至福の時間、と呼べるこの優しい空間。
緩やかに存在するこの空間にある全てのものに特別を感じて、少しだけ照れ臭い。
不意打ちで壊れてしまいそうで、でも心から壊す事が惜しくて、呼吸すらもそっと控えて、永遠を願う。
この幸福な空気を。
「……」
音が、小さくも鼓膜を振動する。
ぽたぽたと雨音、とんとん、ぐつぐつと台所からの調理音。ぱらり、と本を捲る自身の指先が奏でる音。
そこには、自室で寛ぐというどこにでもある、私だけのさり気ない休息の時間があって。
だけど、そこに一つの嬉しいアクシデントが加わるだけで、こうまで喜びを秘めた、全身からゆるりとまたたびに蕩ける猫みたいに、指先まで幸福で満たされて頬が緩む。そんな、甘い時間になるなんて予想もしていなかった。
淡い、温い、この重み。
「早苗さー」
「はい?」
不意に。
声をかけられて、ドキリとしながらも穏やかに返事をする。
ドキドキと、心臓の鼓動はやや早めに稼動する。
「この体勢だるくないの? っていうかしんどくない?」
「……いいえ、全然」
「へー。変わってんね」
意外そうな響きに、当然でしょう? って返すのをそっと我慢する。
ふらりふらり、
ぷらりぷらり、
真横で揺れる、その青い翼。
この場の空気は変わっていない。
それに安堵して嬉しくて、私はそうっとまた耳を澄ます。
とんとんとん、無意識にだろう、彼女の足先が奏でる無規則のリズム。
首を少し無理に曲げれば見える、幼さを滲ませた、だけれどずっと年上の彼女の横顔。
寝そべる私の背中に横向きに腹ばいになって、肘の下にふかふかの座布団を置いて枕にしながら、雨の降る様子を、曇った窓ガラス越しに見つめている。
上から見ると、私と彼女は歪な『+』の文字になっている事だろう。
彼女、封獣ぬえは、私の気も知らずに、その体勢が気に入ったみたいでかれこれ数十分、この体勢を維持していた。
……。
頬が、自然赤らんでくる。
この体勢を、だるいかしんどいかと聞かれれば、正直に辛いものがある。でも。
ちらり、と見るぬえさんの横顔はぼうっと退屈そうにあくびをしていて、まるで猫の様に自由奔放で。
「……ッ」
そんな彼女からの不意の密着を、無碍にするつもりは最初から微塵にも無く。
ただドキドキと、本を読む振りをして、何でもなさを装うしか、今の私にはできなかった。
いつもの私なら、ここでぬえさんを抱きしめるぐらいの事は平気でするのに、今はそんな勢いだけで、この空気を壊すのが勿体無くて、もっと、彼女の温もりを味わいたくて。ただひたすらに内容の入らない本の文字を目で追い、ページを捲るだけ。
「……面白いの、それ?」
「え?」
「だから、その本。ずっと見てるから」
「あ、ええ。それはもう。面白いですよ! お勧めです! 何でしたらお貸ししますよ!」
「いい。いらない」
気だるげにノー。
あ、そうですかぁ……なんて笑って、また本に目を戻す私って、もしやへたれでしょうかと、かなり情けない。
でも、この空気はやっぱり良くて。
ほわっとする。
雨足が強くなっているのか、ぽたぽたと雫のリズムが早まり、しゅんしゅんとお湯が沸騰した音、ぬえさんが奏でる足先のトントントトン。
……きゅぅ、って。心臓まで蕩けそうに、嬉しいなぁって体がぽかぽかする。
今日のお夕飯は諏訪子様が豚汁と酢の物を作ってくれるそうで、諏訪子様はお料理がお上手だから楽しみで、ぬえさんにも食べていってよって笑ってた。
神奈子様は、台所に立つ諏訪子様の背中をちらちらと新聞を読む振りをして見守って、高い位置にあるお皿を取ろうとしたら、すかさず手を貸してあげる。
諏訪子様は「ありがとう」と笑い、神奈子様はそっけなく「背が足りない高いモノを取る時は声をかけてって言ってるでしょう」って返して。結局隣でお手伝い。
そんな、私にとって理想の二人。
「……」
ちらちらっとぬえさんを見る。
ぬえさんなら、どうだろう?
やっぱり、彼女にも理想、みたいなものがあって。その理想に近い位置に、私はいるのだろうか、なんてそんな事が気になってくる。
でも、そんな事を聞く勇気もなくて、すぐに顔を戻してまた本を読む振りを再開する私は、やはり諏訪子様の事でへたれちゃう神奈子様に微笑したりする権利もない、駄目なへたれみたいで、ちょっと落ち込む。
ぬえさんにとって、私って多分、友達、でもないかもしれない。
異変の際に退治して、エイリアンさんだと勘違いして連れ去って、違うと分かったら勝手に残念がって、でも伝説の妖怪さんだって知ったら嬉しくなって握手を求めちゃって、そして。ぬえさんが命蓮寺に行ってしまうと、腹を立てて拗ねたりして。
……私って、子供だなぁ。
思い返すたびに圧し掛かっていく自己嫌悪。
ぬえさんがムラサさんという船長さんに悪戯しながら構って欲しそうにしているのを見て、札を投げたり。ぬえさんが甘える様に聖さんに声をかけているのを見て札を投げて「めっ!」って注意されて反省して抱きついたり。ろくな事をしていない。
……うぅん。少し、自分の行動を見直すべき時かもしれない。
衝動のままに行動した結果に、ぬえさんの心がこちらに向く訳でも無し。ここは、少し注意深く様子を……。
ぺちぺち。
よう、すを。
ぷらぷら。
……。
タイムリーに、目の前にぬえさんの羽、青い方がぷらぷらと揺れて頬に当たる。「?!」っとその感触に先ほどまで考えていた何かがどこかに飛んでいく。
えっと。暖かい?
いえ、羽だから当然だとはいえ、何やらすべっと柔らかい?!
「……」
そう、っ頬に当たるのが邪魔、みたいな感じを装って手の甲でのけると、しっとりとすべすべの感触。ふぉお! っと感動。
そっと摘んで撫でてみると極上の手触りで、この羽ってこんな感触なんだ! とふわあっと感嘆する。
「……ちょっと? くすぐったいんだけど」
「あ、すいません。嫌でした?」
「……別に、嫌じゃないけど、本は読まないの?」
「え、ええ。そうでしたね」
開きっぱなしの本に視線を戻して、ぬえさんへの行動をもっと慎重にするのでしょう? という自身の声を思い出し、危ない危ないと咄嗟に羽を頬ずりしまくりたい! と思ってしまった自分を抑える。
正直自虐趣味はないものの、ぬえさんって私の事をただの変態巫女、とか素で思ってそうなんですよね。……実際そう言われた事もあるし。
ぺちぺち。ぺち。
ならばこそ。今ここで早苗は我慢のできる子なんですよとアピールして、ぬえさんの中の早苗株を急上昇、ここらであの幽霊船長と肉体派僧侶の信頼度に追いつくべき!
ぺちぺち。ぺたぺた。ぺったんぺったん。
だ、だからこそ、ここで何故か極上の手触りな羽? をぺったんぺったん可愛くくっつけてくる正体不明の行動が憎いぬえさんの策略に乗るべきではないのです。
「…………」
ハッ、視線?! 何やらぬえさんの視線を感じる気までしてきましたけど、気のせいですよね分かってますッ! 自意識過剰ですよぬえさんが今まで私をじっと見つめてくれた時って、私の頭を心配する時でしたしね! ええ、心が痛い!
くぅ。ぺったんぺったんが、先程からうりうりになり、うりうりとばかりにほっぺに先っぽをぷにぷに押し付けてくるのですけど、何これ可愛い。私何で我慢しているのでしたっけ?!
「……ふ」
読みかけ、いえ実際は読んでいない本に栞を挟む。
我慢、ええ、それは大事ですけれど知的好奇心が無ければ人類はこうまで進歩して幻想郷を生みだすまでに至らなかったのですよね!
おもむろに、羽を握ってみた。
「……ん」
もぞり、と背中で身じろぎした感触と、ほとんど吐息混じりのぬえさんの声に、指にぴくりと力が入る。
体を丸める様に、彼女が私の背中の上で座布団を抱きながら更に体重をかけてくる。
「……っ」
一気に心臓が痛くなってきた。
見た目は冷たそうな、でも触れると暖かくすべらかな羽を握ったまま、私はぬえさんの予想外に可愛い反応に固まってしまう。
「……」
「……え、と」
ぬえさんは、何も言わない。
いつもなら怒ったり、触るなって言う筈なのに、彼女は何も言わず無言で羽をぴくぴくさせている。
え、ええと。さ、更に触っちゃいますよ? 止めるなら今の内ですよ?
ごくり、といつの間にかカラカラだった喉を鳴らして、両手で羽をそっと握り包み込む。
触れて耳に寄せると、僅かにとくんとくん、と生きている音がして、当たり前だけれど当然で、でも不思議と意外で、急にこの羽が愛おしくてしょうがなくて、ぎゅうっと優しく頬ずりした。
「……ふ、ぁ」
「ッ!」
そうしたら、また可愛い吐息。
思わず目を見開いてぎゅってしちゃって、ぬえさんが「いつ…っ」ってぎゅって背中の服を掴む。
急いで力を抜くと、羽がふにゃりと緊張から解けたみたいに柔らかくなって。こ、こういう風なんだ、と申し訳なさと愛しさと可愛さで、心臓がもうひたすらに稼動しすぎていて痛い。
呼吸すらままならないぐらい、私は興奮して、参っていた。
……というか、この羽、舐めたらどんな味するんだろう?
沸いてでた疑問はとても乙女の思いつきではなく、でも、その、何ていうか。
ぬえさんの羽で、ぬえさんがあったかくて、ぬえさんの分身とも言えて……
気づけば、体が勝手に欲して、先端をあむっと口に入れていた。
意外とやわい、歯を押し返す弾力。
「っ?! ……ひ、ひゃわぁあぁぁああ?!」
「むぐ?」
「ち、ちちちちょっと早苗?! 流石にそれは」
「ふぐ? ひ、ひょうひまひひゃ?!」
「く、銜えたまま返事をしゅ、りゅ、にゃあぁぁ……っ?!」
「え? ちょ、ぬえさん?!」
急に背中の感触が予想外にぐったりして、慌てて身を起こして首を曲げると、ぬえさんが赤い顔できゅうぅ、とのびていた。
不吉な予感に体を起き上がらせて、彼女を支えて頬を叩いて覗き込む。
「ぬえさん?! ぬえさんどうしたんですか?!」
「…ぅ」
「い、医者?! いえまずは奇跡?!」
「……ぬぅ」
べちっ!
と、顔に小さな掌がべたっ! と遠慮なく押し付けられた。鼻がつん、と痛い。
「ぁー……、うぅ。……大げさに、しなくて、良いわよ。……ちょっと、びっくりしすぎただけ、だから」
「いたた、あ。で、でも」
「……ったく、羽を食われるかと思ったわよ」
「え? あ、ごめんなさい」
「ほんっとにもう! ムラサにだって歯は立てられた事ないのに!」
「うぅ、ごめんなさ……ん?」
怒られて反省する私に起こる急速な変化。一瞬で消えていく罪悪感と、ムラサという単語に芽生えるちょっとした暴力的思考。
あ、いけない。ちょっと落ち着きましょう。
うん。ぬえさんを驚かせてぴちゅーんさせたのは間違いなく私なんだからね、反省は必要よね! 私より先にムラサさんが唾をつけていたという事実は、後で札を持って面会すれば解決だもの!
「……へぇ、ムラサさんが」
「ん? うん、触ってみたいっていうから触らせたら、あいつ味があるのかと思った、とか阿呆な理由で銜えたわけ! ったく敏感だってのに!」
「……へ、へえ? ほ、他にはぬえさんの羽を触った方とかは?」
「はあ? 触らせる訳ないでしょう! ま、まあそうね。ムラサと、あと聖は触らせてあげたけどね!」
「…………っ」
聖さん、には流石に手を出すと諏訪子様たちに怒られますので、やっぱりムラサさんを集中砲火ですね! なんて破廉恥なんですかねあの幽霊は!
「まあ、ムラサは上手だったけど」
「何ですって?!」
「早苗みたいに歯を立てなかったから痛くなかったし!」
「う゛…?!」
恨みがましげなじと目に、ちくちくと罪悪感が蘇る。
くう、こんな所で点数差が、おのれムラサさん、この怨み晴らさずでおくべきですか! ぎったんぎったんにしちゃうんだから、うぅ、泣きそう。
「……ふん」
って、あれ?
急にぬえさんはそっぽをむいて、不機嫌そうに口をつぐんでしまった。そのまま、また先程の様に曇った窓ガラス越しに曇天の空をつまらなそうに見上げる。
「……?」
そういえば、と遅れて違和感に気づく。
そうだ。
考えてみれば、この不意に与えられた幸福の時間は、ぬえさんがこんな雨の中に遊びに来てくれサプライズからくるもので、はしゃいでいた私は気づけなかったけれど、思い返してみれば、彼女の顔色は最初から優れなかった。
そうですよ。今思うと色々とおかしい。
考えてみれば見るほどに、ぬえさんが私の家に遊びに来てくれるなんて、よほどの事が無いとありえないぐらいの奇跡で、正直蛆虫を見る目で見られた事もある私に、こうやって触れ合って落ち着いて? くれるなんて、おかしいのだ。
……いえ、自虐趣味は、本当に無いのですけど、だんだんと泣きたくなって穴をほってそこで永住しそうなぐらいには、ぬえさんに好かれている自信がありませんね。
くっ! 過去の自分の奇行が憎い!
「……」
拳を握って後悔している間も、ぬえさんはぽたぽたと雨の音を聞きながら静かな横顔をまっすぐに向けていて、私は改めて姿勢をただして、正座して見つめなおす。
ぬえさんは、膝をたてて気だるげに、でも羽がしおれていた。
元気が、無かった。
「……もし、かして」
知らず、その横顔に向けて口を開いていた。
原因に心当たりがあったのだ。
「……命蓮寺で、何かありました?」
「っ」
ぴくん! と六対の羽が同時に揺れた。……分かりやすい。
「何もないわよ?」
「……」
「まったくぜんぜんちっとも、何事も無く平和だったわよ!」
「……へ、へぇ」
わ、分かりやすすぎる!
そ知らぬ顔と声を演じて言っているけれど、羽が、ぷらぷらし始めましたよ?! 可愛いですよ?! ぎゅってしちゃいますよ?!
な、何この可愛い子!?
「……じ、じゃあ、どうしたんですか? もしかしてまたムラサさんですか?」
「む、ムラサなんか知らないわよ!」
び、ビンゴー。
その様子を見れば嫌でも分かる。あの船幽霊、今度は何を……
「……む、ムラサなんか」
「ええ、ムラサさんなんか?」
「……ッ」
声を詰まらせて、またぷいっとそっぽをむく。
唇がもごもごしているから、どうやら教えてくれるつもりはあるのだと判断して「はい」と真剣な表情で彼女の次を待つ。
「……ムラサ、なんか。……そ、それに」
ぐっと唇を噛んで、平気そうな顔を装って頬を憤りに赤くして、ぬえさんは、羽を一瞬ぴんっとする。
「聖、だって!」
意外な名前がでて、一瞬眉をひそめるが、でも、ぬえさんの顔にあるのは、悪いモノじゃなくて、むしろ自分自身を憤っている様で、ちくり、と胸が痛い。
でも、強張った羽はすぐにふにゃって柔らかく、力なく足れてすなって。ぬえさん唇を噛み締めて、そっと膝を抱える。
「……ふ、二人とも、関係、ないし。知らないもの」
「……」
その様子に、私は。
なん、というか。
「ぬえ、さん」
声をかけながらも。
その。
わ、分かってしまった。
それだけの情報で、パズルのピースで、わ、分かってしまって。
かぁ、と頬が熱くなる。
うん。ええ、困る。
困ります。
こんなの、反則。
ますます、困って、でも、好きになる。
「……あぁ、もう」
「? なによ」
「……怨みます、ぬえさん」
「はあ?」
分かる。
分かってしまう。
ええ、そういう事なんですよね?
私の脳裏をよぎるのは、向き合い、そっと手を握り合って微笑む、理想が二人。
「――――ムラサさんと聖さんって、恋人同士だったんですか?」
「へっ?!」
赤い瞳を見開いて、ぬえさんが本気で驚いて、ぽかん、と口をあけたまま私を見る。
あぁ、やっぱり、そういう事なんですね。
まぁ、そうですよねって、私は羞恥に身を縮める。
思い出して。
突きつけられて。
恥ずかしさに、あぅ、と声がもれる。
「な、なんで……?!」
「分かったのか? ですか。それはぬえさんの気にしている微妙な心具合を、か。それとも、二人の関係にか、のどちらですか?」
「ど、どっちも!」
「……そうですか。ええ、分かります。分かっちゃいます。……分からないわけ、ないじゃないですか。だって……私」
「?」
じっと私を見る、今だけは私だけを見る、不安と興味と疑惑と期待とを交えた赤い瞳を、私だけに向ける彼女に、私はあーもう、言いたくない。と迷いながらも、でも、口にする。
過去に、恥ずかしい私がいた事を、教えちゃう。
「経験者、ですから」
そう。
むかしむかしの。
理想がただの嫉妬を交えた羨望だった頃の、お話。
「……あ」
それで、ぬえさんも気づいて、僅かに聞こえる、部屋の外からの小さく笑いあう二人の声を聞いて「ああ!」って、羽をぴぴんと伸ばす。
「そ、そうなの?!」
「そ、そうですよ」
「早苗が、さ、早苗も、そう、だったの……?!」
「だ、だからそうだって言ってるじゃないですか!」
「……っ」
「な、何ですか、何か言ったらどうですか!」
は、恥ずかしい!
ええ、ええ! そうですよ!
昔の私は。
し、したんですよ!
ぬえさんと同じように、その、仲間はずれにされた気持ちになって、寂しくて、苛立たしくて、し、嫉妬をしちゃったんですよ!
「……うぅ」
大好きな、二人。
特別に慕う優しい二人。
そう。
私にとっての、神奈子様と諏訪子様。
ぬえさんにとっては、ムラサさんと聖さん。
好きだから生まれる、生まれてしまったこの気持ち。
私は、二人の事が好きなのに、こんなに好きなのに、なのに二人は、お互いだけを特別に好きで、特別に見ている。
二人が、私をちゃんと好きな事は分かっているのに、二人の好きは私の欲しい『特別』と違って、私だけ仲間外れで。
その『特別』が欲しいのに、二人の『特別』は二人だけのもの。
私だけ貰えない。
私のだけ、無い。
「……っ」
二人だけが特別、私は違う。
二人が、抱き合い、キスをして、愛を語らっても。私はその中にはどうしたって入れない。
だから、分かっているのに。しょうがないのに。どうしようもないのに。
い、いやで。
「な、なんか。一緒にいるのが、辛くて」
「…………うん」
「……た、たまらなくて、家出しちゃったり、しちゃって」
「…………うんっ」
じわ、っと、ぬえさんの瞳が揺れる。
うん、分かる。
分かってしまう。
私と彼女の境遇は、そこだけは似通いすぎていて、今まさに、彼女がどんな気持ちで心を痛めて、泣きそうで、誰でも良いから傍にいて欲しくて、人肌を求めているのか、分かってしまう。
……でも、私にはその時、そんな相手はいなかった。
「ん」
でも、それはしょうがない。私はそういう子供だったから。
そして、ぬえさんはそうじゃない子供で、私がいる。
そう。それだけで、そしてそれは、実はとても誇らしい。
「ぬえさん」
「……ん」
「似てますね、私たち」
「……ん、んん」
「泊まっていきませんか?」
「…………。…………うん」
ぺたん、と。
彼女の羽がふわり、と私の手首に絡みつく。
可愛いなぁって、私は笑って。その羽をそっと指で摘んで、握手するみたいに二回降る。
ぬえさんは、満更でもなさそうだった。
ふわり、と俯きながらも、笑ってくれた。
それから、ぬえさんを交えての食卓で、神奈子様が諏訪子様の頬のご飯粒を取ってあげて、自分で食べてから「ぁ」と気づいてそっと照れたり、諏訪子様が「あーもう私の嫁は可愛いでしょ?」みたいな自慢げな顔で私たちを見て、ぬえさんがぽんっ、と理解者の瞳で、分かる、と肩を叩いて慰めてくれた時。すっごい嬉しかった。
そして一緒にお風呂に入ると、ぬえさんが延々と、ムラサさんと聖さんがどうれだけ隠れているつもりでラブラブしているのかを熱く語り、ぬえさんへの同情で涙が止まらなくて、二人してのぼせて、早々に一緒の布団できゅうっと寝入ってしまった。
翌朝、やっぱりいちゃいちゃなかなすわ、いえ実はすわかな?! を無視して楽しく話す私とぬえさん。二人の仲は、ぐっと近く、親しくなっていて、私も嬉しくてぬえさんに抱きついたりして、ぬえさんは怒るけどそこまで嫌がってなくて、新鮮な気持ち。
あぁ、そうそう。
ぬえさんを命蓮寺に送りとどけると、ぬえさんがいなくなって心配していた聖さんが、ぬえさんにお泊りならちゃんと言ってね? という優しい注意をして、ぬえさんが大人しく頷く光景が可愛かった。
そして「ぬえ、帰ってきたの?!」っと駆けて来る船長さんに微笑んで無言で悪霊退散の札攻撃をする私。ふびゃあ?! ってぴちゅーんの船長さんに、報復完了。と決めポーズ。ぬえさんがぽかーんってして、けたけた笑う。
聖さんが慌ててムラサさんに駆け寄って「?!」って私とムラサさんを見て、その瞳が「わ、私のムラサを苛めないで…っ!」って言っているみたいで、あぁ、なるほど。ぬえさんの苦労が本当によく分かる、としみじみ頷いた。
そして今。
ぬえさんはお泊り道具を持って、私と一緒に守矢神社へと向かっている。
「あのさ、早苗」
「はい?」
「私、あんたの事、誤解してたかも」
「え? ええ、それは、仕方ないかなぁと」
「だから、さ」
「はい?」
「お友達から、はじめようね♪」
――え?
「ちょ、そ、それはどういう意味でって、ぬ、ぬえさん!?」
停止した私を置いて飛んでいくぬえさんは「ないしょー♪」ってご機嫌で楽しそうで、人の気も知らずに下着が見えそうで視線をそらして、あーうーと真っ赤になる。
と、とりあえず。
私とぬえさんの、お、お友達からの関係は、これからもずっと、ランクアップもかねて続いていくのです!
なんて。
追いついたぬえさんと手を繋いで照れながら、私は思ってみるのでした。
ランクアップしていく様子も是非読んでみたいです!
この共通の悩みは面白い。一本取られました。
あ、船長さんガンバ!
全力で奇行に走るけど、早苗さんはいい子です。ブラバー。
ランクアップしていく過程やすわかな、ムラ聖メインのお話も読んでみたいです。
しかし、聖の分もお札食らっちゃうキャプテンかわいそうw
いつも暴走気味だけど、こういうときは慰めるぐらいできるんです!
どんどんランクアップしていく二人が今から待ち遠しいですね!読みたいです!
ムラ聖も読みたいけど!