Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

お届け武勇伝

2011/04/14 23:21:16
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 散歩に行ってくる。
 誰ともなく呟いて、比那名居天子は大地を踏み鳴らして旅に出た。
 騒がしい妖怪の山を駆け下り、豊かな大地を練り歩いている途中で岩窟に転げ落ち、陰気な橋を渡って賑やかな旧都を過ぎれば、どでかい屋敷に辿り着いた。
 暗すぎる。静かすぎる。不気味すぎる。そのくせ屋敷は無駄に立派な佇まいで、地の果ての番人がここに住んでいるのかもしれないと思う。
 天子は鼻息も荒く乗り込んでいった。家人がいるのなら話を聞いてみたいし、いないのなら隠れ家にしてやってもいい。
 屋敷の中は生活の匂いが一切感じ取れず、動物特有の獣臭さと怨霊のじめついた不気味さだけがあった。

 ――ニャーン。

 黒猫。
 天子はつんのめるように立ち止まった。

「はぁぁ……びっくりした。こんなところにも猫はいるのね」
「そりゃ住んでるからね」

 黒猫はたちまちの内に人の姿へと化けた。燃えるような赤毛だった。好奇心旺盛そうな瞳が、無言で敷居をまたいだ天子を非難するかのように光った。

「お姉さん誰だい。良からぬことを企む賊だったらあたいが暑い暑いところまで案内するよ」
「これは失礼。まさか本当に誰かが住んでいるとは思わなくて。こんな地底の奥の奥、立派な建物が建っていたら入ってみたくなるじゃない」
「立派な建物が建っているんだから誰かが住んでいるに決まっているだろう。ふーん、まあいいや。久々のお客さんだ。さとり様に会ってお行きよ」
「屋敷の主のところまで案内してくれるの? 手土産一つ無くて悪いわね」
「あたいにだって仕事があるんだ。このまま真っ直ぐ行けば突き当たりに扉があるから勝手に進んでおくれ。ああ、お土産はいらないよ。お姉さん自身が沢山のお土産になる」

 そう言って赤毛は黒猫の姿に戻り、忙しそうにどこかへと消えていった。
 自分自身がお土産になるということは、もしや待っているのは人食いの類か。面白い。食べられるものなら食べられてみたいと思う。
 天子は足取りも軽く歩いていくと、突き当たりに大きな木製の扉があった。後から作り直したのか地面から膝くらいまでが樹脂製になっていて、まるで犬か猫の出入り口みたくすきま風にパタパタと揺れている。こんな地底の奥に住んでいる奴だ、もしかしたら誰とも顔を合わせるのが嫌でさっきの猫の従者がここから食事の受け渡しをしているのかもしれない。
 天子は勢いよく扉を開いた。

「たのもー」
「おりん、いいところに。小腹が空いたのでお菓子……を、え……誰?」

 なんか背丈の小さい妖怪がいた。しかも小腹が空いているらしい。人食いどころではなくお菓子を食べたがっている。
 想像していたのと随分違う姿に天子は頓狂な声で、

「は? あんたが主?」
「お、おほん……どちら様でしょうか」

 どうやら読書に夢中だったらしい背の低い妖怪は、さり気ない仕草でソファとクッションの間に本を滑り込ませ、咳払いをしながら立ち上がった。
 睨むように天子を見つめるのは、突然の闖入者に警戒しているのか、それとも生まれつき細目なのか。

「いいです。答えて頂かなくてもわかります。なになに、比那――」
「比那名居天子よ。そこにいた黒猫が当主と会ってくれと懇願するのでわざわざ出向いてやったわ」
「えと、ちょっと、最後まで、」
「それであんたは?」
「……古明地さとりと申します。この地霊殿の主です。なになに……『背が小、」
「背が小さいわねぇ。そんなナリでこの屋敷の主なんて務まってるの? てっきり化け物でも棲んでるのかと思ったのに」
「……ご期待に添えなくてすいませんね。でも安心してください。嫌われることに関して、私はそこらの化け物を遥かに凌駕してますから。なになに……『迫力だけなら、」
「迫力だけならさっきの黒猫の方があるわね。黒猫は凶兆の体現よ。いきなり現れるもんだから少しびっくりしたじゃない」
「……あの」
「ん?」

 さとりは不服そうに口を尖らせた。

「最後まで私の言葉を聞いてもらえませんか」
「ああごめんなさい。そうね、相手の自己紹介は遮っちゃいけないわね。早く済まして頂戴」
「『早く済まして頂戴』ですか……いやあの、言葉にしてから心に思うのもやめてください」
「わかったわよ」
「えーと」

 さとりの胸元にある巨大な瞳が、両の腰に手をあてて胸を張っている天子を凝視する。

「『こんなところに引き籠もってるから不健康そうに見えるのよ』ですか。そうですね。それは否定できません」
「わかってるなら身体動かしなさいよ」
「え、ええ……そうですね」
「自己紹介は終わり? 運動不足ってことを宣言したかったの?」
「え……いや……」
「それでさぁ、聞きたいことがあるんだけど、この屋敷は何なのかしら」

 天子は両手を広げて面白い玩具を見つけた子供のように破顔した。

「地霊殿です。『それはさっき聞いた』ですか」
「うん」
「え、えっと……地霊殿はその、地底の何と言いますか……『避暑地みたいなもんね』ですか、」
「あ、やっぱり避暑地の別荘なんだ」
「は? いえ、あの、いい加減気付きませんか?」
「薄々気付いていたわよ。なんか生活感が無いと思ったものここ」
「そうではなくてですね」
「部屋が沢山余ってるならしばらくお邪魔して良いかしら。大丈夫、汚さないわ」
「なになに『天界つまんない』ですか。なるほど暇つぶしですね」

 天子は目を丸くした。天子の驚いた顔を見たさとりは、これでもかというくらい意地悪そうな笑みをする。

「あっ、えっ、私のこと知ってるの?」
「ええ知っていますよ。誰よりもね。あなたのトラウマだってわかります」
「いやぁ、やっぱり神社を倒壊させたのはやりすぎだったかしら。こんな地底くんだりまで悪名が轟くとは思ってもみなかったわ」
「いえ、そうではなく、」
「そうなのよ、あのスキマ妖怪ったらさぁ……ちょっと悪戯しただけなのにカンカンになっちゃって。軽いトラウマよ。でも安心して、さすがにもう家を潰したりしないわ」
「え、ええ。泊まられるのはともかく、家を潰されるのは困りますね、はい」
「泊まっていいのね? ありがとう。あ、悪いけど飲み物もらえる? 三日間歩き続けだから少し喉が渇いちゃって」
「……少々……お待ちください」

 さとりは未知の生物と遭遇したかのような目で天子を見つめ、一瞬でも目を離したら死ぬとでも言いたげな動作でそろりそろりと部屋の奥へと移動し、戸棚の奥からわざわざピーチジュースを取り出した。
 そのとき、ふと先程さとりが何かを読んでいたことを思い出した天子は、いそいそとソファへ腰掛けクッションの下をまさぐった。

「あ! ちょっ、何勝手に漁ってるんですか!」
「良いじゃないエッチな本の一つや二つ。そういう俗っぽいの私も見てみたいわ」
「読んでません!」

 出てきたのは風景画をまとめた本だった。

「なにこれ。つまんない」
「か、返してください!」

 さとりは引ったくるように本を奪い取って、再びクッションの下へと挟み込んで天子から守るように身体を割り込ませた。

「見ましたね」
「見たけど……」

 きょとんとする天子の顔を見て、さとりはようやく自分が犯した失態に気付いたのだろう。何食わぬ顔で「ただの風景画ですよ」と言えば、きっと天子は次の瞬間には興味を失っていたに違いない。
 もう遅い。

「内密にお願いします」
「誰に?」
「……おりん以外に」

 おりんとは先程の黒猫だろうか、と天子は思った。

「でも、ただの地上の風景画でしょ? そんな……」
「だからです。変に気を使われるのは望みません」

 事情は一切わからない。しかし、心当たりが無いわけでもなかった。
 もしかしたら、さとりは自分と同じなのかもしれないと天子は思う。
 自分も退屈な毎日に嫌気が差し、地上をずっと覗き込んでいた。人間や妖怪の営みを見てるだけで楽しかった。天女の優雅な踊りより、地上の宴会で披露される腹踊りの方が何百倍も素晴らしいものに見えた。美しすぎる音楽よりも地上の喧噪の方が心地良く、清潔すぎる匂いよりは泥臭い方が生命を実感できた。
 こんな地底の奥の奥に比べれば、天界は恵まれている。地底では見上げても何も見えないのだから。

「別に、地上を羨んでこんな慰めをしているわけじゃありません、それは誤解です。意味もなくただ郷愁を感じたいときは誰にだってあるでしょう?」

 ふと、地子という名の少女のことを思い出す。天人になっても忘れられなかった世俗の煌めきを、かつて地子という少女は持っていた。天人になった途端にそれが如何に素晴らしいものだったか気付き、毎日胸の中に去来していたのは恋い焦がれるような懐郷の念だ。

「そうね。あるかもね」
「少しばかり浸ってみたかっただけです。本当の本当にそれだけです」

 わかる気がした。もし目の前にいる背の小さい少女が元々は地上に住んでいて、わけあって地底の奥の奥へ住まいを移したのならば、地上の風景を思い出したくなるときがあるのだろう。
 かつて自分がそうだったように。

「ああ……じゃあさ、その……なんというか」

 こういう時に限って唇や舌が重たく感じるのはなぜなのか。無遠慮な言葉ならすらすら出てくるというのに。
 天子がしどろもどろになって言葉を探す様を、さとりは三つの目でじっと見つめ、やがてくすりと笑った。

「では、そうですね、あなたがここまでやって来た三日間を話して頂きましょうか」
「……よく考えてたことがわかったね」
「ふふ」

 さとりは両眼を閉じて天子の横に座り直した。

「じゃあ、まず妖怪の山に降りたときね。あそこは天狗が大勢いてさ、降りた瞬間から喧嘩を吹っ掛けられるのよ。あ……そういえば私の服って臭くない?」
「いえ、太陽の匂いがします」

 天狗社会を掻き回し、魔法の森で一夜を過ごし、霧の湖を一周してから紅い洋館でドンパチやって、

「わかる? 紅いのよ。なんていうのかすごい紅い」
「わかります。ちゃんと見えてます」
「ホントにー?」

 天子が覗き込んだ第三の瞳の中には、当然紅い洋館などは映っておらず、ただ天子のみが映っている。





「変なお姉さんでしたねぇ」
「そうね」

 結局、天子は地霊殿に三日も居座った。何をするでもなく、たださとりと話をしていただけだった。

「人間以外の来客なんて本当に久しぶりだから、ちょっと寂しくなりますね」
「そうね」

 最後までさとりがどんな妖怪だったのか知らなかった風だった。話を聞くのが上手な良い奴だと思ってるフシがあった。

「また来ますかね」
「今度はもっとすごい土産話を持ってくるらしいわ」
「楽しみですねぇ」
「そ……」

 そうね、と言おうとしたさとりは、おりんがニヤニヤ笑ってることに気付く。





 そして、恒例になりつつある騒動が一つできた。

 朔の日が近付くと俄に幻想郷が慌ただしくなる。
 妖怪の山を根城にしている天狗たちをはじめ、魔法の森に住んでいる魔法使いたちも武装を始めるし、迷いの竹林の兎たちは綿密に練ったフォーメーションで配置につき、紅魔館の門番さえもこの三日間起き続けるという。冥界の庭師は先月よりもまた一段と剣技が冴え、三途の川の死神たちは有給休暇を取り始める。
 実に面倒臭い奴がやってくるのだ。
 刃物すら通らない鋼鉄の肌は如何なる攻撃もやせ我慢で耐え抜き、いくら説得を試みるも決して省みることをせずに我が儘を通し、どうぞどうぞと素通りさせようとすると「つまんない」と暴れ回る傍若無人の輩。

 ――天人がまた来たーッ!

 千里眼を持つ天狗の叫び声はまさに面倒臭い仕事を押し付けられたもののそれだ。
 なぜかスタート地点を妖怪の山と心に決めているらしい天人は、天狗の悲鳴を知ってか知らずか、非想の剣を天へと掲げて胸を張る。

「一つ、比那名居天子が語る……二つ、不撓不屈の気高き心……三つ、見せよう地底の友に、いざ参るぞ地上の者よ!」

 徹夜で考えた大見得を切って、自作自演の武勇伝の狼煙が上がる。
 今回の旅路はどんな胸躍る冒険譚になるだろう。


お読み頂ければ幸いでございます。ありがとうございました。
むかしむかし、ホームページのキリ番を取ったときのことを思い出しました。作品集のラストゲットです。
ツバチ
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
何だろう…貴方の書く作風が凄く好みですw
読んでてスッキリした気分になりました
2.名前が無い程度の能力削除
自作自演ってそういう意味なのか。
子どものようにストレートな天子と地底の妖怪衆は結構相性がいいのかもしれない。
そんな風にこのお話を読んで思いました。
3.電動ドリル削除
流石天子、さとり妖怪を手玉に取るとは……本人の自覚ゼロだけども。
こんな友人がいて、さとり様も楽しそう。
4.PNS削除
軽くて美味しい。好きか嫌いかと言われれば大好き。
もっと濃厚にしてもいいんだけど、これでもいいと思います。だって好きなんですから。