怪しい瘴気漂う森の奥深く、古ぼけた一軒の家があった。
ただでさえ光のないこの森の中、一切の光を遮らんとカーテンは常に下ろされていた。
蔦は伸びきり、辺りも雑草が繁茂している。
廃墟を思わせるものだが、夜になれば灯りは灯され、煙突から煙も出る。
妖精達はそこを一種の心霊スポットのように位置づけていた。
その森には、魔術師が棲むと言われていた。
古より伝わりし書を携え、そこより魔法を吸収し、我がものとするのだ。
その魔法は様々で、簡単に死に至らす魔法も多い。
魔術師は、人々ならず、妖精達にも恐れられていた。
ある時の事、元より悪戯が好きとされる妖精の中でも、更にたちの悪い三匹の妖精が森に現れた。
それは無知から来る興味心か、それとも自慢のための蛮勇か。
あの森にある家へと向かうとの事であった。
一匹を除き、他二匹は興味に満ち溢れた表情を浮かべている。
「どうしたの、怖いの?」
「いやだって、魔術師がいるのよ? 消されるかもしれないわ」
「臆病ね」
「さぁて、本物の魔術師を前にしたらそんなこと言ってられるかしらね……」
見通しの悪い森を、恐れる事無く突き進んでいく。
何が妖精達を突き動かすのか、これも魔術師の魔力からのものなのか。
何の理由も無く、自然に引きずり込まれ、実験台として使われるのかもしれない。
幻想郷では何が起こってもおかしくないのだ、それくらいは頭の片隅に置いておいても悪くはないだろう。
太陽は天高く昇っている時刻ではあるが、辺りは夕闇のような暗さである。
昼と夜とか混ざり合う森の中、やがてうっすらと一軒の家が見えてくる。
「あ、あれだ!」
「目標は後少しよ、走りましょう!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
三匹は背中を押されるように走っていく。
何が訪れるなんて頭にはない、今はただ、興味だけが足を進めたのだ。
「これは魔女の棲む家ね」
「え? でもまだ女かどうかは分からないよ?」
「だって、魔術師ってなんか女のイメージが強いし、魔女でしょ多分」
「適当ね……」
妖精が言う、魔女の棲む家は眼前にある。
予想していたよりも小さかったらしく、嘲笑い、ドアノブに手をかけた。
恐れていた一匹の妖精が、それに待ったの手を伸ばす。
「何よ」
「や、やっぱりやめておきましょうよ、危険な気がするし」
「あなたの言うそれは毎回当たってないじゃない。逆に心配が飛んでいったわ」
高笑いをすると、手を振り切りドアノブを回した。
ギィと音を立てたドアの向こうは薄暗く、人の気配は感じられなかった。
「暗いね」
「うん」
「人の気配は感じないわね。留守なのかしら」
やがて目が慣れて来ると共に、乱雑に散らかった本や得体のしれない物が視界に飛び込んでくる。
整理が苦手なのかと三匹は胸の内で呟くと、本を踏まぬように奥へ奥へと足を進めた。
家に入っただけでも十分なのに、それ以上を求めてしまったのだ。
一体この家には何があるのだろうかと、更なる探求心が溢れ出る。
「も、もう帰ろうよ」
「何言ってんのよ。どうせ入ったんならもっと漁るのよ」
「うんうん、随分と堂々とした泥棒猫だな。しかも三匹とは達の悪い」
「え!?」
次の瞬間、突如窓から光がさし、天井のシャンデリアは眩いほどに灯りを放った。
人の気配はなかったはずなのに、そこには黒と白との服を来た金髪の――子供。
これが魔女だというのか、いやまさか。
妖精達は一瞬ひやりとしたが、溜息を一つ吐いて心を静める。
そうだ、こんな少女が魔法使いな訳がない。
「まぁなんだ、興味があって入ったのは分かるが、何か声をかけるべきじゃないか?」
「す、すみません」
「謝って済むなら……と言いたいところだが、今回は許してやろう。それより、この出会いも何かの縁だ。お茶でも飲んで行くかい?」
「え、いや私達はもう」
「飲んでいくよな?」
「は、はい」
拒否権などないと言わんばかりの威圧感に、ただ妖精達は従うしかなかった。
この時ほど、帰っておけばよかったと思った事はないだろう。
しかし、後悔先に立たずでもう遅い。
魔女ではないんだと心で何回も復唱しつつも、背中には冷や汗が一筋流れていた。
「紅茶はいつも飲めるようにしてあるからな、時間はかからないしいいだろ?」
にっこり笑いながら、机や椅子に詰まれた本を床に下ろす。
座る場所を作ったその少女は、三匹に座るように促した。
その後は落ち着かず、家の周りをきょろきょろと見回していた。
見たことも無く、用途が分からない物や、見覚えのある物もそこにはあった。
それは、その妖精達の友達が大切そうに持っていた、緑に光る翡翠。
紛れも無く、それはあの友達が持っていた物である。
それが何故……。
妖精は心中で疑問に思うも、口にすることはしなかった。
やがて、目の前に温かな紅茶が用意され、作り置きされていたのであろうクッキーでもてなされた。
少女は笑いながら話しかけ、紅茶を啜り、クッキーを口へと運んでいた。
しかし、妖精達はそういうわけにはいかなく、一向に紅茶の量が減る気配はない。
「なんだ? 紅茶は飲めないか?」
怪訝そうな顔を浮かべる少女を見て、三匹は声を合わせて。
「飲めます!」
と元気よく返すと、少女はにっこり笑った。
そうして、先ほどと同じ調子で楽しげに話を始めるのだ。
「私は物を集めるのが好きでな。まぁ辺りを見ればわかると思うが本が好きだし、他にも珍しい物も大好きなんだ」
「そうなんですかぁ」
立ち上がり、手にとっては嬉々と説明する姿は何処にでもいる少女そのものである。
やはり不安の気持ちはただの杞憂だったかと思ったその時であった。
「この翡翠は、貰ったものなんだ。綺麗だったからもしよかったらくれないかって言ったらくれたんだ」
「え?」
思わず声をあげてしまった。
あまりにも妖精の知っている情報と少女の言っている情報とが違いすぎたからだ。
以前、冗談で翡翠をちょうだいと言った時、何があっても渡さないと真剣な表情で返された事を覚えている。
しかも、それは寝る時以外は肌身離さず持っている宝物であり、渡すはずがないのだ。
あるとしたら脅したか、それとも夜の間に盗んだかのどっちかしかない。
「あの、その翡翠って友人が持ってた物なのですが……。本当に貰ったんですか?」
「そうかぁ、お前さん達はこの翡翠を持ってた妖精の友人さん達だったのか。そうか、ふぅん。返してもらいに来たとか?」
「い、いや、あなたが持っていたなんて知らなかったですし、そんなことは。ただ違和感を感じただけで」
「なぁに、貸してもらってるだけだ」
「貸して……貰ってる?」
貸すことも拒んだ友人が? 知りもしない人に貸す?
そんな馬鹿げたことがあるかと、疑いは更に膨れ上がっていく。
怖いという気持ちも妖精にはあっただろう。
しかし、その気持ちを麻痺させてしまう程に、強い正義感が生まれる。
「嘘ですよね? その翡翠は盗んだんですよね? 返して下さい」
「人聞きの悪いことを言うな、これは借りてるだけだ、死ぬまでな」
「そんな……」
「まぁ、借りてた本人が死んでしまうようじゃ返しようがないかもしれないけどなぁ」
冷たい笑みを浮かべる姿は、それこそ魔女だった。
雰囲気でわかる、少女なんかではなく、彼女こそが本物の魔女だ。
そうと分かった瞬間に、ぶり返す寒気と恐怖心。
この空間にいることが耐えられなくなった三匹は、一斉に立ち上がると声を揃える。
「ご、ごめんなさい、失礼します!!」
魔女の顔など見もせず、急いでドアノブに手をかける。
何度回しても、ガチャガチャと騒がしいだけで開く気配がない。
「まぁ、楽しく紅茶でも飲もうじゃないか、な?」
シャンデリアの光は落ち、カーテンは閉じられた。
「魔法使いは暗い夜が好きでなぁ、こう、暗くなくちゃしっくりこないんだよなぁ」
薄明かりの中で、はっきりと魔法使いの笑みが見えた。
まだ、夜にもなっていないというのに。
魔法使いによって作られた人工の夜の中で、妖精は恐怖に震えた。
それと十行目なんですが、「達の悪い」は「たちの悪い」かな?
展開の為に性格を曲げちゃあいけないな
冗談はさておき最後の魔理沙はにやけ顔だったに違いないw
というかなんで否定的なコメントがあるのかしらん。
まぁ魔理沙の性格も幻想郷における妖精の扱いも元々こんなもんだろう
妖精の正義感は少し違和感ありましたが、魔女の性格は原作風味で良いですね。
続きがあれば上の米も多少変わったかも