ぐうぜんが重なっていつもの友達がみんな来れなかった日。
冷えた湖にわたしはひとりきりだった。
湖にわたしひとりなんて、
こんなことは初めてじゃなかったけれど、
前の時はどうしたかなんて、ちっとも覚えていないから、
きょう一日どうしようかなって考えながら、わたしは湖のほとりを歩いてた。
ひとりで歩く湖のほとりはとても静か。
湖ははいいろの雲のなかへ消えてしまって、
見えるのは足元にはえる草たちと、わたしの後ろに見える木がすこし。
風もぴったり止んでいて、なんだかすこし冷たかった。
草の上にすわって、そのままねころがる。
ぬれた草が冷たいけれど、立ってたってしょうがないし。
空を見上げると、何もないところにほうりだされたようなくらい、いちめん同じようにぬりつぶされている。
わたしがぼおっとその中をただよっていると、赤と青の目玉がきゅるりとのぞきこんできた。
小傘ちゃんだ。おはよう。
でもここにはだれもいないよ。
「あたらしいともだちできた!」ってチルノちゃんが小傘ちゃんを連れてきたのは
すこし前の話。
ふたりともいたずら好きで、わたしが小傘ちゃんに会ったときには、ふたりは大のなかよしだった。
だけど、左と右で目の色のちがうその子は、ハッキリいって――なんだか変な子だった。
どんなところが変かって
たとえば、雨でもないのに大きな傘をいつもひろげていて、ぜったいに閉じようとしなかったり、
それと、ひとをおどろかせる妖怪のはずなのに、ちょっとしたことにすぐおどろいたり。
それに、
自分のことを「わちき」なんて呼ぶひとなんて小傘ちゃんしか知らないし、
なにより――
「ねーねー大ちゃん、チルにゃんはどこ行ったのー?」
――チルノちゃんのことを「チルにゃん」だなんて呼ぶ。
仲のいいほかのひとも、「チルノちゃん」とか「チルノ」って呼ぶのに、小傘ちゃんだけはなぜか「チルにゃん」と呼ぶ。
わたしが知ってるかぎり、さいしょからそう呼んでいた、はず。
チルノちゃんはぜんぜん気にしてないようなんだけど、わたしはいつまで経ってもそのことに慣れなくて、なんだかいつもむずがゆい。
どうして小傘ちゃんはそんなことを平気でやれるんだろう。
わからない。
わからなくて、なんだか変なきもちがする。
わたしは小傘ちゃんのことが、苦手だ。
そんな考え事をしている間も
「ねーねー大ちゃん大ちゃん、チルにゃんはどこかな?」
なんてずっと聞いて来るので、いいかげん答えよう
というか答えてないわたしがわるい。
きょうの朝のこと。わたしとチルノちゃんがいるところに、とつぜんお嬢様がやってきた。
「悪いわね。チルノは借りていくわ」
とだけ言って、チルノちゃんはおやしきにつれていかれちゃった。
私もついて行こうとしたんだけど、メイドさんが
「ごめんなさいね。貴方はおるすばんですわ」
って私をつかまえてて、そのままずーっと動けなくて。
やっと離してくれたと思ったときには、メイドさんはもういなくて、もうそうなったら、わたしには何もできなかった。
お屋敷にひとりで行って勝てるわけもないし。
だから今日は、ここにわたししかいな「なんだってー!そりゃあてぇへんだ!」
………………………うん。
「大ちゃん!今すぐそのお屋敷に行くよ!きっとチルにゃんは捕らえられて、助けに来てくれる ゆうしゃ を待ってるんだ!今すぐ行って悪の魔王をとっちめてや」
すかーん
目に炎を宿して燃え上がる小傘ちゃんの頭に、笑顔のメイドさんすぺしゃるゲンコがさくれつした。痛そう。
「物騒なことはおやめなさいな。…というか、想像されているようなことは一切ありませんから。」
メイドさんがものすごくあきれた感じで小傘ちゃんを見ている。
「日が暮れるころにはお返ししますから、おとなしくおるすばんしててくださいね」
そう言ってまたメイドさんはあっと言うスキもなく姿を消した。
小傘ちゃんはびっくりしてあたりをきょろきょろ見回していた。
「お、おばけ?!」
小傘ちゃんもおばけじゃなかったっけ
静かで、なんにもない湖は、小傘ちゃんにとってとても退屈にみえた。
あまりにも退屈だから、わたしにどうにかしてもらおうと、ずっと話しかけてるのだけれど、わたしにだってどうにもできない。
することもなくて、結局小傘ちゃんも草のうえにすわりこんだ。
わたしの横、近くも遠くもないくらいのところに。
「まっしろだねー…」
そうぼやく小傘ちゃんの手元には、小さくたたまれたむらさきの傘。
小傘ちゃんの傘ってそんなコトできたっけ?
そのままなんにもないみたいに、小傘ちゃんはそのむらさきの棒をひょいと投げはじめた。
投げては受けて、投げては受けて。
どんどん高くそらを舞う傘は、まっしろの空をかきみだしてくれるように思えた。
さらに何回か空をとんで、つぎに小傘ちゃんの手もとに傘がもどったとき、むらさきの傘は青いガラスのびんにかわっていた。
「え、…え?」
びっくりして、小傘ちゃんの近くによっていって、びんをじっと見つめた。
だけど、もうそれは傘ではないし、どう見たってふつうのガラスのびんだった。
すっごくとくいげに、小傘ちゃんは笑って、「飲む?」って言って、そのびんを私にくれた。
それはふつうのラムネのびんだった。
ぷしゅり
びんの口から出たあわが、いっつもわたしの手をべたべたにしていくんだよなあ、とか。そう思いながらラムネをあけると、やっぱりあわがあふれて、わたしの手はべたべた。
よこを見ると、小傘ちゃんはもう一本ラムネのびんを持っていて、やっぱりあわがあふれてた。べたべた。
えへへと笑いながら、ゆっくりとラムネをのんでいく小傘ちゃん。
赤と青の目玉がくりくりと、ラムネのびんを見つめている。
びんの中ではがらすのビー玉がころころと、音をたててころがっていた。
小傘ちゃんがちょっと目を見開いているそれがおかしくて笑いそうになったけれど、
見開いた両目があまりにもきれいなことに気がついて、わたしは何も言えなくなった。
がらす玉みたいな赤と青は、じっとのぞきこみたくなるくらいきれいで、それがびんの中のビー玉にあわせるようにくりくりと動くのが、とってもかわいらしかった。
そんなきれいな色のむこうには、どんなけしきが映ってるんだろう。
きらきらしてたのしくて、きっとなにもかもすてきなんだろうな。
赤いがらす玉のむこうには、きっとみんながいつも笑ってくれてて、明るくて楽しい世界が
青いがらす玉のむこうには、きれいな空や木や森が、いっぱいあそんでくれる世界があるんだろうな
だから小傘ちゃんもきらきらしてて
ああそうだ。わたしは小傘ちゃんのことがうらやましいんだ
わたしは、マジメちゃんで、おくびょうで、「チルノちゃんの保護者」なんていわれるけど、わたしのほうがぜんぜんダメなコで。
だからチルノちゃんが好きで、小傘ちゃんがうらやましいんだ。
そうだ
そうなんだ
「…大ちゃん?」
気がつくとわたしは、思ってたよりもかなり身をのりだして、小傘ちゃんのことをのぞきこんでいてた。
「あ、ご、ごめん…」
あわててふつうに座りなおして、ごまかすようにラムネを口につける。
口の中でラムネがはじけて、いろんなものがすうっと引いていった。
ビー玉がラムネの口につまったからと、びんを一度おろした時に、なんだか横から視線を感じた。
横を向いてみると、まるでびっくりしたみたいな、小傘ちゃんの顔。
…………どうしたの?
「…か、かわいい………」
えっ、と思う間もなく、わたしはとびかかって来た小傘ちゃんにだきしめられた。むぎう。
そのまま、かわいいかわいいって、小傘ちゃんはひたすら頭とかわしゃわしゃーってしてくるんだけれど、わたしにはわけがわからなくて。
その、小傘ちゃんは、かわいいけれど
小傘ちゃんが「かわいい」って
言ってて
わたしの
わた
「」
――口からは「ぁぅぅ…」とか「小傘ちゃん…」とかしか出なくて
小傘ちゃんは何もきこえてないのか、ずーっと「大ちゃんかわいい」って言ってて
ひょっとしたら、この状態のまんまなの?って思うと、ちょっと、
いや、
とっても恥ずかしいんだけれど
なんだか風もあったかいし、もういいかなと
ちょっぴり思ったりもしたのでした。
やべェ2人とも可愛すぎるやべェ・・・。
全体的になんか好き。