Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

超妖怪将棋

2011/03/28 01:25:23
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 偶に、椛の愚痴を聞いてやる事がある。

 そういう時はいつも、妖怪の山のふもと近くの妖怪の飲み屋で、カウンターに二人隣で座りながら、芋焼酎の入ったグラス片手に聞く事にしている。椛は肘を机に置き、日本酒の熱燗を飲む。雪は降って無いとはいえ辺りはまだ草木も生い茂らぬ冬の殺風景さを残しており、木と藁でできた小さな小屋に遠慮なく吹き込んでくる風もまだ冷たい。酒でほてった体には、ちょうど良い涼しさになる。

 最近発明の方が忙しくて、なかなか椛の居る方に足を運ぶ機会が無かった。間欠泉のエネルギーから電力を取り出す目的で目下開発中の温泉一号の設計が思いのほか難航していたのだ。あまりにも難航したので一旦丸投げして飲みに行こうと夕暮れの山に赴いたところ、しょんぼりとした顔の椛を見つけた。
 椛はストレスを溜めこむタイプだと思う。私が今ここで悩んでいるように見える理由を聞いたところで、取り繕われてしまう。そこで、いつものように飲みに誘った。魚料理が食いたいところだったが椛の好きな串料理を出す店に行くことにした。椛もちょうど飲みに行くところだったらしい。移動途中、互いの近況をちょっと話し合ったら、そこから店まで話す事は無くなった。知らない相手との無言は酷だが、気心の知れた友との無言はどこか温かい。私はなんとなく、そんな気がする。

 店に入って注文を考える。椛は部下や同僚とここに飲みに来るのかと聞くと、首を振った。いつもは家で飲むからな、と言う。妖怪の商売なんて道楽だから、けしてサービスが良いわけじゃないし、実際この店も出す料理の評判は良いが御品書すらない。仕事帰りにふらっと一杯に向いているのは人里の店だと思う。うーん、と腕を組んで眼を閉じる。この店の料理は以前から椛と来る度に教えてもらっていた。しかし何度も来る内に殆どの種類は食べてしまっていた。河童の探究心から言えば新しいものが食べたいところだが。胡瓜の揚げ串とか無いだろうか。
 しかし河童と言えば胡瓜と思われるのもしゃくだしと思っていると、おーい、と声を掛けられる。眼を開けると椛がいつの間にか店員を呼んでいた。
「何飲む?」
 まあいいや。今日は椛と出会えたのだから。探究心は次に回そう。
「ん、焼酎の芋。お湯割りで」

 飲み始めてから、大分たった。
 「千里先が見通せても、三手先は見通せないんですねー、って喧しいわ!」
椛が日本酒を呷りながらテンションをあげていた。中傷された事がよっぽど許せなかったらしい。中傷の主は、椛と犬猿の仲の射命丸文。椛は少し前に文と練習試合を行い、接戦の果てに敗北を喫してしまったのだという。
 「あいつにだけは負けたくなかった」
 それだけならまだいい、と椛は続ける。次の日の記事に負けた事を散々煽るような記事を書かれた事が心情をいたく傷つけたのだという。
 「『前大会のチャンピオン、練習試合で素人に敗北!大会に波乱か?』だっけ」
 椛の写真が載っていたから気になって読んでいた。妖怪の山の大将棋の大会が近くに迫っていて、前大会のチャンピオンである椛に文が取材に行ったという話だ。で、そのついでに話題作りとして記者と一戦と言う事になって……記者が勝ってしまったと。私はいかにも他人を小馬鹿にしたあの天狗の作りそうな記事だと思っていた。
 「あの記事嘘じゃなかったんだね、まるで信じてなかったよ」
 「そこだけ嘘じゃないから余計いら立つ」
 椛が言うには文が素人だというのが嘘なのである。前回の大会を忙しいと断っただけで、彼女はもともと大将棋の指し手でもあったと。
だが一番重要な勝ち負けの部分が嘘じゃないから、椛が言い訳をしても聞いた相手は皆そんな細かい所で指摘するなんてよっぽど悔しいのだと曲解した。そうやって椛が言い訳をしなくなったら、今度は「素人に負けたチャンピオン」という評判だけがどんどん広まっていったのだそうで。私は芋の匂いのするお湯割りを口に運んだ。
「打つ手なしね」
「やり口が汚い」
 椛はさっきから一言口にするたびに、手にした日本酒を呷っている。並々ついで、また呷る。そういうやけくそな飲み方をするなら割った方が良いって何度も言っているのに、まるで聞き入れない。挙句の果てに薄い酒など飲む気はしないなどと抜かすので私もアドバイスをやめた。急性アルコール中毒で倒れない事だけを友人として祈っている。
 「文の大将棋が上手いって信じてもらう方法ないの?」
 椛がきっ、とこちらを睨みつけた。
 「無い。再戦を受ける事も大会に出る事も、あの女がやるとは思えないよ。面白ければそれでいいんだから、そんなリスクを負うはずないもの。あとは評判と噂を武器に面白可笑しく私を虚仮にした記事が書ければいいだけ……将棋だって喧嘩だって天辺目指せるほどに強いくせに」
 語気荒く言い始めたが、終わりには妙にしんみりした喋り方になった。俯きながら呟くように言う。勿体ない生き方だよ、普通に生きてれば尊敬を集められるのにさ。敵ばかり作って。おやっさん、熱燗後3本。
完全にやけ酒モードだと私は思う。
「大変だったね」
「大変。これでプレッシャーがかかっちゃった。
大会に負けようものなら私の評価は地に落ちる」
 あの女はそうなったらまた私のところに来るのさ。嫌な笑みを張り付けて。そうして傷つけられるだけ傷つけておきながら、傷つけている事を理解しておきながら、顔色一つ変えないで帰っていくのよ。そこまで言って、三本続けて呷り、深い深いため息をついた。

 そこからしばらくの間、互いに酒を飲みながらの沈黙が続いた。
 でも同情してしんみりしたところで、状況が良くなるわけじゃない。お酒が不味くなるだけ。だから私は言ってやった。
 「理不尽で、どうしようもないならいっそ諦めなよ」
 がっくりとうなだれる椛。
 「……にとりまでそんなあっさり言わないでよー」
 「理系妖怪ですんで、無理な事にいつまでも関心持ってられないの」
 酔いが回ってきたのか口調が変わってきた椛に、そう言って笑ってやる。
 本当のところは理系妖怪だからという訳ではない。鬼が山に居た時も、天狗が代わって山を治めても、いつだって理不尽な事はあった。その度私たち河童は従ったり、従ったふりをして仕事を投げたり、従ったふりをしてアッカンベーしていた。従わない事が出来ないその根底には、皆諦めのようなものがあるのだろう、酔った頭にふとそんな思考が浮かぶ。
ああ。だから私は人間が好きなのかも。弱いくせに諦めないし従わないとこが。
「にとりー、あいつ何とかしたいよー私諦めたくないよー」
「んじゃ頑張れ」
突き放すように言うと、ふぇ、と椛は情けない声をあげる。いつもはきりっとした椛だが、これで結構弱気なところがあるのだ。酔うとそんな地が出てくる。語尾がさっきから延び始めていて、後ろからのぞく尻尾が落ち着きなく揺れている。眼がとろんとして吐く息が重い。それでも酒を飲むのをやめないあたり、生粋の飲兵衛だ。
「……少なくとも」
 自分からストレスをため込む事は無い。射命丸がああいう性格だという事など、私たちには前からわかっていた事じゃないか。皆今は話題が無いだけで、大会が終われば次の事に直ぐ集中し始めるから、椛は大会だけに集中しなよ、と言ってあげたかったけど、ストレスの最中に居る人に冷静な事言っても始まらないと思ってそれは止めた。
 「天狗が全員椛の事馬鹿にしても、私は味方してあげるから」
 とろん、とした瞳が私の眼と合う。さっきの日本酒連続一気飲みがいけないのだ。あれでできあがってしまったに違いない。焦点の合ってない椛の瞳をこっちも酔ったノリでじーっと見つめる。とろんとした瞳が、我に返ったように光を宿し、
 「にとりっ」
いきなり抱きつかれた。椛の握力は私のそれに遠く及ばないが、かなり強い勢いで、体を預けるように来たものだから驚いた。よろめくように、私も椛を受け止める。もしかしてちゅーでもされるのか、ひょっとしてでぃーぷちゅーでもされるのかと思ったが、顔をぐりぐりと胸のあたりに押し付けてくる。椛の髪のいい匂いがする。抱きとめながら辺りを見回す。幸い店内にこちらに興味を持っている視線は無い。椛の頭に視線を向けているとと、上を向いた椛と目が合う。
 「大好きっ」
 人にも妖怪にも、酔うと性格が変わる者がいる。椛にこんな事言ってもらえるのは、それこそ酔った時くらいだろう。気が弱くなった所に優しい言葉を言われてつい、と言ったところか。椛に好きと言われて嬉しくないわけじゃないけど、その単純さはちょっとだけ心配だ。妖怪の寿命は長いのでまだ少女の域にある私たちにまだその心配の必要もないと思うけど。
 「ああもう、わかったから離れて」
 取りあえず押してみるが、動こうとしない。頭だけが下にずれて、膝の上に頭が載る。下を向くと椛と目が合う。カウンター席で膝枕の姿勢はちょっとどころじゃなく難しくないか、体柔らかいな。そう思っていると椛は私の腰に手をまわして、顔を体の方に擦りつけてきた。なんだかこそばゆい。
 「わーあったかい。にとりあったかい」
 「ふかふかって言ったら殺すからね」
 頭をぐりぐりしながら言うと、椛がだらけきった笑顔で答える。
 「へへへ」
 強引になら、引きはがす事はできただろう。だがそれはしなかった。私も椛の事をあったかいと思ったのだろう。哨戒天狗の仕事が果たせるのか心配になるくらい軽い体のくせに無防備に体重を預けてくるものだから膝上に意外な重みを感じた。優しく頭をなでてやると、気持ち良さそうに膝上の椛が伸びをする。これじゃあ私と椛が親子みたいだ。足がしびれない程度に載せてやろうと思った。
 
「あのさー、そっちの調子はどう?」
 椛が私の膝の上で横になり、私が一人で焼酎をちびちびやってると、突然椛がそんな事を聞いてきた。ここに来る時話しただろうに、と思いながらふと温泉一号の事を思い出す。材料の調達から設計図、加工方法。いろんなところをまだ一人でやっている段階だから、他の河童たちと手掛け始め、完成するのはいつになるのか考えると頭が痛くなってくる。
 「温泉一号の件で、頭の中こんがらがってるから。飲んで寝て、それから頑張る」
 「ふふん。飲んで目の前の問題が解決するわけじゃないけどねー」
 得意げな表情を浮かべている。さっき私が言った皮肉の仕返しをしたかったわけか。こんな事が思いつくという事は、ちょっとは元気になったのだろうか。根がまじめなのも困りものだ。飲む分ましだけど。山の巫女は酒を飲まないと聞くが、彼女はストレスをため込んだりしないのだろうか。
 「わおシビア、膝枕の上の甘えん坊の癖に」
 体のあちこちをつんつんしてやると、きゃははと笑って膝上を転げた。
 「もうそろそろ起きなよ」
 そろそろ足が痺れるかもしれない。夜も更けたし明日の事も考えなくてはならない。大人しくなった椛の体を持ち上げて、椅子にもたれかからせてあげる。
 「水を持ってきてあげるから。そこでしばらく大人しくしててよ」
 「ちょっとまって」
椛から呼びとめられて、私は椅子から立ち上がったまま椛の方を向く。椛は背筋を伸ばしてまっすぐに座っていた。まなざしも酔ったそれではない。
 「さっきの格好良かったから、私にも言わせて」
 格好いい?何の事だっけ。神妙な顔で椛は続ける。
 「にとりも温泉一号の事で大変だけど、私もにとりの味方でいてあげるから」
 「はあ」
 成程あの発言か。
 「何、その冷めた反応」
 椛の声のトーンが落ちた。
 「いや私の場合、椛に味方でいてもらって嬉しいタイプの案件じゃないからねー」
 「私が敵に居て嬉しい案件なわけ?」
 「そういうわけじゃあないけどさ」
 随分突っかかってくるな、と思ったところで、ふと私もあの発言の前後で考えた事を思い出した。にやりと笑みが浮かぶ。
辺りをさっと見回して、それから椛の両肩に手を添える。
鼻と鼻がひっつきそうな距離まで近づく、視線が合う。
 「椛、私もさっき思った事があるの」
 「何?」
 ひそひそ声で会話する。
 「大好きっ」
 椛は膝枕の上の甘えん坊だから、体にしがみついてきただけで満足していたけど、私はそんな容赦はしてやらない。そのまま顔を近づけて、
 「んっ」
 容赦なくちゅーしてやったのだった。
でぃーぷちゅーは、やりかたを知らないから勘弁してやった。
注:温泉一号は地霊殿にとり装備EDより
明壁
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
甘いな、うん甘すぎる
甘えん坊椛可愛すぎるぞ!!
2.名前が無い程度の能力削除
超妖怪将棋は何日かけてやるんだろう…
3.名前が無い程度の能力削除
渋い文体だからイチャイチャが余計目立ちますね ボキャブラリないから渋いとしか言えない
んですが雰囲気好きです これはこれでいいんですが距離を保った友人としてのやりとりも
見たかったな と思わされました
4.名前が無い程度の能力削除
でぃーぷちゅーですか
よいことばです