「ぬえはエイプリルフールって知ってますか?」
早苗がぽつりと呟いた。
私は山の上の神社にお泊まりしに来ていた。月がぽっかりと浮いた時間の事だ。
布団を敷いた後、他愛もない雑談をした。長い間話していたのでお互いに喋り疲れ、どちらからともなく寝ようかと切り出した。そう言って布団に潜り込み灯りを消した。早苗は寝てしまったかと思っていたけどまだ起きていたらしい。
「……起きてます? ぬえ」
呼びかけられた。返事をしないのも悪いかなぁと思って早苗がいる方へ寝返りをうつ。
「いや、まあ起きてるけど。唐突だなあって」
「ちょっと思い出しただけですよ。私たちが住んでいた現代ではエイプリルフールっていうのは普通だったんです」
早苗が昔居た世界の事を話すときには少し悲しそうな感じがする。私にはよく分からないけれど、幻想郷に来ること自体もあまり乗り気ではなかったのかもしれない。
たまに影が差す早苗を見るのはちょっと嫌だった。
「ふぅん、それでそのエイプリルフールってのは何なの?」
「簡単に言えば、嘘をついて良い日……ですかね。ぬえとか好きなんじゃないですか?」
「むっ、そんな私が悪戯好きみたいな言い方して……」
早苗はいつも私の事をこうやってからかう。別に嫌じゃないけど、私としてはなんだか悔しい。私が早苗をからかったことなんて一度もなかったような気もする。
「あはは、ごめんなさい。ぬえ。拗ねないでくださいよー」
「拗ねてもないってば!」
布団から出て全力で抗議する。小刻みに震える布団からくっくっと声を殺した笑いが聞こえてきた。……完璧に遊ばれてる。
「……んで、それだけ?それなら私もう寝るよ」
ちょっとむかっとしたので素っ気なく返す。
「そう怒らないでくださいよ、ぬえ。実は今日がその、エイプリルフールだったんですよ」
「もう夜じゃん」
「まぁまぁ。まだ少し時間はあるじゃないですか」
正直、私は眠かった。またおしゃべりが始まると朝まで喋り続けていそうで恐ろしい。やぶさかじゃないけれど。
早苗が話を振ってきたら反応するようにしようと、そう決めて早苗が話を切り出すのを待つ。
時計のカチカチという機械的な音だけが聞こえる。
暗くて何も見えない、針の刻む単調なリズムが不気味だ。けれど怖くはない。誰かが居るって分かるから。
誰かがいてくれる、という安心感でまたうつらうつらと意識が飛びそうになってきた。
「ぬえ、実は私人間じゃなかったんですよ」
「えっ? 嘘でしょ?」
唐突に早苗が言い出したことは一瞬耳を疑うような内容だった。……言ってから気づいた。反射的に反応しちゃったけれど。
「はい、嘘です。簡単に騙されてくれると面白いですね」
「……バカ」
よし、もう本格的に見放すことにする。知らない。別に拗ねてない。自分がすぐに嘘を思いつかないからとか、いつもいつも早苗に好き勝手に振り回されるのも気に食わないとか、そういう事じゃないけど。
今日の私は疲れているのかもしれない。いつもより気が短いし。これくらいなら簡単に流せると思っていたのに。
さっきから、ごめんなさいとか、言いすぎましたとか謝罪の言葉が聞こえてくるけど今更許すっていうのもなんだか恰好がつかないし黙ることにする。
少し経つと、声が聞こえなくなった。もう寝てしまったかな。……私も寝てしまおう。よく分からないけどなんだかもやもやして、気持ち悪い。
……どうやって仲直りしようかな。そんなことを考えながら目を閉じた。
かちかち かちかち
「ぬえ、ぬえ。……流石にもう寝てますよね」
かちかち かちかち
「私、ぬえの事を妹みたいに思っていました。私より身長が低いところとか。悪戯好きなところとか。こうやってすぐ拗ねちゃうとこだって可愛らしいなって」
かちかち かちかち
「でも、最近はちょっと違って。なんていうんでしょうね。……私もちょっとおかしくなっちゃったのかな? ぬえの正体不明に少し当てられちゃったのかもしれません。でも、私の気持ちは長い間いろいろ考えたてみたけど、私は──」
かちかち ゴーンゴーン……
「ぬえの事が 本気で好きなのかもしれません」
かちかち かちかち
「……ごめんなさい、いきなりこんなこと言って。私、どうしちゃったんでしょうね。ぬえが聞いているかどうかも分からないのに一人で勝手に喋って。日も変わっちゃいましたし、私も寝ます。おやすみなさい、ぬえ」
ごそごそと布団がこすれる音がした後、早苗の寝息が聞こえてきた。
かくいう私はずっと仲直りできるかどうかを考えていたせいで結局眠れずに起きていた。だから、早苗の独り言も聞いていた。
もう、なんなんだろう。よく分からない。早苗の言っていることが全然分からない。いや、分からないことはないけれど。さっき教えてもらったエイプリルフールとか言うやつのせいだ。嘘なのか本当なのかあやふやで全然分からない。
本気なのかもしれないし、もしかしたら嘘かもしれない。何も見えない正体不明の気持ち。
正体不明には慣れているつもりだったのに、こんなに後味の悪いものだったかな。私の存在って他の人に不安を与えるものだったのかなと思うと胸がずきんと痛い。
命蓮寺のみんな、聖、村紗、一輪、雲山、星、ナズーリン。そして、早苗。みんな私の事をどう思っているのだろう? こんな私でも受け入れてくれているのだろうか?
頬に滴が伝うのを感じた。怖い。さっきまでへっちゃらだった暗闇が、音が、空気が怖い。いつも親切にしてくれる人の気持ちが分からなくて、怖い。
誰かに甘えていたかったけれど、我慢した。明日はどんな顔して早苗と喋ればいいんだろう。自分の身体に埋まった正体不明の種を抱えながら私はいつも通りと変わらない振る舞いをできるのだろうか?
でも。本当の事を聞く勇気なんてない。
私は私に嘘をついて布団に守ってもらうように目を閉じた。
好きだー!!!!
そう、願います!