「大嫌い」
そんな言葉が、胸に突き刺さった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
何かをした覚えなんて全く無かった。
怒らせるような事は言っていないし、傷つけるような事も言っていない。
勿論、そんな風に思わせる行動をした覚えも無かった。
まあ気づかぬうちに、ということももしかしたらあるかもしれないけれど、今はきっと違うわけで。
というか今の今までただ黙々と二人揃って読書をしていただけなのだから、ありえるわけが無いわけで。
なんだ。なんでだって言うんだ。
私は何もしてないぞ。酷いじゃないか。そんな事言わないでくれよ。
ジンジンと痛む胸を押さえつけながら、じーっとアリスの顔を見やれば、
「嫌い、大嫌い」
「……っ!」
またもそんな言葉を投げつけられた。
キャッチなんてしたくもないその言葉は、私の胸の中に勝手にどすりと突き刺さっていく。
これは言葉のキャッチボールなんかじゃない。ただ投げつけられるだけ。それだけ。
いうなればこれは投球練習とかそういうものなんじゃないだろうか?
アリスは投手で私はボールを投げつけられるネット。
しかも今度は連投。二球連続全力投球とはなんともまあ、飛ばし過ぎなんじゃあないだろうか。
「……~~っ!な、なんだよいきなり!私がなんかしたって言うのか?!」
やっと出た反撃の言葉と同時に、思わずじわりと滲んできた涙。
歪む視界に必死に堪えながらキッと睨み付ければ、彼女はクスクスと笑い始める。
「な、なんだよ!笑うやつがあるかよ!」
「ふふふ……だって魔理沙、可愛いんだもの」
思わずそう叫べば、意味のわからない返事。益々こちらは混乱するばかりだ。
それなのに、可愛いとか言われて少しばかり喜んでしまった自分がなにかこう……すごく悔しい。
嫌いだといったり可愛いといったり、本当にわけのわからない奴だ。
どことなく掴みようの無いこの性格。
すごく憎たらしく思うこともあるけれど、結局そこもかわいいとか思ってしまう。
きっと、これが惚れた弱みって奴なのだろう。
「ねぇ魔理沙、今日の新聞読んだ?」
複雑な気分でいる私の心境を知ってか知らずか、アリスは平然とそんな話題を振ってくる。
「……読んでないけど」
嫌いと言われた矢先にこんないフレンドリーに話しかけてくるってのはどうかとも思ったが、結局話しかけられて嬉しくなって返事をしてしまう。
それでもやっぱり素直に返すのは悔しいから、ほんの少しだけ怒っているような声色にしてみた。
「そうだと思った。たまに読むと、あれも結構面白い物なのよ」
そんな私の努力を気にした様子も無く、アリスはあっさりとそう返してくる。
なにか本当に少しイヤになって来た。
もう少しくらい、私に気を使ってくれたっていいじゃあないか。
なんだかやりきれなくなって、悔し紛れに頭をガシガシと掻き毟る。その振動で帽子がずるずると前に落ちてきて、私の視界を隠してしまった。
なんだが全てが自分をバカにしている気がしてくる。益々イヤになって来た。
読みかけの本を放り出し、腰掛けていたソファーにだらりと腰かけ足を投げ出す。
だらりとした姿勢のままでいると、段々とズルズルと身体がソファーからずり落ちていって。
もう少しでお尻が落ちてしまうところまで来て、中途半端に止まってしまった。
正直、首が痛い。
アリスはといえば、なにかがさがさと探しているようだ。
勿論、私の事になど目もくれていない。今の私の体勢に気づいているのなら、きっと怒られるはずだし。
怒られるのはまあイヤだが……何も反応が無いほうが、ずっとずっと寂しい。
なんかもう、帰ってしまおうか……。
「ほら、これ見て……って、魔理沙ったらなんて格好しているのよ?女の子なんだから、もっときちんとする!」
そんな事をぐだぐだと考えていると、新聞を見つけた様子のアリスからそんな事を注意されて。
「へいへい……」
本当に今日のアリスはなんなんだと思いながら、ため息混じりにそんな言葉を返す。
つーっと一粒頬に零れた涙は、帽子を直す時に気づかれないようにそっと拭った。
「どれどれ……」
渋々差し出された新聞を受け取って、一面に目をやれば。
そこにはデカデカと、『本日嘘つきな日』の文字。
「なんだこりゃ」
素直な感想を一言そう漏らす。
意味がわからない。というか、嘘つきな日ってなんのことだ。
「外の世界ではね、今日は嘘をついてもいい日らしいのよ。あなたが生き生きとできる日だから、知ってるとばかり思っていたわ」
「それはどういう意味だ?」
「まあそういう意味じゃないかしら?」
「そうか」
「そうよ」
まあ色々と思うところはあるものの、とりあえず今日は嘘をついていい日らしい。
つまりはあれか。アリスはこう言いたいのか。
「私が大好き……ってことかね、アリス君」
ここまで、長かった。
彼女に惚れた数年前。自分の気持ちを認めたく無くって毎日のようにアリスに意地悪したっけな。
片思いしてきたここ数年間。どうしたらいいかわからなくってとにかくちょっかい出したっけな。
そして今日。今。この時。この瞬間……!
私の想いが報われる時がやっと……!
「ええ、勿論違うわ」
一瞬にして舞い上がった私は、思い切りその一言によって地面に叩き落とされた。
……報われる時が、来ても良かったのに。
かといって、ここでがっくりと肩を落とすわけにもいかず。
悔しくて悲しくて虚しくて浮かんでくる何かを必死に堪えながら、必死に冷静を装う。
「今日は嘘つきの日なんだろ?」
「そうよ」
「だったら大嫌いは大好きって意味じゃないか」
「そうだけれど、そうでもないでしょ?」
「なんで」
「だってほら……」
にっこりとアリスは笑って、私に告げる。
「嘘をついてもいい日って、つかなくてもいい日、なんでしょ?」
そんな酷い事を、言う。
「……うん」
私はその笑顔を前にして、引きつった笑みを浮かべながらその言葉を返すしかなかったのだった。
「あら、今日はもう帰るの?」
「帰る。アリス怖いからもう帰る。アリスのバカ」
「あら、酷い言い様ね」
「酷いのはアリスだ」
「はいはい……またいらっしゃい」
そう言ってクスクスと笑うアリスがやっぱりすごく可愛くて。
きゅんと胸が高鳴って、じんわりと涙が浮かんだ。
アリスの、バカ。意地悪。
「アリス」
別れ際、玄関の横で小さく手を振る君に振り返って、
「私はお前の事、大嫌いだ」
私の正直な今の気持ちを、投げつけた。
「ええ、私もよ」
その言葉に、全く動じる事も無く彼女は笑顔でその言葉をキャッチして。
悔しくって悔しくって。
小さくばぁかって呟いて、真っ赤な顔を隠すように夕焼け空に飛び立った。
本日、嘘つきな日。
ところにより、正直者の日。
なあ、君は見抜いていたのかな?
本日最初で最後の、私の大嘘を。
魔理沙はウソに気付けるのかな?