『これは旨いから絶対食え!』とか『いや、そんなものよりこっちの方が断然旨い、お前はものを味わう舌が無い!』そんな感じの言い争いを見ていると、無性に悲しくなる。
食い物なんてものは、自分が旨ければ良いんだと、他人に強制されて食べるものなんて、美味しいはずがない。
本当に美味しい味って言うのは、誰にもあって、当然全部違うけど、共通するのは食べ終えた時の安心感やら満足感だと思う。
『これ、美味しんだけど満足できないなぁ』なんて言葉は、本当に美味しかったら出るはずがない。
焼き鰻、それはこの幻想郷で最もポピュラーな魚料理のうちの一つである。
夜雀のミスティア・ローレライ氏のヤツメウナギ屋の成功を聞き付けた人間が真似して次々と屋台を出し、この幻想郷では現在ちょっとした鰻戦争が起こっているのだ。
本日私は元祖焼き鰻のミスティア亭に訪れている。仕事ではなく趣味で。
そして連れも一人。
「…あの、文さん?」
「何でしょうか、椛さん」
山の哨戒天狗、犬走椛である。
「御馳走してくれるって言うから来てみたら、いつもの鰻屋じゃないですか」
「駄目ですか?」
「いや駄目ってわけじゃ…」
「じゃあ良いじゃないですか、もとはと言えば貴方が『文さんが食べてるのを私も食べてみたいですわんわんお』って言ったんですよ?」
「わんわんおは言ってません!」
顔を赤らめながら抗議する彼女を見ながら鰻を頬張る。うん、やっぱりタレは良いよね。
なんて事を呟きつつ食べていると椛は少し驚いた風に私を見つめる。
「文さんって、タレ派なんですね」
「えぇ、まぁ好んで食べるのはタレよ」
言いつつ椛の皿を眺める。
タレが垂れておらず、代わりにワサビやら大根おろしを乗っけて食べる白焼きだった。
「はぁ~、椛さんは白焼き派ですか」
「はい、タレも美味しいんですけど私は白焼きの方が断然好きです」
「ほぉ~」
聞きつつ更に食べ続けると椛が私を不思議な目で見つめてくる。
「ん?どしたん?」
「いや、文さんの事だからてっきり『白焼きなんてもの云々』って言いそうだったので」
「食べてる人が美味しければ良いの。万能の味なんて存在しないんだから」
本当に、その通りだ。
薄い味が好きな人もいれば濃い味が好きな人もいる。
甘いのが好きなら辛いのが好きだってのも、ある。
この幻想郷は、いやこの世界の味覚は千差万別十人十色。
味に優劣なんて、無い。
「白焼きの良いところは…」
と、椛は口を開く。
「タレ以上に誤魔化しがきかないんです。あ、でもタレを悪しざまに言う訳じゃありませんよ?」
「ほうほう、続けて続けて」
「タレは主役が二人います、そして少々タレが悪くても鰻の質が良ければカバーがききますし、その逆もあり得ます」
確かにそれは正論だ。
少し質が落ちた鰻はタレで補え、しかも安い。
「ですが白焼きの主役は飽くまで鰻、塩やワサビは脇役なんです」
「そうね、だからこそ新鮮な鰻を使わねばならない」
「はい、何処までも真剣で実直な白焼きに私は惚れたんです」
成る程、確かにこの仕事一筋の白狼天狗の椛に良く合ったメニューだろう、鰻の白焼き。
しかしここまで力説されると私も興味が出てきた。
「ふむ…私も白焼き食べてみようかなぁ」
手を挙げ、白焼きを注文する。
すると女将が愛想よく受けたのを確認し、もう一度椛に聞く。
「して、椛さんのお勧めの食べ方って、あります?」
「出来れば塩かワサビで食べて欲しいです、素材そのものが味わえますから」
成る程、そう来たか。
私としては別の食べ方を試してみたいが、それはまた別の機会にしよう。
「お待たせいたしまた~♪」
「ありがとうございます」
女将から鰻を受け取り、眺める。
焦げ目が程良くついた、初体験の白焼きだ。
食べた感想を一言で言わせてもらえば。
「…美味しいじゃないですか」
「でしょ?そうでしょ?」
塩を振りかけ、ワサビをちょいとつけて頬張ると身が口中でハラハラと解け鰻本来の味と言うのか、繊細で優雅な味が塩によって引き立ち、鼻をワサビ特有の香りが突き抜ける。
工夫も何も無い、ただ直火で焼きあげるきわめて原始的な製法だが、逆にそれが真新しい。
気づけば、お代りをしていた。
「いやぁ、美味しかった」
「嬉しいですね、こうやって白焼きの同志が増える事は」
だがこの白焼き、欠点がある。
「でもこれは、ご飯のおかずにはならないわ、清酒かなんかと一緒に食べるって、感じ?」
「あぁやっぱり文さんもそう思います?私もご飯を食べる時はタレです」
頷く椛を見ても、ご飯を盛った茶碗では無く、コップに注がれた冷酒がそれを如実に語っていた。
シンプルであるが故なのかもしれない。
しかし白焼きが私を満足させたのは紛れもない事実であることは確かだ。
「うん、今度から酒を飲む時は白焼きで食べよう」
そう呟いて、代金を払いミスティア亭を後にするのだった。
食い物なんてものは、自分が旨ければ良いんだと、他人に強制されて食べるものなんて、美味しいはずがない。
本当に美味しい味って言うのは、誰にもあって、当然全部違うけど、共通するのは食べ終えた時の安心感やら満足感だと思う。
『これ、美味しんだけど満足できないなぁ』なんて言葉は、本当に美味しかったら出るはずがない。
焼き鰻、それはこの幻想郷で最もポピュラーな魚料理のうちの一つである。
夜雀のミスティア・ローレライ氏のヤツメウナギ屋の成功を聞き付けた人間が真似して次々と屋台を出し、この幻想郷では現在ちょっとした鰻戦争が起こっているのだ。
本日私は元祖焼き鰻のミスティア亭に訪れている。仕事ではなく趣味で。
そして連れも一人。
「…あの、文さん?」
「何でしょうか、椛さん」
山の哨戒天狗、犬走椛である。
「御馳走してくれるって言うから来てみたら、いつもの鰻屋じゃないですか」
「駄目ですか?」
「いや駄目ってわけじゃ…」
「じゃあ良いじゃないですか、もとはと言えば貴方が『文さんが食べてるのを私も食べてみたいですわんわんお』って言ったんですよ?」
「わんわんおは言ってません!」
顔を赤らめながら抗議する彼女を見ながら鰻を頬張る。うん、やっぱりタレは良いよね。
なんて事を呟きつつ食べていると椛は少し驚いた風に私を見つめる。
「文さんって、タレ派なんですね」
「えぇ、まぁ好んで食べるのはタレよ」
言いつつ椛の皿を眺める。
タレが垂れておらず、代わりにワサビやら大根おろしを乗っけて食べる白焼きだった。
「はぁ~、椛さんは白焼き派ですか」
「はい、タレも美味しいんですけど私は白焼きの方が断然好きです」
「ほぉ~」
聞きつつ更に食べ続けると椛が私を不思議な目で見つめてくる。
「ん?どしたん?」
「いや、文さんの事だからてっきり『白焼きなんてもの云々』って言いそうだったので」
「食べてる人が美味しければ良いの。万能の味なんて存在しないんだから」
本当に、その通りだ。
薄い味が好きな人もいれば濃い味が好きな人もいる。
甘いのが好きなら辛いのが好きだってのも、ある。
この幻想郷は、いやこの世界の味覚は千差万別十人十色。
味に優劣なんて、無い。
「白焼きの良いところは…」
と、椛は口を開く。
「タレ以上に誤魔化しがきかないんです。あ、でもタレを悪しざまに言う訳じゃありませんよ?」
「ほうほう、続けて続けて」
「タレは主役が二人います、そして少々タレが悪くても鰻の質が良ければカバーがききますし、その逆もあり得ます」
確かにそれは正論だ。
少し質が落ちた鰻はタレで補え、しかも安い。
「ですが白焼きの主役は飽くまで鰻、塩やワサビは脇役なんです」
「そうね、だからこそ新鮮な鰻を使わねばならない」
「はい、何処までも真剣で実直な白焼きに私は惚れたんです」
成る程、確かにこの仕事一筋の白狼天狗の椛に良く合ったメニューだろう、鰻の白焼き。
しかしここまで力説されると私も興味が出てきた。
「ふむ…私も白焼き食べてみようかなぁ」
手を挙げ、白焼きを注文する。
すると女将が愛想よく受けたのを確認し、もう一度椛に聞く。
「して、椛さんのお勧めの食べ方って、あります?」
「出来れば塩かワサビで食べて欲しいです、素材そのものが味わえますから」
成る程、そう来たか。
私としては別の食べ方を試してみたいが、それはまた別の機会にしよう。
「お待たせいたしまた~♪」
「ありがとうございます」
女将から鰻を受け取り、眺める。
焦げ目が程良くついた、初体験の白焼きだ。
食べた感想を一言で言わせてもらえば。
「…美味しいじゃないですか」
「でしょ?そうでしょ?」
塩を振りかけ、ワサビをちょいとつけて頬張ると身が口中でハラハラと解け鰻本来の味と言うのか、繊細で優雅な味が塩によって引き立ち、鼻をワサビ特有の香りが突き抜ける。
工夫も何も無い、ただ直火で焼きあげるきわめて原始的な製法だが、逆にそれが真新しい。
気づけば、お代りをしていた。
「いやぁ、美味しかった」
「嬉しいですね、こうやって白焼きの同志が増える事は」
だがこの白焼き、欠点がある。
「でもこれは、ご飯のおかずにはならないわ、清酒かなんかと一緒に食べるって、感じ?」
「あぁやっぱり文さんもそう思います?私もご飯を食べる時はタレです」
頷く椛を見ても、ご飯を盛った茶碗では無く、コップに注がれた冷酒がそれを如実に語っていた。
シンプルであるが故なのかもしれない。
しかし白焼きが私を満足させたのは紛れもない事実であることは確かだ。
「うん、今度から酒を飲む時は白焼きで食べよう」
そう呟いて、代金を払いミスティア亭を後にするのだった。
読んでたらお腹空いてきた
いいグルメSSでした
おいしい白焼き食べてみたいです。
他にも意外な組み合わせがあったりするかも。
至高は「タレのみ派」じゃないか!丼3杯はイケる!(天丼も可)