Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

『嘘』にまつわる嘘話

2011/04/02 01:28:42
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「紫様。『嘘』って、怖い字だと思いませんか?」

春の夜。
神社の宴会にも参加せず、たまにはと自宅にて二人で飲んでいた所、突然藍がそんなことを言い始めた。
その顔は、軽く酔っているのか、ほのかに紅く染まっている。

酒に強いこの子にしては、珍しいこともあるものだ。
そんなことを思いつつ、私は藍に問いかける。

「どうして?たしかに意味としてはあまり良くない字だけれど、別に怖いことはないでしょう」
「怖いですよ。私としては、語源の恐ろしさで有名な、『道』という字より怖いです」
「『道』って、そんなに恐ろしい字だったかしら」
「恐ろしいですよ。あの字の由来は、昔、人々が戦争をしていた頃、敵の首をちょんぎって、まじない代わりにして外への道を進んだことなんですから」
「怖!『道』って字、想像以上に怖!」

藍の言葉に、私は思わず顔を青褪めさせる。
そんなこと言われたら、そこら辺の道を歩く度、恐ろしい想像をしてしまうではないか。
というか、その光景は、ちょっとあまりにもグロすぎだろう。……うう、だんだん気持ち悪くなってきた。

「でも、それに比べたら、『嘘』なんて、怖くも何ともないでしょう。というか、もう『道』以上に怖い字なんてない気もするんだけど」
「いえ、『取』という字もなかなか怖いですよ。あの字は、右側が人の手を表してまして、戦争中に相手の耳をその手で文字通り」
「やめてよ!」
「戦場には、そこかしこに耳無し芳一さんが」
「やめてったら!」

藍の言葉に、思わず私は耳を塞ぐ。
もうすぐ寝ようと思っていたのに、そんな話をされたら怖くてたまったもんじゃない!
……普段から、当然の様に人を喰っている妖怪が何を言う?けど、人間だって結構恐ろしいものよ?

「まあ、怖い漢字はこれだけじゃないですが。報道の『報』とか、幸福の『幸』という字なんかも、結構怖い漢字ですよ」
「『報』はともかくとして、『幸』も?良い意味に使われてることが多いけど」
「あれ、手枷をはめられた人の姿を表してるんです」
「何でよ!?」

良い意味どころか、思いっきり自由奪われてるじゃない!
何でそんなのが『幸』なんて字につながるのよ!

「当時は、罪人となれば火炙り、生き埋めも当たり前の世界でしたからねえ」
「怖い!怖いぃ!」

生きてるだけで幸せってこと!?
それって、あまりにもあんまりすぎる気がするんだけど!

想像するだにおぞましい世界を覗いた気分になりつつ、私はぐったりと机に身を預ける。

「はあ……何か、どっと疲れたわ。藍、ちょっと早いけど、私もう寝るわね」
「で、私はその中でもやっぱり、『嘘』という字が一番怖いと思うんです」
「ああ、私のセリフなんてガン無視で続けるのね……」

ため息をこぼしつつ、そのマイペースさは流石に私の式だと、ちょっとだけ感心したり。
こうなったらとことん付き合ってあげるかと、私は空いた藍のお猪口にお酒を注ぐ。

「それで?一体どうして『嘘』なんて字が、そんなに怖いと思うの?」
「よくぞ聞いてくださいました、紫様」
「いや、本当は聞きたくて聞いてるんじゃないんだけどね」

あんたがあんまりしつこいからよ。
ついでに言うと、私はもうこんな話は終わらせて、さっさと歯を磨いて寝たいのよ。

じと目でそう言う私の言葉など聞いているやらいないのやら、藍は「それでは」と前置きし、とうとうと語り始める。

「まず、紫様は、『虚』という文字の意味をご存知ですか?」
「『虚』?……むなしいとか、そういう意味でしょ?」
「ええ。もちろんそういう意味もありますね。他には?」
「ええと……いきなり言われても、パッとは出てこないわよ」
「分かりました。では、質問を変えましょうか」

こほん、と咳払いを一つすると藍は続ける。

「紫様、『虚』という字は訓読みで何と読みますか?」
「……うろ?」
「そうです。うろ。『嘘』という字は、口の隣にうろがついてるんです。怖いでしょう?」
「悪いけど、意味が分からない」

今日の藍は、本気で酔っぱらっているのかもしれない。
だって、本当に何言ってるか分からないんだもの。
そう思って藍の顔を覗きこむ。が、彼女の表情は、思いの外真剣なものだった。

「考えてみてくださいよ。うろと言えば、内部が空っぽになった所。空っぽなんですよ。何もないんですよ」
「……藍?」
「空なんです。そこには、何物も存在しないんです。口では親しげにしたり、同情したりしているフリを装って、その実中身は空っぽ。これがつまり『嘘』ってことなんです。分かりますか?紫様」
「藍?何が言いたいの?」
「誰の言葉が信用できるかなんて、さとり妖怪でもなければ、未来永劫分からないってことです。どんなに信用してる相手の言葉であっても、それが空っぽかそうじゃないかなんて、区別のできる訳がない」

徐々に無表情へと変化していく藍の顔を眺めながら、私は背筋のぞくりとする感覚に襲われた。
彼女とはもう随分長い付き合いになるが、こんな彼女の顔は見たことがない。
表情と共に藍の声色まで冷たくなっていくのが、さらに恐怖への拍車をかける。

「そういえば、紫様は『虚々実々』という四字熟語をご存知ですか?」
「し、知ってるけど……敵同士、必死になって、策略を立てて戦うって意味よ。あとは、お互いに腹の中を探り合うなんて意味もあるわね」
「その通りです。ついでに言えば、この場合の『虚』は、『守備の隙』という意味を持ってますよね」
「……何で今、そんな話をするのよお!?」

先ほどからの無表情のままでそんなことを言う藍に、思わず私は怒鳴り声を上げた。
おかしい。今日の藍の様子は、あまりにもおかしすぎる。普段の藍なら、こんな表情を浮かべることも、こんな話を延々と語り続けることもないはずだ。

(もしかして、これって……)

不安が最高潮に達した瞬間、ふと、悪い考えが頭をもたげ。
今までの藍の行動が、その考えを嫌でも肯定してしまう。

もし、従順だと思っていた藍の言葉が、全て偽りのものだったとしたら。
もし、藍が私に仕えていたのは、私の隙を狙ってのことだったとしたら。
もし、今彼女が、まさに私へ向かって反旗を翻そうとしているのなら。

(ううん、藍に限ってそんなわけないじゃない!)

私だって、自分に対して敵意を持つ者を式にするほど、愚かではない。
それに、今まで藍と築いてきた信頼関係は、そうやすやすと崩れるものではないはずだ。
必死になってそう思い直すも、一度浮かんだ悪い考えは、そう簡単には消えるものではない。

気づけば私は立ち上がり、藍へ向かって叫んでいた。

「ら、藍!私は、貴女と闘いたくなんてないけど、もし貴女がその気なら……!」










「……プッ。アッハハハハハハ!」
「……藍?」
「アハハハハハ!ゆ……紫様が……いつも、自信満々に胡散臭そうな顔してる紫様が、あんな焦った顔で『ら、藍!私は貴女と闘いたくなんてないけど』だって!あーおかしい……アハハハハ!」

さっきまでの無表情は何処へやら。突然、大声で笑い始めた藍に、私はポカンとした表情を浮かべることしかできない。
藍のやつと来たら、そんな私の表情がますますおかしいらしく、さらにゲラゲラと人の顔を見て笑い続けている。こんちくしょう。

「藍……どういうことか、説明してもらおうかしら」

相変わらず笑い続ける藍に対し、凄味を効かせて問いかける。
が、既に先ほどの慌てぶりを見られてしまっているせいで、威厳の欠片もありゃしない。あまりに情けなくて、ちょっと泣きそうになってしまう。

藍は、目尻に浮かぶ涙を拭いつつ、苦しげな表情で言った。

「だって、今日は四月馬鹿じゃないですか。折角ですから、紫様を舌先三寸で騙せるかどうか、自分の技量を見てみようかと」

言われて、カレンダーを覗き見る。すると、たしかに今日は四月一日だった。
そういえば、外ではそんなイベントがあったなあと、どこか頭の冷静な部分で思いつつ、私はさらに問いかける。

「じゃ、じゃあ、さっきの『嘘』についての話は、全部嘘だったって言うの?あと、あの意味ありげなセリフも?」
「ええ。五分ででっちあげました」

事も無げに言う藍に、私はがくりと項垂れた。
あの悪い予感も、全て藍に踊らされた結果なのだと思うと、やりきれないものがある。
何より、自らの使役する式に一杯食わされたというのが、悔しくてしょうがない。

「からかわれるっていうのも、結構大変でしょう?」

ちょんちょんと肩をつつかれ、顔を上げれば、そこには、満面の笑顔でそんなことを言う藍の顔。
そういえば、普段は藍をからかう立場にしかいなかったから、自分がこういうことをされるのは、慣れていないのだった。
でも私、そんなにひどいからかい方をした覚えもないのだけれど。

「一回一回はひどくないかもしれませんが、紫様はその数が多いんですよ。これに懲りたら、少しは私をからかうのをやめてくださいな」
「……」
「紫様?」
「……」
「ゆーかーりーさーまー?」
「……来年は、リベンジするもん」
「ほう。勝てるとお思いですか?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」

私の言葉に、にっこりと笑う藍。
そんな藍にひとまずの負けを認めつつ、私は来年の春に向け、密かに作戦を練り始めるのだった。
好々爺に間に合わなかったので、こちらに。
次は「姫様って一言で表すと『筋肉』だよね!」という話を書きます。
ワレモノ中尉
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コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
紫様可愛いw
>「姫様って一言で表すと『筋肉』だよね!」
凄い気になる…
2.名前が無い程度の能力削除
道怖っ!

ゆかりん可愛っ!
3.名前が無い程度の能力削除
幸せって全然幸せじゃないね…
4.しゃもじ猫削除
筋肉…

ハッ!「竹の内にいた月の力をもった人」か!