『普通』という言葉がある。
当たり前である事という意味を持つその言葉は、状況で意味が変わる不思議な言葉だ。
例えば、生まれつき家が裕福で、食べたいものを食べたいだけ食べ飲みたいものを飲みたいだけ飲む様な生活をしている者。
そして、生まれつき家が貧乏で、その日の食事にもありつけるかどうかの者がいたとしよう。
前者にとっての普通は裕福な状況であり、後者は貧相な状況が普通である。
この様に、その者の価値観で『普通』というものは決まるのだ。
つまり、普通とは世の中の誰もが持っており、根本的な意味は一緒でも内容は全く違う言葉だという事が分かる。
にも関わらず、己の普通をそれが普通でない他人に押し付け強制させようとする者が存在する。
ガラスのコップに熱湯を入れれば割れてしまう様に、無理をさせようとすれば必ずそこに歪が生まれるのだ。
即ち、今僕が置かれている状況……閻魔の接客に対しての説教と同じと言えるだろう。
「……と、ちょっと! ちゃんと聞いているのですか!?」
「あぁ、聞いているよ」
閻魔にとっての『普通』を押し付けられながら、僕はそう返した。
「大体! 貴方は私がこうして何度も何度も善行を積む方法を説きに来ているというのに、行いや態度を改める素振りが一向に見られない! 何ですか貴方は、地獄に落ちたいんですか!?」
「そう言う訳ではないよ。好き好んで地獄に行きたい者などいないと思うがね」
まぁ、地獄にはそこで独自に発達した珍しい道具があるのだろうが……それは地獄に落ちた場合の楽しみにしておくとしようか。
「そう思うのなら、何故善行を積もうとしないのですか! 地獄に行きたくないのなら普通は善行を積もうとしますよ!? なのに貴方という人は……」
――ふむ、普通と来たか。
何の因果かは分からないが、偶然にも今し方僕が考えていた内容と同じ事を目の前の閻魔は口にした。
先程から彼女が僕に押し付けている彼女にとっての普通は、どうやら殆どの人が持っている普通だったらしい。
死ねば地獄に落ちるから生きている間に善行を積む。
閻魔直々にそう説かれれば誰が考えてもその答えに自然と行き着くだろう。
しかし生憎な事に、僕には僕の考え方がある。それと同じ様に、僕には僕の普通があるのだ。
その考え方と普通という価値観の所為か、大衆が持つ普通には至らなかった。
矢張り『普通』とは大衆が持ちながら人それぞれで違うものなのだ。
「……だから私がこうして毎回来ているにも関わらず貴方は……って、聞いているのですか!?」
「……ん、あぁ。聞いてるよ」
正直に言うと全く聞いていなかのだが、一応そう答える。
「……ハァ。全く聞いていませんね」
閻魔なのだからそれくらいは見抜けます。
そう言って、映姫は近くの椅子に腰掛けた。
「どうして善行を積もうとしないのですか? 私には理解できません」
「無縁仏を供養しているのは僕くらいのものだろう。十分善行だと思うがね」
「確かにそれは善行です。ですが、その後の墓荒しで差し引き零ですよ」
「墓荒しとは失礼な。僕は仕入れをしているだけだよ」
「ハァ……ホント、ああ言えばこう言いますね」
「僕は僕の意見を述べているだけだよ」
そう言って、話している内にぬるくなった残り少ない茶をくっと飲み干した。
「さて、分かったならお帰り願おうか。今日は店の掃除をするんでね」
「掃除ですか?」
「あぁ。最近していなかったからね」
掃除といっても、埃を払うくらいの簡単なものだ。
あまりに完璧に掃除してしまうと、古道具屋の雰囲気が壊れてしまう。
しかし最近掃除を怠っていた所為か、埃の量が度を越えていた。
今日は店を休みにして掃除をするかと考えていたのだが、彼女が来店した事によってそれは始まらなかった。
「成程。店内を綺麗にしてお客を呼び込もうと言う訳ですね。歓心歓心」
「……まぁ、そうとも言うね」
彼女に言われたからという訳ではないのだが……そう言えば面倒な事になるのは目に見えている。
話を合わせた方が良いだろう。
「……よし。折角ですし、私も手伝います」
「君が?」
「えぇ。貴方がやっと善行を積もうと動いたのですから、少しは手伝わせてもらいますよ」
それに今日は休暇で暇ですし。
そう付け加え、映姫は椅子から立ち上がった。
……彼女は幻想郷の少女の中では常識がある方だし、余程の事が無い限り間違いは起きないだろう。
それに人手が多ければ終わるのも早いし、その分読書の時間も増えるか。
好意に甘えるべきかどうか一瞬悩んだが、そんな考えから僕は彼女の申し出を受け入れた。
「フム……じゃあ、お願いしようかな」
「はい。分かりました」
作業に邪魔だと思ったのか。
映姫は普段から被っている閻魔の象徴である帽子を脱ぎ、それを勘定台の上に置いた。
「さぁ、頑張りましょうね」
「程々にしておいてくれ。完璧に掃除してしまっては意味が無いのでね」
そんな言葉を交わしつつ、僕と映姫は掃除道具を取りに奥へと向かった。
***
掃除、と言っても先程述べた様にそんなに大した事はしない。
商品に積もった埃を払うのと、定期的に手入れが必要な商品の手入れくらいである。
「……やっぱり、埃は残した方がいいんですか?」
「あぁ。多少は残しておいてくれ」
埃を払うのは映姫に任せ、僕はある商品の手入れをしていた。
ある商品というのは他でもない、魔理沙から手に入れた霧雨の剣である。
「……その刀が、魔法使いから不当な取引で奪った刀ですか」
「不当とは失礼な。僕は貴重な緋々色金を使って作った道具を渡したんだ。その報酬の鉄屑の中に紛れ込んでいただけさ」
魔理沙自身が鉄屑と認識していたのだから、これは正当な取引である。
僕が価値のある物と見抜いただけで、魔理沙からすれば鉄屑の一種なのだ。
「緋々色金ですか。その刀も同じ金属でしょうに」
「……ほう、分かるのかい」
「当たり前です。私に隠し事は出来ませんよ」
その刀本当の名前も分かってますよ。
そう言って、映姫は再び作業に戻った。
「はは……流石は閻魔天といった所か」
それを見て、僕も刀の手入れに意識を集中させる。
まぁ手入れと言っても錆びないように油を交換するだけなので、それ程時間はかからない。
村正や他の日本刀の手入れも昔からしていたので、慣れたものである。
「よし、と……こんなものか」
草薙を鞘に仕舞い、元あった場所に戻す。
「そっちはどうだい?」
一人で埃と闘っている映姫に、進行状況を聞いてみる。
「もうすぐこの棚は終わるんですが……ただ」
「ただ?」
「……やっぱり、しっかりと綺麗にしませんか? こんな中途半端ではどうも落ち着きません」
「それだけは止めてほしいね」
以前早苗君に聞いた事だが、外界の店では店内の環境も売上に影響するらしい。
夏は涼しく、冬は暖かくが基本らしいのだ。
だがそれも度が過ぎるといけないらしく、夏なのに涼し過ぎる店などは逆に駄目なのだと語っていた。
外の品を扱うのなら、外の店の事は知っておくべきだろう。
それを知るには、倣うより慣れろが一番である。
綺麗すぎても駄目、埃が多すぎても駄目。
何事も程々が一番なのだ。
「うぅ……白黒はっきりしていません……」
そう呟きながら、映姫は埃の残量を程々にする作業に戻った。
恐らく本当は隅々まで綺麗にしたいが、自分から言い出した手前余り強くは言えないといった所だろうか。
渋々といった感じで掃除に戻る映姫を視界の隅に、僕は別の道具の手入れに戻った。
互いに作業に没頭する為、店の中は自然と静寂に包まれる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
暫くして口を開いたのは、映姫だった。
「はふぅ……お、終わりました……」
「……ん、あぁ。どれどれ……」
無いとは思うが、隅々まで綺麗にされていては困る。
丁度自分の方でも手入れが終わったのとそんな考えから彼女の方へ歩み寄り、棚に目を向けた。
「言われた通り、ちゃんと埃は残してますよ……」
「フム、確かにこれは……」
何も知らない者が見れば掃除をしたのかと思う様な埃だが、記憶に残っている掃除をする前と比較すれば随分綺麗になった方だろう。
綺麗すぎでもなく、埃だらけでもない。
古道具屋として丁度いい具合である。
「やっぱり、完全に綺麗にはしないんですか?」
「あぁ。これが丁度いいからね」
「掃除をしたと思って見ると、何とも変な感じですね……」
彼女の言わんとしている事は分からなくもないが、これが一番なのだ。
「まぁ、とにかくこれで掃除は終わりだよ。ご苦労様」
言って、労いの意味も込めて映姫の頭を撫でる。
「ふひゃぅっ!?」
「……ん、あぁ。失礼だったかな。すまない」
ついその場の流れで頭を撫でてしまったが、よくよく考えれば彼女は閻魔なのだ。
こんな風に子供の様な扱いをされては気に障るかもしれない。
そう思い、頭から手を離した。
「あっ……」
「……ん?」
「そ、その……」
「……?」
「で、出来れば、もっと……その、お願いします」
「あ、あぁ……」
言われた通り、先程と同じ様に頭を撫でる。
「これで……いいのかい?」
「は、はい……」
「君がいいのならいいが……嫌じゃないかい?」
「……別に、嫌ではないです」
「フム、そうかい」
そう答え、暫くの間、僕は何故か顔が赤い映姫の頭を撫で続けた。
「………………」
「………………」
「……さて、もういいかな?」
「あっ……はい」
言って、映姫の頭から手を離す。
「悪かったね、手伝ってもらって」
「い、いえ、気にしないで下さい。私が勝手に手伝うと言い出したのですから」
閻魔に掃除の手伝いをさせたのだ。
よくよく考えれば、何とも普通では有り得ない事をしたものだと思う。
――あぁ、これも普通か。
案外、自分も大衆寄りの考えが出来るものだと思い、小さく笑った。
「ん、どうしたんですか?」
「ん、いや、何でもないよ」
別に言うような事でもない為、言わずに勘定台へと戻る。
そして手入れが終わった道具を元の場所に戻していると、映姫が話し掛けてきた。
「そ、それにしても、貴方は私が定期的にお説教をしないと駄目みたいですね」
「うん?」
「今日だって、私が善行を積みなさいと言いに来なければ掃除をしなかったでしょうし」
「はぁ……そうかい」
別に掃除に関しては今日の朝から決めていた事なので、彼女は関係無いのだが……
しかしここでしっかりと言わなければ、彼女の来店の頻度が上がる確率は高いだろう。
その場合僕に対する説教も長くなり、結果僕の自由な時間が奪われるという訳だ。
それは出来れば避けたいので、僕は彼女にはっきりと言う事にした。
「別に君に言われたからという訳では無いよ」
「……へっ?」
「掃除をしようというのは今日の朝から決めていた事だよ。君に言われたからという訳じゃない」
「違うのですか?」
「あぁ。だから説教目的で来るのは出来れば止めてほしいね」
自分の自由な時間を少しでも守るために、僕はそう言い放った。
映姫はそれを聞き、少しの間黙っていたが、やがて、
「……本当に、説教目的だと思っているのですか?」
と、小さな声で言ってきた。
「ん……あぁ。それ以外に君が此処を訪れる理由なんて無いだろう」
彼女が此処で一度も買い物をしていない事からそれが言える。
そう言うと、映姫は先程とは打って変わって此方をキッと睨み、
「貴方は! 本当に何も分かっていませんね!!」
そう、怒鳴った。
「い、いや……」
「何も聞きたくありません! そこに座りなさい! 正座! 朝までお説教です!」
……僕の考えは、何が間違っていたのだろうか。
正直、僕の考えが間違っているとはとても思えない。
間違っている所があるとすれば、彼女の内面で思う所があった事くらいだろうか。
しかし、覚り妖怪でもない僕が彼女の内面を知る事は不可能に近い。
言葉の感じ方や、それからくる価値観の違いも、また人それぞれなのだ。
矢張り僕には、他人の価値観である『普通』など到底分からなかった。
当たり前である事という意味を持つその言葉は、状況で意味が変わる不思議な言葉だ。
例えば、生まれつき家が裕福で、食べたいものを食べたいだけ食べ飲みたいものを飲みたいだけ飲む様な生活をしている者。
そして、生まれつき家が貧乏で、その日の食事にもありつけるかどうかの者がいたとしよう。
前者にとっての普通は裕福な状況であり、後者は貧相な状況が普通である。
この様に、その者の価値観で『普通』というものは決まるのだ。
つまり、普通とは世の中の誰もが持っており、根本的な意味は一緒でも内容は全く違う言葉だという事が分かる。
にも関わらず、己の普通をそれが普通でない他人に押し付け強制させようとする者が存在する。
ガラスのコップに熱湯を入れれば割れてしまう様に、無理をさせようとすれば必ずそこに歪が生まれるのだ。
即ち、今僕が置かれている状況……閻魔の接客に対しての説教と同じと言えるだろう。
「……と、ちょっと! ちゃんと聞いているのですか!?」
「あぁ、聞いているよ」
閻魔にとっての『普通』を押し付けられながら、僕はそう返した。
「大体! 貴方は私がこうして何度も何度も善行を積む方法を説きに来ているというのに、行いや態度を改める素振りが一向に見られない! 何ですか貴方は、地獄に落ちたいんですか!?」
「そう言う訳ではないよ。好き好んで地獄に行きたい者などいないと思うがね」
まぁ、地獄にはそこで独自に発達した珍しい道具があるのだろうが……それは地獄に落ちた場合の楽しみにしておくとしようか。
「そう思うのなら、何故善行を積もうとしないのですか! 地獄に行きたくないのなら普通は善行を積もうとしますよ!? なのに貴方という人は……」
――ふむ、普通と来たか。
何の因果かは分からないが、偶然にも今し方僕が考えていた内容と同じ事を目の前の閻魔は口にした。
先程から彼女が僕に押し付けている彼女にとっての普通は、どうやら殆どの人が持っている普通だったらしい。
死ねば地獄に落ちるから生きている間に善行を積む。
閻魔直々にそう説かれれば誰が考えてもその答えに自然と行き着くだろう。
しかし生憎な事に、僕には僕の考え方がある。それと同じ様に、僕には僕の普通があるのだ。
その考え方と普通という価値観の所為か、大衆が持つ普通には至らなかった。
矢張り『普通』とは大衆が持ちながら人それぞれで違うものなのだ。
「……だから私がこうして毎回来ているにも関わらず貴方は……って、聞いているのですか!?」
「……ん、あぁ。聞いてるよ」
正直に言うと全く聞いていなかのだが、一応そう答える。
「……ハァ。全く聞いていませんね」
閻魔なのだからそれくらいは見抜けます。
そう言って、映姫は近くの椅子に腰掛けた。
「どうして善行を積もうとしないのですか? 私には理解できません」
「無縁仏を供養しているのは僕くらいのものだろう。十分善行だと思うがね」
「確かにそれは善行です。ですが、その後の墓荒しで差し引き零ですよ」
「墓荒しとは失礼な。僕は仕入れをしているだけだよ」
「ハァ……ホント、ああ言えばこう言いますね」
「僕は僕の意見を述べているだけだよ」
そう言って、話している内にぬるくなった残り少ない茶をくっと飲み干した。
「さて、分かったならお帰り願おうか。今日は店の掃除をするんでね」
「掃除ですか?」
「あぁ。最近していなかったからね」
掃除といっても、埃を払うくらいの簡単なものだ。
あまりに完璧に掃除してしまうと、古道具屋の雰囲気が壊れてしまう。
しかし最近掃除を怠っていた所為か、埃の量が度を越えていた。
今日は店を休みにして掃除をするかと考えていたのだが、彼女が来店した事によってそれは始まらなかった。
「成程。店内を綺麗にしてお客を呼び込もうと言う訳ですね。歓心歓心」
「……まぁ、そうとも言うね」
彼女に言われたからという訳ではないのだが……そう言えば面倒な事になるのは目に見えている。
話を合わせた方が良いだろう。
「……よし。折角ですし、私も手伝います」
「君が?」
「えぇ。貴方がやっと善行を積もうと動いたのですから、少しは手伝わせてもらいますよ」
それに今日は休暇で暇ですし。
そう付け加え、映姫は椅子から立ち上がった。
……彼女は幻想郷の少女の中では常識がある方だし、余程の事が無い限り間違いは起きないだろう。
それに人手が多ければ終わるのも早いし、その分読書の時間も増えるか。
好意に甘えるべきかどうか一瞬悩んだが、そんな考えから僕は彼女の申し出を受け入れた。
「フム……じゃあ、お願いしようかな」
「はい。分かりました」
作業に邪魔だと思ったのか。
映姫は普段から被っている閻魔の象徴である帽子を脱ぎ、それを勘定台の上に置いた。
「さぁ、頑張りましょうね」
「程々にしておいてくれ。完璧に掃除してしまっては意味が無いのでね」
そんな言葉を交わしつつ、僕と映姫は掃除道具を取りに奥へと向かった。
***
掃除、と言っても先程述べた様にそんなに大した事はしない。
商品に積もった埃を払うのと、定期的に手入れが必要な商品の手入れくらいである。
「……やっぱり、埃は残した方がいいんですか?」
「あぁ。多少は残しておいてくれ」
埃を払うのは映姫に任せ、僕はある商品の手入れをしていた。
ある商品というのは他でもない、魔理沙から手に入れた霧雨の剣である。
「……その刀が、魔法使いから不当な取引で奪った刀ですか」
「不当とは失礼な。僕は貴重な緋々色金を使って作った道具を渡したんだ。その報酬の鉄屑の中に紛れ込んでいただけさ」
魔理沙自身が鉄屑と認識していたのだから、これは正当な取引である。
僕が価値のある物と見抜いただけで、魔理沙からすれば鉄屑の一種なのだ。
「緋々色金ですか。その刀も同じ金属でしょうに」
「……ほう、分かるのかい」
「当たり前です。私に隠し事は出来ませんよ」
その刀本当の名前も分かってますよ。
そう言って、映姫は再び作業に戻った。
「はは……流石は閻魔天といった所か」
それを見て、僕も刀の手入れに意識を集中させる。
まぁ手入れと言っても錆びないように油を交換するだけなので、それ程時間はかからない。
村正や他の日本刀の手入れも昔からしていたので、慣れたものである。
「よし、と……こんなものか」
草薙を鞘に仕舞い、元あった場所に戻す。
「そっちはどうだい?」
一人で埃と闘っている映姫に、進行状況を聞いてみる。
「もうすぐこの棚は終わるんですが……ただ」
「ただ?」
「……やっぱり、しっかりと綺麗にしませんか? こんな中途半端ではどうも落ち着きません」
「それだけは止めてほしいね」
以前早苗君に聞いた事だが、外界の店では店内の環境も売上に影響するらしい。
夏は涼しく、冬は暖かくが基本らしいのだ。
だがそれも度が過ぎるといけないらしく、夏なのに涼し過ぎる店などは逆に駄目なのだと語っていた。
外の品を扱うのなら、外の店の事は知っておくべきだろう。
それを知るには、倣うより慣れろが一番である。
綺麗すぎても駄目、埃が多すぎても駄目。
何事も程々が一番なのだ。
「うぅ……白黒はっきりしていません……」
そう呟きながら、映姫は埃の残量を程々にする作業に戻った。
恐らく本当は隅々まで綺麗にしたいが、自分から言い出した手前余り強くは言えないといった所だろうか。
渋々といった感じで掃除に戻る映姫を視界の隅に、僕は別の道具の手入れに戻った。
互いに作業に没頭する為、店の中は自然と静寂に包まれる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
暫くして口を開いたのは、映姫だった。
「はふぅ……お、終わりました……」
「……ん、あぁ。どれどれ……」
無いとは思うが、隅々まで綺麗にされていては困る。
丁度自分の方でも手入れが終わったのとそんな考えから彼女の方へ歩み寄り、棚に目を向けた。
「言われた通り、ちゃんと埃は残してますよ……」
「フム、確かにこれは……」
何も知らない者が見れば掃除をしたのかと思う様な埃だが、記憶に残っている掃除をする前と比較すれば随分綺麗になった方だろう。
綺麗すぎでもなく、埃だらけでもない。
古道具屋として丁度いい具合である。
「やっぱり、完全に綺麗にはしないんですか?」
「あぁ。これが丁度いいからね」
「掃除をしたと思って見ると、何とも変な感じですね……」
彼女の言わんとしている事は分からなくもないが、これが一番なのだ。
「まぁ、とにかくこれで掃除は終わりだよ。ご苦労様」
言って、労いの意味も込めて映姫の頭を撫でる。
「ふひゃぅっ!?」
「……ん、あぁ。失礼だったかな。すまない」
ついその場の流れで頭を撫でてしまったが、よくよく考えれば彼女は閻魔なのだ。
こんな風に子供の様な扱いをされては気に障るかもしれない。
そう思い、頭から手を離した。
「あっ……」
「……ん?」
「そ、その……」
「……?」
「で、出来れば、もっと……その、お願いします」
「あ、あぁ……」
言われた通り、先程と同じ様に頭を撫でる。
「これで……いいのかい?」
「は、はい……」
「君がいいのならいいが……嫌じゃないかい?」
「……別に、嫌ではないです」
「フム、そうかい」
そう答え、暫くの間、僕は何故か顔が赤い映姫の頭を撫で続けた。
「………………」
「………………」
「……さて、もういいかな?」
「あっ……はい」
言って、映姫の頭から手を離す。
「悪かったね、手伝ってもらって」
「い、いえ、気にしないで下さい。私が勝手に手伝うと言い出したのですから」
閻魔に掃除の手伝いをさせたのだ。
よくよく考えれば、何とも普通では有り得ない事をしたものだと思う。
――あぁ、これも普通か。
案外、自分も大衆寄りの考えが出来るものだと思い、小さく笑った。
「ん、どうしたんですか?」
「ん、いや、何でもないよ」
別に言うような事でもない為、言わずに勘定台へと戻る。
そして手入れが終わった道具を元の場所に戻していると、映姫が話し掛けてきた。
「そ、それにしても、貴方は私が定期的にお説教をしないと駄目みたいですね」
「うん?」
「今日だって、私が善行を積みなさいと言いに来なければ掃除をしなかったでしょうし」
「はぁ……そうかい」
別に掃除に関しては今日の朝から決めていた事なので、彼女は関係無いのだが……
しかしここでしっかりと言わなければ、彼女の来店の頻度が上がる確率は高いだろう。
その場合僕に対する説教も長くなり、結果僕の自由な時間が奪われるという訳だ。
それは出来れば避けたいので、僕は彼女にはっきりと言う事にした。
「別に君に言われたからという訳では無いよ」
「……へっ?」
「掃除をしようというのは今日の朝から決めていた事だよ。君に言われたからという訳じゃない」
「違うのですか?」
「あぁ。だから説教目的で来るのは出来れば止めてほしいね」
自分の自由な時間を少しでも守るために、僕はそう言い放った。
映姫はそれを聞き、少しの間黙っていたが、やがて、
「……本当に、説教目的だと思っているのですか?」
と、小さな声で言ってきた。
「ん……あぁ。それ以外に君が此処を訪れる理由なんて無いだろう」
彼女が此処で一度も買い物をしていない事からそれが言える。
そう言うと、映姫は先程とは打って変わって此方をキッと睨み、
「貴方は! 本当に何も分かっていませんね!!」
そう、怒鳴った。
「い、いや……」
「何も聞きたくありません! そこに座りなさい! 正座! 朝までお説教です!」
……僕の考えは、何が間違っていたのだろうか。
正直、僕の考えが間違っているとはとても思えない。
間違っている所があるとすれば、彼女の内面で思う所があった事くらいだろうか。
しかし、覚り妖怪でもない僕が彼女の内面を知る事は不可能に近い。
言葉の感じ方や、それからくる価値観の違いも、また人それぞれなのだ。
矢張り僕には、他人の価値観である『普通』など到底分からなかった。
共感するなぁ~
自分の普通と相手の普通とは違うみたいな・・・
あと、叩かれてもいいから映姫様の頭撫でたい
「普通」というのは何か、と考えるとキリがありませんが、
とりあえず霖之助さんと映姫さんの普通は絶対に交わりそうにないですねw
今回も私の意を汲んでいただいて、ありがとうございました!
>だからどうやって言い寄れば良いのか分からず、休みの日にお説教をするという建前で香霖堂に通っていたら私得。
残念だが、それは俺得でもあるんです。
ナイス映霖でした。
コメントの返信をしていきますっ。
>>奇声を発する程度の能力 様
可愛い閻魔様がいてもいいですよね!
>>2 様
成程、いい事を聞かせてもらいました。有難う御座いますっ
>>3 様
普通を押し付けられても困るんですよね。物の感じ方や考え方は人それぞれなんですから。
私も撫でたいですw
>>淡色 様
共に自分の中で絶対ってものがありそうですから、多分平行線なんでしょうねw
いえいえ、此方こそリクエスト有難う御座いました!
>>投げ槍 様
貴方にも得でしたかー、世界は広いw
>>6 様
普段厳格だからちょっと可愛い所が見えると何倍も可愛く見えるんですよねw
>>俺式 様
やや、貴方にとっても得でしたか。こちらこそ読んで下さり有難う御座いましたっ。
読んでくれた全ての方に感謝!
彼は鈍感ですw
読んでくれた全ての方に感謝!