた獰猛な顔に豹変する。それが壊れた扇風機のように左右にぶんぶん振れ、サイドテールがばちんばちんと音を立てて暴れている。レミリアは驚いて椅子から腰を浮かし後退った。
「はい! 変わりました!」
見れば、確かに文々。新聞が花果子念報に変わっている。なるほど、レミリアが顔芸にドン引きしている間に重ねていた花果子念報に引っ繰り返したのだろう。
「ほう……」
種はわかるし技術も拙い。だが他の妖精たちとは違って「工夫」しようとした努力の後が見える。種を仕込んでないのにマジックができると思っている他の妖精たちとは、一線を画していると言える。
「うむ、誉めてやろう。お前の名前はなんて言う?」
「私に名前はありません」
「そうか、ならば私が名前をやろう」
「えっ……それは……」
「スカーレットのスカ、妖精たちのリーダーということでマエストロの称号からトロ。合わせて」
「や! けっこうです!」
妖精は心底嫌そうな顔をして逃げていった。
「センスを理解できぬ残念な奴め」
そこが妖精の限界であるのだろう。
「お嬢様! このプリンを一瞬のうちに消してしまいます!」
「あっ! お前食べるつもりだろ! 咲夜! 咲夜ぁ!」
よだれを垂らすメイド妖精からプリンを奪い取り咲夜を呼ぶ。
ぴーぴー泣きながら走り去る妖精と入れ違いにやってくる咲夜はどこか嬉しげだった。
「お呼びですかお嬢様」
「お前ねぇ、どうするのこの騒ぎ」
「まったく困ったものですね。私のことを先生先生って呼ぶんですよ。はぁ、まったく……」
「嬉しそうだな」
「滅相もない」
種のないマジックを使えるこの奇術師は種のあるマジックを誉められるとすこぶる気分を良くする。
「いっそのことメイドたちを集めて、実は時間を止めてマジックをしていましたと宣言して諦めさせた方が良いのではないか」
レミリアの提案に咲夜は見るからに渋い顔をした。
「それは……つまり私のマジックはイカサマだと言えってことですか」
種のあるマジックを軽んじられると咲夜は機嫌を悪くする。夕食のグレードが下がったり、変な色の紅茶を作ったり、おやつの時間を忘れたり、なかなか面倒臭い。
「イカサマとまでは……言わなくていいけど……。とりあえずメイドたちにマジック禁止にさせるんだ」
「私の目の届かないところでやるかと」
「元はといえば咲夜が器物損壊マジックなんかやるから悪いんだぞ。みんなお前の真似ばかりして今このときも建造物破壊に勤しんでいるところだ。どうして耳が大きくなる程度にしなかったんだ」
「お嬢様が『私を満足させるマジックをやれ』と言うから……」
そういえばそうだった。
「で、でもトランプマジックとか他にもさぁ!」
「トランプが一瞬で燃え上がるマジックは好評だったじゃないですか」
「……今日だけで小火は何件?」
咲夜は曖昧に笑った。
「ほら見ろ! 消火活動に駆り出されているパチェが死ぬぞ!」
今この時も破裂した水道管のように水柱を吹き上がらせているはずだ。
「責任とってお前のマジックで何とかしろ!」
咲夜は思案し、
「……ではメイドたちを全員庭に集めますね」
@
メイド長が大がかりなマジックを見せてくれるらしい。マジックを真似できれば弟子にしてくれるらしい。弟子にしてもらえれば咲夜さんの部屋で生活してもいいらしい。咲夜さんの部屋で寝食を共にするということはつまり……。
最前席の奪い合いがメイドたちの間で始まった。
「それじゃ私の最高のマジックを見せてあげるわ。これができた子には……言わなくてももう皆わかっているわね?」
艶やかに微笑む咲夜。どよめく会場。
「いきます――人体切断マジック」
1、2回程切断されればこりごりになるわなw
でも間を置いたらまたやりそうなのが妖精クオリティ
最後もしっかり決まりましたが、もう少し力があるオチだとさらによかった……かもしれません。
でもこのSS(というかツバチさんの作風)の魅力というのは、軽くて楽しい台詞+地の文の組み合わせだと思います。
読んでて気持ちがいいのです。