Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

私と世界を別けるもの

2011/04/10 21:20:36
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妖精は、自然の中から誰の力を借りるでもなく生まれ出る。
どんなに致命的なダメージを負ったところでそれは彼女らにとっては一回休みというだけで、気がつけばいつも通りに活動している。
幻想郷ではよく知られた、ありふれた事実だ。

けれど、そんな彼女らが“どんな風にこの世界に生まれ落ちるのか”を知っているものはほとんど居ない。
霧雨魔理沙も、そんな大多数の一人であった。


無論、好奇心の塊かつ向上心の権化の如き白黒魔法使いが大多数の一人に何時までも甘んじている訳がなく。




「そういう訳で、詳しく教えて欲しいんだぜ」

「はあ……」



疑問に思ったその日には、湖の大妖精を自分の家に引っ張り込んでいた。
オドオドと散らかった室内を見回す大妖精に、魔理沙はソーサーに乗ったカップをひとつ手渡す。
カップの中からは、暖かで甘い香りが白く立ち上っている。


「でも、何で私なんでしょう。その、お話はヘタですし……」


一口含んだそれは砂糖もいれていないのに甘い、紅茶の味がした。
聞けば、香霖堂から貰った(と、魔理沙は主張する)不思議な粉で作った紅茶なのだという。
粉と湯を混ぜるだけで出来るそれは紅魔館の最上級のものとは比べ物にならぬほど安っぽい味と香りしか持ち得ないが、大妖精はその甘さが好きになった。
嬉しげに背中の羽が揺れて、座っている椅子がわずかに軋みの音を鳴らす。

「ん、まあそこらに浮いてる連中に聞いても良かったんだがな」

魔理沙は紅茶を一口含んで、茶請けのクッキーをひとつ丸ごと口の中に放り込んだ。
紅茶がクッキーに染みこんで、柔らかく解けていく。少しだけその感触を楽しんで飲み込んだ。魔理沙の好きな食べ方だった。


「チルノは知らなさそうだし、光の七人衆……じゃなくて、ええと、そう、三妖精は捕まえるのがめんどい。
 そこらでふらふらしてる妖精は論外。こう言う事聞けそうなのはお前くらいしか知らないんだ」


まともに会話が成り立つ妖精なんてのはそう居ない。
妖怪は基本、力のある物ほど知恵者であることが多く、同時に齢を重ねているケースが殆どだが、妖精の場合はこの例に当てはまらない。
妖精として最も力の強いであろうチルノを見ればよくわかるだろう。

妖精の場合は記憶の連続性の問題か、経験の量より質のほうが知識レベルに大きな影響を与えている。
強く、長く生きても勝手気ままな連中は相応のままで、あまり強くなくとも目的意識を持って活動している妖精はその気質故か比較的知識に秀でている。
チルノのフォローに周りがちな大妖精以外では、紅魔館の妖精メイドには幾人か高い知性を持ったものが見受けられる。
魔理沙も最初はそちらをアテにしていたのだが、質問の内容が内容だけに紅魔館内で聞くのははばかられた。
自分よりも幼い見かけの妖精に「貴方達はどうやって生まれるの」なんて聞いてまわるなど、一歩間違えれば変質者認定されかねない。
咲夜辺りに見つかったら色々ひどい目に遭わされそうだった。


「ま、話したくないんならいいんだが。興味本位だし」


そう言って大妖精を見やる。彼女は少し困った様子の上目遣いでこちらを見ていた。

魔理沙も少々緊張した面持ちで大妖精を見返した。
これで「欲しくなったらそこらの生き物のオスからタネをですね」などと発言されたら、自分は多分ショックで泣き出すだろうと魔理沙は思っていた。
まず無いパターンだろうが二度と妖精を見たくなくなりそうなので、そういったプロセスで増えない存在であることを切に願う。


「その、さっきも言いましたけど、私お話が下手なので」

大妖精は膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめると真っ直ぐ魔理沙を見つめ返した。

「新しい子が生まれてくるところを見せてあげますから、手伝ってください!」


真っ赤な顔でそう言って来る大妖精に何を想像したのか、魔理沙までもが顔を林檎のように赤らめて硬直した。
































幻想郷の外れ、妖怪神社――――もとい、博麗神社の境内。


「と、言うわけなのでお菓子やらんから悪戯させてくれ」

「帰れ」


やってきて早々とんでもないことを言い出した魔理沙に、博麗霊夢は一本の封魔針を見舞った。
眉間を狙ったそれを暢気な表情で見やりながら、魔理沙はパチンと指を鳴らす。眼前に生まれた小さな魔力塊マジックナパームの炸裂で、針はあらぬ方向へと弾かれた。
そんな二人の親愛を込めた挨拶に、大妖精はビクリと身を竦ませ、魔理沙の後ろに隠れる。


「ああほら、こいつが驚いてるじゃあないか」

「ああ、悪いわね、緑の。
 ――――で? 家の神社は全年齢向けの健全な神社なんだけど?」

「違う違う。そういう話じゃないんだぜ…………うん、私もこれに真っ赤な顔で言われて、クラっと来たが。
 魔法の森じゃ上手くいかないらしいんでこっちまで来たんだ、頼むぜ」


小さくて、細っこくて、気弱な緑髪の妖精は、魔理沙の影からビクビク霊夢の様子を伺う。
紅霧の異変の時も少々怯え気味に弾幕を放ってきていたが、こうしてみると、たしかにまあ、女の身でも少しばかりクるものがある。


「その、危ないことをやるわけではないので、悪戯、させて下さい」


妖精がポコポコと湧いて出てくる方法が分かれば、異変の時に鬱陶しい妖精達を発生させないように出来るかも知れない。
だから霊夢は「変に荒らさなければいいわ」と許可を出した。
断じて、耳が熱くなってなんかいないしちょっと鼓動が早くなったりはしていない。

からかいに来た魔理沙には弾き落とせない至近距離で針をくれてやった。
とりあえず、神社に上がった大妖精が気づかないよう静かに沈めることには成功した。




















「霊夢さん、お裁縫の道具と端布が少し欲しいんですけれど」

「裁縫道具はそこのタンスの一番上、端布は一番下」



問うてくる大妖精に答えながら、霊夢は縁側に盆を置いた。
湯気を上げる湯呑は三つ。まず座っていた魔理沙がひとつ取り、その隣に座った霊夢がひとつ取る。
残った一つの湯呑は端布の吟味を行う大妖精を辛抱強く待ち続けた。

太陽は中天から少しばかり傾き、暖かく過ごしやすいいい陽気。
思わず口から欠伸が漏れる。縁側から眺めやる境内は、静かだった。


「しかし、布と裁縫道具ねえ。なにか作るのかしら」

「人形だったりしてな。自律人形の行き着く果ては妖精っつったら、アリスは信じるかね」


霊夢と魔理沙がそんな会話を交わしていると、荷物を抱えた大妖精が二人の間に腰掛けた。
裁縫道具を収めた箱と多めの端布、それに紙と鉛筆に長い物差、荷物はそれくらい。

大妖精はまず紙を広げると、物差とにらめっこをしながら何かしらの図形を紙の上に引いていく。


(型紙?)


紙に生まれる様々な図形、それを組み合わせたときに出来上がる物、それは多分、子供用のワンピースだろうと霊夢は推測した。


「服、か。そういや妖精は服作るの好きだって言ってたっけ。レミリアが」


欧州では服や靴を作ってくれる妖精も居る。
それを聞いたのはついこの前だったか。その時一緒に見せてもらった妖精の服は、確かに良いものだった。

大妖精は真剣に、しかし表情の端に確かな楽しさを滲ませながら作業を続ける。
布を裁ち、合わせ、切り、繋ぎ、ひとつの服を作り出す。
大妖精の手元で使い道も思いつかなかった端布がたちまち生気を得て自ら形をとろうとしているかのようだ。

そんな彼女を二人は賞賛と羨望と、ほんの少しの嫉妬を込めて見つめる。
霊夢も魔理沙も簡単な修繕くらいならやってしまえるけれども、本格的なところはアリスや霖之助に任せっきりだ。
黙々針仕事をこなすよりも、霊夢はのんびりと過ごすことを好み、魔理沙は外を飛び回ることを好むけれど。
それでもやっぱり少女として、こういう優しい顔で針仕事を行う姿は憧れだった。


「けど、悪戯か? これ」

「何時もは布も道具もこっそり借りてこっそりやるんですよ。
 昔は木の葉とか、捨ててある服を拾ってやっていたんですけど、やっぱり新しい子には綺麗な服を着て欲しいじゃないですか」


魔理沙の問いに答えながら、大妖精は服に顔を近づけて余った糸を噛み切る。
服に口付けるかのようなその動作も、やっぱり優しい仕草だった。


「本当は誰が作ってもいいんです。でもやっぱり、私達自身が1から作った服のほうが、早く来て着てくれるんですよ」


色の付いた糸を服の端々に通していく。一見目立たないが、完成したときに全体を眺めやればそれはたしかに全体を引き締めて見せてくれる、さりげない工夫だった。
そうしてしばらく作業が続く。大妖精の分の茶がすっかり冷めて、太陽が少しばかり傾き始めた頃にその服は完成した。

「出来た!」

眩しい笑顔と共に掲げられた白いワンピース。とても数刻前まで端布の山であったとはとても思えない。
陽の光に透かされて、ほのかにオレンジに染まって見えた。

大妖精は境内に飛び出すと、座っている魔理沙と霊夢に向き直った。
服を作り上げた達成感と自信からか、態度は随分砕けていた。


「それじゃあ魔理沙さん、霊夢さん! 妖精が生まれるところをお見せします!」


大妖精はその場でくるくると爪先立ちで回転を始める。
広げた右手の中のワンピースが風に靡き、その内側に空気をとり込み膨らんだ。


「さ――――おいで!」


ワンピースが空に投げ上げられる。三人の視線が空に舞うワンピースに集まって。

そして、三人は誕生の時を見た。








ワンピースが空中で広がり、その胸の辺りに空気でない膨らみが生じる。小さな小さな、その膨らみは眠る赤ん坊によく似た形だ。
ムクリ、ムクリと膨らみは大きくなり、やがて幼い少女のボディラインを描き出す。
スカートから細い足がスラリと伸び、腕の穴からたおやかな指を持った白い腕が出てきて、そして最後に首の穴からオレンジ色の髪をショートカットにした少女の頭が飛び出した。
キラリ、キラリと夕日が輝き、光のラインがそれの背中を打つ。たちまち光は切り取られ、羽虫に似た妖精の羽へと整えられる。

そうして、ひとりの妖精が博麗神社の境内に顕現した。











ぽかんと、阿呆のように見上げるばかりの魔理沙と霊夢に気づきもせず、妖精は大妖精の近くへと舞い降りる。

「ありがとー、大ちゃん」

「んーん、いいよ。今日はどうして?」

「ルーミアに落とされちゃった。また明日リベンジしてやるんだ!」

「ふふ、頑張ってね」

いつもの通りと言った風に二人の妖精は会話を交わした。
と、大妖精がくるりと魔理沙と霊夢に向き直る。


「どうでした、御二人共。ちゃんと見てもらえましたか?」


突然話を向けられて、二人はようやく我に返った。
兎にも角にも礼を言い、魔理沙はメモ帳を取り出して大妖精に幾つか質問をした。
しばらく受け答えして納得したのか軽くメモを取って魔理沙は頷く。


「ありがとうな。今度家に来たらまた紅茶を奢ってやるよ」

「はい、有難うございます!」


ぱあっ、と大妖精の表情が明るくなった。よほどあの甘い紅茶が気に入ったのだろう。
二袋ばかりあるから、ひとつは彼女にあげてしまっていいかも知れない。魔理沙が打算抜きでそう思えるくらいには、さっきの光景には価値があった。


「霊夢さんもありがとうございます。端布は、いつか返しますから――――」

「いいわ、処分に困ってたし。気をつけて帰りなさいよ」

「はい、また今度」


最後に霊夢とそんなやり取りを交わして、大妖精は先ほど生まれた妖精と一緒に空の向こうへと消えて行った。





























「結局、なんだったのかしらね、今の」


「ううん、仮説だけど、私なりの解釈は出来るな」


「短く纏めるなら、聞いたげるわ」


「ン、私達ってさ、裸で生まれてくるだろう? 私達だけじゃない、どんな動物だってそうさ。
 私達は、自然の動物とおんなじように生まれてくる――――そんな私達が最初に行う不自然って、何だ?」


「短く纏めなさい」


「…………産婆のばっちゃんに産着を着せてもらうことなんじゃないか? 服を作るって言うのは人間の活動で、生まれて初めて接触する不自然。
 服って言うのは人間を自然から隔離する第一歩なんだ。もう少し大きくなると、家とか、里とかになるんだろうけど。

 妖精と自然はおんなじ物だけど、別物だ。どこかに境界線が必要になる。妖精と、自然との区別をつける何か。
 それが服なんじゃないかな。服って不自然で内側に自然の一部を閉じ込めて、内側が“妖精”で外側が“自然”と区別することで、初めて妖精が成り立つんだ」


「何で区別が必要なのかしら。自然は自然でしょ? 何でわざわざ妖精になるのよ、不自然なもので区切ってまで」


「さてな。けど、人間の物を使って人間みたいな形になるのは、多分――――遊びたいんだよ、私達と。
 話したり、同じことをしたり、違うことをしたり。人の形をしてないと、私達とそういう事を出来ないだろ?」


「それで悪戯されるんだからいい迷惑だわ」


「ははは、しかし、こうなると私も頑張らにゃいかんな」


「何を?」


「――――縫い物、妖精に負けるのは女として、こう、なんというか」


「…………練習、私も付き合うわ」
大ちゃん可愛いよ大ちゃん。
こんにちはorこんばんはorおはようございます。這い寄る妖怪です。

今回は普段書いてる分の息抜き的に一本書いてみました。
そそわ作品集127の自作『レミリアお嬢様の優雅なお仕事』とちょっと繋がってますが、多分単体で成立しているはずです。

4/16 追記
ミスを一点修正

コメント4さん
脱却、と言うほど強くなくて、区別と言ったほうがいいのかも知れません。
あくまで自然の化身ではあるわけで、境界線としての分かりやすいものとして「ああ服だな」というのと「優雅なお仕事」の続きを合わせたらこんな感じになりました。
這い寄る妖怪
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
新しい解釈ですね、面白かったです
2.名前が無い程度の能力削除
霖之助「霊夢と魔理沙が裁縫を習いたいと言って来た…これは異変の前触れか?」
3.名前が無い程度の能力削除
いいですねえ、面白かったです。
4.名前が無い程度の能力削除
なるほど。
服を着ることが自然からの脱却を示すわけですか。
哲学的や~♪
5.名前が無い程度の能力削除
着眼点が面白いですね。納得してしまいました・・・
6.名前が無い程度の能力削除
すごくしっくりきた。
楽しかったです~!